中国のEC(電子商取引)はネットセールを軸に発展してきた。最大のセールが毎年11月11日に開催される双十一(ダブルイレブン)、第二のセールが6月18日の618である。前者はアリババグループが始めたセール、後者はJDドットコムの創業日にちなんだセールだが、そんな由来とは関係なく、今ではすべてのEC企業が参戦するお祭りだ。以前のように倍倍ゲームで売上が伸びるというボーナス期は過ぎ去ったが、それでも今年の618の売上は前年比二桁増を記録していると推計されている。国家郵政局によると、618セール期間の宅配便取扱量は138億件、前年同期比20%超の成長だという。
618商戦のプラットフォーム別シェア(GMVベース)
プラットフォーム別のセール成績を見ると、成長率でトップに立ったのはバイトダンス。なんと26.2%増という高成長を維持している。来年の618ではJDドットコムを超えそうだ。王者アリババは50%を下回り一強の座を失いつつあるが、前年からは二桁増で巻き返しの気配を見せている。
さて、なにかと変化が速い中国だけにセールも毎年のように変化している。ここでは2つの主要な変化を紹介したい。第一に縛りが緩くなったこと。2021年にアリババは独占禁止法違反で182億元(約4000億円)の罰金を受けたが、問題となったのは「二者択一」。自社のセールで販売する商品は、他社のセールに出展してはならないと強要したことが問題視された。実際にはほとんど同じ商品を別の型番で販売するといった抜け穴などが使われていたが、現在では大手を振って同一商品の販売ができる。アリババのモールでの支払いにテンセントのウィーチャットが使用できるようになるなど、プラットフォーム企業の囲い込みは薄れつつある。
第二に従来型ECへの回帰だ。ここ数年、ライブコマースやインタレストコマース、コンテンツECなど新たなスタイルのネットショッピングが急拡大してきた(EC中国語辞典を参照)。日本では一般的な検索して欲しい商品にたどりつくというレガシーなECがまだまだ中心だが中国は違う……と言われてきたのだが、ここにきて従来型ECへの回帰が唱えられるようになった。企業がインフルエンサーに広告費を支払うのをしぶるようになってきたこと、消費者が安いモノあさりに疲れてきたことなど複数の要因がある。ティックトックの運営企業であるバイトダンスはライブコマースとインタレストコマースの機種だが、ここに来て従来型ECを強化。将来的には売上の50%を従来型ECでまかなう戦略を打ち出している。
やはり中国ではECが小売業全体の要であることは間違いなさそうだ。後半ではいま知っておきたい「中国のEC辞典」をおさらいしよう。
中国語EC辞典

・貨架電商(フオジャーディエンシャン)/興趣(シンチュー)電商/内容(ネイロン)電商/直播(ジーボーディ)電商
アマゾンやアリババなど伝統的なネットモール形式は貨架電商(商品棚EC)と呼ばれている。ピンドゥオドゥオ、ドウイン(ティックトックの中国版)に代表されるリコメンド重視の興趣電商(インタレストコマース)、ドウインやクワイなどショート動画で集客する内容電商(コンテンツEC)、動画生配信とネットショッピングを融合させた直播電商(ライブコマース)など、新たな販売方式が台頭している。
・人找貨、貨找人(レンジャオフオ、フオジャオレン)/C2M(シートゥーエム)
消費者が検索して目的の商品にたどり着く伝統的なネットモールから、リコメンド中心のインタレストECへの転換を推し進めたコンセプトを「人找貨,貨找人」(消費者が商品を探しだす)と言う。さらに一歩先に進んだものとして、SNSや他社の売れ筋の分析から消費者の潜在ニーズを発掘し、商品を開発、製造するC2M(Customer to Manufacture)がある。
・総合(ゾンフー)電商/垂直(チュイジー)電商/独立駅(ドゥーリージャン)
あらゆる商品ジャンルを取り扱うネットモールが総合電商(総合ECモール)、特定商品に特化したモールが垂直電商(バーティカルコマース)、ブランド独自のネットショップが独立駅と呼ばれる。大手プラットフォーム企業の力が強く、政府の規制で独自ドメインのサイトが作りづらいという中国特有の事情から他国と比べても総合ECモールの強さが目立つ。
・網紅(ワンホン)/KOL/KOP/KOC/店鋪自播(ディエンプージーボー)
インフルエンサーに相当する中国語は極めて多い。一般的に「ネットセレブ」と訳される網紅はネットの著名人の意、近い言葉にKOL(キー・オピニオン・リーダー)がある。KOLの中でも弁護士や医師などの資格を持ち、高い専門性を武器に発言する人をKOP(キー・オピニオン・オブ・プロフェッショナル)と言う。インフルエンサーほどの影響力はないが一定の口コミ拡散力を持つ人をKOC(キー・オピニオン・コンシューマー)と呼ぶ。影響力は強いものの、KOLに宣伝料を支払うと利益が出ないという不満も根強い。そのため、企業が自社社員に配信させる店鋪自播が急速に増えている。
・種草(ジョンツァオ)/拔草(バーツァオ)/割韭菜(グージョーツァイ)
ある商品を認知させることを種草(種をまく)という。以前ならば中国版ウィキペディアこと百度百科に項目を作る、SNSのウェイボーの口コミ数を増やすといった手段が多かったが、最近では中国版インスタこと小紅書(レッド)一強となっている。あるブランド、商品、あるいは観光地の情報が欲しいときはみんな小紅書で検索するようになった。こうして認知を高めた後に実際に売り上げにつなげることを抜草(収穫)と言う。もうちょっとひどい意味で消費者から金を巻き上げるときは割韭菜(ニラの収穫、転じてカモにするの意)と言う。
・刷単(シュワダン)/刷好評(シュワハオピン)/養号(ヤンハオ)
不正マーケティングに関する用語。刷単はサクラによる注文で取引数を増やしてショップのランクを上げること、刷好評はサクラによる高評価を意味する。プラットフォーム企業に不正がばれないよう、空き箱や実際の商品とは異なる軽い品物を郵送することもある。また、不正がばれないようにサクラ用アカウントを一般ユーザーのように振る舞わせることを養号(アカウント育成)と言う。
・平替(ピンティ)、消費降級(シャオフェイジャンジー)
不景気なこともあって平替(低価格の代替品)、消費降級(消費ダウングレード)はちょっとしたブームに。象徴的な存在がコーヒーで、ラッキンコーヒーなどの中国ローカルコーヒーショップは1杯9.9元(約200円)の激安キャンペーンでスタバから客を奪っている。値下げしないスタバも、こっそりフードデリバリーで値下げクーポンを提供している。
・全網最低(チュエンワンズイディー)

ライブコマース販売でインフルエンサーが口にする決まり文句が全網最低(ネット販売での最安値)。他の販売者と比較しなくてもうちが一番安いことを保証しますという決まり文句。抜け目のない消費者は大物インフルエンサーの配信をまったく見ずに、販売ページだけチェックして最安値の商品をかっさらっていくという消費行動を身につけた。企業もインフルエンサーとの関係を見直しており、全網最低で売られる商品はかなり減っている。
・成分党(チェンフェンダン)
ブランドではなく配合されている成分を見て購入品を決めるというトレンド。化粧品やサプリメントの分野で見られ、この流れに中国企業も乗っている。
・剁手(ドゥオショウ)/吃土(チードゥー)/理性消費(リーシンシャオフェイ)
剁手は手を切り通すの意、ネットショッピングセールにあおられてお金を使い過ぎてしまったという自虐的な意味で使われる。吃土は土を食べるの意、すっからかんになったので食材を買う金すらない、後は土でも食べてしのぐしか……とやはり自虐用語だ。中国のネットユーザーはこのように自虐しながらも買い物自慢してきたのだが、最近はムードが変わった。代わりに使われる言葉が理性消費。お金をよく考えて使いましょうという考え方が広がっている。