PROFILE: 阿部友哉/サロウィン社長

6月24日、不動産大手ヒューリックがシェアサロン事業を主に展開するサロウィンを買収した。サロウィンは2019年に設立し、フリーランス美容師が席や個室を借りて働くシェアサロン「サロウィン(SALOWIN)」を軸に成長してきた。近年は、独立支援や小規模サロンの出店支援にも領域を広げ、サロン業界のインフラを支える企業へと変わりつつある。
今後は、ヒューリックグループの資本力や不動産アセットを背景に、出店と事業成長の加速が見込まれる。しかし、阿部友哉社長の目線は単なる規模拡大ではなく、サロン業界の構造そのものに向いている。人口減少による国内市場の縮小、美容師の働き方の変化、インバウンド需要、海外展開――。「国内でメーカー、ディーラー、サロン、シェアサロンがそれぞれ戦っている場合ではない」。ヒューリック傘下入りの先に、阿部社長が見据えるサロン業界の未来を聞いた。
「最適な手段を選んだだけ」
WWD:今回のヒューリックグループ入りはサロウィンにとって大きな節目となる。社長としてどのような感情の動きがあったか。
阿部友哉・サロウィン社長(以下、阿部):一般的な経営者であれば、会社を売却する時に個人的な感情が渦巻くと思うが、僕自身はあまりなかった。会社の成長にとって何がベストかを考えた時に、IPOかM&Aかという選択だったというだけだ。どちらも資金調達の手段だと思っていて、結局はその資金でどう成長するか。そのために最適な手段を選んだという感覚だ。
WWD:M&Aを選んだ決め手は。
阿部:一番は資金力だ。われわれは調達した資金を出店や新規事業に投じることで美容師が働く場所や使えるサービスを増やす。会社が成長すれば、その分だけ業界に投資できる領域も広がる。ヒューリックグループには資金力があり、保有物件もある。そこへの出店も含めてこれまでより速いスピードで規模を大きくできる。その成長が結果的に業界に還流すると考えている。
WWD:なぜヒューリックだった?
阿部:資金と物件はもちろんだが、グループ会社の存在も大きい。ヒューリックグループには、介護施設の運営会社や高級旅館「ふふ」、建築関連の会社もある。資金だけ集めてもやる人がいなければ進まないが、ヒューリックグループには事業を進めるための機能がそろっている。やらなければいけないことは決まっている。あとは、それをどの時間軸でやるのか。そのスピードを速めたいと思った。
人口減少で「時間がない」
WWD:なぜそこまで急ぐのか。
阿部:この先10年ほどで、人口減少がかなり致命的に効いてくると考えているから。人口が減れば、お客さまの数も減り、美容師やアイリストの数も減る。そうなれば、これまでと同じ売り上げは物理的に確保できなくなる。給与が半分になったから物価が半分になるかと言われたらそうじゃない。この10年の間に、自分たちで稼ぐ種を作らなければならない。
国内でメーカー、ディーラー、サロン、シェアサロンがそれぞれ戦っている場合ではない。皆でぶつかり合っていたら、10年後には全員しんどくなってしまう。それを誰が阻止するのか。サロウィンがやれるならやりたいと思っている。
WWD:阻止するために必要なことは何か。
阿部:個人サロンを否定するわけではないが、サロン業界には大資本が少なすぎる。今のサロン業界で“大資本”と呼ばれている企業でも、他業界の大企業と比べると規模はかなり小さい。世界と戦うには、売上高1000億円、2000億円規模で、利益も100億円、200億円出せるようなサロン企業が複数必要だと思っている。そういう企業体が育っていくようにインフラを整えたい。そうすれば、状況は変わるはずだ。
シェアサロン企業ではなく
美容師の経済圏を支える企業へ
WWD:サロウィンは今、自社をどのような企業だと定義している?
阿部:最近は「シェアサロンの会社」と言われる機会が少しずつ減ってきた。キャリアや開業支援といったサービスも充実してきて、サロン業界のインフラやプラットフォームのような会社として見られることが増えてきたと思う。
もちろんシェアサロン事業は重要だが、われわれにとってそれはあくまで手段。美容師がどうなりたいのか。その未来やキャリアに対してどう価値提供できるかを重視している。
WWD:事業を展開するうえで最も重視している指標は何か。
阿部:稼働率も重要だが、常に追っているのは美容師の登録者数だ。美容師やアイリストなど国家資格を持つ人たちが大きなマーケットを作っている。彼らがサロウィンのネットワークの中で何らかの形でビジネスをしてくれれば、マーケットに対する接点が広がる。
全員にシェアサロンで働いてほしいとは考えていない。SaaSなどのシステムもこれから作っていく予定なので、何らかのサービスを使ってくれたらうれしい。美容師のキャリアを支える土台を作りたい。
WWD:どこまでサロン業界のインフラを担おうと考えている?
阿部:すべてに手をつけるつもりはなく、うちがやる意味があるかどうかで決めている。たとえば、決済などはすでにいいサービスがある。何でもかんでも自社でそろえるという考えではない。重要なのは、サロウィンが入ることで業界の困りごとが解決されるかどうか。そこに意味があるならやる。
美容師の悩みは「人として普通の欲求」
WWD:他企業と比較した時に、強みはどこにあるのか。
阿部:一般的なシェアサロンでは、シェアサロン自体を説明しているケースが多いと思う。われわれはまず、美容師がどうなりたいのかを聞き、「自分たちならこういう価値提供ができる」という話をしている。僕たちは場所というより、その人の未来やキャリアを売ろうとしているため、そもそも売っているものが違う。シェアサロンが普及するかどうかよりも個人がどうなるかの方が重要だからだ。
WWD:美容師はどのような悩みを抱えているか。
阿部:シェアサロンで言えば、給与面や自分の時間が欲しいといった悩みが多い。お金を稼ぎたい、家族との時間を大切にしたい、自分のキャリアを考えたい。ただ、それらは美容師特有の悩みというより人間として普通に持つ欲求だと思う。サロン業界ではそういうことを言ってはいけない、触れてはいけない空気があっただけ。彼らは見当違いなことを言っているわけではないので、解消したい。
WWD:フリーランスに向いている美容師と、そうでない美容師の違いはどこにあるか。
阿部:フリーランスかどうかに限らず、これからの美容師に重要なのは自分のブランドを持てるかどうか。これまでは「自分の店を持つ」ことに価値があったが、これからは「なぜ自分が選ばれるのか」を分かっていることの方が大切になる。
美容師はある一定以上のレベルになれば、皆技術は優れている。では、顧客はなぜその人に切ってもらいたいのか。結局は相性だと思う。雰囲気、接客、シャンプーの気持ちよさ、会話の距離感。そのすべてを含めて顧客はその人を選んでいる。
どの技術に強みがあり、どのようなスタイルを作ることができ、どのような接客をする人間なのかを自分で理解していること。そして、お客さまと長く付き合えることが大切だ。一時的にバズってお客さまが増えても、一人一人を雑に扱えば続かない。美容師にとっては大勢のうちの1人でも、お客さまにとってはその1回がすべて。そこを大切にできる人が、フリーランスでも伸びていくと思う。
既存サロンとは競合ではなく、補完関係にある
WWD:既存サロンからは人材流出や教育投資の回収という懸念もある。
阿部:それはそうだと思う。ただ、行った先がシェアサロンだから問題になっているだけで、人材流出は今に始まった話ではない。昔から美容師は辞めていた。別のサロンに行く人もいれば、独立する人もいるし、業界を離れる人もいた。それがいろいろな場所に散っていたから見えにくかっただけで、シェアサロンに集まり始めたから目立っているのだと思う。シェアサロンができたから人材流出が始まったわけではなく、それを言っていたら業界は何も変わらない。
WWD:既存サロンとは競合なのか、補完関係なのか。
阿部:補完できると思っている。実際に、シェアサロンで既存サロンとパートナーシップを組むケースもある。たとえば、サロンの中でフリーランスになりたいスタッフが出てきた時に、運営などの部分は僕たちが担いながら、サロン側は「辞めるか、残るか」だけではなく、新しいキャリアプランの1つを提示できる。
創業当初はそうした選択肢がなかったので、人を奪っている会社だと見られた部分もあるが、今は違う。相談してくれればいくらでも力を貸したい。否定だけしてチャンスを逃すのはもったいない。
日本の美容を「体験」として外に出す
WWD:日本の美容は世界で戦えるのか。
阿部:美容師の技術はとても高い。ただ、その技術の高さをグローバルで十分に知られていない。韓国は美容医療の領域も含めてインバウンドをしっかりと取り込んでいる。日本にもインバウンドは多く来ているが、美容分野はまだ十分に取り込めていない。飲食や観光は体験としてコンテンツ化できてろい、そういった取り組みは美容でもできるはず。自分たちが海外に行くだけではなく、日本に来てくれている人に日本の美容を体験してもらう。そういう仕組み作りにも着手している。
WWD:足元で具体的に動かしている事業は。
阿部:訪問美容とビューティツーリズムを進めていて、ビューティツーリズムは10月前後までに形にしたいと思っている。ほかには、内装系、人材系などのM&Aもいくつか検討している。
年内に1度アメリカに行く予定だ。現地のシェアサロンに近いプレイヤーを代理店を通じてリサーチしていて、日本の美容を海外に広げるための準備を進めたいと思っている。
「サロン業界は特殊」ではなく、ビジネスとして見る
WWD:阿部社長は美容師出身ではない。外から来たからこそ見えるものはあるか。
阿部:美容師出身かどうかはあまり関係ないと思っている。サロン業界は特殊だと言われるが、構造としては、薬剤を仕入れて、カットやカラーをして、お金をいただく。商売として見れば、そこまで特殊ではない。
もちろん、美容師へのリスペクトはある。ただ、いろいろな視点から見て複雑に考えすぎるより、本来こうだったらいいよねという大きな道を作って、その道をちゃんとしたものにしていく。そうすれば、ねじれている部分は自然にほどけ始めると思っている。サロン業界は個人の集合体だったので、誰かがリーダーシップを取って道を作ることが少なかった。われわれがその道を作っていきたい。
WWD:モチベーションはどこにあるのか。
阿部:会社としてはビジョンだ。美容師が所得を上げ、労働環境を改善し、一生涯働ける環境を作る。それは日本人の美容師だけではない。世界で働く美容師に対しても実現したい。
個人的な理由で言えば、そういったことをグローバルでやった経営者がいないということ。お金を持っている人は世界にたくさんいる。でも、われわれのビジョンをグローバルで実現した人はいない。実現した先に、世界中で僕しか見たことのない景色を見たい。
期待に応え続けることが
一番のプレッシャー
WWD:今、経営者として感じている怖さやプレッシャーはあるか。
阿部:もちろんある。今回のM&Aも高く評価していただいているので、その期待には絶対に応えなければいけないと思っている。僕にはヒューリックの担当者や役員の方々の顔が見えている。僕たちが応えられなかった時に彼らのキャリアにもダメージがあるかもしれない。本当にいい人たちなので、喜んでもらいたい。そのプレッシャーは大きい。
ただ、これは創業からずっと変わらない。投資家、銀行、社員、働いている美容師やアイリスト。皆何かを期待しているはずだ。その期待に応え続けることが、一番のストレスであり、不安であり、プレッシャー。でも、それがやる理由にもなっている。
10年後は、雇用形態ではなく「何をしているか」で語る業界へ
WWD:10年後、美容師の働き方はどうなっていてほしいか。
阿部:これまでのサロン業界は雇用形態で語られがちだった。正社員、業務委託、フリーランスというように。でも、それはどうでもいいと思っている。
大切なのは自分が何をしているのかを語れること。「私は地域の美容を支えている」でも、「私はグローバルでいろいろな人の髪を施術している」でも、どういった形でもいい。そこに上も下もないし、雇用形態も関係ない。
週5日働いていなくてもいい、2日でもいい。美容師が自分らしく、自信を持って美容という仕事について語ることができる状態を10年後に作りたい。そのためには土台が必要。そのインフラを提供するのがわれわれの役割だと思っている。