2025年、ビューティ業界のM&A(合併・買収)は力強く回復した。昨年が極端に静かな年だった反動もあり、強い逆風や市場の警戒感が残る中でも、企業の評価額は再び“ユニコーン”と呼ばれる10億ドル(約1570億円)規模に回復した。
米国の関税、ドル安、地政学的緊張といった障害が立ちはだかったものの、取引のペースは加速。25年の締めくくりは、10月19日に発表された、ロレアル(L’OREAL)による約40億ユーロ(約7360億円)でのケリング(KERING)のビューティ事業買収という、業界を揺るがすものとなった。
ロレアルは「クリード」獲得で
高級香水市場の地位を確立
M&A支援を専門とする米ザ・セージ・グループグループ(THE SAGE GROUP)のマネージング・ディレクターで、ビューティ&パーソナルケア部門責任者のマリッサ・レポー(Marissa Lepor)は、「年初はM&Aへの期待感が非常に高かったものの、関税やマクロ経済の逆風により一時的にブレーキがかかった。だが後半は、かなり活発だった。経営体制に余力のある企業と、そうでない企業の間で淘汰が起きた。結果として、マクロ経済の変化はブランドと企業としての真価を問う試金石となり、それを乗り越えた企業は一層輝きを放った」と話す。
ロレアルがM&Aの先頭を走ったが、戦略的投資家を含む多くのプレイヤーが買収に積極的で、カテゴリーを問わず評価額を10億ドル(約1570億円)規模へと押し上げた。ロレアルは、あらゆるセグメントで数多くの取引を行ったが、中でもケリングとの取引はゲームチェンジャーとなった。元ロスチャイルド・アンド・コー(ROTHCHILD & CO.)で、M&A支援を手掛ける100アリーズ(100 ALLIES)のネンナ・オヌバ(Nnenna Onuba)創業者は、「この取引は、業界のパワーバランスを完全に変えた。セクター全体に下振れ方向の影響が及ぶだろう。小売り業者、投資家、創業者まで、誰もがその重みを感じることになる」と語っている。
ロレアルとケリングによる約40億ユーロ(約7360億円)の戦略的パートナーシップは、プレステージからニッチフレグランス、ラグジュアリービューティ、ウェルネスにまで及ぶ。特に「クリード(CREED)」の買収により、ロレアルはフレグランス分野における明確なリーダーとなった。
ロレアルは美容医療と
ヘアケア領域も強化
ロレアルのその他の買収では、12月初旬、美容医療領域であるフェイシャル・インジェクタブル市場大手のスイス・ガルデルマ(GALDERMA)への出資比率を10%から20%へ倍増すると発表。急成長する美容医療市場への注力を鮮明にした。取引条件は非公開だが、10%分の持分は約39億スイスフラン(約7722億円)と評価されている。両社はこの合意の一環として、現在の科学的パートナーシップの強化についても検討していく。
またロレアルは6月、プレミアムスキンケアブランド「メディケイト(MEDIK8)」の過半数株式を取得。買収額は非公開だが、評価額は約10億ユーロ(約1840億円)と報じられており、25年におけるビューティ業界初の企業価値10億ドル(約1570億円)規模の評価への回帰を示す取引となった。ロレアルは今後、「メディケイト」の少数株主を買い取る権利も保有する。
業界関係者によれば、6月下旬にロレアルが買収契約を結んだ英国発プロフェッショナルヘアケアブランド「カラー ワウ(COLOR WOW)」も、10億ドル(約1570億円)規模の評価を目指していたという。この買収により、ロレアルはヘアケア及びスタイリング分野での地位を一段と強化した。「カラー ワウ」は、連続起業家のゲイル・フェデリッチ(Gail Federici)創業者兼最高経営責任者(CEO)が12年前に立ち上げたブランドで、看板製品は“ドリーム・コート・スーパーナチュラル・スプレー”だ。1本28ドル(約4300円)の同製品は、4.4秒に1本のペースで販売されているという。
また、ロレアルUSAは3月、10年間保有していた米国発のナチュラルヘアケアブランド「キャロルズドーター(CAROL’S DAUGHTER)」を匿名の独立系ビューティ起業家に売却した。創業者のリサ・プライス(Lisa Price)は社長に就任し、株式も保有する。その他の条件は非公開だ。
キンバリー・クラークはケンビュー、
E.L.F.ビューティは「ロード」を買収
一方で、ロレアルのケリング ボーテ(KERING BEAUTE)買収をはるかに上回る規模の取引もあった。ティッシュペーパー「クリネックス(KLEENEX)」や紙おむつ「ハギーズ(HUGGIES)」などを手掛ける米日用品大手キンバリー・クラーク(KIMBERLY CLARK) は11月、「ニュートロジーナ(NETROGENAへ)」「アビーノ(AVEENO)」「オージーエックス(OGX)」「タイレノール(TYLENOL)」などを擁するケンビュー(KENVUE)を、約487億ドル(約7兆6459億円)で買収すると発表。この取引は規制当局の承認を条件に、26年後半の完了が見込まれており、世界的なヘルス&ウェルネスの巨大企業を創出する狙いだ。
24年とはまったく異なる年になる可能性を、業界に意識させた最初の大型取引は、5月に成立した。イー・エル・エフ ビューティ(E.L.F. BEAUTY)が、モデルのヘイリー・ビーバー(Hailey Bieber)が手掛けるビューティブランド「ロード(RHODE)」を、評価額10億ドル(約1570億円)で買収することに合意した。その後、「ロード」は、北米セフォラ(SEPHORA)で展開を開始。イー・エル・エフ ビューティのタラン・アミン(Tarang Amin)CEOによれば、同社史上最大のローンチとなった。
“選択と集中”を進めるユニリーバ、
「スキン・バイ・キム」は「スキムス」が買収
消費財大手ユニリーバ(UNILEVER)も、3月1日にCEOが交代したばかりにもかかわらず、M&Aに積極的だった。4月には、英国のサステナブルなデオドラントブランド「ワイルド(WILD)」を金額非公開で買収し、6月には米プライベートエクイティ(未公開株投資)ファンドのサミット・パートナーズ(SUMMIT PARTNERS)から、男性向けパーソナルケア&グルーミングブランド「ドクター・スクワッチ(DR. SQUATCH)」を取得した。一方でユニリーバは売却側にも回り、スキンケアブランド「ケイト・サマービル(KATE SOMERVILLE)」を米ビューティ企業のレア・ビューティ・ブランズ(RARE BEAUTY BRANDS)に譲渡。ロサンゼルスを拠点とするエステティシャン、ケイト・サマービルが創業した同ブランドは、革新性と高い効果で知られていた。ユニリーバは15年に同社を買収したが、近年は競争激化の中で存在感を維持するのに苦戦していた。
3月には、もう一つの注目取引があった。数カ月にわたる憶測の末、キム・カーダシアン(Kim Kardashian)の補整下着・アパレルブランド「スキムス(SKIMS)」が、キム・カーダシアン及びコティ(COTY)からコスメブランド「スキン・バイ・キム(SKKN BY KIM)」を買収。コティは21年に「KKWビューティ(KKW BEAUTY)」の株式の20%を2億ドル(約314億円)で取得していた。その後、6月末に「スキン・バイ・キム」は終了。今後、カーダシアンのビューティ事業は「スキムス」名義で再始動するとみられている。
8月には、ハンドサニタイザーブランドを巡る大型取引も実現。チャーチ&ドワイト(CHURCH & DWIGHT)が「タッチランド(TOUCHLAND)」を条件付きで最大8億8000万ドル(約1381億円)で買収した。
海外展開強めるアルタビューティ
アマゾン、TikTok、小売り環境は変化
小売り分野でも注目の取引があった。米化粧品専門店大手アルタビューティ(ULTA BEAUTY)は7月、投資会社マンザニータ・キャピタル(MANZANITA CAPITAL以下、マンザニータ)から英高級化粧品小売り、スペースNK(SPACE NK)を買収。新CEOのケシア・スティールマン(Kecia Steelman)のもとで、大胆な動きを続けている。取引条件は非公開だが、24年の報道では、マンザニータは3億〜4億ポンド(約570億〜760億円)規模の評価を求めていたとされる。
ビューティ業界のM&Aが減速する兆しはなく、26年に向けても多くの動きが控えている。
米投資ファンド、プレリュード・グロース・パートナーズ(PRELUDE GROWTH PARTNERS)のアリシア・ソンタグ(Alicia Sontag )共同創業者兼マネージング・パートナー 「ビューティカテゴリーの最もエキサイティングな点は、そのダイナミズムにある。小売りは変化している。アマゾン(AMAZON)、TikTokを見れば明らかだ。戦略も変わり、ケリングはロレアルへ、ケンビューはキンバリー・クラークへと向かった。最終的な勝者は、長く続くことを前提に築かれたブランドだ」と語った。