企業が期ごとに発表する決算書には、その企業を知る上で重要な数字やメッセージが記されている。企業分析を続けるプロは、どこに目を付け、そこから何を読み取るのか。この連載では「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)の著者でもある齊藤孝浩ディマンドワークス代表が、企業の決算書やリポートなどを読む際にどこに注目し、どう解釈するかを明かしていく。今回はBSの重要性について、3回連続で改めて整理する。(この記事はWWDジャパン2022年8月8・15日合併号からの抜粋です)
この連載を3年以上続ける中で、私自身、貸借対照表(BS)をよく見るようになりました。決算書というと、大概損益計算書(PL)を見ると思いますが、やはり強い会社というのは、「BSもすごい」と感じられることが多いのです。BSが営業利益を確保するための構造になっているんです。今回はこれまでの復習も兼ねて、改めてBSの重要性とPLとの関連性について整理します。

まず、とっつきにくい財務諸表を分かりやすく図解(パズル化)することから始めましょう。この連載でも毎回のようにPLとBSを図にしていますが、数字の羅列ではなく、ビジュアルとして視覚的に分かりやすくすると、全体の把握がしやすくなります。財務諸表を見るといろいろと細かい項目がありますが、営業に関わる人は基本的に、PLの場合は、「売上高」「売上原価」「売上総利益(粗利)」「販管費」「営業利益」が重要です。「販管費」でメジャーなのは「人件費」と「地代家賃」「広告宣伝」。減価償却などの細かい管理種目は、思い切って「その他」にまとめてしまっていいと考えます。
そして、BSも細かい項目を全部網羅するのではなく、「現預金」や「在庫」や店舗など営業に必要な投資などの重要なものだけ載せて、あとはもう「その他」にまとめてしまった方が分かりやすいです。
BSは左側に「資産」、右側に「負債」で分かれていますが、「資産」は営業するため、つまりPLを回すために必要な「資金」を何に使っているか、「お金の使い道」です。そして、その資金を、どうやって調達したかを表しているのが「負債」です。つまりその「お金の出どころ」です。
広告で集客し、どう人を配置し、お店でいかに在庫に付加価値をつけて、粗利を稼いで、経費との差し引き営業利益を残すかというのが、PLが示す商売の構造ですが、そこに対して、それをどういうふうに回すかというエンジン構造を表しているのが、BSの左側「お金の使い道」です。要は手持ちの現預金を何に使うのか、お金を何に投資してPLを回しているかが、BSの左側に表れているので、ここをしっかりと理解しようというのが、今回の一番のポイントです。
「有形固定資産」に投資するタイミング
一般的なファッション小売業が現預金を何に使うのかというと、商品を仕入れて「在庫」を持つというのが一つ。あとは店舗関連への投資です。店舗を自ら取得する場合は、「有形固定資産」に計上されます。商業施設で店舗を借りるときは、「差入保証金(敷金)」が必要なので、こちらは「投資」に計上されます。そして、店舗を取得する場合も借りる時も内装工事をしますよね。それは「有形固定資産」に計上されます。あとは物流に力を入れるために自社倉庫を持つと、「有形固定資産」に入ります。システムを取得すると、「無形固定資産」に計上されます。
それ以外にも、例えばどこかの企業を買収したり、出資したりして、株に投資した場合は、「投資」に入ります。ブランドを買収した場合は、「無形固定資産」に入れます。普通の会社の場合、「無形固定資産」はほとんどシステムなのですが、LVMHみたいに、ここにブランドやのれん代が計上されて、ここが大きい会社もあります。
多くのファッション小売業は、「現金」がぎりぎりで回っていて、「在庫」が多くて、集客力のある商業施設に出店しているので、この「差入保証金」を多く入れていて「投資」が大きいです。しかし自前の店舗を持っていないので、「有形固定資産」は小さいです。パッと見て「在庫」の部分が大きいのは、よくない状態であることが多いです。
ただ、事業を成長させる上で、外の力を頼ってでも出店を加速することが必要な時期というのもあります。自分たちが現預金を多く持っていないので、「有形固定資産」に投資できないけれど、店舗を商業施設に入居させて、倉庫も借りて、まずは外部の力を借りて拡大するということです。そういう場合、「有形固定資産」は、あんまり大きくならないんです。
お金がなくても、急速に出店したいときは、いわゆるサブスクじゃないですけれど、月払い経費とかになるような構造にしておくと、キャッシュはなくても、かせいだお金で毎月払えばいいという感じになります。ただ、ずっとそれで回そうとすると、薄利多売になってしまい、営業利益はあまり残りません。どこかのタイミングで借り入れしてでも、「有形固定資産」側にお金を回していって、「販管費」を圧縮し、「営業利益」を出していくことが大事です。そこで剰余金を増やすことで、現金が増えていくわけですから。それで借り入れを返していく、資産(BSの左側)に投資していく、そういうフェーズに持っていかなくてはいけません。「ずっと借りものでいいよ」というスタンスでいると、いつになってもじり貧というか、利益率は下がる一方で、「いったい誰のためにかせいでるんですか?」ということになりかねません。
「営業利益」がないと、「利益剰余金」も「現預金」も増えず、「借入」から回す形になります。少ない現預金でPLを回すことになるので、自転車操業です。「借入」は当然金利の支払いをしなければいけないので、結局、「営業利益」を多少残せても、金利を払ったら最終はほとんど残らない、ということに陥りがちです。
結局、成功するためには、ある程度事業規模がいる感じで、そのステージに乗るためには、借り入れをしてでも出店など規模拡大を加速させる必要があります。事業の運転資金を借り入れるというのは、経営者にとってもストレスが大きいことだと思うんです。ですから、そこから抜け出すために、何年かがかりで設計していかなくてはなりません。今はこうだけど、何年か後に無借金経営にするために、年単位で体質改善に取り組まないといけません。
次回は続編として、アパレル専門店大手3社のPLとBSの構造を比較し、解説します。
最近気になっているのは
「会計クイズで決算書をもっと身近に」
当連載「ファッション業界のミカタ」の副読本にしていただきたい書籍、大手町のランダムウォーカーさんのベストセラー「世界一楽しい決算書の読み方」の実践編が発売されました。今回は、実践編ということで、同じ企業の決算内容を中長期時系列でとらえる、同業の複数企業のPL、BSを比較して特徴をつかむなど、当連載に共通するアプローチが分かりやすく解説されています。異業種の決算書にも触れてみたいと思っている方はぜひお読みください。

齊藤孝浩/ディマンドワークス代表 プロフィール
1988年、明治大学商学部卒業。大手総合商社アパレル部門に勤め10年目に退職。米国のベンチャー企業で1年勤務し、年商100億円規模のカジュアルチェーンへ。2004年にディマンドワークス設立。ワンブランドで年商100億円を目指すファッション専門店の店頭在庫最適化のための人材育成を支援。22年4月、明治大学商学部特別招聘教授就任。著書に「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)。「5月に発売した『図解 アパレルゲームチェンジャー』(日本経済新聞出版)の第4章ではワークマンのビジネスモデルの優位性をその他のチェーンストアと比較し解説しています。ワークマンは本文にもあるようにFC方式を採りますが、しくみは違えど、一般のチェーンストアでも学べる本部と店舗の関係性のあり方があります。どんな共通目標を成果報酬の対象にしたらよいのか、その答えは、FCでも、直営でも変わりません」