PROFILE: 小木充/ウェルネスビューティーコンサルタント

空前の訪日客消費に沸いているのは化粧品業界も同様。とはいえ市場を見てみると、相変わらず元気がいいのはハイファッションコスメと韓国コスメ。日本のコスメブランドには何が足りていない? ビューティ・ジャーナリストの木津由美子が今回話を伺うのは、小売りの現場に長らく携わってきた小木充氏。現在はニュースケープ代表も務めるその独自目線から、5回にわたって提言をいただく。
――:昨年あたりから化粧品のプレス発表会が非常に増えていて、毎日5〜6件というのが当たり前になっています。新ブランドや新製品、あるいは今まで発表会というものをやっていなかったブランドがやり始めたりしていて、まさに化粧品業界のレッドオーシャンを日々体感しています。
小木充(以下、小木):“レッドオーシャン”というのは化粧品業界の人の主観のように思うんですよね。どのブランドもマーケティングの仕方が結構似ているから。例えばR&Dに投資して、幹細胞やレチノールといった話題の成分で注目を集める。それが「ポーラ(POLA)」の“リンクルショット”みたいに大きな生命線につながることもある。他の業界から見ると簡単そうと思って参入して、でもやってみたら難しいという壁にぶち当たっているように見えますね。
――:それは同感ですね。特にファッション業界から参入したブランドの多くはファッション同様に感覚的なアプローチが多くて、こちらから見ると差別化戦略が見えない。キー成分が違うか、アンバサダーが違うかといった程度。
小木:そう思いますよね。前職の場合、マッシュビューティーラボ(以下、MBL)という子会社を作って、経験や知見、チャレンジ精神のあるスタッフをそろえ、大手企業では成し得ないスピード感やエンパワーメントといったなかで作り上げてきました。でもファッション企業の人たちは専門の子会社やチームを作らずになんとなくコンサルだけ入れている。あるいは販売員をブランドの中核に据えたりするんだけど、製品企画・生産管理・営業などの経験がない。その人に才覚があっていろんなディレクションができればいいけれど、そこまでじゃない。社内でコスメに一番詳しいのはこの人と決めて進めていくやり方が多い。あとはアパレルブランドのファッションディレクターが「化粧品はよく分からないけどこんなの作りたいです」という、製品ターゲットを想定した他社ブランドの同ターゲット製品だけを持って打ち合わせして完全に外部に丸投げ、ということが多いように感じます。
――:そうしてうまくいったら3年後ぐらいにブランド売却、という目的が透けて見えたりします。
小木:yutoriというアパレル企業が上場1年を経て、化粧品に詳しいi.Dと組んでプチプラコスメ「ミニュム(MINUM)」を昨春立ち上げました。ドラッグストアを中心に販路を広げ、昨年末にはyutoriが事業を買い取っています。発案から製品発売までほぼほぼ1カ月半というスピード感で出してきているのが面白い。こういう他業種がいろんな発想でスピード感を持って進めるところが出てこないと、レッドオーシャンと思われている硬直化した化粧品業界に刺激がないんじゃないかな。
――:確かに韓国コスメがここまで急速に台頭した理由の一つに“スピード感”はありますね。渋谷ロフトに韓国コスメを入れているディストリビューターが言っていましたが、最初は“韓国コスメコーナー”というポップアップ展開で目立たせる必要があったが、そのうちそんなことをする必要もなくなり、日本のコスメと一緒に棚で展開しても売れていく、今では日本仕様のパッケージに変更せずハングル文字を残したほうが人気ということで、売り方もスピーディに対応しているようです。
小木:ただ、韓国コスメの購買客は高校生、大学生、新社会人あたりが多く、コスメ歴が浅く自分に合うものを知らない世代。成分が自分に合う・合わない、良い・悪いの判断がつかずに使っているから、それによって今、肌荒れ問題が起きていますよね。その揺り戻しが必ずあるだろうと考えたときに、広告施策やミューズの立て方、SNS戦略が韓国コスメほど上手くないがゆえに埋もれている、でもモノがいい国産ブランド、特にスキンケアブランドは闘えるだろうなと思うわけです。Yutoriが展開するブランドははまだメイクアップ中心ですが、これから新ブランドを続々と立ち上げてそこそこの中価格帯のブランドを出したときに、今の韓国コスメに肉薄するような売れ行きのものが出てくるんじゃないかな。ファッションだけでなくインテリア業界などから新規参入が続くと面白いことが起きると思いますね。
――:でも異業種参入やインフルエンサーコスメなどが急増していて業界に活気があるように見えながら、実は売れ残り廃棄ゴミを増やしているように感じるんですよね。成功しているブランドが思いつかないので。
小木:そう思われるブランドに携わっている人たちは、「なんとかなるだろう」と、どこか他人事に考えているのでは。少なくとも、自分ごとになっていないように感じます。化粧品を作るときはまず、こういう女性像を描いているとか、どうやってキレイになってもらいたいか、あるいは自分や家族にこんな悩みがあったからなど、コスメを通じて問題解決や前向きな生き方につながるような、一生かけてやっていこうというビジョンや哲学があるべきでしょう。ところが化粧品会社に入社したときはちょっとはあったかもしれない理想や夢も薄らいでいき、その後の配属以降一つ一つがセクショナリズムの理論優先で組織の歯車と感じるような部門を渡り歩くキャリア形成の中で、部署異動があったとしても年齢を重ねないとブランド全体を見ることができない。全ての化粧品会社とは言わないけれど、ブランド全体をディレクションできるような人間が育たないような人事の仕組みになっているように思います。僕は化粧品ブランドを作ったことはなかったけれど、MBLでは一人でブランドコンセプトからチームビルディングを請け負うほかないという状況で「トーン(to/one)」をつくりスタートすることで、化粧品ブランドにありがちなセクショナリズムに翻弄されずにブランドを成長させることができたと感じています。あるいは「セルヴォーク(CELVOKE)」の立ち上げ時期では、本当に使いたいと思えるファッション性が高くてカッコイイブランドが「スリー(THREE)」しかない、でも「スリー」よりもっとかっこいいブランドができるんじゃないか、とディレクターやチームが信じていたから誕生させることができた。yutoriも今だったら勝てると思うから参入している、でもこれからさらに育つには、強い芯があるかどうか。そんなところに注目したいですね。