PROFILE: エドウィン・ケー/ファストフィッシュ会長、「ザ コモン グローバル」エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター

エドウィン・ケー(Edwin Keh)の名は、日本のファッション業界で広く知られているわけではない。が、そのキャリアは華麗だ。職域を一言で言えば「サプライチェーンを作る」。ダナ キャランやかつて米国最大手靴チェーンだったペイレス、そして世界最大の小売りウォルマートのグローバル調達ビジネスの骨格を作ってきた。その後の12年は香港紡織及成衣研發中心(HKRITA)で、繊維の循環型技術の研究開発を率いた。その彼が、ゼロから小売りブランドを立ち上げ、東京・表参道に店を開こうとしている。サステナビリティを掲げるブランドの名は「ザ コモン グローバル(The Common Global、以下TCG)」。母体は中国で2500店舗を展開するファストフィッシュ(Fast Fish)だ。規模がもたらす力を誰よりも知り、同時にその限界も内側から見てきた人が、いま、自らつくってきた仕組みをサステナビリティで作り直そうとしている。なぜブランド飽和の中、日本でブランドを始めるのか。ケーいわく「私たちが"より良い"から。その一点だけが理由である」。その狙いを東京で聞いた。
ウォルマートからHKRITAへ「アイデアと市場の間には、大きなギャップがある」
WWD:あなたは長く、ファッション産業の調達やサプライチェーンの現場を渡り歩いてきた。プロフィールには著名企業が並ぶが、時に畑が違う場へも飛び込んでいる。その経歴は、ご自身のなかでどうつながっているのか。
エドウィン・ケー(以下、ケー):履歴書だけ見ると、あちこち飛び回っていて筋が通らないかもしれないが、私の中では、筋が通っている。一見脈絡のない経歴に理由があるとしたら、私のハンディキャップが関係しているだろう。私には学習障害がある。たとえば、左右の区別がつかない。言葉が覚えられずスペルを間違える。だから私にとって読むことを覚える唯一の方法は、全体像を理解することだ。個々の単語がわからず段落全体で意味をつかむしかないからこそ私は、ごく早い時期から実に多くのことに興味を持つようになった。私にとってのハンディは、キャリアにとってむしろ役立ち、多くの分野を横断して考える力になったと思う。
WWD:そのひとつ、ウォルマートでは、世界最大の小売業の調達を担う立場にいた。なぜその職に就き、なぜ辞めたのか。
ケー:ウォルマートは最初、3か月契約を打診してきたが私は断った。するとCEOが米国に招いてくれた。私がその場で「サステナビリティの仕事ができて幸せだ、いくつかのプロジェクトに取り組んでいる」と伝えると彼はこう言った。「君は一生サステナビリティに取り組めるが、インパクトは出せない。もしウォルマートをサステナブルにできたら、それはインパクトだ」。それが唯一の理由でウォルマートに行った。そして、ウォルマートを去った理由も同じだ。戦略ができ上がった後は、それを実行に移す運用側にはなりたくなかった。サステナビリティに取り組み続けたい、と思ったからだ。
WWD:2012年から率いたHKRITAは、香港政府の支援を受け、H&M財団との協業や混紡繊維の分離リサイクルなどで世界的に知られる研究機関だ。その要職を退いた時の理由は?
ケー:研究センターを約12年運営して、そろそろ若い人が引き継ぐべきだと決めた。私は歳を取りすぎているし、みんなが私の意見ばかり求めるようになる。それは健全ではない。もっと対等な議論があるべきだ。
WWD:研究機関のトップという立場で見えてきた、最大の課題は何か。
ケー:新しいアイデアが、ブランドになったり市場を得たりするのが非常に難しいということだ。アイデアはこちらにあり、市場はあちらにある。大きなギャップがある。だから研究センターを退いたとき、私はこのギャップを解決できるか試したいと思った。どうすればアイデアを市場に届けられるか。学校や研究室から市場へ、どう運ぶか。それが今の実験だ。
「日本にこれ以上ブランドは要らない」 ならばなぜ、TCGは存在するのか
WWD:研究室と市場のギャップを埋める実験として立ち上げたのが、「ザ コモン グローバル」だ。母体は中国のファストファッション企業、ファストフィッシュだと聞く。そもそも、どう始まったのか。
ケー:TCGは5年前、一つの実験として始まった。中国にファストフィッシュという小売り企業がある。創業20年ほど、非常に成功していて中国国内に2500店舗展開し、高収益だが、サステナブルではない。ごく典型的な例だ。地方都市向けで、超高ボリューム、売上高は10億米ドル(約1600億円)を超え、儲かっている。非上場企業で、そのオーナーが私のところに来て、「ブランドにパーパスを持たせたい」と言った。彼はすでに良い社会貢献もしていて、多くの若い女性に教育やキャリアの機会を創出している。「ブランドをもっとサステナブルにしたい」と。そこで実験を始めた。まずは香港で、ファストフィッシュ中国を支えられるような変化を起こせるか試そう、と話した。
WWD:中国以外への展開を考えたとき、なぜ最初の市場に「日本」を選んだのか。ブランドはすでに飽和しているように見えるが。
ケー:2年前、彼が「中国以外のアジアに広げたい。インドネシアやベトナムだ」と言って、意見を求めてきた。私はこう答えた。「アジアのブランドになりたいなら、日本から始めるべきだ。新しいアイデアはすべて日本から生まれるのだから」。まず日本、次に韓国、台湾、そして最終的にボリュームのある東南アジアへ。だが、まず日本で成功しなければならない。
日本で成功しなければならないのは、悪いアイデアなら日本では通用しないからだ。「ユニクロ(UNIQLO)」や「無印良品」は、本物の日本ブランドだからグローバル化できた。私たちは日本に来て、「今日ゼロから始めるなら、ブランドはどうあるべきか」を考えた。サステナブルであること、新しいテクノロジーを使うこと。それがTCGだ。
WWD:TCGの存在意義をどう定義するか。
ケー:私たちの前提は、「これ以上ブランドは要らない」ということだ。ブランドが多すぎるし、店にとって選択肢も多すぎる。ならば、「なぜ我々は存在すべきか」を問わなければならない。「なぜこれはより良いのか」に答えなければならない。
TCGが存在する理由は、サステナブルで、研究とイノベーションがあり、ファッショナブルだからだ。この三つの円が重なるところがTCG、つまり「より良い」ということ。コンセプトは「Look good, feel good(見た目も良く、気分も良い)」。Look good は美しさ、ファッショナブルであること。Feel good は、罪悪感や不安がないことだ。これを買って、私はサステナブルか。どこか第三世界の劣悪な労働環境に加担していないか。安心して心地よく着られ、他のどこかで見つかるものより良い、そういうブランドを作る。
WWD:「より良い」を掲げるブランドは、しばしば完璧さを装いがち。TCGはその点をどう考えているか。
ケー:私たちは完璧ではない。いつも言っているのは、「私たちはより良くあろうとしている」ということだ。「世界一だ」とは言わない。ただ「より良い」。毎シーズン、より良くありたい。だから、すべての衣類のタグにこう書いてある。「Better for us, better for the world(私たちにとってより良く、世界にとってより良く)」。そしてその裏で、「なぜより良いのか」に答える。素材について語り、それが私たちに、そして世界にどう良いのかを説明する。
要は、「より良くないなら、それはTCGではない」ということだ。デザイナーは私を嫌がる。「これは美しい、作りましょう」と言っても、私は「それはより良いのか。より良くないなら作らない」と言うからだ。
WWD:その姿勢は、どこから来ているのか。
ケー:HKRITA時代に学んだ。最初のパートナーシップはパタゴニアで、実は彼らから学んだ。パタゴニアは「一生懸命やっているが失敗もする」と言う。彼らにとって大事なのは、失敗を認めることだ。「そこから何を学べるか、どうすればより良くなれるかを見よう」と。それをTCGにも持ち込みたい。私たちは挑戦している。挑戦して、明日には「まだ十分でない」とわかるかもしれない。それでいい。別のことをやる。常に挑戦している。だからこれは旅なのだ。
日本で作り、親会社の規模に乗る 「私たちはプラットフォーム」
WWD:ものづくりの面で、日本の産業とはどう関わるのか。
ケー:できる限り日本で作りたい。日本で展開する小売り業者なのだから、当然、日本で作るべきだ。サプライチェーンを少しでも短くするために。
WWD:国内の繊維産業にとっては新たな競合の登場とも映る。
ケー:私たちは競合ではない。みんなに一緒に働いてほしいのだ。私たちはその先も見ている。原料を水耕栽培することも考えている。もし成功すれば、日本で育て、日本でデザインし、日本で作り、日本でリサイクルし、日本で再利用する。そうすれば一つのループができる。サイクルが小さくなる。循環は小さいほど良いものだ。
WWD:母体である巨大なファストフィッシュの本体と、日本の小さなTCGは、どういう関係にあるのか。
ケー:私たちは日本で二つのものを作ろうとしている。一つはTCGの小売り、TCGジャパンだ。モノを売り、デザインする。もう一つはTCGデザイン・ラボで、TCGの経験に基づいてデザインし、親会社に影響を与えられるかを試す。私たちは数年で20〜30店舗に成長するとして、それでもまだ小さい。だが、そこでやることが2500店のチェーンに影響を与えられれば、それはインパクトになる。それが狙いだ。TCGは、いわばパイロットプラントなのだ。
WWD:ご自身のことを「ブランド」ではなく「プラットフォーム」と呼ぶ。それは、どういう意味か。
ケー:良いアイデアがあるのに市場に届けられないなら、うちと組めばいい。私たちが市場を作る。私のイメージでは、店に4つの壁があるとして、2〜3面は自分たちのデザイン、素材と研究を使ったものだ。残りの一面は空けておく。良いアイデアがあるのに市場が見つからない人に、東京・表参道という世界最高の売り場を提供する。リアルタイムでテストできる。うまくいくか、十分に良いか。良くなければ、すぐにフィードバックが得られる。
実は私たち自身も、スタートアップだからと、誰も1年の区画を貸してくれなかった。「どこの誰かわからない」と。市場は、とても保守的なのだ。
WWD:具体的には、どのような作り手と組んでいるのか。また、価格設定はどう考える?
ケー:私たちの製品は、本当に同じ思いを持つ人たちと作っている。たとえばヤクのストールは、ショーケイ(Shokay)のもの。創業者は私の教え子の一人で、遊牧民と直接取引している。カシミヤのような肌触りなのに、カシミヤのような環境負荷がない。TシャツはタイのSC GRANDという、三世代にわたるリサイクルの会社製だ。しわになりにくいリネンは、旧友のTALアパレルと。
価格については、まず自分たちの競争優位を言わなければならない。親会社が大きな中国の小売り企業なので、その資源を活用できる。彼らは大量に作るので、私たちはそこに乗る。私たちは少量しか作らないが、高い価格プレミアムを払わずに済む。今日ブランドを立ち上げて60枚だけ作りたいと言っても、どの工場も相手にしてくれない。だから価格は妥当に保つ。「安すぎる」とパートナーに言われることもあるが、リーズナブルに保ちたい。妥当な利益は出したい、事業を続けたいからだ。だが、「高く売れるからといって、高く売る必要はない」。
WWD:研究機関を離れた今、R&Dの体制が気になる。
ケー:研究をやりたい相手なら、誰とでも組む。多くはHKRITAからライセンスを受けている。CO2を吸収する素材の技術もHKRITAからのライセンスだ。一部は信州大学で行われた研究であり、需要予測のデジタル研究のように、現在教鞭をとっているペンシルベニア大学経営大学院での研究もある。面白い技術を持つ相手なら、誰とでも組む。
消費者はチャリティで服を買わない サステナは4番目か5番目
WWD:消費者が実際に服を選ぶとき、サステナビリティはどこまで優先されると考えるか。
ケー:私たちが積み重ねてきた研究をもってしても、ファッション消費者が最初に問うのは、やはり「これを着て、自分が良く見えるか」だ。次が「いくらか」。三番目にようやく「サステナブルか」。サステナビリティは今のところ四番目か五番目で、優先度は低い。だから成功するには、私たちはファッショナブルで、見栄えの良いブランドでなければならない。とても難しい。
私はチャリティでTCGを手がけるのではない。営利事業だから、見た目が良くなければならない。
WWD:サステナビリティは、伝えようとすると長く複雑な物語になりがちだ。その価値を、どう消費者に届けるか。
ケー:科学研究となればなおさら難しい。だが、誰でも「自分たちはサステナブルだ」と主張できる。それを裏づける数字が必要だ。願わくは、私たちが作り出すよりも、もっとオーガニックに広がってほしい。とても難しいが、本当にオーセンティックでありたい。
ストーリーテリングは非常に大切だ。だが、ファッションはとても感情的なものだ。誰も「これ以上、服が必要」ではない。誰一人としてだ。私たちは「欲しいから」買う。では、その欲望をどう生み出すか。それが難しい。
私の考えでは、COVIDが多くを変えた。突然、私たちはマスクを違う目で見るようになり、服も違う目で見るようになった。見た目が良く、機能的で、安心できる。同時にすべてを満たさなければならない。
循環型サプライチェーンの問題は97%が「漏れる」こと
WWD:サプライチェーンの専門家として長く歩んできたあなたにとって、その「サステナビリティの核心」とは何か。
ケー:今の考え方はこうだ。まず循環性(サーキュラリティ)が要る。今は直線的なサプライチェーンだから、循環型にすればより良くなる。ただ、循環型サプライチェーンの問題は「漏れる」ことだ。あらゆるものが漏れ出す。私たちは、わずか3%しかリサイクルできていない。つまり97%が漏れている。どうそれを改善するか。
最善なのは、そもそも悪いものを最初から入れないことだ。石油由来の人工素材やバージン素材をどう減らし、よりサステナブルで、リサイクルでき、生分解するものを、どう増やすか。それが重要だ。
WWD:生活者の服との関係も変わった。
ケー:一世代前、服は使い捨てではなかった。修理し、手入れをするものだった。そして次の世代に譲るものだった。私は今でも父のセーターを何枚か持っている。
だが今、私たちは服を使い捨ての日用品のように扱っている。理由は販売量を稼ぐためだ。これはマーケティングの「成功」で、服に対する私たちの態度そのものが変わってしまった。どうすれば、服を違う目で見ていた時代に戻れるか。それが一つの課題だ。
130%作って30%捨てる 過剰生産は構造の問題だ
WWD:服が「使い捨て」になった背景には、この50年で世界中に広がった複雑なサプライチェーンの構造もある。
ケー:私が初めて表参道を訪れたのは1990年代初頭で、当時は小さなローカルブランドが実に革新的なことをやっていて、その多くがメイド・イン・ジャパンだった。もっとシンプルなサプライチェーンだった。地元で作り、地元で売る。
ファッションは今、どの産業よりもグローバル化したサプライチェーンを持っている。どこかで綿花を育て、どこかで染め、どこかで生地にし、どこかで縫製し、また別のどこかで売る。非常に長く複雑な連鎖だ。その問題は、ボリュームと低価格のために作られていること。だから過剰生産が起きる。あまりに安いので、「売り逃すくらいなら130%作って、余った30%は捨てよう」となる。それが今のビジネスモデルだ。
WWD:とはいえ、1990年代初頭の原宿・表参道へ戻ることはない。
ケー:忘れないでほしいのは、多くの偉大な日本のデザイナーたちは、あの時代から生まれたということ。目指すのは回帰ではなく「新しい、よりスマートな版」だ。私たちが過剰生産するのは、売り逃したくないから。だが売り逃すのは、需要予測が下手だからだ。予測のためのツールを使えていない。より良いツール、より良い素材を使えば、廃棄を減らすことができて、実はもっと儲かる。捨てるものはすべて無駄なのだから。
「頑固で、楽観的で、理想主義的であれ」
WWD:TCGのこれからを考えたとき、どんなイノベーションを求めるか。
ケー:今は、抗花粉に取り組んでいる。日本では大きな問題だからだ。より効果的な抗菌も。新しい素材を「育てて」もいて、別種の新素材も探している。ラグジュアリーの世界では、リサイクル素材は肌触りが粗いと思われている。だから、本当に良い肌触りの、より優れたリサイクル素材を開発したい。妥協なしで「見た目が良く、肌触りも良いから」買ってもらえるように。
WWD:同じ問題意識を持つ起業家や技術者に、TCGはどう開かれているのか。
ケー:私たちは答えをすべて持ってはいないのだから、謙虚に、自分たちより賢い人たちと働かなければならない。この話を読んで、「TCGと組みたい」と思ってくれる人がいたら、それが理想だ。
WWD:あなたを突き動かしているものは何か。
ケー:本気でサステナビリティを考えるなら、私たちは非常に「頑固」でなければならない、と私は思う。頑固で、楽観的で、理想主義的でなければならない。なぜなら、みんなが「妥協しろ」「基準を少し下げろ」「削れ」と求めてくるからだ。私がやりたいのは、「本当に野心的になれる道がある」と示すこと。ただし、正しいことに対して野心的であることだ。
私は、不幸な金持ちを大勢知っている。どれだけ成功して裕福でも、食べているものはたいてい同じ、使うものも同じだ。そこに成功はない。正しいことをすれば、成功はついてくる。だが、富だけを狙えば、要点を外し、間違ったものを追うことになる。富は正しいことをした結果の副産物だ。