ファッション

「シンヤコヅカ」白昼夢のファンタジー シャイな天才は堂々と夢を見る

 小塚信哉が手掛ける「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」は、2023年春夏コレクションにあたる“ISSUE #2”のランウエイショーを東京・夢の島公園アーチェリー場で19日に開催した。前シーズンまでは東京のファッション・ウイークでコレクションを発表していたものの、今シーズンからはパリ・メンズ・ファッション・ウイーク期間中の発表に合わせて制作期間を早めた。パリでの展示会後に実施する今回のショーには、バイヤーやメディア関係者ら約130人を招待した。同ブランドがコレクションに“ISSUE”を掲げたのは、21年9月に発表した22年春夏シーズンのランウエイショーを始めたときから。それまでは正直、分かりにくいクリエイションやデザイナーの顔出しNGのブランディングも相まって、狭いコミュニティーに向けた“こじらせ系”ブランドだと勝手に想像していた。しかしこの日、曇天のショーで見たのは、自らを精いっぱい解放する男のすがすがしい姿だった。

苦しかった時期を乗り越え

 「デザイナーをやめたかったんです」。ショー前に“ISSUE”以前のころを振り返り、小塚デザイナーは苦笑いした。13年にロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校を首席組で卒業し、15年には海外のショールームからのオファーで自身のブランドを立ち上げた。値付けもままならないほど手探りでブランド運営を続ける中、17-18年秋冬シーズンに旧知の梶浦慎平がビジネスパートナーとして取締役に就き、シーズンごとに売り上げを少しずつ、着実に伸ばしていった。「ディッキーズ(DICKIES)」とのコラボレーションパンツで知名度を上げ、オリジナルのバギーパンツ(2〜4万円代)というヒットアイテムも生み出した。自己資金で運営する中小デザイナーズとしては順調に見える一方で、小塚デザイナーは「自分のこじらせたクリエイションに疑問を抱きながら、売り上げは徐々に上がっていく。別にデザイナーは自分じゃなくてもいいんじゃないかと悶々とする、苦しい日々だった」と振り返る。「やめたい」という気持ちがいよいよ限界に達したとき、「どうせ倒れるなら、前に倒れよう」とリブランディングを決意する。それが22年春夏シーズンの“ISSUE #0”だった。「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」で初めて挑んだ“ISSUE #0”のランウエイショーも、こじらせたクリエイションだった。ただこれまでと違うのは、こじらせた自分を素直に受け入れたこと。「自分を信じて、いいと思ったことを遠慮なくショーで表現したら、いいという反応が返ってきた。素直にやりたいことをやっていいんだという自信になった」。小塚デザイナーのクリエイションは、このシーズンを機に明らかに変わっていった。

幻想を肯定する夢の世界

 7月19日の天気は雨。この日の夢の島公園アーチェリー場はまるで熱帯雨林気候のようで、立っているだけでも汗がにじんでくる。そんな中、落ち着かない様子の小塚デザイナーは「これまでで一番緊張している」と珍しくナーバスだ。今回のショーにかける思いは相当で、当日が雨の予報だと知ると、前日には高円寺の気象神社に足を運んで願掛けをした。こじらせた男なりのまっすぐなアクションが届いたのか、ショーが始まる午後2時過ぎには雨は奇跡的に上がっていた。

 23年春夏シーズンは、ファッションの幻想的な側面をポジティブに表現した。表層を飾るファッションとはある種の“まやかし”ではあるものの、その“まやかし”によって気分が彩られ、自信を持ち、癒される人もいる。であれば、堂々と絵空事を描いてもいいんじゃないか――デザイナー自身が書いたリリースには、夢を見ることを肯定する内容が綴られている。コレクションはその言葉通り、童心に帰ったような気分になるクリエイションだ。ユニホームやワークウエアをベースにし、有名作家の絵画を模写したモチーフをウエアに大胆にプリントしたり、童話のようなキャラクターをキャンバスのウエアにドローイングしたり、さらにそのキャラの形状を柔和なシルエットとして取り入れたりと、ファンタジーの要素を随所にちりばめる。ニットにジャカードで描いたキツネは“まやかし”の暗喩だ。ハットブランド「キジマ タカユキ(KIJIMA TAKAYUKI)」との麦わらの王冠を身に着けたモデルは、まるで絵本の登場人物が現実に飛び出してきたようだし、肌が透けるシアー素材のコートや薄手のニット、ファンシーなツイードなど繊細な素材が登場したかと思えば、ビビッドなグリーンカラーや、スラッシュポケット、カットアウトといったエッジのあるディテールでコントラストを利かせる。絵画を突き破って身にまとう“着るアート”が登場すると、ゲストの多くがスマートフォンを向けた。これらはファッションとアートの融合といった崇高なものではなく、天才肌の小塚デザイナーが自身の創造力溢れる夢をピュアに描いた世界。アイテム個々で見ると、洗練させる余地はまだまだある。しかしラフな部分さえ世界観として呑み込むイマジネーションのスケール感は、「シンヤコヅカ」の強みだと確信した。その名の通り“まやかし”を体現する「夢の島」の一角は、ロマンチストな男の白昼夢のような雰囲気に包まれた。

世界に向けて勝負するとき

 同ブランドは、このショーを起点に海外進出を本格的に計画していきたいという。現在の卸先アカウント数は国内39、海外16で、年間売上高は約2億円。資金はまだ潤沢ではないものの、将来的にはパリ・メンズに参加してプレゼンテーションを行い、海外と国内共に知名度をさらに広げて売り上げ規模の拡大を目指す。ビジネス面の指揮をとってきた梶浦取締役も「パリへの渡航を再開できたし、小塚の今のクリエイション的にもこれからが攻めどき」と商機を感じている。「あいつ(小塚)が卒コレで作ったジャケットを見たとき、すごい才能だと思って。難しい時期もあったけれど、今は前向きにやりたいことをやっている。そんな雰囲気は、きっと多くの人に伝わるはずだから」。リブランディング後も新規の取引先と売上高はゆっくりじわじわと増え、22年3月には東京・南青山に初の直営店“スモール トレーズ(SMALL TRADES)”を開き、全てが前に進み始めた。1986年生まれの小塚信哉は、デザイナーとしては決して若くはない。しかし、あるがままの自分を受け入れ、大人でも堂々と夢を見ることの強さを、彼にしかたどり着けないクリエイションで証明している。もしかしたら、ブランドイメージを気にして顔出しNGにしていたデザイナーのブランディングも、いよいよ心変わりするタイミングかもしれない。「いや、絶対に出ない。だって、恥ずかしいから」。即答だった。

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