韓国人俳優のイ・ビョンホン(Lee Byung-hun)は、パク・チャヌク(Park Chan-wook)監督の新作主演映画「仕方ない」の公開を前に「WWDKOREA」11月号の表紙を飾った。「ゼニア(ZEGNA)」をまとったイは、「時が形づくる重みと優雅さ」というテーマの下で“熟練”と“抑制”という相反する要素の調和、内に秘めた自信と揺るぎない品格で長年キャリアを築いてきた彼の俳優人生そのものを表現した。
映画「仕方ない」は、人生に満足していた会社員が突然解雇され、家族のため再就職を目指すストーリーを描いたブラックコメディ。日本では2026年3月に公開予定だ。「WWDKOREA」は、撮影に際してイにインタビュー。「WWDJAPAN」でも、その中身をお届けする。
韓「WWD」(以下、WWD):長いキャリアの中で唯一無二の世界を築いてきた「イ・ビョンホン」という名が持つ“重み”を、自身はどう受け止めているのか?
イ・ビョンホン(以下、イ):確かに、名前には重みや責任が伴う。一つの作品が大きな成功を収めると、人々は次の作品により大きな期待を寄せるものだ。より壮大で、より意味深く、より印象的なものを、と。けれど、そうした期待を意識し始めると、逆に自分をどんどん狭い箱に閉じ込めてしまうような感覚に陥ってしまう。そんなプレッシャーを感じたときは、犬が水を振り払うように、頭の中から期待を振り落とすようにしている。この仕事で一番大切なのは、思考の自由だ。僕は本当に自由でいられるときだけ、心から演じることができる。
WWD:その自由を守る姿勢が、スクリーン上でのあなたの存在を常に新鮮に保っているように思う。来年のデビュー35周年を前に、これまでの道のりをどのように振り返る?
イ:僕は昔から、小さいことでも満足を感じられるタイプ。物事が上手くいっていようといまいと、「今はこれでいい」と思える。野心がないわけではないが、その方が気持ちが楽になる。結局のところ、大切なのは人生の捉え方だ。少しスピリチュアルかもしれないが、僕は人生を“あらかじめ敷かれた道を歩くこと”だと考えている。つらい出来事もその道の一部。「いまは、そういう道を歩いているんだ」と思えると、心がすっと軽くなる。
WWD:映画「仕方ない」では多くのテーマが描かれているが、人間性という点で最も引かれたのはどんな部分?
イ:人間が作り出したシステムや制度が、結果的に人間らしさを奪ってしまう——その皮肉に引かれた。便利さを追求するための“道具”が、いつの間にか感受性や自我を鈍らせてしまうことがある。僕が演じたユ・マンスは、道徳と良心の間で揺れ動き、最後には「仕方ない」という言葉を口にする。そのとき彼の中に残るのは、目的、義務、生存、そして必要性だけ。けれどその極限状態の中でも、良心のかけらが最後まで生き続ける。それこそが、人間の本質に最も近いと感じた。
WWD:パク・チャヌク監督とのタッグは、毎回あなたの新たな一面を引き出してきた。今作で特に印象に残った瞬間は?
イ:パク監督とは、20年以上前から「またいつか一緒にやろう」と言い続けてきた。何度も実現しかけては流れて……ようやくかなった。撮影はまるで一人芝居のようにカメラが感情の細部まで追いかけており、初めて、“パク・チャヌク作品を本当の意味で演じた”と感じた。真夏のバーベキューシーンから、極寒の江原道(カンウォンド)でのラストまで、ただ演じたのではなく、その中で“生きた”。季節の移り変わりとともに、体で体験した作品だった。
WWD:タイトルにもあるように、「運命」と「選択」という概念は物語全体のテーマだ。中でもマンスが歯を抜くシーンは、諦めというよりも解放のように見えた。あの瞬間をどう捉えていたのか?
イ:あのシーン、僕も大好きなんだ(笑)。マンスは極限のプレッシャーの中で、長年抑えてきた葛藤と痛みをようやく認める。張り詰めたゴムが切れるような瞬間だ。痛む歯を抜いて、その直後に酒をあおる場面は、9年分の感情を放出するような象徴的な瞬間だった。崩壊と解放、絶望と自由——相反する感情が同時に訪れる。その矛盾こそ、観客に感じてほしかったことだ。
「次の作品が決まるまでは常に“仮の失業状態”」
WWD:マンスが再就職の希望を語った直後に打ち砕かれるシーンも印象的だった。現代社会の過酷な競争や“生き残り”そのものへのメッセージのようにも感じた。
イ:俳優という仕事は、次の作品が決まるまでは常に“仮の失業状態”なんだ(苦笑)。僕はまだ恵まれているが、監督らにはもっと厳しい。一つの失敗が次のチャンスを奪うこともある。そんな不確実さや不安定さが、自然と演技にもにじみ出た。最近は、肉体的な耐久力よりも精神的な回復力が大切だと感じている。不安定な世界の中で、崩れずに、自分なりのバランスを見つける——今も学んでいる途中だ。
WWD:映画全体を貫く問いとして「どう生を受け入れるか」がある。俳優ヨム・ヘラン(Yeom Hye-Ran)のセリフのように、その答えは「抗う」と「受け入れる」の狭間にあるのかもしれない。あなたはどちらに近いのか?
イ:「きっと何とかなる」と自分を落ち着かせ、物事をあるがままに受け入れるようにしている。勝ちにこだわりすぎると、逆に壊れやすくなるからだ。手放すことを知る人こそ、本当の意味で強いと思う。僕にとってのバランスとは、“支配すること”ではなく“受け入れること”だ。
WWD:劇中では、拳銃は父親からの遺産であると同時に、“精神”の象徴のようにも描かれる。あなたが現実の人生で子どもたちに伝えたい価値観は?
イ:“純粋さ”だ。いつも子どもたちに「純粋であることは、正しいことだ」と教えている。数年前、画家のカン・ヘジョン(Kang Hae-jung)さんに「作品に短い言葉を添えてほしい」と頼まれて、「誰の心の中にも10歳の少年が生きている」と書いたことがある。子どものような純粋さ、好奇心を持ち続けたいという思いを込めた。
“大人になれ”“成熟しろ”と繰り返し言われる社会だが、その考え方は想像力や創造性を制限してしまうこともある。競争が激しく、子どもたちを早過ぎる成長へと駆り立ててしまう現代だからこそ、“純粋さ”という価値は最も長く輝くものだと信じている。
時を重ねて深まる“本当の価値”や“優雅さ”とは?
WWD:今回の「WWDKOREA」の撮影のテーマ「時が形づくる重みと優雅さ」は、「ゼニア」の哲学「人生から生まれる品位」とも共鳴する。あなたにとって、時を重ねて深まる“本当の価値”や“優雅さ”とは?
イ:本当の品位は“誠実さ”から生まれると思う。誰かに評価されることよりも、自分自身とまっすぐ向き合えることが、心の安定やバランスにつながる。そういう人は多くを語らずとも、表情や言葉、仕草の中に自然と自由がにじみ出る。時間とともに深まる優雅さとは、自分を偽らない決意から生まれるもの。作り物ではなく、生き方の中に静かにしみ込んでいく。それこそが、時によって磨かれる本当の美しさであり、品位だと思う。
WWD:映画冒頭の「終わった」というセリフが印象的だが、今後成し遂げたい目標は?
イ:正直に言うと、特にないんだ(笑)。キャリアのせいか、僕を野心家だと思う人も多いけれど、僕はいつも“今この瞬間に満足すること”を心がけている。上手くいっても、そうでなくても、「今はこれでいい」と。思い通りにいかなかったときも、「これが自分の歩むべき道なんだ」と捉えてきた。ある意味自分を慰めているのかもしれないが、そう考えると心が穏やかになるんだ。
WWD:“時間の有限さ”についてよく考えるそうだが?
イ:年を重ねるほど、“時間の有限さ”を実感する。時間が無限ではないと気づくと、自然と優先順位が変わり、本当に大切なものが見えてくる。結局のところ、人生で問われるのは“どう向き合うか”という姿勢だと思う。物事を無理にコントロールしようとせず、流れに身を任せる。年を重ねるほど、その考え方がより現実的で、しっくりくるようになった。それが“時”が教えてくれる贈り物の一つだと思う。
STYLING:HYE YOUNG LEE
HAIR:CHUL WOO LIM
MAKEUP:JUNG NAM KIM
EDIT:EDITOR IN CHIEF RUBY KIM, EDITOR DA YOUNG KIM(WWD KOREA)