
近年、高品質ながら手の届く価格帯で支持を集めるジュエリーブランドが増えている。その中でも新潟発の「ドーターズジュエリー(DAUGHTERSJEWELRY)」は、ECを主販路とし、14Kの商品を2万〜5万円台で展開している。購入者のリピート率は約50%を誇る。派手なスケールアップに頼らず、着実に成長を続けるブランドの裏側を、代表の比企渚に聞いた。
PROFILE: 比企渚/「ドーターズジュエリー」デザイナー
「変えない」を選び続けた10年
──まず、「ドーターズジュエリー」というブランド名に込めた思いを教えてください。
比企渚(以下、比企):誰もが誰かの娘であるように。年齢や肩書きにかかわらず、どんな人にも寄り添うジュエリーを届けたいという思いから、“DAUGHTERS”という名前を選びました。特別な誰かではなく、“普通の自分“のままで身につけられる美しさを大切にしたくて。日常に溶け込む静かなジュエリーを通して、自分自身のために選ぶ時間や、日々の所作を少しだけ丁寧にするような感覚を提案できたらと思いました。
──創業から10年が経ちました。その間、ブランドの哲学や価値観に変化はありましたか?
比企:大きくは変わっていません。むしろ、「変えない」という選択を重ねてきた10年だったとも言えます。トレンドアイテムとは違い、長く使えて、飽きが来ず、使うほどに愛着が湧く。そんなプロダクトでありたいという想いは当初から根底にあります。
──「変えない」を選び続けるのは、簡単なことではないですよね。
比企:そうですね。この10年で最も大きな学びは、「選ばれること」よりも「残ること」の方がずっと難しい、ということでした。残り続けるためには、“何をやらないか“を選び続ける勇気が必要なんです。
たとえば、目立つブランディングや、豪華なパッケージ、分かりやすい流行に乗ることは、短期的には注目を集めやすい。でも「ドーターズジュエリー」にとってはブランドの核を揺るがすリスクにもなります。お客さまが手に取ったときに「これは自分のためのものだ」と感じてもらえるような静かな信頼感を大切にしたくて。モノ作りも同じで、「削ぎ落とすこと」「必要以上に飾らないこと」は難しいけど、反応を見ながら手ごたえを感じることで、これが本質だと、この10年で確信を深めた感じです。
新潟発、EC中心という必然
──その哲学が、具体的なビジネスモデルにどう反映されているのでしょうか。現在の販売チャネルを教えてください。
比企:オンライン中心のブランドなので、売上はほぼ全て自社EC経由になります。ベースはECでの顧客接点を大切にしつつ、セレクトショップとの協業やポップアップを通して、異なる文脈からブランドを体験していただく機会を設けています。
──ECメインを選んだのは、地方拠点という背景もあったのでしょうか。
比企:はい。ECを軸にした理由は、「誰にでも、どこにいても届く」ことを最優先に考えたからです。私自身、新潟という地方を拠点に運営をスタートしたという背景もあり、必然的にECが中心となりました。ひとりで運営するという体制上、限られたリソースでいかに効率よく、かつ丁寧に届けられるかという点は常に意識してきました。
ただ、購入を促すというよりも、ブランドの世界観を丁寧に見せ、その上で「自分の選択として、必要なときに迎えてもらえるように」という距離感を大切にしています。オンライン上に静かに佇む店先のように、日常の中にふと寄り添う存在でありたいという思いがあります。
──EC中心でありながら、ポップアップも継続されていますね。その位置づけは?
比企:ポップアップは「感覚を補う場」と考えています。素材の質感や石の細やかなニュアンス、チェーンの軽やかさなど、画面では伝えきれない要素を体験していただける貴重な機会です。目の前で商品に触れていただくことで得られるお客様の言葉や反応は、デザインや使い心地の改善、コミュニケーションのヒントになり勉強になります。
デメリットとしては、場所・時期・導線により成果が大きく変動するため、企画や空間設計には高い精度が求められます。また、ECや通常業務と並行しながら、全ての準備・設営・在庫管理を一貫して行う必要があるため、時間的・体力的にも負担が大きいです。それでもポップアップは、お客さまがブランドの空気や温度を直接感じ取れる特別な時間だと考えています。
地道な積み重ねが生んだ成長
──この10年で、売上や事業規模はどう推移しましたか?大きな転機はありましたか?
比企:正直なところ、これが転機というようなものはなくて。特別大きなきっかけはなくても、少しずつ少しずつ、毎月毎年積み重ねてきたような実感と実績があります。地道に続けてこれたこと自体が何よりありがたく、振り返ってみるとビジネスとしてはいちばん難しかったことでもあるなと思いました。
もちろん、ポップアップの展開や卸での広がりなど、その都度新しい取り組みはありました。特に2024年は、「新宿ニュウマン」や「阪急うめだ本店」での展開に加え、オンラインストア「カバーコード(COVERCHORD)」では東京・福岡の2都市で同時開催イベントを実施しました。このようにブランドに触れていただく場を増やしています。ブランドの姿や本質を何よりも大事にしてきたので、急な展開こそ無いけれどじっくりと成長するブランドになっているのかなと振り返ります。
──コロナ禍の影響はどうでしたか?
比企:ポップアップの開催が難しくなりましたが、大きな売上減などの直接的な影響はあまり感じませんでした。むしろその期間は、ECの“使いやすさ“や”情報整理“を見直す良い機会になったと思っています。
──現在のチーム体制についても教えてください。
比企:ブランドの運営は基本的に1人で行っています。商品企画・デザイン・製造管理・カスタマー対応・撮影までを担い、その分、自分自身の感覚に忠実に、ブランドの一貫性を保てている部分も大きいです。ポップアップの運営や一部の施策などは外部チームの力も借りながら展開しています。信頼できる外部パートナーと連携しながら進めるチーム構成が今のブランドには合っていると感じています。
14Kを「日常使い」できる価格に
──商品構成と価格帯について教えてください。
比企:現在の主なラインアップは、シルバー925 と14Kの2軸構成です。ピアス、ネックレス、リング、イヤリングがあります。価格帯は、シルバーで8000〜2万円前後、14Kは2万〜5万円台が中心です。平均客単価としては、シルバー製品のみで構成される方で1万5000円前後、14Kを含めると2万5000円前後になります。
──14Kで2万〜5万円台というのは抑えめの価格設定ですね。2023年に14Kラインを始めた理由は?
比企:当初はとにかく本物の素材を日常的に使いたいという自分の実感から始まりました。一方で、14Kという素材は一般的に価格のハードルが高く、上質だけど自由に選べる価格というバランスを実現したくて、薄利でのスタートを選びました。最初の頃は、利益というよりも、過去にシルバーを購入してくださっていた既存のお客さまに対して、シェアしたい!という思いの方が大きく、価格を限界まで下げていた部分があります。
──現在も同じ価格戦略を続けているのでしょうか。金相場の高騰もある中で。
比企:現在は金相場の高騰もあり、製造原価が毎月上がっています。持続可能な体制を維持するため、価格は少しずつ見直していますが、それでも他社と比べればかなり抑えた水準だと思います。薄利でも続けられるよう、製造や物流の効率化、販促費の抑制、在庫の最適化などを徹底しています。
──製造体制についても教えてください。
比企:工場とは長期的な関係性のあるところがほとんどで、素材管理や工程の細かい指定も含めて一緒に設計している感覚です。少量生産・都度発注を基本とし、余剰在庫や廃棄ロスを最小限に抑えながら運営しています。
シルバーから14Kへ、育つ顧客との関係
──その価格戦略の成果として、14Kラインの反響はいかがですか?
比企:リリース直後から、反響は想像以上に大きく即完売が続くことも多いです。14Kの商品は発売後3年が経過し、価格帯としてはシルバーよりも高単価にも関わらず、今ではシルバーに次ぐブランドの核となるラインになりました。リピート購入のお客様も多く、販売当初の想いが実っている実感もあります。
──「シルバーから14Kへステップアップ」という顧客パターンは実際にあるのでしょうか。
比企:あります。最初にシルバーでブランドを知り、つけ心地やデザインの繊細さに共感してくださった方が、誕生日や節目のタイミングで14Kを選んでくださるという流れは定着しつつあります。シンプルなネックレス、ピアスなどから少しずつ14Kに移行される方も多く、「少しずつそろえていきたい」といった声もいただきます。
──顧客層について、もう少し詳しく教えてください。
比企:当初から20代後半から40代前半の女性が中心ですが、最近では50代以降のお客さまも少しずつ増えており、年齢層の幅は広がってきています。自分のために、長く使える良いものを選びたいという価値観でジュエリーを選ぶ方が多く、ライフスタイルや職業も多様です。働く女性、子育て中の方、海外在住の方など、本当に様々な背景をもった方々に選んでいただいています。
また、お客さまの約半数がリピート購入をされており、購入頻度としては年に平均2回ほど。中には年に3〜4回購入される方もいます。特に14Kラインの販売開始以降は、少しずつそろえていく楽しみ方も増加し、自分のスタイルに合わせてネックレス・ピアス・リングへと広げていくお客さまが増えています。また自身の着用だけでなく、家族や友人と共有して使う目的や、プレゼントとして贈るという声も多く、LTV(顧客生涯価値)は年々伸びておりブランドとお客さまとの関係が育っていることを実感しています。
──新潟の伝統織物を使った“Sofuシリーズ“も始められましたね。ジュエリーの枠を超えた展開に踏み出した理由は?
比企:ジュエリーをつくり続ける中で見えてきたものは、飾るためではなく、心を支えるためのものづくりでした。積み重ねてきた価値観や感覚を見つめ直し、日々の中でそっと手に取れるものから始めました。
──新潟の伝統工芸を選んだ理由は?
比企:新潟という土地でブランドを育ててきたこともあって、同じく新潟で根付いているものづくりを取り入れたいという思いがありました。単に「日本製」という品質表示ではなく、日本の美意識や感性を日常に落とし込むこと。
昔の人が生み出したものを、今でも美しいと感じられることは本当にすごいことです。移り変わりの速い時代だからこそ、その普遍的な美しさにリスペクトを持って展開を広げていきたいです。
「比較されない選択肢」になるためにだけ知恵を絞る
──市場の中での「ドーターズジュエリー」の立ち位置をどう捉えていますか?
比企:日常を味わうためのジュエリーとして、トレンドや派手さとは異なる軸で選ばれているブランドだと信じてます。自分自身のためにまとう、選ぶ、そうした視点を持った方に選ばれている。価格帯、素材、トーン、すべてにおいて静かで誠実なブランドでありたいと思っています。
──近年、韓国など海外ブランドも台頭しています。競合環境をどう見ていますか?
比企:海外ブランドは、スタイリング提案のうまさや、SNSでの勢い、価格とのバランス感覚など、学ぶ部分も多くあります。しかし、「ドーターズジュエリー」は静かな存在感を保ち続けることに価値を置いています。誰かがきっと見ていてくれていると信じていますし、競合というよりは、比較されない選択肢として確立できることが目標であり続けています。
──「比較されない選択肢」という言葉が印象的ですね。その実現のために、どんなコミュニケーションを心がけていますか?
比企:Instagramを軸に、ブランドサイトを通じた継続的な発信を行っています。SNSは商品情報だけでなく、ブランドの世界観や背景を伝えることで、信頼関係の積み重ねになっていると感じます。一方で、SNSを過剰に更新しすぎないことも意識しています。情報のノイズにはなりたくなくて、必要なときに必要な情報がきちんと届くような感覚を大切にしたい部分です。
──ブランドブックや本年はじめたInner Journalの制作も、そうしたコミュニケーションの一環ですか?
比企:はい。単なる販促ツールではなくブランドの思想を言語化する重要な場所になっていると思います。言葉にして整理することでブランドの価値観や考え方が、より適切にお客さまに届くようになったと感じています。製品だけでなく文章でも伝えることで、共感して選んでくださる方が増えたのは大きな変化でした。自分の中でも改めてブランドについて熟考する機会になったことも影響が大きかったと思います。
──今後の具体的な計画について教えてください。
比企:2026年以降も、ブランドの本質を大切にしながら、丁寧に展開を広げていきたいと考えています。“Sofuシリーズ“の次のアイテムや、日本の伝統工芸や技術を活かしたメイド・イン・ジャパン・プロダクトとして、世界に伝えられる価値を追求していきたいです。
──最後に、「ドーターズジュエリー」をこれからどんなブランドに成長させたいですか?
比企:急な展開はないが、じっくりと成長するブランド。その姿勢は変えません。ブランドの姿や本質を何よりも大事にしてきたので、今後もその姿勢は変えずに、向き合ってみたいです。
「選ばれること」より「残ること」。先ほどお話した10年の学びを、これからも大切にしていきたい。その静かな強さを持ち続けることが、「ドーターズジュエリー」らしさだと思っています。