PROFILE: (左)水野大二郎/京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構 教授 (中央)北野宏明/ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)代表取締役社長 沖縄科学技術大学院大学教授 (右)細尾真孝/HOSOO COLLECTIVE社長

技術開発が激化するなかで、日本は何を強みとして世界と勝負するのか。その問いの答えのひとつが、歴史や伝統、文化、そしてテロワールといった「お金では買えない価値」に技術を投入して新しい価値を生むことにある。
京都・西陣織1200年の文化の継承と更新に挑み続けるHOSOO COLLECTIVEと、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)が手を組み、シルクを起点に産業の再定義に挑んでいる。単なる伝統産業の延命ではなく、養蚕から製糸までの全工程を最新の科学と技術によって再定義して新しい価値を生み出し、産業として立ち上げるという。その根幹が「美」を追求だ。感性と科学、伝統と技術を交差させながらシルクの更新に取り組む。本鼎談では、HOSOO COLLECTIVEの細尾真孝社長、ソニーCSL社長で沖縄科学技術大学院大学の北野宏明教授、そして京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構の水野大二郎教授を迎え、「なぜ今、養蚕なのか」「美とは何か」という根源的な問いから出発し、日本発の新しい産業の可能性を探る。(この鼎談は2026年1月28日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット2026」から抜粋したものです)
「美」を最上位概念としてものづくりを続けてきた歴史とその更新
水野大二郎=京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構 教授(以下、水野):まず細尾さんに「京都シルクハブ(KYOTO SILK HUB)」の概要についてお話しいただきたいと思います。なぜ今、京都で養蚕に取り組むのか。シルク産業が抱える課題や日本におけるシルクの歴史、養蚕文化の文脈も含めてご説明ください。
細尾真孝HOSOO COLLECTIVE社長(以下、細尾):われわれは京都・西陣と呼ばれるエリア、烏丸に拠点を構えています。半径約5キロ圏内の限られたエリアである西陣は、約1200年にわたり国内で織物を織り続けてきた産地です。特に京都が千年にわたり都であった時代には、天皇や貴族、将軍家のためにオーダーメイドの織物を手がけてきました。非常に特殊で、文化的にも密度の高い地域だと言えます。われわれ細尾は1688年(元禄元年)、西陣の織屋として創業しました。現在も工房は西陣にあり、代々納めてきた見本裂を貼り合わせた屏風は、家宝として受け継がれています。そこには時間やコストに制限を設けず、「美」を最上位概念としてものづくりを続けてきた歴史が刻まれています。
西陣織の特徴の一つは、約20工程にも及ぶ分業体制です。それぞれの工程を担うマスタークラフツマンが連携して水平的な協業、いわばギルド構造の中でものづくりが行われてきました。個人技の集合体としての織物文化が西陣織の本質です。1923年、私の曽祖父の代に、織り屋に加えて問屋業も手がけるようになりました。現在では、北海道から沖縄まで50以上の産地や工房、人間国宝をはじめとする職人の方々と協働し、ものづくりを行っています。いわば、着物のプロデューサー兼ディストリビューターとしての役割も担ってきました。
西陣織は帯を前提とした織物のため、幅は人の体に合わせた約32センチが基本です。そのためどうしてもスケールの大きな展開には限界がありました。そこでわれわれは、2010年に約2年をかけ、世界で初めて幅150センチの西陣織を織ることができる織機を自社開発しました。この取り組みをきっかけに、西陣織の可能性は大きく広がっていきました。
現在では、グローバルで展開している名高いラグジュアリーブランドの店舗の内装材として採用されているほか、ブルガリホテルのヘッドボードなど五つ星ホテルのインテリア素材としても展開しています。また、「ライカ(Leica)」のカメラボディへの採用や、「グッチ(GUCCI)」との協業プロジェクト「グッチ ニシジン(GUCCI NISHIJIN)」では過去4年間にわたりバッグの記事として採用されるなど、西陣織をさまざまなかたちで世界へと広げています。
また、現代アートとの取り組みや「レクサスLS(LEXUS LS)」との協業などを通じて、織物の領域をどのように拡張し、新しいマーケットを生み出していくかに挑戦してきました。こうした取り組みの根底には、未来へ向けてこの産業をつないでいくための挑戦があります。
その象徴的な例が、昨年の大阪・関西万博でのプロジェクトです。全長65メートル、高さ13メートルの企業パビリオンの外壁を織物で包み込むという試みで、西陣1200年の歴史の中でも前例のないスケールとなりました。約5000メートルもの織物によって建築を構成しました。
こうした挑戦を続ける中で「なぜ養蚕なのか」という話に展開していきます。西陣織の素材は、言うまでもなくシルクです。われわれは「More than Textile」をモットーに、誰も見たことのない織物を追求してきました。その究極を突き詰めると、素材そのもの、つまりシルクの質に行き当たります。
江戸期のシルクの品質から受けた大きな衝撃
実は十数年前、江戸時代のシルク製の着物に実際に触れ、身にまとう機会があり、そのクオリティに大きな衝撃を受けました。現代で最高のものづくりをしていると自負していたにもかかわらず、素材のレベルでは明らかに江戸時代のシルクに及んでいなかった。その事実に直面し、「なぜ」という問いから、養蚕そのものへの関心が深まっていきました。
養蚕はご存知の通り、蚕は桑の葉を食べて育ちます。孵化してからおよそ3週間で、一齢から五齢まで成長し、体の大きさは約1万倍になります。成長した蚕は、口から八の字を描くように糸を吐きながら、約1500メートルにも及ぶ一本の糸をつくり、繭を形成します。その繭から糸口を拾い、一本の糸として引き出すのが製糸です。さらに撚糸の工程を経て、強度を高めながら糸へと仕上げていきます。これが、シルクが生まれる基本的なプロセスです。
約100年前の日本は世界有数の養蚕大国であり、養蚕業は基幹産業でした。しかし現在、生産規模は当時の約1万分の1にまで縮小しています。養蚕農家は急速に減少し、高齢化も進んでいます。製糸工場も実質、稼働しているのは全国でわずか3軒ほど。使用されている製糸機械も、かつて日産が製造していた古い機械をぎりぎりの状態で使い続けているのが現状です。10年後にこの産業が維持できるのか、非常に厳しい状況にあります。
海外に目を向けると、中国が長らく台頭してきましたが、近年はその生産量も減少しています。養蚕は典型的な労働集約型産業です。日本の養蚕業は美しい着物のためのシルクから、明治以降は軍需用パラシュートやストッキングといった産業資材向けへと用途が変わっていきました。デュポン(Du Pont)がナイロンを開発する以前、シルクは重要な工業素材だったのです。
シルクは糸の美しさよりも生産効率が重視され、蚕は品種改良によって大型化され、取り扱いやすさが優先されるようになりました。結果として、人件費の安い中国やブラジルへと生産が移り、日本の養蚕業は衰退していきました。現在では、中国も経済発展とともにコストが上昇し、生産はより賃金の低い地域、たとえばインドなどへと移りつつあります。
今回のシルクプロジェクトは、こうした賃金格差に依存する生産モデルとは異なるアプローチを目指しています。江戸時代のシルクを現代のテクノロジーによって復活・進化させ、養蚕そのものを革新し、新たな価値を生み出すことを目標とした、大きな挑戦なのです。
シルクを起点に日本が世界をリードしていくプロジェクト
プロジェクトの拠点は、京都・丹後エリアに位置する与謝野町です。京都市内から車で約2時間、「海の京都」と呼ばれる地域にあり、約4万2000平方メートルの土地を取得しました。この場所に、広大な桑畑と延床約1500平方メートルの養蚕施設を整備し、養蚕を行っていく計画です。従来の人海戦術に頼る養蚕ではなく、センシング、ロボティクス、環境制御を組み合わせた、新しい形のファームを構想しています。
エネルギーは、太陽光などの再生可能エネルギーを活用し、施設全体を100%自然エネルギーで稼働させることを視野に入れて検討を進めています。ここから、次世代のラグジュアリー素材を展開していく考えです。
製糸工程は、これまで人海戦術で行ってきた作業をロボティクスなどの技術によって置き換えていきます。今回テクノロジー面では、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の北野さんと協業し、日本各地に存在する優れた技術や技術者をキュレーションするかたちで、このプロジェクトを推進していく予定です。
まずは、延床約1500平方メートルの施設で、年間10トン規模の繭生産を行うモデルを構築します。世界の養蚕市場は非常に大きなポテンシャルを持っていますが、最初はこの拠点をショーケース・モデルケースとし、そこから段階的に世界展開していくことを考えています。
シルクには約6000年の歴史があり、「シルクロード」という言葉が示すように、金と等価で扱われ、国境を越えて文化や歴史をつないできた特別な素材です。これほど長い時間、人類の営みとともに価値を持ち続けてきたマテリアルは、そう多くはないのではないでしょうか。そのシルクをもう一度日本に取り戻し、シルクを起点に世界をリードしていく。そんな未来を描くプロジェクトにしていきたいと考えています。
「伝統的な産業や技術は新しいフレームを得ることで新しい市場に展開できる」
水野:シルクは、近代日本のあり方を象徴するマテリアルの一つですね。もともとは労働集約型の産業でしたが、富岡製糸場のように生産を集約し量産可能にすることで近代国家を支える国力に、ひいては軍事力強化につながっていったのは皆さんご存知のことかと思います。また、産業構造の変化やナイロンに代表される石油由来素材の普及によって養蚕業が衰退した経緯も周知の通りです。そして近年、資源枯渇やCO₂排出といった問題を背景に石油由来素材そのものが問い直される中、シルクを改めて見直すことは、単に過去へ回帰することではなく、近代で生まれた課題を克服する新しい視点を生み出す行為なのではないかと思います。今、シルクはそうした象徴的な存在、未来への問いを内包したマテリアルとして再び立ち上がってきているのではないでしょうか。
それでは今のお話を踏まえて、北野さんにお伺いします。なぜこのプロジェクトに参画されたのか、そして、どのような点に面白さや可能性を感じていらっしゃるのか。北野さんがこのプロジェクトで担われている役割についてもお聞かせください。
北野宏明ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)代表取締役社長 沖縄科学技術大学院大学教授(以下、北野):このシルクハブ構想については、しばらく前に細尾さんからお話を伺い、非常に面白いと感じました。それ以前にも、西陣織の幅を従来の32センチから150センチへと拡張し、新しい使い方や市場を切り拓いてきた取り組みを聞いており、伝統的な産業や技術が新しいフレームを得ることで、新しいマーケットに展開できると強く印象づけられていました。
今回は桑を育てるところから蚕、製糸に至るまで上流から全てを担い、シルク産業そのものを再定義する、素材の根幹から取り組む点が、次元の違う挑戦だと感じました。私自身の専門は、人工知能、ロボティクス、生命科学、特にシステムズバイオロジーです。沖縄科学技術大学院大学(OIST)のラボでは、腸内細菌を完全自動で解析するロボットシステムを開発しており、1台で技師30人分に相当する作業を行え、データも安定しています。この技術は腸内細菌に限らず、土壌細菌や環境微生物の解析にも応用できますし、AIやロボティクスの開発も並行して行っています。また、OISTには土壌細菌の専門家もおり、農業や環境改良に関する知見を含めて、シルクハブに展開できる可能性があると考えました。
日本の勝ち筋は伝統や文化など「お金で買えない」価値を高めること
現在、私が普段やり取りしている相手は、OpenAI、Google DeepMind、Metaといった巨大テック企業の人たちです。先週もスイスの山の中にこもり、そうしたメンバーと議論してきましたが、彼らの議論は基本的に「莫大な資本を投下し、デジタル世界のあらゆるデータを集めて、どう勝ちにいくか」という方向に収束していきます。
日本はどこで勝てるのかと考えると、資本投下とデジタルデータの量で正面から競うのは現実的ではありません。その領域では彼らと協業しつつ、日本が持つ重要なデータや知見は日本側で担う、という関係になるでしょう。
一方で、彼らがどれだけ資本を投じても手に入れられないものがあります。それが、歴史や伝統、文化といった「お金で買えないもの」です。そこに価値があり、土着性は日本が強い。たとえば、茶の湯の歴史や茶室を中心とした文化的なサプライチェーン、伊勢神宮に象徴される神話の世界、食文化といった「お金で買えない」価値をどう高めていくかが非常に重要で、産業政策的にいうと日本の勝ち筋になると思っています。
もちろん、OpenAIやGoogleのような企業が進める資本集約型の技術開発にも、ある程度は追随する必要があります。しかしそれとは別に、まったく異なる価値軸を磨き上げていくことも同時に重要です。
その視点から見ると、重要なのは次の3つの軸だと思います。1つ目は、ヒストリー&トラディション、つまり伝統・歴史・文化です。2つ目は、それらが成立する場所性、すなわちテロワールです。京都でなければならない、伊勢でなければならない、瀬戸内でなければならない、といった固有性が価値になります。そして3つ目がテクノロジーです。
伝統やテロワールだけではスケールや新しいフレーミングが難しいため、ロボティクスやAI、バイオテクノロジーといった普通に想像するテクノロジーだけではなく、経営やブランディング、資本政策なども含めた広い意味でのテクノロジーを投入するのが良いと考えています。これらを組み合わせることで、新しいものをつくることができ、従来とは違うレベルの価値が生まれると考えています。
桑を育てるところから始めるという点は、まさにバイオテクノロジーの領域です。私たちが持っている土壌細菌や微生物叢を解析するシステムは、そのまま活用できますし、どのような土壌や自然環境が最適なのかを科学的に評価することができます。ソニーCSLの中には「協生農法」に取り組む研究者もおり、これは自然環境と共存する新しいタイプのサステナブル農業です。こうした手法も、部分的に導入できる可能性があります。
桑の成分分析は、私自身が漢方の研究も行っていることから、とても親和性が高い分野です。漢方は、一つや二つの有効成分ではなく、数十、数百の成分が相互に作用することで効果が生まれます。桑を食べる蚕の体内でも、同じような複雑な相互作用が起きている可能性があります。蚕の体内では、糸を作るために多くの化学反応が進み、その過程の大きな部分を共生微生物が担っています。さらに、蚕そのもののDNAやどのような環境で育てるかという条件も重要になります。
養蚕から製糸までの全工程を最新の科学と技術で再定義する
糸を引き出す工程では、高速で動く糸を正確に管理するために、高速カメラやレーザーを用いた品質管理が必要になります。ロボティクスを使って蚕の状態を常時モニタリングする必要もあるでしょう。こうして見ていくと、養蚕から製糸までの全工程が、最新のサイエンスとテクノロジーによって再定義できるところが面白い。もちろん一気に全てを実現することはできませんが、段階的に着実に進めていきます。メインストリームの科学技術とは少し異なるかもしれませんが、非常に面白いものがそこにはあるし、伝統産業や新しい産業に貢献できる領域であり、そこからさらに新しいサイエンスやテクノロジーが生まれる可能性もあります。そうした点に魅力を感じ、細尾さんからお声がけいただいたときに、「はい、やります」と乗りました。
「江戸期の着物に見出した可能性を現代の技術と融合させ、次世代の織物を生み出す」
水野:この話を少し整理するとしたら、ポイントは「科学のあり方がどう変わってきたか」かなと思います。一般にイメージされる科学とは、例えば計算機科学ですと入力があり、定められた演算処理を経ると出力結果が得られる、という明らかな因果関係を理解しようとするものですよね。「1+1=2」のような、はっきりした世界です。
一方で、漢方薬のように非常に多くの要素が相互作用し合い、複雑なプロセスを経て結果が生まれる「何が入力条件で、どのような演算処理をしているのか」がよく分からないものが自然には多くあります。このような「自然は複雑でよく分からないもの」という一般的な認識は結構根強く、20世紀に入っても漢方薬のような東洋医学は因果関係が不明瞭だ、という認識が一般的だったと思います。しかし近年では科学の進展、例えば複雑系科学のような考え方の登場によって、漢方薬の効能のような複雑な現象も徐々に理解できるようになってきました。つまり、漢方薬の効能の解明と同様に、土壌微生物と桑をはじめとする様々な植物がどのように相互作用することで蚕が作りだすシルクの品質が決まるのか、といったことも解明されていくのだろうと思います。
科学は、自然を理解しようと発展してきたわけですよね。近代哲学は、神ではなく科学によって自然を理解しようとする契機となりましたが、数多くの理解できない複雑な自然現象が今も残されています。ですがコンピュータの情報処理能力向上やロボティクスの発展、DNA解析技術の普及により、これまで「理解できなかった複雑な自然現象」が解明されつつある。このような科学のあり方が北野さんの取り組まれるシステムバイオロジーの基本的な視座であり、細尾さんの取り組みと相性がいい点なのでしょうね。
それを踏まえて、ここから対談に入っていきたいと思います。まずお伺いしたいのは、「美」とは何か、という点です。このプロジェクトで扱われている「美」とは、どのようなものなのでしょうか。江戸時代の技や価値観といった伝統に根差した「美」を復活させることを指しているのでしょうか。あるいは、岡本太郎的に言うと「なんだ、これは!」と人々の既存の価値判断を揺さぶり宙づりにする、現代美術的な美なのでしょうか。細尾さんからお話をお聞かせください。
細尾:江戸時代の着物を着た時に、まったく新しいものを見たような感覚、「なんだ、これは!」と見たことのない現代アートに出合ったときに受けるようなショックがありました。西陣織は、美を追求する中で世界でも最も複雑な織物構造になりました。織物の構造や糸の使い分けにおいても、現代はテクノロジーを取り入れることで、より複雑なものをつくれているという自負がありました。実際、われわれも新しいプログラムや技術を取り入れながら、織物の可能性を広げてきました。
しかし、江戸時代のシルクは構造としてはそこまで複雑ではないにもかかわらず、圧倒的な素材の良さによって、まったく別次元の美しさを立ち上がらせていた。そこには、私たちが到底かなわないと感じるほどの美がありました。まず、そこがやられたポイントです。
だからといって、江戸時代に立ち返ればよいわけではありません。現代にはより高度な構造設計や多様な糸の開発が可能な技術がありますし、全てを手作業で再現するのは、現代の経済合理性とも両立しません。そこで重要になるのが、江戸時代の美しいシルクを現代のテクノロジーでリバースエンジニアリングし、その本質を解析したうえで、いまの織物に取り込むことです。江戸時代の着物の中に見出した未来の可能性を、現代の技術と融合させ、次の時代の織物を生み出していく――そうしたイメージを持って取り組んでいます。
「西陣織と半導体の製造工程が似ている」
水野:今のお話を北野さんの視点で捉え直すと、たとえば織物の構造をアルゴリズミックにデザインするのか、蚕を遺伝子組み換えなどでどうデザインするのか。狙った特性を持つ材料を適切な形で適切なタイミングに十分な量だけ生み出してもらうにはどうすればよいのか。そのために、蚕が食べる桑の葉にはどのような栄養成分のデザインが必要なのか。それを実現するには、桑の栄養素に関係する土壌環境をどう最適化すればよいのか。こうした一連のプロセス全体を俯瞰し、背後で設計図を描く存在――映画『マトリックス』でいうアーキテクト的な役割を北野さんが担うのだろうと思います。アーキテクト的な立場から見て、先ほど細尾さんがお話しされていた「美の追求」に対して、北野さんはどのような形で貢献できるとお考えでしょうか。
北野:初めて西陣織の七階層・八階層の織り方を見たときに、私は半導体の製造工程に似ていると感じました。半導体は、シリコンやガリウムなどのレイヤーを何層にも積み重ねてつくられます。もちろん、糸を通す織物とエッチングなどを行う半導体製造は全く別物ですが面白いと思いました。
さらに織物は、物理的な糸による弾性体の構造であり、建築の構造設計にも近いものがあります。細尾さんに「崩れない構造はあるのか」と伺うと、すでに知られているいくつかのパターンがあり、それを用いているという話でした。つまり、モジュール化された構造があり、その組み合わせの範囲では安定性が保たれているということです。ただし、その構造安定性は素材の力学特性に依存します。もし異なる物性を持つ糸をつくることができれば、これまでにない構造安定が生まれ、新しい構造パターンや織り方が可能になるはずです。糸の表面が持つ光学特性が変われば、新しい色表現も生まれる。ここに大きな可能性を感じました。一方で、そこまで考えると組み合わせはほぼ無限に広がってしまいます。
そこで重要になるのが、まず「最小限の組み合わせ=ミニマムセットは何か」を見極めることです。そのためには、土壌の条件や、蚕が食べる桑の成分パターンがどの程度影響しているのかなど、分かっていることと分かっていないことを整理し、基礎から調べていく必要があります。やることはたくさんあって、延々終わりが見えない怖さもありますが(笑)、それがまた面白いとも感じます。
「アート、サイエンス、テクノロジーが行き来しながら交差する」
水野:今の話を聞いて面白いと感じたのは、工学的なデザインにおける最適解を条件づけるものが実は審美的な価値判断である、という点です。
北野:そうですね。最終的に重要なのは「美しいかどうか」という点であり、それは単なるパラメーター設定で決められるものではありません。そこにアートが介在する余地があることこそが、この取り組みの面白さだと思います。アート、サイエンス、テクノロジーという三つの領域が行き来しながら交差する。そのプロセス自体が、このプロジェクトの最も面白いところだと感じます。蚕や桑の話になってくると、これはもはやテクノロジー以前にサイエンスの領域です。仕組みを理解しなければ前に進めませんし、単純にロボットを導入すれば解決するような話でもありません。
水野:もう一つ重要な軸として挙がっていたのが「テロワール」という考え方です。テロワールはもともとワインの世界で使われてきた言葉で、味を条件づけるする要因として、生産地の歴史、文化、気候、地形、ブドウの品種などのさまざまな条件が一体となった「風土」のようなものを指します。京都・宇治にお茶のテロワールがあるように、日本各地にも固有のテロワールが存在するわけです。
「テロワール」を介して見ると、北野さんのスライドで示された「ヒストリー」と「トラディション」も別の見立てができそうですね。おっしゃる通り、巨大なAI企業による莫大な投資の流れに日本も乗ることは可能かもしれませんが、投資額の勝負になってしまう。そこで独自性のある開発の方向性として、日本には歴史や伝統を起点にするアプローチがあるのではないかという視点は非常に興味深いところです。歴史や伝統を条件付ける、京丹後には京丹後ならではのテロワールがあるはずです。では、そのテロワールを前提とした新しい美的価値の創出とはどのようなものなのか。そこで伺いたいのが、細尾さんはテロワールをどのように考えていらっしゃるのでしょうかという点です。京丹後には特別な「何か」があると捉えているのでしょうか。
細尾:丹後と西陣の関係は、実は非常に深いものがあります。西陣織が栄えていた時期に、丹後は「丹後ちりめん」に代表される織物産地でもあり、西陣の外注先工場の役割を担ってきました。そこには、西陣と同等の高度な技術が蓄積され、質の高い織物を生み出せる土壌がありました。さらに歴史をさかのぼると、丹後は「丹後王国」と呼ばれるほど古い歴史を持つ地域です。染織文化が中国大陸から伝来した際、その入口となったのが丹後周辺だったとも言われています。古墳が多く残り、伊勢神宮の「元伊勢神宮」が置かれていたことからも分かるように、政治・文化・信仰の要衝であり、養蚕も盛んに行われてきました。数千年にわたる織物の歴史と、さらに遡ると文化が伝来した地域である丹後は非常に奥行きのあるエリアです。その意味で、このプロジェクトの舞台としても極めて興味深い場所だと考えています。また、京都市内から車で約2時間、天橋立周辺までアクセスできる距離感も、今回のプロジェクトにとっては重要な要素の一つです。
北野:京丹後は一昨年に、候補地がまだいくつかに絞られている段階で訪れました。ちりめん街道をはじめ、実際に機織りが行われている工場も見学させていただき、地域に息づくものづくりの現場を直接知る機会となりました。
細尾:この地域は水がきれいなこともあり、日本酒をはじめとした食文化が非常に豊かです。加えて、先ほど伝えきれていなかったのですが、今回の取り組みで重要なのは、「良いシルクをつくった先に、何が生まれるのか」という点だと考えています。単に素材を開発するだけでなく、エコシステム含め、どのように未来の文化を形づくっていくかが大切だと考えています。その文脈で見ると、与謝野町は人口約2万人ながら、日本で最も織物従事者の人口密度が高い、いわば織物の町です。周囲には非常に高い技術を持つ織り手が数多く存在しています。もしこのプロジェクトが成功すれば、そうした織り屋さんとの協業が自然に広がっていくでしょう。さらに、撚糸を担う事業者なども含め、日本のシルク産業の中核を担う存在として、単独の企業で完結するのではなく、日本全体からこの取り組みを興し、さまざまなプレイヤーと連携しながら世界に発信していく。その姿勢こそが非常に重要だと考えています。
水野:非常に面白いですね。以前、国の政策で力を入れていた「地方創生」の文脈を振り返ると、テロワールを解釈することで、観光にとどまらない特定の地域が持つ魅力を最大限に引き出し、地域住民が自律的に暮らし続けられる条件整備を支援していたと思います。「京都シルクハブ」構想は、その流れと重なる部分があるように思います。しかもそれは単に前近代的な技術を復活させるという話ではなく、現代的な技術を用いた可能性の探索です。かつて養蚕が盛んだった日本各地の地域にとっても、再び立ち上がるための一つの契機になり得るのではないか。そうした広がりまで含めて考えると、この取り組みは地域創生という文脈から見ても意義あるロジェクトだと感じます。
北野:京丹後を初めて訪れたときにとても印象的だったのは道中の風景です。谷と山並みが連なる景色の中を抜けていく体験が本当に美しく、どこかブータンを訪れたときの風景を思い出しました。思わず「ここには竜が住んでいるのではないか」と感じるほどの神話的な雰囲気がありました。実際にたどり着いた場所も風光明媚で、そのとき思い出したのは、時計産業で知られるスイスのヌシャテルです。京丹後もまた、自然の美しさと高度なものづくりが結びついた、世界に通じる産業拠点になり得るのではないかと強く可能性を感じました。
細尾:パリとシャンパーニュ地方の関係ととても近いものがあると感じています。パリから車でアクセスできる距離にあり、そこにはそれぞれのメゾンが存在し、高品質なものづくりが行われている。同時に、それ自体が大きな観光資源にもなっています。同じように、シルクの拠点・起点としながら、先ほど触れた食やお酒、さらには地域観光といった要素が連動して広がりが生まれるのではないか。そうした複合的な展開が、この取り組みの可能性をさらに押し広げると考えています。
水野:次の話題に入る前に、総括としてお話ししたいことがあります。私は21世紀初頭にイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでファッションデザインを修士・博士課程で学び、研究しました。イギリスは、まさに近代化の過程で地域文化を半ば失った国でもあります。その影響もあってか、当時の教育現場では誰がデザインした服かは議論されても、その素材や原料の出自についての議論はほとんどされませんでした。それから約20年たった今、ヨーロッパの多くのファッション教育の現場はだいぶ変わっています。テロワールや材料のトレーサビリティ、クラフトマンシップを重視するデザインも尊重されるようになり、かつてシステムの外に追いやられていたデザインプロセスやデザイン要素が重要視されるようになったと感じています。日本ではこのような動向をある意味で「逆輸入」するかたちで、もう一度素材や原料にまつわる歴史や文化、足元にある価値を見直す時期に入っているのではないか。そんな印象を持ちながら、この話を聞いていました。
さて、ここからは、「京都シルクハブ」と日本の養蚕業が10年後、20年後、30年後の展望について伺いたいと思います。与謝野町をモデルケースに衰退が進む日本の繊維産地に養蚕から関わり事業を広げることで、従来の近代化とは異なる新しい発展のかたちがあるのではないかという期待があります。一方で、今から10年後には18歳人口の急減が始まり、大学をはじめとする教育機関や地域社会にとっても厳しい局面を迎えることが予想されています。そうした中で、地域産業や地域経済圏をどのように担っていくのか。10年後を見据えた考えを、お二人に伺いたいと思います。
ラグジュアリーシルクを再定義する
細尾:10年後の時点でもこのプロジェクトはまだ序盤から中盤に差しかかる段階だと思っています。まずは一つのショーケースをつくりながら、「日本から世界へ」という視点で取り組みたいと考えています。その中で私自身が特に重視しているのが、ラグジュアリーシルクの再定義です。現在のシルクには、6A、5A、4Aといった評価基準がありますが、これはここ100年ほどの間につくられたもので、産業資材をベースに均一性や白さを重視しています。個人的には評価基準が画一的だと感じています。もちろん良さもありますが、それだけで美しさを測れるわけではありません。
江戸時代のシルクを見ると、そこには多様な表情や特徴がありました。美しさは必ずしも均一でピカピカしていることだけではなく、人間の感性でしか捉えられない独特の「気配」があった。そうした多様な美を持つシルクは、確実につくれるはずですし、実際に江戸時代には存在していました。現在のシルク市場では、最高級とされるラグジュアリー向けのシルクであっても、価格差は数倍程度にとどまっています。一方、カシミヤの世界では、「ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)」などに代表される明確なハイエンドが存在し、希少性や特徴によって価値が大きく分かれています。
日本はかつて世界有数の養蚕大国であり、優れた遺伝子資源(ジーンバンク)を持っています。それを復活させながら、多様な美を備えたシルクを生み出すことで、画一的だった世界のシルクの価値観を、日本ならではの豊かな美の世界をつくることができるのではないか。海外のラグジュアリーブランドとの協業を通じて、そうしたシルクをしっかり供給し、世界のシルクの流れを変えていきたいと考えています。
もう1つの軸は日本国内です。日本には北海道から沖縄までさまざまな素晴らしい着物づくりの産地がありますが、着物の素材の約99.5%が海外からの輸入に頼っています。もし高品質な日本産シルクを安定して供給できれば、「日本のシルクで着物をつくる」という本来の姿を取り戻すことができ、着物の質そのものも高めていけるはずです。ラグジュアリーシルクの再定義と日本国内の着物の復活、その両方を見据えています。
さらに、地方創生の観点も重要です。養蚕には良質な桑が不可欠で、桑畑には広い土地が必要になります。都市部では難しく、必然的に地方に価値を見いだすことになります。その土地ならではの養蚕や風景を、観光資源も含めた地域価値として育てていきたい。日本各地と協業しながら、新しい価値を共につくっていくプロジェクトにしたいと考えています。
水野:多様な美や表現を可能にしていくという点で、工学的に「高品質シルク」を目指すことではないという考え方は魅力的ですね。各地域のテロワールに即して最適化された、面白い材料が生まれるという大きな可能性を秘めていると期待しています。
次に、北野さんを中心に、20年後、30年後というより長いスパンの未来について伺いたいと思います。シンギュラリティの到来が語られ、機械が人間よりも賢くなる可能性が現実味を帯びてきています。すでに私たちの生活には多くの機械が組み込まれていますが、将来的には人間と機械の主従関係が逆転し、人間が機械のシステムの中に組み込まれていく、という状況も起こり得るのではないでしょうか。さらに、30年後を見据えると環境問題の深刻化も避けて通れません。つまり人間と機械だけでなく、人間と機械と環境の複合系を捉え直す必要が出てくると思います。そのような未来の中で、「京都シルクハブ」は20年後、30年後にどのような展望を描くことが望ましいのか。どのようなビジョンを描けるとよいのか。ぜひ北野さんの考えをお聞かせください。
北野:「シルクハブ」という名前の通り、目指すべきはここが世界の中心的な“ハブ”になることだと思っています。私自身、2000年から沖縄でOIST設立に関わり、構想から25年をかけてきました。最初の約10年はプランニングに費やし、大学が立ち上がって一期生を迎えてからも、さらに10年以上が経っています。これに取り組むときに、産業が本格的に集積するまでにどれほど時間がかかるのかを調べたところ、サンディエゴのバイオクラスターは形成までに約30年を要しています。シルクハブも、産業集積地となるには同程度の時間軸を見込む必要があると考えています。
シルクハブという拠点ができると、さらに世界最高峰のシルク研究所、あるいは教育機関が生まれてくるでしょう。イメージとして近いのは、サンセバスチャンの食の研究所「バスク・カリナリー・センター(Basque Culinary Center)」やバルセロナ周辺にいくつかあるガストロノミー研究所です。目指すのは、世界中からシルクに関する人とデータが集まり、「シルクを研究するなら京丹後へ行く」という状況をつくること。何でもやるのではなく、「シルク」に徹底的に集中することが重要です。扱う領域は、伝統的な農業からバイオテクノロジー、糸の物性研究、さらには柔らかい素材の構造計算といった技術まで幅広く、西陣の技術基盤も含めて産業応用の可能性は大きい。そこから生まれた技術や事業がスピンアウトし、やがて世界へ広がっていくことも十分に考えられます。
突出した取り組みを行う場所は自然と世界の中心になります。京丹後は風光明媚な土地でもあり、ハイエンドツーリズムとの連動も期待できるでしょう。また、サイエンスとテクノロジーの面では、ロボティクスによるスケール展開も可能です。最終的には、京丹後のシルクハブを「マスター拠点」とし、日本各地や世界各地に「シルクハブ・サテライト」を展開する構想も描けます。土壌や微生物環境が異なる地域には、システムごと展開し、連携するなどテクノロジーを活用すれば、そうした分散型ネットワークも実現できるはずです。時間はかかりますが、長期的にはそのような姿に向かっていくのではないかと考えています。
水野:シルクハブが30年後に産業集積地として立ち上がれば、「未来志向の地域モデル」としてのサテライト拠点の展開も本格化するだろうということですね。そのためにも、立ち上げまでの間に仲間を増やし、共に取り組む人や組織を広げていくことが、重要だと感じます。
北野:どんどんデータを取って、AIに学習させていくことが決定的に重要になります。「こういう糸がほしい」と要望が出たときに、AIが「この条件ならこの可能性がある」と複数の選択肢を提示し、実際に試作して検証していく。そのサイクルが回るかどうかが鍵になります。そのためには、どれだけ多くのデータを集積できるか、そしてその知見を桑の栽培、桑の葉、養蚕のプロセスへと一貫して落とし込めるかが重要です。養蚕は物理的な制約が大きく、どこでも同じようにできるものではありません。だからこそ、データ集積から実装までを最も効率よく、高品質に行える拠点として、シルクハブの存在が中核的な役割を担うようになるのではないかと考えています。
「人間の身体感覚や感性がより中心的な役割を担っていく」
水野:こうした議論を踏まえると、細尾さんに伺いたいのは、人材育成の点です。現場で「これはこれまでにない表現だ!」といった美的価値判断が可能な人材は、AIを使いこなす人材と同じくらい重要になると考えられます。そうした人材を育てていくために、何か具体的な考えや手立てはありますか。
細尾:実はその点については、すでに工房の現場でも起きていることです。言葉で説明するのは難しいのですが、「良い/悪い」に関する共通基準は確かに存在します。たとえば「グッとくるか、こないか」「これは『HOSOO』らしいかどうか」といった判断です。明確に言語化しづらいものの、現場では誰もが共有している感覚があります。それは単純に品質の数値や仕様だけで決まるものではなく、さまざまな要素が複雑に絡み合った結果として立ち上がる「気配」のようなものだと思います。テクノロジーやロボティクスを導入すると、「人が不要になるのではないか」と捉えられがちですが、決してそうではありません。むしろこの世界では、人間の身体感覚や感性がより中心的な役割を担っていくと考えています。そこがとても面白いところだと思います。
北野:この話は、オーディオの世界にもよく似ていると思います。スピーカーを徹底的に測定して性能指標を極限まで高めれば、確かに「音の良い」スピーカーはつくれます。一方で特性としてはいまひとつでも、不思議と「味」がある音を出すスピーカーも存在します。たとえば、ヴィンテージのJBLのスピーカーで聴く昔のジャズは、数値的には性能が劣っていても、その時代ならではの「味」があります。同じ音源を現代的な高性能スピーカーで聴くと、なぜかその魅力が失われてしまうこともある。性能が良いことだけで価値が決まるわけではありません。特にアーティスティックな領域では、「味の良さ」は主観的なものです。そこを判断できるのは人間であり、デザイナーやアーティスト、クラフツマンの感性です。テクノロジーだけで「これが欲しい」と言われたものを、性能指標を追いかけるだけでは実現できません。
技術的に成熟している分野では性能を高めること自体は徹底的にチューニングしていくことになります。一方で、「こういう味を出したい」という要望を形にするテクノロジーは、非常にハードルが高い。チューニングの向かう方向が数値化できないからだと思います。だからこそ、このチャレンジには大きな価値があり、面白さがあるのだと思います。
水野:制御可能なデザイン条件と、条件付けが困難な「気配」という言葉で表現される要素。その両方が織り交ざることが非常に面白いと感じました。土中微生物や植物などが相互依存することでテロワールが形成され、それが現在の科学技術によって、ある程度は設計要件として扱えるようになってきた。一方で、人間が感じ取る「気配」のような感覚は、まだしばらく技術だけで完全に扱えるものではないかもしれません。テクノロジーと感性は切り離せるものではなく、またどちらか一方を捨てることもできません。両者をつなぎ合わせることでシルクハブにおけるマテリアルドリブン・デザインを実現するという、新しい地域の再活性化が期待できる点になりそうですね。
会場からのQ&Aセッション
質問者1:私は個人的に着物がとても好きで、自分で着ることはないのですが、全国各地の着物について関心を持って見ています。細尾さんは、日本各地の着物産地を取りまとめるような動きもされていると伺いました。気になっているのが大島紬です。大島紬は、日本人女性に非常に人気があり、高価でありながらフォーマルに寄りすぎない、極めて贅沢な着物だと思います。しかし、職人の高齢化が進み、現在では担い手がわずか8人しか残っていないと聞きました。こうした状況について、どのようにお考えになっているのか、お聞かせいただけますか。
細尾:大島紬はまさに今日話してきた「テロワール」の世界そのものだと思います。もちろん高度な技術の集積でもあり、ご存じの通り、その工程は30以上にも及びます。奄美の鉄分を多く含んだ泥や地元の木を煮出した染料を使い、30回以上染めた後に泥に浸すことで化学反応を起こし、それをさらに繰り返す。最終的には100回近い工程を経て完成します。そこには土地の風土、歴史、そして人の営み全てが反映されています。歴史的に見ても、大島紬は世界で最も複雑な絣を実現した織物です。約100年前に、手作業では不可能だった絣を機で実現した一人の天才、イノベーターが現れ、その革新が泥染めと世界最細密の絣が結びつき、30工程にも及ぶ独自の技法を生み出しました。
一方で、未来に向かって考えると、この30工程に及ぶ超絶技巧はどうしても膨大な人手と時間を必要とし、結果として高コストになります。その経済合理性の壁に押し込まれ、着物市場の縮小や、シルクの多様性の喪失と同じ構造的な問題に直面してきました。これは大島紬に限らず、多くの伝統工芸に共通する課題だと思っています。
これから重要になるのは、そうした技術や文化をどう価値付けし、次につなげていくかです。シルクハブの文脈で言えば、たとえば絣の工程をロボティクスで再現できないか、あるいは土壌や染めの工程をリバースエンジニアリングし、人が100回近く行ってきた重労働を高速かつ安定的に再構築できないか、といった研究が考えられます。
目指すのは、これまでの品質を保つあるいはそれを超える「次の大島紬」、いわばフューチャークラフトを生み出すことです。日本には、本来はダイヤモンドの原石でありながら、消えつつある技術や文化が数多くあります。シルクハブを起点に、そうした取り組みを横展開し、最終的には日本が世界に誇れる唯一無二のIPへと育てていきたい。そのように考えています。
北野:その話を聞いて、まず思い浮かんだのが「土壌はどうなっているのだろう」という点でした。土壌中の微生物も、おそらくその土地固有の種や、そこでしか見られない遺伝子構成を持つ微生物群が相当存在しているはずです。鉄分が多く、玄武岩質の火成岩由来の地質であることを考えると、なるほどと思いました。そうした条件を分析すること自体は可能だとしても、それを別の場所に持ち込み、同じ状態を再現するのは相当に難しいでしょう。まさに、その土地でしか成立しない「テロワール」の世界なのだと、改めて感じました。
質問者2:複雑なものは「積み重なった層そのもの」に価値があり、手間がかかりすぎていて再現できないものだとどこかで諦めてしまっていた部分があったように思います。しかし、そこにサイエンスを持ち込み、複雑さを分解して言語化し、設計可能なかたちにしていく。そのプロセス自体がとても面白いと感じました。シルク産業は裾野が広いからこそ可能なのかもしれませんが、こうしたアプローチは、まったく別の産業にも応用できるのではないでしょうか。その点について、北野先生のお考えを伺ってみたいです。
北野:複雑なシステムには「ロングテール分布」と呼ばれる特徴的な構造があります。主要な成分が大きな割合を占める一方で、量は少ないものの、多様な成分が長く尾のように連なって存在する分布です。よく「猫のしっぽ」にたとえられます。このしっぽの部分を切り落としてしまうと、もはや猫ではなくなってしまうように、少量成分の集積こそが全体の機能や効果を支えています。漢方薬も同様で、主要成分だけを取り出すと、効果が弱まることがあることが知られています。
私がこれまで取り組んできたサイエンスは、こうしたロングテール、つまり「尻尾の部分」も含めた複雑さを、複雑なまま理解し、その構造に意味がある理由を解き明かすことでした。
今回話題に出ている土壌や蚕も同じですし、陶器の土の成分も非常に複雑です。その成分が焼成後の性質にどう影響するのかも重要なテーマになります。また、日本紫のように、衣服に含まれる多様な成分が皮膚を通じて吸収され、炎症を抑えるといった作用があることもあると伺いました。自然の成分は、ほとんどがこのロングテール分布を持っています。そうした複雑な成分構成を、私たちの生活や製品、さらにはアートピースの中にどう取り込み、暮らしや健康へと反映していくのか。その可能性は大きいと感じています。
細尾:医師が「薬を服用する」という言い方がありますが、その語源の一説は平安時代の自然染色に由来すると言われています。つまり、かつては「服」そのものが薬だった、という考え方です。衣に良い成分を取り込み、身につけることで健康に作用させていたのです。もともと自然染色に使われていた植物は、色が美しいだけでなく、漢方薬としても用いられるものが多くありました。美しさと健康が切り離されておらず、両者が重なり合うものだという感覚を、平安時代の人々はすでに経験的に理解していたのです。この発想は、現代のサイエンスの視点から見ても非常に示唆に富んだ、先人の知恵だと思います。