當真あみと中島セナが、1月23日に公開された柚木麻子原作の映画「終点のあの子」で共演する。私立女子高校を舞台にその閉鎖的な世界の中で、揺らぎやすい女子たちの友情と複雑に絡み合った人間関係が、負の感情も含めて繊細に描かれる本作。周囲に同調して生きる希代子を當真あみが、一線を画す孤高の少女・朱里を中島セナが演じた。関係性の変容を軸に展開する物語において、2人はどのような表現を追求したのだろうか。役柄への深い洞察と、現場で生まれた「無理のない距離感」に迫る。
「普通」の痛みと「普通でない」プライド
——原作の小説を読んだ際、どのような印象を抱きましたか?
當真あみ(以下、當真):原作は登場人物の希代子、奈津子、恭子、朱里という4人の視点で描かれた4編に分かれていて、特に希代子のパートである第1編には、私が演じる希代子の感情の機微が非常に繊細に描かれていました。読み進めるうちに「あ、分かるな」と共感する部分が多かったです。
中島セナ(以下、中島):映画は第1編をベースにしているため、第1編を中心に読み込みました。第2編以降も、個々の登場人物のバックグラウンドが丁寧に描かれているので、読むと物語の背後にある「余白」が広がっていく感じがして、演じる上で相手に対する想像力を膨らませるための助けになってくれました。
——希代子と朱里、それぞれご自身の役柄の「魅力」をどう捉えていますか。
當真:希代子の最大の魅力は、「すごく普通の平凡な女の子であること」です。この物語においては、誰もが経験したことのある感情を盛り込んだ役だと思っています。同調へのプレッシャー、誰かに憧れること、そして痛み……。多くの人が一度は通り過ぎる感情を、希代子も同様に抱えている。観る人にとっては痛いところを突かれたように感じるかもしれませんが、その普遍性こそが彼女の魅力だと思います。
中島:朱里は、希代子とは対照的で、「普通でないこと」に固執し、そこにアイデンティティを見出している女の子。その揺るぎないこだわりが魅力だと思います。それゆえに周囲と摩擦が生じたり、人とぶつかったりして、学校に馴染めない部分があるのですが、人と接する際にも自分の感性を曲げない姿には惹きつけられます。一人で行動することをいとわなかったり、絵を描くことが好きな部分は私と共通していて、彼女の内面に深く共感できました。
近しい役だからこそ意識した「変化」
——お二人ともご自身に近い役柄だったとのことですが、役作りにおいて意識した、絶対に譲れない「芯」の部分はありましたか。
當真:自分と似ているところもあり、監督からも「そのままの感じで」とアドバイスをいただいていたので、過剰に作り込むことはしませんでした。ただ唯一、意識したのは「変化」です。周囲に合わせるタイプの希代子は、朱里との出会いによって視界が少しずつ変わっていきます。急速に仲良くなっていき、その後、一気に離れていく。その心のグラデーションを、表情や佇まいの変化に込めることを大切にしました。
中島:私も自分に近い部分が多い役だと感じていたので、役を自分の方に引き寄せる感覚で演じました。ただ自分と異なる点があるとすれば、それは朱里の持つ「積極性」です。ほかの人を自分の世界に引き込んでいくような強さを朱里は持っているので、そこは役として意識的に表現しました。
——友情という一言では括れない、少女たちの複雑で繊細な感情を、どのように理解して表現されましたか?
當真:朱里に対する希代子の感情は、かなり丁寧に、一つひとつ紐解いていきました。例えば、朱里のノートを裂くシーン。そこには怒りだけでなく、周囲の期待に応えなければという焦りや、「本当は自分に寄り添ってほしい」という切実な願いなど、いろんな気持ちが盛り込まれているものだと感じました。だからこそ、一つの行動の中に多くの感情があるということを大切にしながら演じました。
中島:役としては客観的な視点はなるべく保つようにしながらも、私も少なからずほかの女の子たちの気持ちに共感できる部分も持ち合わせているんだろうなと感じていました。だからこそ、感情が暴走してしまったらどうなってしまうかを想像しながら、自分の中にある感情の延長線上にあるものを探っていたように思います。
教室の片隅で感じていた、あの頃の空気感
——劇中の高校生活や、登場人物同士の感情で、ご自身の学生時代を思い出すことはありましたか?
當真:撮影中、本当に中学時代を思い出していました。周囲の顔色を伺いながら過ごす学校生活や、特定の誰かに抱く淡い憧れ、そういう気持ちは自分にもありましたから。何気なく友達と歩いて話しているシーンでも、「中学の時に私もこういう感じで話してたな」と思い出したりして。みんなと笑い合い、話も合わせている。振り返ると、当時はこの「合わせる」を強く意識していたように思います。合わせる方がむしろ楽だと思って過ごしていました。友達と衝突するのも苦手で、いざこざも起こしたくないと思ってしまう。自分が何かを主張するよりも、みんなに合わせている方が円滑に進むので、衝突を避け、平穏に過ごそうとしていました。
中島:キャストのみんなが楽しそうにしているのを見て、「学校ってこういう感じだったな」と懐かしくなりました。2人集まれば、そこにはもう特有の空気感みたいなものは生まれてくるものなんですよね。
——ご自身の学生時代、楽しかったエピソードはありますか。
當真:私は高校生で仕事を始めたので、「学生時代」で言うと中学時代の思い出のほうが鮮明です。文化祭や体育祭など、クラスが気持ちを一つにする行事が好きでした。あと、合唱コンクール。実は私、ピアノの伴奏を担当していたんです。みんなで一つの目標に向かって頑張る時間は、とても楽しかったですね。
中島:私は高校の修学旅行ですね。あみちゃんの地元の沖縄に行ったんですよ。
當真:晴れているときの沖縄は本当にきれいですよね。
中島:平和祈念公園を訪れたり、川登りをしたり。美ら海水族館も印象的でした。朝、ホテルの近くの海を友達と散歩した時間は、学校行事ならではの贅沢なひとときだったなと感じます。
無言でも成立する「ちょうどいい距離」
——劇中では2人の距離感は劇的に変化しますが、撮影現場での距離感はいかがでしたか?
當真:お互いに自分から積極的に話しかけるタイプではないのですが、それが不思議と心地よかったんです。無理に会話を探す必要がなく、待ち時間に隣同士でただぼーっとしている時間が多かった気がします。そんな「無理のない距離感」が、私たちにはちょうど良かったです。
中島:そうですね。無言でいても気まずくない、そんな気楽さがありました。もし仲良くなりすぎていたら、映像の中での映り方もまったく違うものになっていた気がします。撮影の合間、2人で同じ温度の空気感を共有できていたことが、作品にとっても良い影響を与えたと思います。
——お互いに、表現者としての個性や魅力だと感じる部分を教えてください。
當真:朱里役をセナちゃんが演じると聞いた瞬間、私が原作を読んで想像していた「孤高なイメージ」とピタッと合致しました。以前からご一緒してみたいって思っていたので、私自身が抱いていたセナちゃんへの憧れが、希代子の朱里に対する感情とうまく重なったのだと思います。
中島:あみちゃんが演じる希代子は、一見普通に見えて、深い影をまとった役だと思っています。あみちゃんが持っている穏やかだけど芯の強さがあるところが、目や表情からすごい伝わってきました。静かな表現の中に宿る作品への熱量や、軸のぶれなさは、見ていてとても刺激を受けました。
——ご自身の表現における「こだわり」は?
當真:役への解像度をいかに深められるかです。自分と共通する部分を照らし合わせながら、なぜこの役はこの行動をとるのかを掘り下げるようにしています。自分と同じ部分を見つけると、演じやすくなるので。希代子に関しても、そうして自分自身と向き合うことで、一番、希代子らしい姿に辿り着けたと思っています。
中島:私は、これまで孤独を抱えた役を演じることが多かったこともあり、孤独感に対する解像度は常に高めていきたいと思っています。他人とは違う視点、あるいは疎外感。そこにある感情を突き詰めていきたい。そこから一歩進んで、今後は、さらにエッジの効いた役や、どこか尖った役にも挑戦してみたいです。
當真:セナちゃんはモデルとしてのクールな印象も強くて「この人は何者?」って思わせるミステリアスな雰囲気が素敵だけど、たしかにもっとやさぐれた役とかも見てみたい(笑)。
中島:それでいうと、あみちゃんのやさぐれた役も見てみたいな(笑)。イメージがないからこそ、どんなお芝居をしてくれるのかすごく気になります。
PHOTOS:TAKAHIRO OTSUJI
STYLING:[AMI TOMA]JUNKO OMURA
HAIR&MAKEUP:[AMI TOMA]SAKURA(makiura office)、[SENA NAKAJIMA]HARUKA SAITO
[AMI TOMA]イヤーカフ 29万5900円、ペンダント 56万6500円/共にTASAKI(TASAKI 0120-111-446)、[SENA NAKAJIMA]衣装協力CORNU
映画「終点のあの子」
◾️映画「終点のあの子」
1月23日からテアトル新宿ほか全国公開
原作:柚木麻子「終点のあの子」
監督・脚本:吉田浩太
出演:當真あみ、中島セナ
平澤宏々路、南琴奈
新原泰佑、小西桜子、野村麻純、陣野小和/深川麻衣、石田ひかり
製作・配給:グラスゴー15
©2026「終点のあの子」製作委員会
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