「イノベーションのヒントは宇宙にある!」——。ファッション&ビューティ業界で働く皆さんには「一体、何を言い出すのか」と思われてしまうだろうか。「そうだ!」と膝を打ったアナタは、未来に向けたR&D(研究と開発)にすでに踏み出しているのかもしれない。(この記事は「WWDJAPAN」5月6日号からの抜粋です)
※R&D 「研究(Research)と開発(Development)」の意。ファッション&ビューティをはじめ製造業においては、新素材や成分、時代感や消費者の声を「研究」し、独自性のある商品やサービスを「開発」する、市場優位性を生み出す原動力と言えるもの。機能性を追求するアウトドア・スポーツメーカーや有効な成分が製品の価値に直結するビューティ企業が得意分野としてきた
例えばビームスは2019年秋、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と豊島とともに、野口聡一宇宙飛行士のための国際宇宙ステーション滞在用ウエアを開発した。プロジェクトを手掛けた児玉正晃ビームスPD本部ブランド部は「(一般の商品開発につながる)学びは多かった」と振り返る。極限状況でも人間は着る物に「アガる」を求める。宇宙生活に求められる機能性は、和紙という日本人が古来親しんできた素材から得られたものだった。
22年春には、「宇宙化粧品」も誕生した。ベンチャー企業のトライフ(横浜市、手島大輔代表)が開発した“フェイスピース モイスチャライジングクリーム”(100mL、税込1万8000円)は、ケミカルフリー、生分解性100%。キー成分は、有機米の米胚芽油由来だ。
コロナ禍では「どうしたらモノが売れる?」と視野が狭くなり、思考も凝り固まりがちだ。だが、中長期的な価値を生み出すR&Dには、自社の価値や顧客、その先の社会に向けたさまざまな角度・高度からの洞察が欠かせない。
両社の視座は「宇宙」と途方もなく高かったが、実際は身近な自然の持つパワーの再発見につながった。洗う回数を極力減らせるサステナブルな衣類や、「これ1本」というミニマルな化粧品など、地球でも売れそうな商品の可能性も見えているようだ。
WWD:ビームスはなぜ、野口聡一宇宙飛行士(JAXA:宇宙航空研究開発機構)が国際宇宙ステーション(以下、ISS)に長期滞在する際に着用する被服を製作したのか?
児玉正晃ビームスPD本部ブランド部(以下、児玉):ビームスのブランド部は、スモールユニットをたくさん有している。担当は、海外進出やビームス ジャパン、アップサイクルなどのサステナブルまで幅広く、社会課題にも向き合ってきた。私は前身の新規事業部に10年以上在籍し、もともとB to Bも含めて新しいことに総合プロデューサーとして挑戦してきた。JAXAとの取り組みには、実はミーハーな考えもあった。2019年の挑戦は、民間企業による衣服の総合プロデュースで「日本初」の取り組みが目白押し。“初めてづくし”はとっても好きなので、すぐに手をあげた。未知のことだらけだったが、夢がある。世界に日本の、ビームスの魅力を発信するチャンスという気持ちが大きかった。豊島さんに無理難題をたくさんリクエストして、本当にお世話になった。
WWD:宇宙飛行士携帯仕様のスキンケア製品“宇宙化粧品 フェイスピース モイスチャライジングクリーム”の誕生に至るまでの経緯は?
手島大輔トライフ オーラルピースプロジェクト代表(以下、手島):私は20年ほど前、ベンチャーでオーガニックコスメを作り、本当にうまくいって半分リタイアした時期もあった。その後、障がい児を授かったことで弱者支援のソーシャルブランドを立ち上げ、その中の1つとして口腔ケア製品「オーラルピース」が誕生した。「オーラルピース」は、飲み込んでも安全な食品成分100%でケミカルフリー、プラントベース、生分解性100%の歯磨き・口腔ケア製品。九州大学の名誉教授が発明した成分を配合している製品は、病気だった父親も愛用してくれた。生前登山が趣味だった父親に「(飲み込めて、水がいらないから)登山にも使える歯磨きだ」と伝えたら、喜んでくれた。飲み込める「オーラルピース」には、海を汚したくないサーファーのファンがいる。極地やエクストリームスポーツの愛好家などに広げる一方、JAXAの公募にも挑戦して採用いただくことができた。
児玉:僕もサーフィンとスノーボードのために仕事をしているくらいの感覚があるので、環境を守りながら楽しむスポーツシーンにも使えるなんて興味深い。
手島:「オーラルピース」を宇宙にどうアジャストするか?については、いろんな場所で暮らし、出会った人と話をしてきた経験が役立った。ニセコからマウイ、バリ、ダナンなどをグルグルして、いろんなスポーツマンに出会ってきた。そこで、登山家は荷物をグラム単位で絞り込むなど、「歯磨きも1本」「コスメも1本」という究極にミニマルな製品があれば喜ばれることを学んだ。
WWD:ビームスと豊島がプロデュースした被服も、「水がないから、洗濯できない」宇宙でずっと着用できる吸水速乾、消臭、防菌防臭などの機能を有している。
豊島の担当者(以下、豊島):最初に野口さんと話した時、「水がないから、洗濯できない」けれど「運動はするので、汗はかく」ことを知り、吸水速乾、消臭、防菌防臭などの機能は必須だと感じた。そこで抗菌防臭機能、抗ウイルス機能を付加する「リピュール」加工をあらゆる商品に施し、全部試験した。
WWD:通常の「リピュール」加工とは異なるもの?
豊島:京都のラボでの「リピュール」加工は、溶剤による希釈率などが特別なもの。メディカルウエアに匹敵するほど、洗濯しても持続性が高いものだ。
WWD:特別な「リピュール」加工は、地球での洋服にも施すことができる?
豊島:値段のハードルは高い。ただISSに長期滞在する際の被服のように特別な「リピュール」加工を施せば、例えばスポーツのユニホームは2、3着あれば十分着回せるようになる。手島さんの「歯磨きも1本」「コスメも1本」という究極にミニマルな製品のように、高機能な1着が実現できる可能性がある。工事現場の作業着などにまつわる問題も解決できるだろう。今は、どうしても洗ってしまう私たちが納得するような、洗わなくても快適に過ごせることを訴えるエビデンスを集めたい。
モノトーンな宇宙では
“アガる”服が求められる
WWD:そのほか、野口さんとの話し合いで学んだことは?
児玉:「着ている状況が無重力」について根掘り葉掘り聞いた。「どんなことをするのか?」「どんなデバイスを使うのか?」「そのデバイスが、体のどんな場所にあったら使いやすいのか?」などを子どものように質問した。無重力状態では大きな筋肉ほど急速に細くなるので、「ヒップは小さく」でいいという。地上と同じように作ってもダメな、“フルフル野口さん仕様”の洋服を作った。意外だったのは、色のバリエーションを求められたこと。最初はシャープなイメージのブラックや白、グレーを提案したが、「宇宙は、モノトーンでさびしい」から楽しくなる色を求められた。野口さんはアメカジ好きで、チノパンやラガーシャツ愛用者。「宇宙に行くのは人間」「地球で好きなもの・快適なものを持ち込む」という視点は、新しい気づきだった。
WWD:宇宙のような極地でも“アガる”モノが求められるのは、ファッションやビューティ企業にとってうれしいことだ。「宇宙化粧品」にも、アガる要素はある?
手島:今回は基礎化粧品だが、パッケージはアートディレクターに依頼している。宇宙の紫外線では黒字が劣化してしまうから、パッケージはピカピカのシルバーに白文字。宇宙空間では(割れると飛散してしまう)ガラスが使いづらいので、ラミネートした。究極のガラスボトルで、宇宙でも地球でも使える。「あっち(宇宙)」と「こっち(地球)」の両方を考えて作った。
児玉:野口さんがアメカジ好きだったこともあり、JAXAにオマージュを捧げたフォントで「BEAMS」の文字をプリントする提案も通った。野口さんが船内でクルーに洋服について聞かれたとき、自慢したい、説明したい商品を作りたかった。日本らしい素材を取り入れたくて、和紙を使った洋服も作った。野口さんが「ビームスっていうのがあってね」なんて話をしてくれたらうれしいし、ビームスのファンや日本人に分かりやすく夢を届けられると考えた。
数億年かけ進化した
植物や生物は“強い”
手島:「宇宙化粧品」にも、日本の有機米由来の米胚芽油が入っている。米胚芽油は、脂肪酸が豊富。地球が生み出した植物や生物が宇宙で役立っている。人類だけじゃなく、生物全体が宇宙に行っている。それがオーガニックで面白い。
豊島:豊島はスパイバーに出資し、人工クモの糸を一緒に作っている。クモの糸は、炭素繊維の15倍も強い。それを身近なタンパク質を使いながら、糸や繊維にしている。テクノロジーの時代だが、天然由来や生物本来の特徴は、一番強いのかもしれない。
手島:未知なる植物のエキスを求めて世界中を旅することもあったが、人類が食料のために改良してきた稲、麦などは、莫大な開発コストをかけたからこそ、今存在しているもの。その価値を改めて見直したい。同様に数十億年を経て進化したものには、可能性が眠っているはず。そこには、たかが数年間の開発コストをかけて生み出したものとは比べ物にならないポテンシャルが眠っているのでは?と思う。