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仕事が絶えないあの人の、“こうしてきたから、こうなった”サッカー元日本代表”鈴木啓太オーブ代表編

 転職はもちろん、本業を持ちながら第二のキャリアを築くパラレルキャリアや副業も一般化し始め、働き方も多様化しています。だからこそ働き方に関する悩みや課題は、就職を控える学生のみならず、社会人も人それぞれに持っているはず。

 そこでこの連載では、他業界から転身して活躍するファッション&ビューティ業界人にインタビュー。今に至るまでの道のりやエピソードの中に、これからの働き方へのヒントがある(?)かもしれません。

 連載第6回目に登場するのは、腸内フローラ(腸内細菌の生態系)解析事業を行うベンチャー企業「オーブ(AUB)」の鈴木啓太代表です。2000年に浦和レッズに入団し、サッカー日本代表としても活躍してきた鈴木氏は、引退直前の15年10月に「オーブ」を創業。これまでに、500人を超えるトップアスリートから便を集めてきました。その分析データからアスリート独自の特徴を発見し、製薬会社や食品メーカーとの共同研究や自社製品開発を行っています。オリンピック・パラリンピックを控えて関心が高まるスポーツ選手のセカンドキャリア。実業家として新たな道を歩む鈴木氏に、その転身と挑戦を聞きました。

WWD:選手時代から引退後のキャリアについて構想していたのでしょうか。

鈴木啓太(以下、鈴木):スポーツ選手というのは必ず引退がある職業で、サッカー選手はそれが比較的若い年齢でやってきます。ですから職業が変わるということはプロになってからずっと覚悟はしていましたね。とはいえ、具体的にビジネスを学ぶとかそういうことではなくて。経営者などのビジネスマンをはじめ、スポーツとは離れた仕事をしている方々や友人との時間を意識的に持つようにしていました。幼い頃からサッカー三昧でしたから、「こういう仕事もある」「こんな考え方もある」という、新鮮な気づきや学びを得ることができたと思います。

WWD:腸内細菌をビジネスに、というのは現役中の経験からきたものなのでしょうか?

鈴木:そうですね。アスリートは皆、大なり小なり体調管理に気を配っているかと思うのですが、アプローチの一つとして僕は“お腹”、すなわち腸内環境を整えることだったんです。調理師であった母親の影響が大きいですが、食事は温かい緑茶で終えること、海外遠征にも緑茶と梅干しを持っていく、お灸や腹巻をするなど、自分なりの調整法を編み出していました。

腸の大切さを痛感したのは、04年アテネ五輪アジア最終予選でのこと。代表選手23人中18人が下痢症状で、3〜4キロも体重が落ちているような状態でした。僕はというと、体調に問題なく試合ができた。これはお腹のコンディションを整えていたおかげなのかなと、「人間は腸が一番大事よ」と口をすっぱくして言っていた母親に感謝しましたね。

15年6月、知人を介して“便を研究している”という人に会い、話を聞いているうちに自分のこれまでの経験と科学的な知見がリンクしました。「アスリートの人の腸内細菌を調べたら面白いだろう」という僕からの提案で腸内フローラ研究に足を踏み入れることになりました。アスリートは一般の人よりも日頃からコンディションを整えているし、有益なデータベースになり得る特徴的な対象だと感じたんです。腸の環境を“見える化”すれば、きっとアスリートの体調とパフォーマンス向上に役に立つと、強く感じたわけです。

WWD:会社を設立された頃について教えていただけますか?

鈴木:経験もなければ知識も足りないわけで、特にファイナンスの部分は今も難しさを感じています。設立メンバーは、大学教授、ヘルスケアベンチャーの立ち上げをやられている方、スポーツトレーナーなどです。当時、すでに腸内細菌の研究によってその数や種類や身体への関与が解明され始めてはいたものの、ビジネスチャンスは見えにくかった。そんな中、設立メンバーの中の方向性の不一致で人の入れ替わりもありましたし、共同研究先を替えることもありました。結果的に、設立時の出資者から株式を買い取らなくてはならないことになり、ビジネスの厳しさを思い知らされましたね。

WWD:「スポーツ選手がビジネスなんて」といった後ろ向きの声もあったと聞きます。

鈴木:ありましたね。でも、そういう“外野”の声は関係ないんです。冷静に考えても、今後ヘルスケアベンチャーの分野は伸びるだろうし、こうした研究は必ず誰かがやると感じていました。でもこれ、僕がサッカー選手になるときと同じなんです。プロになる前もなった後も、周りを見れば僕より上手な人はたくさんいたし、プロになっても試合に出られるかなんて分からない。いくらベストを尽くしたとしても、負ければ批判を受けることもある。不安はいやでも付きまとうんです。人って、自分の経験で物事を考えて「これができそう」「これはできない」って考えがちなんですよね。あくまでその人の中の尺度であって、僕は僕ですから。もちろん、人の意見を聞く耳は持たなければならないけれど、決定するのは自分です。人生一度きりですし、やりたいことをやりたいですよね。これはサッカー選手を経験したからこそ強く感じている部分かもしれません。

腸内細菌研究の中でも、僕らはアスリートに特化しているという点で大きな強みだと確信しました。立ち上げ当時は世間的にもすでに腸内細菌への関心が高まっていましたから、“サプリメントを売りましょう”と簡単に言うこともできたかもしれません。けれど、研究を進めるためにはまず、もととなるデータがないと進まない。最初はとにかくアスリートの便の研究に集中しようと決めました。

トップアスリートのうんちを採取

WWD:検体第1号はどなたですか?

鈴木:ラグビー日本代表の松島幸太朗選手です。一緒にご飯を食べているときに、この研究の話をしまして、「うんちをちょうだい」と。「えっ?なんすか?(笑)」とうろたえていましたが、僕は「とりあえず持ってきて」と。松島君に関しては、拒否権はなかったですね(笑)。さまざまな選手やチームに依頼をさせていただく中では、「何に使われるか分からない」と怪訝な顔をされることもありましたが「アスリートのためになる」ということを丁寧に説明し、真面目に研究している姿勢を見せることで理解を得ることができました。当初からサプリメントを作っていたら、「金もうけのためだろ!」と言われたかもしれませんし、印象は全然違っていたと思いますね。アスリートって、自分を超えるために日々きつい練習を重ねてきているわけです。長い時間とエネルギーを費やして夢のためにやってきたことが、いつか周りや未来のアスリートのために役に立てることができたら、という思いに共感をしてもらえたんだと思います。

4年間で集めた便の数は、500人を超え1000検体以上になります。プロや実業団などトップアスリートばかりです。競技は、サッカーや野球、ラグビー、陸上など28種目になります。ありがたいことに選手やチーム側から「(便を)調べてほしい」と言われることも増えてきました。

WWD:検体を集めてみて驚いたのはどんなことでしたか?

鈴木:乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌と、大腸菌や黄色ブドウ球菌などの悪玉菌などの腸内環境のバランスが人の健康に大きな影響を与える、ということはすでに広く知られていると思います。そこから一歩踏み込んでアスリートの検体を解析してみると、一般の方に比べて腸内細菌がずっと多様だったんです。「アスリートは特徴的な腸内環境である」ことを最初の1年で解明し、18年3月に日本農芸化学会※1で発表しました。同じ年の10月には、「アスリートは酪酸菌が優位に多い特徴がある」ことを発表しました。酪酸菌とは、免疫機能を整えたり、腸の動きを活発にしたりする働きがある菌です。アスリートは一般の方の約2倍の酪酸菌を持っていることが分かりました。アスリートって、“筋肉量のアップ”“体重のコントール”など明確な課題を持っているので、腸内環境とのパフォーマンスの相関関係が非常に分かりやすいんです。

※1 国内最大級のバイオ系学会

WWD:順調に研究成果を出されている印象ですが、ピンチはありましたか?

鈴木:19年初夏の資金枯渇です。研究を続けていくことは、人的コストを含め非常にお金が掛かります。これまでに何かを販売しているわけではないので、キャッシュイン(収入)がなく出て行くばかり。自己資金の4000万円に加え、エンジェル投資家からの6400万円もあと2カ月で底をつく……。「倒産」の二文字が頭に浮かんで離れなくなりました。やっと研究成果も出始めているし、一般向けプロダクトの開発も進んでいた矢先のことでした。何よりも、これまで協力してくれた選手たちの数々の好意を考えるとつらかった。朝起きて吐き気が止まらない、そんな日々が続きましたね。

現役時代もプレッシャーに押しつぶされるような経験は数え切れないほどありましたが、「これはマジでやばいぞ」と。僕が代表ですから「なんとかなるか!」じゃなくて、「なんとかしなきゃ」ですよね。思いつく限りの策を全て講じて、文字通りギリギリのタイミングで複数の投資家からの出資が決まりました。ベンチャーの方に話を聞くと9割ぐらいの方が、一度はそういった経験をしているんですよね。(倒産危機は)「ベンチャーあるあるだよ!」と、あとになれば笑えるんですけどね(笑)。

WWD:今、一番苦労していることはありますか?

鈴木:苦労というより、気をつけようと意識しているのは客観性です。僕らの事業は研究がメインなので、自分たちがやりたいことや知りたいことを深掘りし過ぎて、周りが見えなくなりやすい(苦笑)。僕らがよいと思っても、「世の中のニーズに合っているのか?」「ビジネスの観点で言うとそれってどうなの?」という視点を忘れないようにと自分に言い聞かせています。

この冬、腸内環境を整えるサプリメント「オーブベース」を発売しました。これまでの研究の成果をやっとみなさんに提供できた!という感じです。今後も研究は続けていきますが、ビジネスを続けていくためにも、こうした製品をどのように認知してもらってニーズに応えられるかが課題ですね。

アスリートのキャリアにもリスペクトを

WWD:オリンピック・パラリンピックを控えスポーツが盛り上がりを見せる中で、アスリートのネクストキャリアにも注目が集まっています。アスリートのキャリアの課題や難しさについて見解を教えていただけますか?

鈴木:現役中は、「サッカーだけに集中しろ!」と言われてきました。ただ、そうした意見には正直なところ疑問を感じていました。「競技に集中したところで、一生食っていけるのかな」って。Jリーガーは、平均で28〜29歳で現役を引退します。現役を退いてからの人生の方が長いわけですよね。

最近は、現役中にビジネスや勉強をスタートさせる選手も増えてきています。人として成長したいという思いをアスリートも持っているということを、ファンの方々に知ってもらいたいし、一人の“人”としてリスペクトしてもらいたいなと感じます。そのためにも、まずはもっと多くの方々にスポーツを生で観てもらいたいですね。現役を辞めてから、サッカーの試合を観ると「よくこんなに走れるな」とか思いますもん(笑)。多くの人に認めてもらうためにも選手は努力しなくてはならないけれど、世の中が継続的にアスリートを応援する仕組みがあるといいですよね。オリ・パラもブームで終わらずにね。

WWD:鈴木さんにとって「仕事」とはなんでしょうか。

鈴木:自分を成長させてくれるものであることは間違いないですが、何よりも僕は人が喜んでいる顔が好きなんです。それを形にしたもの、ですかね。仕事って、「ありがとう」が最大の報酬だと思うんです。究極、死んだら何も残らないですからね(笑)。

もちろん、若い頃は「お金を稼ぎたい」「W杯で優勝したい」「きれいな女性と付き合いたい」とか、自分の夢ばかり追いかけていたときもありましたよ。でも年々、“誰かのために”という気持ちの比率が増えてきたように思います。それを強く感じたのは、14年の無観客試合※2です。6万人が入るスタジアムに、誰も観客がいない。普段の試合ではゴールが入ると、大歓声とともにスタジアムがドンと揺れるんです。それがこの日はゴールが入っても、シーン。僕らの声だけが悲しく響いていました。でも、試合の価値は一緒です。いい試合をして、サポーターやファンの方々と一緒になって感情の揺れ動きがあること——それが自分にとってのサッカーをする喜びなんだと実感しました。ですから恩返しじゃないけれど、アスリートの力で次世代の選手含め多くの人を応援する——。そんな存在になっていきたいですね。

※2 2014年3月23日に「埼玉スタジアム2002」で開催された浦和レッズ対清水エスパルス戦

WWD:今後の展望を教えてください。

鈴木:「オーブ」の事業を拡大することで、スポーツというキーワードを軸にアスリート、応援する人、選手の家族など支える人たちの橋渡しができたらと考えています。皆がアスリートになりましょう、ではなくて。パフォーマンスを上げていくという意味では、スポーツをしていてもしていなくても課題は同じだと思うんです。今後ますます少子高齢化が進みますし、健康に長生きしていきたいですよね。

WWD:最後に、キャリアチェンジを考えている人へ一言お願いします。

鈴木:チャレンジすることを忘れずにいてほしいです。やってみなきゃわからないですから。今の自分を見ると不安になることもあるかもしれないけれど、20〜30年後の自分が今の自分を見たらどう思うか?に目を向けて見ると、ヒントが見つかるかもしれません。何をチョイスしてもいいんです。“正解”は自分でつくっていくものですから。進んだ道が“不正解”に思えても「じゃあどうする?」と方向転換して、また進んだ先に成長があるかもしれません。
こんなに偉そうなこと言ってますけど、僕はプリンター出力さえできなかったんです。さっき教えてもらって。それでこう思うんです。「ほら、成長したなぁ」って(笑)。