「WWDJAPAN」には美容ジャーナリストの齋藤薫さんによる連載「ビューティ業界へのオピニオン」がある。長年ビューティ業界に携わり化粧品メーカーからも絶大な信頼を得る美容ジャーナリストの齋藤さんがビューティ業界をさらに盛り立てるべく、さまざまな視点からの思いや提案が込められた内容は必見だ。(この記事は「WWDJAPAN」2024年12月23日号からの抜粋です)
ついに、厚生労働省が動き出したという。意外に早かったともいえるが、それだけ目に余るものがあったのだろう。以前にもこのコラムでお伝えしたように、美容医療への医師流出が止まらない。そのために、他の分野の専門医師が減少傾向にあること、特に外科の医師が不足している現状があって、それって深刻な医療危機の一つなのではないかという見方が、昨今急速に高まっていたのだ。そこで厚生労働省が出した対策案は、内科や外科など一般的な保健診療に最低5年ほど取り組むことを義務化する、というもの。5年間は保険医療に携わらなければ、“自由診療”である美容医療に進めないということで、美容医療流出への一つの歯止めにはなるのだろう。
ただ一般の病院に勤務する医師は、労働環境も収入も決して良いものとはいえず、「保健診療の現場」では当直も含め残業100時間などザラ、収入は平均400万〜500万円といわれる。これに対して美容医療では基本的に当直も残業もなく、休みも十分取れる。そして収入はいきなり2000万円というケースも。単純に考えたら流出もある意味無理からぬこと。最近では「直美」というワードも目にするようになったが、これは医師としての国家試験に合格してから一般的には臨床現場での2年間の研修と専門医としての研修を経なければならないのに、美容医療のクリニックでは初期研修を終えてすぐ、つまり専門医研修をスルーしていきなり年収2000万円クラスの就職ができることから、「直接、美容医療」に進んでしまうという意味。この「直美」を選択する医師が増えたことも問題視されていた。
だからこそ、こうも思う。たとえ5年を義務化しても、保険診療の過酷な現場や待遇そのものを改善しなければ、根本的な解決にはならないのではないか。5年間ブラックな現場を耐えたら、すぐに美容医療という選択をする医師がこの先も増えていったら、やっぱり根本的な医師不足は解決しないだろう。そもそもが、美容医療が一気にポピュラーなものになり、そこに後ろめたさをあまり感じなくなったのは、施術を受ける方も、また施術をする方も同じなのだ。美容系の医師になることに抵抗がなくなったことが、この「直美」などの問題に拍車をかけているはず。特に外科医不足が問題視されているのも、こうしたモチベーションの問題が少なくないといわれる。つまり以前は、最もやりがいがある医療として外科医を目指す人が多かったのに、今ややりがいより圧倒的なコスパを求めてしまう人が増えたということではないか。医師を志す人の「命を救う」という使命感を、私たちももっとリスペクトするべきなのだろう。
ところが皮肉にも、美容医療の世界にも変化が起き、ある局面を迎えている。さすがに美容クリニックが増えすぎて、いっときのように倍々で成長していくような時代はもう過ぎたともいわれるのだ。それこそ、医師免許取り立ての経験のない医師を取り込んで、急成長してきたような美容クリニックの中には、評判を落として経営が行き詰まっているケースもあるとされる。良い意味での競争原理が働いて、問題のあるクリニックの自然淘汰も含め、危ない美容医療が排除されていくのは望むところ。医師の収入も抑えられていくのかもしれない。そうなれば必然的に美容医療への医師流出も減ってくるはず。ただもうしばらくは、医療界の歪みや美容医療のネガティブ要素を冷静に見つめていかなければいけないと思う。今まさに過渡期なのである。
PROFILE:(さいとう・かおる)女性誌編集者を経て独立。女性誌を中心に多数のエッセー連載を持つほか、美容記事の企画や化粧品の開発、アドバイザーなど広く活躍する