PROFILE: 源馬大輔/クリエイティブ・ディレクター 幾左田千佳/「チカ キサダ」デザイナー

1952年に創業した「フェニックス(PHENIX)」は、日本を代表するスキーウエアブランドの1つ。スキー人口の減少に伴い近年はやや苦しい状況にあったが、2021年にSHIFFON(シフォン)がブランドを継承し、新しい局面を迎えている。25年秋冬には、クリエイティブ・ディレクターの源馬大輔がディレクションする新コレクションラインを立ち上げ、宮下貴裕、「チカ キサダ(CHIKA KISADA)」「ナゴンスタンス(NAGONSTANS)」をゲストに迎えたコラボレーションも実施。公式ECや一部の卸先で9月18日から順次販売する。源馬と「チカ キサダ」の幾左田千佳デザイナーに、コラボレーションについて聞いた。
WWD:伝統ある「フェニックス」で、新コレクションラインを立ち上げるにあたり意識したことは。
源馬大輔(以下、源馬):「フェニックス」には長い歴史があり、スキーウエアやアウトドアウエアを作るノウハウもある。現在進行形として、スウェーデンのアルペンスキーナショナルチームのオフィシャルスポンサーも務めている。そういった山で培ってきたテクニックを街やストリートに持ってきたら、きっと面白いものができる。すばらしいデザイナーと共に、レストランにも着ていけるような服を作りたいと考えた。これだけモノが溢れる時代に、意味のないモノを世の中に垂れ流すようなことはしたくない。そうではない取り組みがしたいと強く思っている。
WWD:ゲストデザイナーとして3組とコラボレーションしている。中でも、幾左田千佳デザイナーによる「チカ キサダ」をゲストに招いた理由は。
源馬:クリエイションにおいて、自分らしいプロポーションやシルエットを持っているデザイナーというのはあまりいない。そういうデザイナーをリストアップするのは日本において特に難しい。その点、彼女は自分のシルエットを持っている。ちゃんと体を鍛えていないと着こなせないような、女性にとって手厳しい服を作る。そういう点がいいなと思った。
幾左田千佳「チカ キサダ」デザイナー(以下、幾左田):もちろん源馬さんのことは知っていたし、SNSを通じたつながりは合ったが、いつかお会いして、一緒に仕事をすることは目標の1つだった。実際に仕事をするのは今回が初めてだ。
「単純に、僕がそれを見たかったから」
WWD:協業にあたり、源馬さんから幾左田さんに具体的にどんなオーダーを出したのか。
源馬:さっき言ったようなことだ。これまでの「チカ キサダ」のサンプルを見せていただいて、「こういう感じがいいですね」といった話をしたぐらい。僕から細かく言うことはなく、ほとんどお任せだ。
WWD:幾左田さんは「フェニックス」にどんなイメージを抱いていたか。
幾左田:本格的なアウトドアの、スキーウエアのブランドという印象が強い。長い歴史の中で培ってきた機能性を「チカ キサダ」と融合させたらどんな景色が見えるか、そこに興味があった。源馬さんが率いるチームと組むことで、新しい視点や哲学を取り入れながらクリエイションを形にしていくことがすごく楽しみだった。企画チームの方に「フェニックス」のこれまでの製品も見せてもらったが、自分が想像していた以上のパターンもあって、とても興味深かった。
WWD:アウトドアウエアの機能性をデザインに昇華していくという手法は、メンズウエアではなじみが深いものだ。「チカ キサダ」と組んだのは、ウィメンズを強化したいという考えからか。
源馬:強化どうこうといった話よりも、単純に僕がそれを見たかったから。確かに、メンズウエアでは機能性からデザインしていく手法はある。でも、コラボレーションの中ではそういったアプローチ以外もできたらいいなと考えた。シルエットを持ち込むと、服に急に命が宿る。そういうものが見たかった。
WWD:幾左田さんは元バレリーナであり、ダンスの要素を取り入れたクリエイションやプレゼンテーションが持ち味だ。
幾左田:「チカ キサダ」がこれまで追求してきたシルエットやフォルム、そういった立体的アプローチは、今回の協業でも全面的に反映させたいと思っていた。静止している時であってもまるで舞っているような、そんな存在感を表現したいと思って、シルエットはもちろん、素材選び、線の運びを慎重に考えて作っている。
「とにかく見て、感じてほしい」
WWD:機能性素材を取り入れることで、「チカ キサダ」とは違う新鮮さを感じる部分もあったのでは。
幾左田:「フェニックス」が強みとしてきた素材をぜいたくに使わせていただき、透湿防水素材の「ゴアテックス(GORE-TEX)」なども取り入れている。ただ、機能性についてはうんちくを語るというよりも、とにかく見て、感じてほしい。これまで「チカ キサダ」においても、細かくテーマを語らずとも「やっぱりダンスを感じるね」と言っていただいてきた。言葉で細かく何かを語ろうという意識はもともとない。
WWD:源馬さんは、まさにそういったデザインアプローチを幾左田さんに求めていたということか。
源馬:デザイナーにはいろんなアプローチがあって然るべきで、それに対して僕があれこれ言うことはないというのがまず前提。その上であえて言うなら、日本人のデザイナーは、割とミクロなこと、例えば生地がどうなっているかといったことにフォーカスしがちだなとは思う。まず大きなコンセプトがあって、その中にさまざまなデザインアプローチがあって、シルエットがあって、素材はその中の1つだ。もちろん、「この生地は織るのに3カ月かかるんです」といったこともすばらしい。でも、それを必要とするのはコンセプトだ。大きなコンセプトワークができるデザイナーと一緒に仕事をすることは、僕にとって非常に幸せなことだし、とても楽しい。
幾左田:私もシルエットに対するこだわりは十分強い方だと思うが、源馬さんは私以上に強いんじゃないかと感じる場面が何度かあった。チームでサンプルを見ながら、「もっといいものにしよう」と検討を重ねたが、源馬さんは視点が鋭くて、「女性の体が入ったときに、もっとこうなった方が美しいんじゃないか」という強い美意識がある。私自身も「確かにこっちの方が体がきれいに見えるな」「服自体としても美しいな」と感じて納得し、結果としてチームでこだわり抜いたシルエットを実現できた。協業するからには新しい価値観を生み出したいと思っていたし、この経験は「チカ キサダ」で必ず次に生きる。本当に貴重な時間だった。
源馬:「チカ キサダ」は社内でパターンメーキングも手掛けているからこそ、理想的なシルエットを追求し、何度もやり直すことができる。それはブランドにとって本当に大きなアドバンテージだと思う。今回の協業で追求したデザインが、今後の「チカ キサダ」のアーキタイプになっていくようなことがあればすばらしいと思う。
「表現の可能性は無限」
WWD:どんな女性に、どんな風に楽しんでもらいたいか。
源馬:全ての女性にトライしてもらいたい。ジャケットのアームのパターン1つとっても、結構興味深いものになっている。それは袖を通してみないと分からない。一度着てみたら、面白いと感じてもらえると思う。
幾左田:協業当初から、すてきなレストランにも行けるデザインということはコンセプトにあり、そういったシーンにも馴染むカラーパレットは意識している。また、一部だけ取り外しができるようなデタッチャブルなデザインも取り入れていて、それもさまざまなシーンに合わせて顔が変わっていくようにと考えたものだ。
WWD:源馬さんといえば、日本ファッションの海外への発信者という役割も大きい。
源馬:日本のクリエイションというと、モノ作りの緻密さみたいな部分が海外でも知られているが、アイデアやデザイン、コンセプトメークの部分ももっと知られていったらいいなと思っている。たまたま、僕の周りには日本のことをひいき目に見てくれる海外の友人知人が多い。僕が自分の口で日本のクリエイションを発信するとエキゾチックなものになってしまうが、西洋の人たちから発信していくと見え方も違うし、広がりが出る。そんな風に、日本のクリエイションを伝えてくれる仲間をどんどん増やしていきたいとはいつも思っている。
WWD:「チカ キサダ」としては、今後協業してみたいジャンルなどはあるか。
幾左田:ブランドとしてバレエをモチーフにしていると、あれもだめ、これもだめというように、制限があると思われるかもしれない。でも、今回の協業にしても、本来バレエとスキーは真逆のものだ。私自身、バレエをやっていたころは、ケガにつながるからと親からも先生からもウィンタースポーツは禁止されていた。そんな2つが今回合わさって1つの物語になっている。表現にはいろんな形があって、可能性は無限だと改めて気付かされた。
「感じたことのない感覚で
着られる服を作りたい」
WWD:源馬さんと仕事がしたい、ブランドを一度見てもらいたいという駆け出しデザイナーは多い。彼らに期待することは何か。
源馬:自由にやってほしい。僕は明確なビジョンがあって、デザイナーに対して、「こういうものがいい」とすごく言う。でも、あくまでそれは聞き流して、自分のスタイルを貫いてほしい。昔に比べたらこれでもかなり言葉を選ぶようになったが、あまり強く言いすぎると「だったらお前が自分でやれ」となる。でも、僕だけでやるなら100にしかならないことが、デザイナーと組むことで150や200になったりする。そのためにも、僕から聞いたことはエサにして、どんどん自分のクリエイションで前に進んでいってもらえると、すばらしいなと感じる。
WWD:改めて、「フェニックス」の新コレクションラインや今回のコラボレーションで伝えたいことは。
源馬:やはり、スキーウエアを作ってきた上での常識と僕らの常識はちょっと違う。それをうまく混ぜて、見たことはあるけど感じたことがないものを作れたら面白い。特別なものを作っているわけではないが、感じたことのない感覚で着られる服を作りたい。すごく重そうに見えて軽かったり、濡れてぐちゃぐちゃになっていそうなのにそうじゃなかったり、汚れそうなのに汚れづらかったり。そういうものを作れたらいいなと思っている。
幾左田:自由な感覚で着てほしい。アウトドアウエアの機能性がどうかといった能書きを取り払って、ファッションとして楽しんでほしい。