イタリア・フィレンツェで1月に開催された世界最大のメンズファッション見本市、ピッティ・イマージネ・ウオモ(以下、ピッティ)。「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」や「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」がゲストデザイナーとしてショーを行うなど、日本人クリエイターへの注目度が高まる中、虎視眈々と世界を見据える一人の日本人がいた。彼の名は、中村・ニック・泰貴(以下、ニック中村)。青森のスーツ工場・サンライン(佐藤克豊社長)を生産背景に据えたファクトリーブランドを立ち上げ、ピッティで初めてコレクションを展示した。
銀座のフルオーダーテーラーでキャリアをスタートさせたニック中村は、これまで大手デニムブランドから気鋭の独立系ブランド まで、数多くの企画生産やデザインを手掛けてきた。さまざまなブランドを黒子として支える傍ら、多くの工場のモノ作りを目の当たりにしてきた彼が、サンラインに惚れ込んだのはなぜなのか。「サンラインは、国内外の錚々たるデザイナーズブランドのスーツを裁断から縫製まで一気通貫で手掛けている。デザイナーの意思を具現化し、フォーマルとカジュアルを完璧に折衷させることができる、とても稀有な工場だ。僕はこの工場の持つ技術の可能性を引き出し、世界を舞台に勝負したいと考えた」。
“異常さ”すら漂う表現
完璧をあえて崩す
ブランド名は「ヴェーテー ヴォルフガング・タンホイザー(WT. WOLFGANG TANNHÄUSER 以下、ヴェーテー)」。コレクションピースはサンラインの圧倒的なテーラリング技術が存分に発揮されたものばかりで、ニック中村自身のモノ作りへの偏執的な愛がにじんでいる。
ファーストコレクションは20型。「スーツ工場でMA-1を縫うという『異常さ』を表現することにこだわった」と語るブルゾン(19万4700円)は、通常テーラードジャケットで採用する「いせ込み」の技法を袖に採用。ニック中村自身が秘蔵するNASAのテストパイロット用のビンテージをベースプロダクトとして再現した。さらに、京都で470年続く老舗着物メーカーと協力し、葛飾北斎も描いた伝説上の生き物である 比翼鳥(ひよくどり)の緻密な刺しゅうを施している。
ダブルブレストジャケット(19万8000円)は、同じくデザイナー所有の120年前のシルクタキシードがデザインソース。尾州のフォーマルブラックとグレーのウール素材を使い、かつて英国屋や江戸屋といった老舗テーラーで使われていた伝統的な芯材を用い、「現代では考えられないような手間をかけて、コードパイピングを施している」。ボタンやプレートに至っては、ジュエリーデザイナーと共作した白真鍮製。型抜きではなく、一つ一つを鋳造して手作業で磨き上げるという徹底ぶりだ。スタイリングは米国の写真家マイク・ブロディの作品から着想を得て、「耽美的な放蕩貴族」をイメージする。「世の中には、いいものはたくさんある。だからこそ、完璧で徹底され尽くしたものを、あえて崩して着るようなスタイルを提案する。10代の若者と成熟したファッションを楽しむ40代、その両方に刺さるものを目指したい」とニック中村は語る。
世界に真っ向勝負し
「工場の価値を知らしめたい」
ブランドの船出にピッティを選んだのは、世界を見据える志の表れだ。「ここで認められれば、世界中どこへ行っても通用する。目利きのバイヤーや販売員を通した接客で、この服に込めた熱量をしっかりと伝えてもらいたい」とニック中村は話す。「ヴェーテー」は日本アパレル・ファッション産業協会(JAFIC)が推進する「J∞QUALITY」のブース内で出展した。J∞QUALITYとは、日本全国の織布・編立、染色整理加工、縫製において優れた技術を持つ工場をJAFICが承認・ブランド化し、世界へ向けた純国産のアピールを行うプロジェクトだ。ニック中村の「工場の承継」に対する思いは熱く、深い。「工場の持つテクニックの全てを注ぎ込んだ、言わば“フォーミュラカー”のような物作りを目指している。『ヴェーテー』の服を見た国内外のトップブランドが、『ぜひこの工場に仕事を振りたい』と熱望するような、圧倒的なクオリティーのブランドにしたい」ピッティ期間中は、イタリアや日本だけでなく、ヨーロッパやアジア各国の有力店のバイヤーからも好感触だったという。まずは卸売に限定して展開をスタートする。3月下旬には、東京で展示会も実施する。
昨年のLVMHプライズでグランプリに輝き、今季ピッティでショーを行った「ソウシオオツキ」の姿を見て、自分ごと化できている部分も大きいのだろう。これまで自分の名前を表に出そうとはせず、黒子に徹してきたニック中村だが、「僕は今39歳。40歳までにこのブランドでLVMHプライズを獲りたい」と言い切る。ただし、その野望は「僕個人の名声のためだけではない」とも。目指すのは“工場発”のコレクションブランドだ。「サンラインという素晴らしい日本の工場を、『世界に認められるモノ作りの拠点』として伝え、残していく。トヨタがF1に参戦するように、『ヴェーテー』で世界へ真っ向勝負し、サンラインの最高の技術の価値を知らしめたい。それが、僕の一番やりたいことだ」。