PROFILE:(おぐら・ひさし)「ハナコ」編集部エディター。1984年生まれ。2007年マガジンハウス入社、「アンアン」編集部を経て「ハナコ」編集部へ配属。男性版別冊「ハナコ・フォー・メン」の担当を経て17年からはデジタルメディア、SNSアカウント、リアルイベントなど誌面以外の領域の編集業務に携わる。24年3月に退社、同年4月からフリーとして活動。7月に合同会社オグラヒサシ企画設立。昼は編集者、夜はスナックマスターの二足の草鞋で活動中 PHOTO : KOZO TAKAYAMA
扉の向こう側から誰かの歌声がこぼれてくる。ここは、マガジンハウスで17年にわたり編集者として活動してきた小倉久が、2025年12月、東京・駿河台に開いた「スナックBAR 編集長」だ。昼は編集者、夜はスナックのマスター。店名に掲げた“編集長”は、肩書きではなく、この場所に集う一人ひとりに向けた言葉だという。約200軒のスナックを取材し、自らも通い続けてきた小倉が考える、スナックという場の魅力とは何か。(この記事は「WWDJAPAN」2026年5月25日号からの抜粋で、無料会員登録で最後まで読めます。会員でない方は下の「0円」のボタンを押してください)
昼は編集者、夜はスナックマスター
──「スナックBAR 編集長」を立ち上げた経緯から教えてください。
小倉久(以下、小倉):僕は2007年にマガジンハウスに入社して、09年から退職するまで「ハナコ(Hanako)」編集部にいました。15年ほど在籍していた中で、男性版別冊の「ハナコ・フォー・メン(Hanako for Men)」を担当していた時期があり、15年にスナック特集を作ったんです。当時の「ハナコ・フォー・メン」は、30歳前後の働く男性に向けて、かつてなら先輩や上司が教えてくれたような場や体験を、媒体として伝えていこうというコンセプトでした。その流れで、スナックを一冊特集することになったんです。その頃は、スナックが単なる“寂れた昭和の場所”ではなく、そこでしか体験できない何かがある場所として見直され始めていました。都築響一さんがロードサイドカルチャーとして取り上げたり、玉袋筋太郎さんがスナック本を出されていたりして、「スナックって面白いよね」という空気がありました。僕自身は、それまでそんなにスナックに通っていたわけではなかったんです。でも、一冊作るとなると3〜4カ月くらいずっとスナック漬けになる。50〜60軒回るうちに、まさにミイラ取りがミイラになるというか、作り終える頃には自分でもスナックをやってみたいと思うようになっていました。
──その後もスナックの取材は続いたんですか。
小倉:はい。17年に田島朗さん(現「ブルータス」編集長)が「ハナコ」の編集長になったとき、「女性こそスナックを知りたいんじゃない?」と言ってくれて、本誌でスナックの連載をやらせてもらえることになったんです。それから6年ほど、スナックの取材を続けました。特集と連載を合わせると、取材したスナックは200軒弱になると思います。
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