ファッション

Go Kurosawaが語る初のソロ・アルバム「soft shakes」 Kikagaku Moyo(幾何学模様)からの変化とアジア音楽の現在地

PROFILE: Go Kurosawa

PROFILE: 東京、高田馬場出身。アメリカの大学を卒業後、Tomoとサイケロックバンド、Kikagaku Moyo(幾何学模様)とレーベル<Guruguru Brain>を始動。バンド活動ではイギリスのグラストンベリー、アメリカのボナルーフェスティバル出演するなど年間100本以上のライブをこなし、レーベルではアジアの現行アーティストを30作品以上をリリース。10年間のバンド活動を休止したのち、初のソロ作品「Soft Shakes」を自身のレーベルからリリース。今年はシンガポール、インドネシアの5カ所を回るツアーを始め、2026年にはアメリカ、「Big Ears Festival」への出演も決定。 インスタグラム:@gurugurubrain

2022年に活動を休止したKikagaku Moyo(幾何学模様)のドラマー/ボーカリスト、Go Kurosawaが初のソロ・アルバム「soft shakes」を発表した。「soft shakes」は、さまざまなアコースティック楽器とビンテージのデジタル機材を用いてKurosawa自身が全ての演奏とプロデュースを手がけた“完全ソロ作品”で、24年1月から6月にかけてオランダのロッテルダムにあるスタジオでの「ひとりジャムセッション」によって制作された。Kikagaku Moyoのハードで灼けつくようなサイケデリック・ロック・サウンドに対して、「soft shakes」はミニマルで、リズミカルで、涼やかなダブの質感とアンビエントな静寂が息づいている。その確かな転換の手触りは、彼のなかで芽生えた変化を告げるとともに、Kikagaku Moyo時代から追い求めてきた“サイケデリック”の感覚が新たな扉を開いたことを思わせる。「落ちた私は、かすかに見える黄色い光の方へ、歩いて行った」――“auto walk”でKurosawaが歌う、落とし穴の底から地上を見上げる「私」は、未知の世界との出会いが、同時に自らの内なる深淵へと誘われる体験でもあることを暗示しているようだ。

そしてGo Kurosawaは、Kikagaku Moyo時代から音楽活動と並行して、自らのレーベル<Guruguru Brain>を運営してきた。アジアの音楽シーンを世界へ発信することを目的に<Guruguru Brain>は15年に立ち上げられ、Kikagaku Moyo自身をはじめ数多くのアーティストの作品を世に送り出してきた。同レーベルからのリリースとなる「soft shakes」は、設立から10年という節目を象徴する作品と言えるかもしれない。そんな彼は今作を機に、長年の活動拠点だったヨーロッパから日本に帰国。新たに福岡に生活の基盤を築いた彼に、アルバムの制作背景やレーベルのこれから、さらに海外での活動を経て見えてきたアジアの音楽の現在について訊いた。

ソロアルバム「soft shakes」制作背景

——いつ日本に戻ったんですか。

Go Kurosawa(以下、Kurosawa):ちょうど3カ月前です。アルバム制作を終えて、全部やりきってから日本に来た感じです。はじめはフランスやイタリア、ポルトガルといった南ヨーロッパも検討してたんですけど、いろいろ考えている内に、ヨーロッパでできることは音楽的にもレーベル的にもだいぶやったなと思ったんです。それで次はアジアかなと。レーベルでもアジアの音楽をリリースしているので、アジアのどこかか、日本に戻るかという選択肢になって。

で、調べてみると、福岡はカルチャーも自然もあるし、東京に戻りたければすぐ戻れるし、空港も近いから海外にも出やすい。音楽をつくる環境としてすごく良いんじゃないかなと思って福岡を選びました。気候も過ごしやすいし。

——Kikagaku Moyoが活動休止を発表して3年が経ちますが、このタイミングでソロ・アルバムをリリースしたのはどういう経緯だったのでしょうか。

Kurosawa:Kikagaku Moyoが一回休止して、レーベルをやりつつ自分の音楽をやろうかなと思ったんですけど、正直“ソロでやる意味”が分からなかったんです。小さい頃から、音楽は人と一緒にやるものだと思っていたので、一人で家でつくるなんて想像もしなかったので。ソロ作品って、大抵コンセプトが先にあって、それに沿ってつくるものが多いと思うんです。僕もそうしようと思ったんですけど、全然コンセプトが浮かばなくて。で、そうしている間にロッテルダムで自分のスタジオをつくり始めたんです。レーベルのオフィス兼スタジオみたいな感じで、そこにピアノや木琴、鉄琴、あと変なパーカッションとか今まで触れたことのなかった楽器をどんどん置くようになって。それで触っているうちに「あれ、できるかも?」とだんだん思い始めたんです。

——実際に手を動かしていく中で、ソロ・アルバムをつくる理由やコンセプトが見えてきた?

Kurosawa:そうですね。バンドの時はツアーがあるから締め切りも先に決まっていたけど、ソロでは制約がない。だからとりあえず「1カ月に10個アイデアをつくる」って自分に課したんです。6カ月続ければ60個になる。「60個あればさすがにアルバムできるだろう」と。その60個の中から選んで最終的にどこかスタジオに行くなり、誰かにアレンジしてもらうなり、なんか形になるんじゃないかと。で、つくり始めて2〜3カ月目くらいから「このままで作品にできるかも?」と思えてきて、だったら「全部自分でやってみるというのをコンセプトにしよう」と途中から見えてきた感じですね。

——曲ごとに異なるアイデアやコンセプトが込められている。

Kurosawa:つくっているうちに「ああ、この曲はこんな気持ちだな」と自然に浮かんでくるような。曲ごとに小さなコンセプトが積み重なっていった感じです。

制作の鍵はマリンバ

——アルバムの資料には「過去の自分とのジャムをしていることに気づいた」とありますね。

Kurosawa:スタジオを自分で持つと、片付けなくていいんですよ。借りてる場所だと毎回片付けなきゃいけないけど、自分の場所だから散らかったまま帰れる。それがすごく良くて。そうするとセッティングがそのまま残っているから、“昨日の自分”の状態に次の日もアクセスできるんです。で、「この楽器はもう飽きたから別のを触ってみよう」とか、昨日つくった曲を聴き返して「ここに足せるかな〜」とか。僕はけっこう飽きっぽいので(笑)、だから1曲ごとにきっちりつくり上げて「完成!」とするんじゃなくて、途中で別の曲に移ったりしていくつもの曲を同時進行で少しずつ育てていく感じでした。

——その一人でジャムを重ねる中で、制作の鍵になった楽器はありましたか。

Kurosawa:マリンバ(木琴)ですね。小学校の音楽室で触ったくらいで、ちゃんと演奏したことはほとんどなかったんですけど、買って触ってみたらなんかすごく良くて。ドラムとピアノの間みたいな楽器なんですよ。鍵盤を“叩く”っていう感覚があるので。もともとドラマーでピアノもやっていたので、その両方の要素が合わさっていて、それを発見できたのは良かったですね。あと、バンドの時は基本的に全部エレクトリックで、アンプにつないで鳴らしていたんですけど、アコースティック楽器の生の音って、部屋によって響きが違う。それが新鮮でした。

——今の“ドラムとピアノの中間”という話は象徴的だと思うんですが、今回のアルバムではリズムとテクスチャー、つまり“叩く感覚”と“響きや音色”をどう組み合わせるかがポイントの一つとしてあったのかな、と。

Kurosawa:そうですね。難しかったのは、僕はドラマーなんですけど、実はKikagakuを始めるまではドラムをやったことがなかったんです。だから逆に“ドラマーっぽい音楽”はつくりたくなかった。ドラマーの人がやってるソロなのに、あんまりドラマーっぽくない――それでドラムを前面に出すより、リズムマシンやドラムマシンを使ってみようとしたんですが、それがまた難しくて。バンドだと簡単に「ここで一回止めよう」とか「ここから速くしよう」ってその場でできるけど、マシンだとそうはいかない。僕はプログラムとかそういう細かいシーケンスを組むのが得意じゃないので、結局スタートとストップしか使わない。だからその“空いたスペース”をどう埋めるか、っていう感じで他の楽器を入れていったんです。

——Kikagaku Moyo時代には「ドラムはミニマルに徹することが大事」と話されていました。ソロではドラムやリズムへのアプローチに変化はありましたか。

Kurosawa:まだソロの曲を人と一緒に演奏したことがないんですよ。だから正直、その辺りはまだ分からないんです。バンドの時は、4人のスペースを奪いすぎないようにするのが大事だと思っていて。ドラムって叩けば叩くほど音を埋められる楽器なので、あえて埋めないことを意識していたんです。ソロではまだ試せていないので、これからだと思いますね。

——例えば「MOON, PLEASE」ではレゲエっぽいリズムも聴こえます。

Kurosawa:もともとダブやレゲエも好きなので、自然とそういうドラムパターンを入れてみた感じですね。家には機材を置かないようにしてたので、ダブばかり聴いていたんですよ。スタジオでつくる音楽ってつくり込みが前提なんですけど、ダブは“スタジオ処理そのもの”が音楽になっている。だからそういうところで「何をやってもいいんだ」みたいな感覚とか、影響を受けているかもしれないですね。

——「SADA NO UMI」や「SORE DESHO?」はブラジル音楽、ボサノヴァ的な雰囲気も感じられます。

Kurosawa:その辺は最初から意識していたわけじゃないんですけど、今思うと理由は単純で。当時、スタジオの暖房が壊れていて、本当に外より寒かったんですよ。で、寒い場所で寒い音楽をつくると、もっと寒くなるじゃないですか(笑)。だから無意識に、暖かいところの音楽を求めていた。音だけでも暖まりたかったんだと思います。ある種の“逃避”ですね。

——空想上のリゾート音楽、みたいな。ちなみに、音づくりのヒントになった音楽や、制作中によく聴いていた音楽はありましたか。

Kurosawa:音楽というより、むしろ機材からのインスピレーションが大きかったです。今、70年代のビンテージ楽器ってすごく値上がりしているんですよ。でも80年代中期以降や90年代のデジタル楽器はまだ安くて、18ビットとか64ビットぐらいの初期のデジタル、ラック式のバカでかいエフェクターが1万円以下で買えたりして。そういう、まだそんなに目をつけられてない“変なやつ”を集めて、使い方も分からないまま試して、そのまま録音してみる。そこから曲になることが多かったですね。

——その辺りの話と関連して言うと、アコースティックな楽器とエレクトロニックな処理との融合、みたいなところも今回のアルバムの特徴のように感じました。

Kurosawa:そうですね。電子的な部分は昔のそういう安いカシオとかヤマハの小っちゃいキーボードを使いました。そういうのってループになりやすいので、人間っぽさを加えるためにアコースティックを重ねて、一発録りでやることが多かったですね。ミスもそのまま残すくらいの気持ちで、とりあえず1回やって「それでOK」みたいな感じで録りました。

「“無自覚なサイケ”が今はいいなって思う」

——今回のアルバムを聴いていて、ビンテージな質感や、人間味の感じられるエレクトロの感触から、かつての日本のアンビエントやミニマル・ポップを連想する場面もありました。例えば吉村弘さんや清水靖晃さんの作品、あるいは細野晴臣さんも含まれるかもしれませんが、そのあたりはいかがですか。

Kurosawa:そうですね、そこを意識していたかどうかは分からないんですけど……ただ制作中に考えていたのは「ソロの人の作品って、どうやってつくってるんだろう?」ってずっと不思議で。細野さんの1st(「HOSONO HOUSE」)とか好きなんですけど、あれも実際はバンド形態だし、全部一人でやってるわけじゃないじゃないですか。で、完全に録音もミックスも含めて一人でやってるソロ作品って何かないかなと探したんですけど、意外と見つからなかった。結果、宅録っぽいアプローチに近づいていった感じはありますね。だから、その辺の作品はもちろん好きなんですけど、たぶん無意識に影響されてる部分はあるのかもしれないです。

——一方で、「RICE HARVESTING DAY」やラストの「CLOUD ROCK」には、Kikagaku Moyoとの連続性も感じました。

Kurosawa:あの辺りは、一人でやってるのにバンドっぽい感じを出したい、みたいなのがあって。「RICE HARVESTING DAY」は、遠くでバンドがお祭りでダラダラと演奏しているようなイメージで、暑いところでずっと何かやってるけど、なかなか終わんないな、みたいな(笑)。

——Kurosawaさんの中では、クラウトロックや70年代のロックの影響というのは今も深いところにあり続けるのかな、っていう。

Kurosawa:はい、すごく好きですね。あの時代の音楽は自由というか、僕の好きな“生の要素”と“実験的な要素”がいっぱい入っているんで。それに比べると今の音楽ってキレイすぎるんですよね。ミックスでも失敗や息継ぎまで全部取り除いたりするじゃないですか。もちろん上手いとは思うんですけど、人間味があんまりないし、面白みという部分では当時の音楽の方が強いと感じますね。

——レーベル(<Guruguru Brain>)の名前に取られているグル・グル(Guru Guru)は、中でも特別なバンドだったりするんですか。

Kurosawa:いや、グル・グルは実際そんなに聴いてなくて(笑)。ただ、<Guruguru Brain>と「soft shakes」ってつながっていて、“サイケ”とは日常の中にも潜んでいるものだ、というか。いわゆる「サイケデリック音楽」って、ギターのファズが入っていたり、当時の感じがあるじゃないですか。でもそれとは別に、“日常のサイケ”みたいなのもいっぱいあるなって思ったんですよ。街の風景や人の営みがふと歪んで見える瞬間、物ごとが“揺れる(=shakes)”感覚――それもサイケデリックだな、と。いわゆるアシッドな感じではなく、都市に潜む違和感や集団的な行為の中にある“サイケ”を面白く感じるようになりました。

——Kikagaku Moyo時代と今とで“サイケデリック”の捉え方は変わりましたか。

Kurosawa:変わりましたね、自分が年を取るにつれて。Kikagakuは僕が20代後半から30代にかけてのバンドで、ソロは30後半からっていう感じなので。Kikagakuみたいな“勢いサイケ”――「わーっ」って叫びながら宇宙に向かってロケットで飛んでいくみたいな感じはもう散々やったので、それよりも日常の細部や静けさの中にある「あれ? 実はこれサイケなんじゃね?」みたいなところを見つける方が楽しくなってきましたね。本人が意識してないのにサイケ的に響いてしまう、そういう“無自覚なサイケ”に今はいいなって思います。

——ちなみに、Kikagaku Moyoを休止してからよく聴くようになった音楽、新しく好きになったものって何かありますか。

Kurosawa:とにかくレコードをゆっくり、再生速度をめっちゃ落として聴くのが好きになったんですよ。全部の音が太くなるし、女性の声も男性みたいに聴こえたりして、そのサイケ感がすごく面白い。聴く音楽自体は特別変わっていないかもしれないけど、“(回転数を)下げる”っていう、つくり手が意図してない聴き方をして。レコードを買う時も声の高そうな子どもの声が入ったものをわざわざ買って、その7インチを33回転でかけて“おじさんの声”にする……そういう聴き方にハマってますね。

——それって何かきっかけがあったんですか。

Kurosawa:いや、ふと「こっちの方が全部いいな」と思った瞬間があって。再生速度を少し下げるだけで、どんな音源もよく聴こえるようになったんです。なんでかはちょっと分かんないんですけど(笑)。ヒップホップなんか33回転(※スクリュー)で聴くのがデフォルトになってるけど、“下げる”とすごく気持ちいいんですよ。

アジアの音楽シーンと自身のレーベル

——今回のアルバムは自身の<Guruguru Brain>からのリリースとなりますが、音楽活動と並行して10年近くレーベルの運営をされてきて、どんな手応えなり実感がありますか。

Kurosawa:2014年か15年くらいに始めたんですけど、僕はもともとプレイヤーよりもレーベル運営がやりたくて、大学でも音楽ビジネスを勉強していたんです。

日本ってアジアの他の国と比べると、それこそYMOの時代からいろんなアーティストが海外に出たりしてるじゃないですか。ただ、そのノウハウが全然蓄積されてないな、みたいに思っていて。海外への出方を誰も知らないし、そういうのを誰か教えてくれたらいいのになって。レーベルを始めたのは、自分たちが海外でツアーし始めた時に、その経験やコネクションを他のバンドに使えるようにしようと思ったのがきっかけでした。

で、10年レーベルをやってみて強く思うのは、インディペンデントなレーベルを続けるには、アーティスト自身も“インディペンデント”じゃなきゃいけないということなんですよね。アーティストも自分で何をやりたいかを考え、自分で行動できなくちゃいけない。でも日本やアジアの音楽業界は違うふうにできていて。アーティストは音楽だけつくって、それ以外のことはブッキングもグッズも全部事務所がやるみたいなのが多い。僕らはそこを変えたくて。今ではレーベルを介して、例えばMaya Ongakuが台湾に行けばモントン(Mong Tong)とかと一緒に遊べるとか、別に一緒に音楽つくるだけじゃなくてもアーティスト同士が自然に交流する流れが生まれているのは見ててうれしいですね。

ヒットをどうやってつくるかっていうことよりも、アーティストが搾取されずに、ただ自分たちのやりたいことができるような環境を整えることが一番重要なポイントとしてある。そういうレーベルが“選択肢”としてあるっていうのはいいことなのかなと思いますね。

——Kikagaku Moyoは海外でも批評的にポジティブな評価を受けていた印象ですが、この10年でアジアのアーティストの海外での受け止められ方は変わったと感じますか。

Kurosawa:僕らがKikagakuを始めたころは、海外のフェスが“インターナショナル”と銘打つためにアジアから1枠入れておく、みたいな扱いが多くて。でも最近は日本や韓国のアーティストが複数出演することも増えていて、受け入れられ方は確実に変わったと思います。

でも一方で、欧米のアーティストがアイデンティティーを失っているというか、新しいものを生み出しにくくなっている印象がある。だからこそ、Maya Ongakuのようなドラムがいない3人組だったり、モントンのタオイズム的なインスピレーション、ライール(LAIR)みたいに自分たちで楽器をつくってやってるアジアのバンドには、欧米からは出てこないユニークな発想があってフレッシュだと思います。ただ、アジア側にはまだ“欧米に認められてなんぼ”という意識がまだある。そこをどう変えていくかが課題で、「欧米からのアプローバルがなくても、自分たちの感情を表現するだけで十分かっこいい」って思えるようになってほしいと思ってます。

——「欧米のアーティストがアイデンティティーを失っている」というのは?

Kurosawa:例えばイギリスやヨーロッパのロックって、白人男性の4〜5人組バンドみたいな定型が多いけれど、もう目新しさはあまりないですよね。80年代や90年代のような「何、この新しいジャンル!?」みたいな驚きはほとんどなくて、「また似たようなの出てきたな」ぐらいの感じで。

最近、Kikagaku Moyoを聴いて育った世代が欧米にもいて。高校生の時にすでにライブを観ました、みたいな。でも、彼らが日本的な要素を取り入れようとすると、「文化盗用になるのでは?」みたいなところまで考えてしまう人もいるらしくて。「じゃあ、これやろう……いや、これはトルコのやつだ。これは……モントンっぽいな」ってなって、「自分ってどういう音楽やったらいいの?」みたいな。西洋的な価値観の中で、自分が何を表現すべきかを見失っている。そういうことを最近感じるところはありますね。

——逆に、Kurosawaさんにとって海外で過ごした時間は、自身のアイデンティティーを再発見する過程でもあったのでしょうか。

Kurosawa:そうですね。日本以外で生活すると――どこの国かにもよるかもしれないけど、ヨーロッパとかでは“日本人”としてより前にまず“アジア人”として括られる。そういう人種で分けられる経験を実際にしたことがあるかないかはアイデンティティーの問題にもつながるし、それとアジアの国の中でもパスポートによって活動の自由度が全然違う。日本のバンドはシェンゲン圏にビザなしで行けるけど、インドネシアやタイのバンドはそうはいかない。生まれた国や人種という選べない要素で待遇が決まってしまう現実がある。だからこそ、そうした不公平さを少しでも解消できるようにサポートしたいなって考えているんですけど。

——欧米における日本の音楽の受けとめられ方という話で言うと、先ほど名前を挙げた細野さんだったり、80年代の日本のアンビエントや環境音楽、あるいはシティポップの再評価について、Kurosawaさんがどう見ているのか興味があります。

Kurosawa:あれも結局、「Kankyō Ongaku」を<Light In The Attic>がリリースして、シティポップとかも“マック・デ・マルコが細野さんが好き”みたいな流れが始めにあったと思うんですね。日本人にとっては距離が近すぎて、その良さに気づきにくい音楽を、海外経由で“かっこいい”と再発見する――そういうメカニズムがあって。ただ、日本のレーベルが自国のそうした作品を再発しようとするとダメなのに、海外のレーベルがアプローチすると突然価値が認められるっていう。そこは何でだろう?ってすごい思ってたんですよ。同族嫌悪的というか、西洋に媚びるような意識が日本の音楽業界には根強くあると感じていて。

Kikagakuも海外活動を通じて日本で知られるようになった部分があるけど、でもフェスとかのギャラの交渉とかすると「なんでバンドが運営と直接交渉してるの?オファーを出してもらえるだけありがたいと思えよ」みたいな感じで来られたり。だから結局は、日本人が自分たちの音楽を「いいものだ」って思えるかどうかじゃないですかね。例えばこれから10年のうちに、90年代のJ-POPやアイドル文化が再評価される可能性もある。そのときに、また海外の人が再発見するんじゃなくて、日本やアジアの側から「こういう面白い音楽があるよ」と世界に提示できるようになればいいと思うんですけどね。

——Kurosawaさんから見て、今はまだアンダーグラウンドな存在だけど、今後の可能性を感じさせるアジアのバンドはいますか。

Kurosawa:最近レーベルに、タイのお坊さんになる学校の4人組がデモを送ってきて。彼らは西洋の音楽に全然影響を受けていないんですよ。今ってよくあるのが、みんなクルアンビンみたいになっちゃうんですよ(笑)。クルアンビンがタイやアジアの音楽を取り入れたみたいに、いざタイの人たちがファンクっぽいことをやろうとすると「全部それクルアンビンじゃね?」みたいな逆現象があって。それとちょっと前までは、マック・デ・マルコみたいなインディーのバンドがいっぱいいましたよね。

でも彼らは違っていて、好きな音楽はタイとかカンボジアの歌謡曲だったり、そこから自分たちの音楽をつくろうとしている。それは面白いなと思います。でもそれも、僕がタイ人じゃないから面白いって思う部分があるかもしれないじゃないですか。例えば日本人で、20歳ぐらいの人たちが演歌をフルバンドでやるみたいな感じで出てきたとして、同じように面白いと思えるのか。そういう“距離感の違い”もあると思います。

「soft shakes」が示す未来とメッセージ

——今後しばらく日本を拠点に活動されていくと思うんですけど、レーベルの展開も含めてどんなことを考えていますか。

Kurosawa:まずはソロで東南アジアを回ってみたいと思っています。バンドだと5人全員でツアーに出ると航空代もかかるし、移動の環境負荷も大きいし、身体への負担もすごくかかる。コロナ前は1カ月で25公演というスケジュールを普通に組んでいて、しかも同じ曲を25回連続でやるって、確かにそれで演奏の腕は上がるかもしれないけど、あまりクリエイティブではないんですよね。それが音楽家のライフスタイルみたいになってるので、それ以外のやり方がないのかなと思っていて。なのでソロ・ツアーでは、自分ひとりで現地に行って、現地のミュージシャンに他のパートを担当してもらいながら、土地ごとに毎回違うメンバーで演奏するっていうやり方を試そうとしています。すでにシンガポールとインドネシア、そして来年のアメリカのいくつかのフェスへの出演が決まっていて、今は「やばい、準備どうしよう!?」って超焦っているところです(笑)。

レーベルについては……やっぱアジアの音楽業界って、欧米に比べてレーベルの力がすごい強いんですよ。海外ではアーティスト自身が“社長”で、スタッフを自分で雇ってっていうのが普通だけど、日本やアジアでは“レーベル所属のアーティスト”という構図で、お金もそういう風な流れだし。そこをもう少しインディペンデントにできる方法をみんなに教えていったり、共有していきたい。「こういうやり方もあるんだよ」っていうのを見せていけたらなって。

——Kurosawaさんから見て、今の日本の音楽で面白いなって思う動きは何かありますか。

Kurosawa:やっぱMaya(Ongaku)がいる江ノ島とかその周辺は、とても特殊だなって思いますね。東京から1時間でアクセスできて、海も山も、富士山もある。しかも東京のカルチャーも流れ込んでくる。ニューヨークやLAでも、これほど大都市の隣に自然と都市文化が共存する環境はなかなかない。湘南のあの辺からは、それこそサザンの時代からいろんなバンドがいるじゃないですか。そういう土地の特異性が出ちゃってる音楽って、やっぱ面白いなと思いますね。あとは、山岳地方をベースにしているバンドだと、山の奥深さや季節の変化。日本はいろんな気候があるのでそういうローカル性が音とビジュアルと一緒になって表現できているアーティストがいたらいいなと思います。

——資料の中で今回のアルバムについて「誰かの空想の旅のきっかけになることを願っています」と書いていましたけど、その辺りの思いも含めて、改めて最後にアルバムについてメッセージをいただけますか。

Kurosawa:聴いた人に「これなら自分にもできるかも?」って思ってほしいですね。音楽をやったことがない人に「こんな感じでいいんだ!?」みたいな(笑)。「こんなことできてすごいんだぜ」みたいな感じとは、ちょっと逆の感じなんですよ。

この間(ライブハウスの)WWWで、バンドのMinami Deutsch(南ドイツ)やMaya Ongakuとイベントをやったんです。彼らは海外で何十本もショーやってるんで、セット自体はすごくタイトだし、完成度が高いし、かっこいいのは当たり前なんですよ。でもその後に即興でジャムを一緒にやったんですけど、そんなにかっこいい感じではできないんですよ。しかも初めましての人もいたりして、といきなり音楽をやるって、やっぱ難しいことで――フリー・ジャズとか即興系の人だったら、そういう“共通言語”があったりするんですけど。でもそれをみんなに見せることで、「さっきまでバチバチにかっこいいセット決めてたバンドが、「ちょっと冷や汗かいてない?」とか、「あれ?目泳いでない?」「あ、でもなんかみんな楽しそう」 みたいな(笑)。けど、それで音楽をやったことのない人に「自分も挑戦してみようかな」って思わせられたら一番だよね、っていう話をみんなでしたんです、そのイベントの後に。

なので僕自身も、自分の作品を聴いた人が「一人で重ね録りしてこんな感じでやって、これでいいんだ!? 自分もちょっとやってみようかな」って思ってもらえたら、それが一番うれしいですね。

Go Kurosawa「soft shakes」

◾️Go Kurosawa「soft shakes」
レーベル: Guruguru Brain
2025年9月5日デジタル配信開始
アナログ盤はBandcampにて発売中
Tracklist:
A1. MOON, PLEASE
A2. SAPA NO UMI
A3. SORE DESHO?
A4. GREEN THING
B1. AUTOWALK
B2. JUNGLE COOKING
B3. RICE HARVESTING DAY
B4. CLOUD ROCK
https://gokurosawa.bandcamp.com/album/soft-shakes

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

Is AI GOOD?AIがもたらす「ゲームチェンジ」

「WWDJAPAN」12月1日号は、ファッション&ビューティ業界でいよいよ本格化する“AIゲームチェンジ“を総力特集しました。11月19日のグーグル「ジェミニ3.0」発表を契機に、生成AIは「便利なツール」から「産業の前提インフラ」へ変貌しつつあります。ファッション&ビューティ業界で浸透する生成AI及びAIの活用法とゲームチェンジに向けた取り組みを紹介しています。

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。