ファッション
連載 クリエイターたちのお仕事変遷

仕事が絶えないあの人の、“こうしてきたから、こうなった” 嶋崎周治コンティニュエ代表編

 転職はもちろん、本業を持ちながら第二のキャリアを築くパラレルキャリアや副業も一般化し始め、働き方も多様化しています。だからこそ働き方に関する悩みや課題は、就職を控える学生のみならず、社会人も人それぞれに持っているはず。

 そこでこの連載では、他業界から転身して活躍するファッション&ビューティ業界人にインタビュー。今に至るまでの道のりやエピソードの中に、これからの働き方へのヒントがある(?)かもしれません。

 連載第4回目のために訪れたのは、恵比寿のアイウエアセレクトショップ「コンティニュエ(Continuer)」。眼鏡好きはもちろん、アーティストやスタイリストなど業界関係者からの信頼も厚い同店ですが、隣接する「コンティニュエ エクストラ・スペース」ではスラックス専業ブランド「ニート(NEAT)」のアイテムやビンテージウオッチを扱い、ブランドやクリエイターに関連したイベントも開催しています。そんな多様なカルチャーが交じり合うショップを率いるのは、嶋崎周治代表。某有名料理研究家のマネジメントを経て独立開業をした嶋崎代表は、「異なるジャンルの中に共通する構造を見いだして、それをヒントに自分なりの仮説を立てる過程が楽しい」と話します。アカデミックな思考と仕事変遷に耳を傾けました。

WWD:前職では料理研究家のマネジメントをされていたのですね。

嶋崎周治代表(以下、嶋崎):大学では数学を専攻していたのですが、就職するより研究者になれたらいいなとぼんやり考えているうちに卒業間近になってしまって。「ブラブラしているなら、うちに来ない?」と、そこで働いていた学生時代の友人に声をかけてもらったことがきっかけです。

WWD:どういったお仕事内容だったのでしょうか。

嶋崎:主に広告代理店や企画会社とのやりとりで、広告出演や商品開発といった依頼の窓口業務ですね。クライアントのニーズを聞いた上で、本人(料理研究家)の価値観とブランディングなどを踏まえて、企画内容の調整や契約条件の交渉をするという日々でした。他の企画とのコンペを経て仕事が決まるということも多いので、“たられば”の問い合わせも山ほど来るんです。僕が入る以前は、料理スタッフが兼任して対応をしていました。僕は料理もできないし業界のことはよく知らなかったのですが、企業やメディアが求めることの背景を構造的に理解しニーズに応えるという観点では、数学の勉強が役立っていたように思います。

働き始めて2年が過ぎた頃、マッキンゼー・アンド・カンパニー出身者によるビジネス本に出合いました。経営学部などで勉強してきた人にとっては当たり前かもしれませんが、当時の僕にとってはビジネスの世界にアカデミックなアプローチがあるということ自体が大きな気づきでした。理論を仕事で生かすためのスキルを磨きたいと、仕事をしながらグロービス・マネジメント・スクール※1で単価授業を受けることにしました。肩を並べて学んでいたのは、自分よりも社会人経験豊富な商社や企業の方々。僕は年少者だったことを大いに生かして(笑)、社会人の先輩たちに「会議ってどうやってやるんですか?」「稟議はどうやって通すんですか?」といった素朴な疑問をぶつけて教えてもらうこともありました。マーケティング、アカウンティング、ネゴシエーションといった科目を2年半ほどかけて受講しながら、おぼろげながらビジネスというものの全体的な枠組みを捉えていきました。

※1実践的経営やビジネススキルを学ぶ社会人向けビジネススクール

WWD:料理研究家の事務所の方々は、そんな嶋崎さんをどう見ていたのでしょうか。

嶋崎:事務所の中にいわゆるMBA的なビジネスの考え方がなかったので、会社の発展に寄与できた部分は好ましく受け取ってもらえたと思うのですが「この会社のビジョンはなんですか?」みたいな質問によって、先生を困らせることもありました(笑)。そんな中で、自分だったらこうする、こうやってみたい、と感じることが増えていきました。ならば自分でリスクをとってやってみるべきという思いが募り、独立することを決めました。

目指したのは、サロンのような“場”

WWD:なぜ眼鏡だったのでしょうか。

嶋崎:会社を共に立ち上げた「コンティニュエ」の初代店長とは、もともと彼が眼鏡店のスタッフで僕が客という関係でした。ですからそこにすごく意味があるように見えますが、そうではなくて、クリエイティブなことが好きな人が集まり、互いに刺激を受け、学ぶことができるようなサロンのような場をつくりたかったんです。じゃあ何をしよう、と二人で話しあった末に“1周回って”、「眼鏡店にしようか」と落ち着きました。

2002年に晴れて開業したわけですが、しばらくは料理研究家のマネジメントの仕事も続けていました。こんな人たちが集まってほしいなと、思い描いていたようなお客さまには足を運んでいただけていたのですが、なんせ絶対的な数が足りなかった(苦笑)。正直、仕入れ資金を調達することにも苦労したし、売り上げが軌道にのるには時間が掛かりましたね。 BtoBの場合は、キーマンがいてその一人のニーズを捉えることで見えることがたくさんあるのですが、小売りとなるとより多くのニーズを捉えていかなくてはならない。経験のストックがなかったので、自分の感覚を頼りに手探りでしたね。料理研究家のマネジメント業での収入をお店に投入するという期間が数年続きました。

WWD:その頃のメガネ業界に目を向けると、2001年に「ジンズ(JINS)」「ゾフ(ZOFF)」が1号店をオープンしています。

嶋崎:今後のメガネ業界はどうなっていくのか、ということは自分なりに分析を重ねましたね。けれど僕たちは、業界で優位だから店をやろう!と思ったわけではなく、やりたいことを形にしたくて始めました。じゃあ、サロン的な店を目指した自分たちが大切にすべきことは何かと考えてみると、それはショップに足を運んでくださるお客さまと友人たち。口コミの強さは実感していました。サロンって、主役はそこに集う“人”なんですね。

僕は、魅力的な人たちからいろいろな要素を自分に取り込みたいという思いが強かったのだと思います。実は、大学在学中にボクシング評論家のジョー小泉さん※2の下でアルバイトさせていただいたこともありました。バイトを始めた理由は、ボクシング観戦が好きだったことと、理系出身の小泉さんの理論的な解説に引き付けられたことも大きいですが、頭ばかり使う生活の中で、ボクシングというフィジカルな世界で生きる人たちから学びを得たかったんだと思います。料理研究家の世界に飛び込んでみようと思ったのも、ボクシングと料理という対比の中から学びがあるはずとの考えもありました。

※2ボクシング評論家兼マッチメーカー。年少時よりボクシングに携わり、17歳から米国「RING」誌の東洋地区通信員を務めるなど、ボクシングへの多大な功績が称えられてボクシング殿堂入り

WWD:性質の異なるものに引かれるということでしょうか。

嶋崎:これまでの経験と新しいジャンルとの間や、一見すると異質なもの同士の間の中に類似点を見いだし、その相違点も踏まえつつ自分なりに構造を捉えて新しい仮説を描いて試す、という過程が楽しいんです。中学時代の理科での仮説実験授業が、今の僕の原点かもしれないですね。

WWD:仮説実験……、ですか。

嶋崎:まず先生から基本的な概念などについての簡単な説明があり、それをもとに生徒たちがこれから行う実験の結果についてぞれぞれ考えます。考えた予想と理由、すなわち仮説について討論してから実験に臨むんです。その仮説と実際の実験結果を比較検討するというプロセスを通して、概念や法則を学んでいくという授業形態でした。結果として学び得たこと自体もそうですが、物事を捉えて行く方法論にも興味を持ちました。

大学には一浪して入っているんですが、浪人している最初の9カ月間は受験勉強法についての勉強をしていました(笑)。受験勉強のノウハウ本や塾の先生のアドバイスを自分なりにまとめて、自分で仮説を作り論理立ててまとめるという作業ですね。試験1カ月前になりさすがに「やばい!」と、いわゆる受験勉強を必死でやり何とか合格しました。

WWD:嶋崎さんの編み出した勉強法を駆使したわけですね!経営に関して、手応えを感じてきたのはいつ頃だったのでしょう。

嶋崎:「オリバーゴールドスミス(OLIVER GOLDSMITH)」の取り扱いをスタートした後の、5年目以降でしょうか。同ブランドは1920年代にロンドンで創業をしました。やがてヨーロッパファッション業界をけん引する存在となり、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)やグレース・ケリー(Grace Kelly)といった時代を代表するような顧客も数多く抱えていました。90年代のブランクを経て、2005年に復活を果たしました。デザインに加え、こうしたストーリー性を持つ「オリバーゴールドスミス」には根強いファンも多くいます。国内ではトップクラスの品ぞろえができたこともあり、メディアを通してのPRがかみ合ったんだと思います。お客さまの数のうれしい変化は「ショップが認知されてきたのかな」と実感できた大きな出来事の一つでしたね。

前職で培われた客観性

WWD:姉妹店も増えさらに仕事が多岐にわたっています。

嶋崎:現在は4店舗ありますが、“コンティニュエさん”ならどうするだろうか?“パークサイドルーム(吉祥寺)さん”ならお客さまとこんなコミュニケーションをしてみるのはどうだろう?と、それぞれ個性の異なるショップをマネジメントしている感覚です。これは前職でのマネジメント経験で培われたと思います。自分が相手先の会社と交渉を重ね、ピカピカに磨き上げた企画書も料理研究家が首を横に振れば一瞬でボツになるという仕事だったので。客観的に分析して考えている分、出てきた結論に執着はしていないかもしれませんね。前提が変わればいくらでも結論は変わってきますし、その前提となる価値観はひとりひとり異なるものです。ましてや、自分の名前で仕事をしている人はそういうものを明確に持っていないと魅力がありません。ショップも同じように考えていますね。

WWD:今年4月には、オリジナルブランド「アーチ・オプティカル(ARCH OPTICAL)」をローンチされました。

嶋崎:オリジナルブランドをつくる、ということはチャレンジングなことでした。確実にうまくいくことをすれば、短期的な成功は得られると思うんです。でも、会社を経営する身としては一定のリスクを担保しつつ、挑戦もしていかないと学びがないし、長期的な発展にはつながらないと考えています。

「アーチ・オプティカル」で目指したのは、かさばり過ぎない存在感。フレームの枠の形はもちろんですが、ノーズパッドの色は何度も染め直して程よく存在感の出る暖色系のグレーにしました。多くの人の顔になじみやすいことを意識した上で、ちょっとした“違和感”を入れることで、かける人の個性を引き出せたらと考えています。

WWD:オーナーとして多数の取引先と関わる中で大切にしている思いはありますか。

嶋崎:相手の会社やブランドの発展につながるかどうかを考えた上で、こちらの要望を伝えるようにしています。今の時代、先が見えないので短期的な見方になりがちですが、「コンティニュエ」に関わる人、ブランド、会社、事柄について、なるべく長期的な視点を持つことを大切にしていますね。そうすることで小手先の思考がどこかへ行って、考えがより本質に向かうように思います。

取引のさまざまなシーンにおいては、分析を積み重ねた上で最後は感覚的に判断しています。それでしっくりくるかこないかが決め手ですね。理屈っぽい人間と思われがちですが(笑)、共感や信頼といった気持ちの部分にも重きを置いています。

WWD:嶋崎さんにとって仕事とは何でしょうか。

嶋崎:3歳半になる娘には、人は助け合って生きているということを伝えた上で、「人の役に立つ、人に喜んでもらうことが仕事だよ」と話しています。僕の人生のテーマは“学び”だと思っているのですが、仕事は多くの学びが得られる場ですよね。

ビジネスが順調なことは望ましいですが、うまくいかないことの中に学びがたくさんあるはずです。今はある程度ネットで情報を得られます。一昔前なら、優れたボクシング選手がこういう練習をしている、というのは限られた場で静かに伝えられてきたと思うんです。けれど今はSNSやユーチューブを見れば、子どもがすでに実践していたりする。情報はネットから無料で手に入れることができる時代になったからこそ、何に関心を向けるかが重要だし、関心を持って自分で行動して得た一次情報の価値はこれからますます高まると考えています。

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