スイスの高級時計ブランド「ウブロ(HUBLOT)」は、昨年9月にLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON 以下、LVMH)グループ内の別ブランド「ゼニス(ZENITH)」や「タグホイヤー(TAG HEUER)」を経てトップに就任したジュリアン・トルナーレ(Julian Tornare)最高経営責任者(CEO)の下、新たな成長ステージに向けて舵を切っている。長年時計業界でキャリアを積み、「ゼニス」や「タグホイヤー」では商品ラインナップの刷新など改革を推し進めてきたトルナーレCEO。世界的な景気減速や消費行動の変化で、時計業界が停滞感を強める中「ウブロ」はどんな未来を目指すのか。シグネチャーモデル“ビッグ・バン(BIG BANG)”の発売20周年を祝うために来日したトルナーレCEOに話を聞いた。
WWD:昨年9月に「ウブロ」のトップに就任した。「ゼニス」や「タグ ホイヤー」での経験を、ウブロの経営にどう生かすのか。
ジュリアン・トルナーレ代表取締役(以下、トルナーレ):私にとって経営者として最も大切なのは「ゼネラリスト」であること。マーケティングや営業、財務など専門分野から出発しても、CEOは全ての分野で意思決定をしなければならない。「ゼニス(ZENITH)」ではあらゆる側面に携わり、「タグ ホイヤー(TAG HEUER)」ではより大規模な視点で学びを得た。こうした経験が、複雑な課題を同時にマネジメントする力につながっていると感じる。
WWD:前CEOの下で「ウブロ」はスピード感のあるコラボレーションや限定モデルを多く発表してきた。新体制になり、今後はどのようにかじ取りしていくのか。
トルナーレ:限定モデルは「ウブロ」にとって重要な要素の一つ。しかし数が多すぎると特別感が薄れてしまうのも事実だ。愛の言葉を5分おきに言われたら相手に響かなくなるのと同じだろう(笑)。適切なリズムで、ファンたちに驚きと喜びを提供していく。
WWD:ブランドの核である「アート・オブ・フュージョン(融合の芸術)」というコンセプトを、これからどう進化させていくのか。
トルナーレ:素材や技術の革新はもちろん続けていくが、それだけでは不十分だ。マーケティング、プロダクト、リテールを含む360度全方位で他ブランドとの差別化を図らねばならない。過去をなぞるのではなく、常に新しさを生み出すのがウブロのDNAだ。
WWD:現在、世界で140店舗の直営店を運営しているが、今後の流通戦略は。
トルナーレ:今後はマルチブランドストアでの取り扱いを減らし、直営店や強固なパートナーのブティックを中心に展開していく。小売パートナーは単なる販売者ではなく、ブランド構築に貢献する存在であるべきだ。信頼できるパートナーに注力していく。
WWD:顧客からのニーズには変化を感じるか。
トルナーレ:「ウブロ」は大胆なマーケティングや革新的な素材で注目を集めてきたが、今の顧客はそれ以上を求めている。特にムーブメントや仕上げといった時計製造の本質的価値をもっと伝える必要があると感じている。真剣な時計作りを基盤にしつつ、遊び心や独自性を保つ。それがこれからのアプローチだ。
WWD:若年世代へのコミュニケーションはどう変えていくのか。
トルナーレ:単なる商品写真の広告では効果的なアピールは難しい。“ビッグ・バン”の20周年を記念したグローバルキャンペーンで、故カール・ラガーフェルドの愛猫、シュペットを起用したように、人々に驚きや感情を呼び起こす表現を追求していく。「理解できない、でも面白い」というようなある種の違和感が、ブランドへの興味につながることもあるだろう。
WWD:世界経済の不確実性や消費者行動の変化、そして中国および香港の景気減退の影響などで、好調とは言いづらい時計業界において、「ウブロ」にとっての新たな成長ドライバーは何か。
トルナーレ:第一に製品の完璧さ。品質、デザイン、快適性、全てにおいて妥協しないこと。そして第二に「感情」だ。時計はもはや生活必需品ではなく、「感情的価値」で選ばれるラグジュアリーアイテムだ。時計に関連させ、スポーツ、音楽、アート、料理などの要素を通じて感情を揺さぶる体験を提供していく。そして最後に重要なのが「顧客との絆」。「ウブロ」は“ウブロニスタ(Hublotista)”という顧客コミュニティを持つが、これをさらに強化し、唯一無二の体験を顧客に届けたいと考えている。
WWD:最後に、日本市場向けには何か特別な施策を考えているか。
トルナーレ:これまでも世界的なアーティストである村上隆氏とのコラボレーションなど、日本とは深いつながりがある。今後はスポーツ選手やシェフといった日本ならではの文化を体現する人材と組む可能性も大いにあるだろう。伝統と革新を兼ね備える日本は「ウブロ」と非常に親和性の高い市場だ。