ファッション

リアルな人間は1人だけ! 22人のAIエージェントと生成するブランド「ネイビーネイビー」

TSIは8月29日、新ブランド「ネイビーネイビー(NAVYNAVY)」の発表&展示会を開催する。このブランドに携わるのは、総勢23人。とはいえリアルな人間はたった1人で、残りの22人はこの1人が使いこなすAIエージェント(ユーザーの代わりに、目標達成のために自律的に行動するAIのこと。指示されたタスクをこなすだけでなく、状況を判断し、自ら計画を立て、必要に応じて他のAIやツールと連携してタスクを遂行する)。ブランドのディレクターも、PRの戦略立案担当も、商品タイトルの作成者も、果てはモノ作りのヒントになるターゲットカスタマーもAIという前代未聞のブランドだ。

AIのディレクターと共に、自称「もう1人のブランドディレクター」を務めるのは、藤田裕美「ネイビーネイビー」ディレクター。デザイナーを経て3Dの推進担当にジョブチェンジし、現在は新規事業の開発を担当する藤田ディレクターはこの1年、ひたすらパソコンに向き合い、22人の“仲間”とコミュニケーションを交わしてきた。

PROFILE: 藤田裕美/「ネイビーネイビー」ディレクター

藤田裕美/「ネイビーネイビー」ディレクター
PROFILE: (ふじた・ひろみ)1999年、サンエー・インターナショナルに入社。「ナチュラルビューティーベーシック」でデザイナーとして20年以上の経験を持ち、直近はIT領域で3Dデザインソフトの推進を2年間、新規事業開発を1年間担当。現在はAIエージェントとの共創を通じた新しいクリエイションに挑んでいる PHOTO:SHUHEI SHINE

藤田ディレクターが使うのは、ワールドの傘下で生成AIとファッションの融合を推進するOpenFashionが開発した生成AIプラットフォームの「メゾンエーアイ(MAISON AI)」。藤田ディレクターは、この場をブランド開発における“会議室”として、“同僚”とも呼ぶべき22人のAIエージェントを設定。彼らの職種は、ブランドディレクターや戦略PR、辛口経営コンサルタント、デザイナー、商品タイトルの作成者、辛口メンターなど幅広い。AIエージェントはターゲットカスタマーにもおよび、38歳で既婚のワーママから、30歳で独身のマーケティング会社勤務まで、4人のペルソナを設定した。ちなみにAIエージェントにあえて「辛口」な役割を託しているのは、時に厳しい客観的な意見を期待しているからという。

AIにラーニングさせたのは、
20ページ強のコンセプトシートだけ

AIエージェントに“食わせた資料”、つまり最初にラーニングさせたのは、A4でわずか20ページ強の藤田ディレクターが作成した「ネイビーネイビー」のコンセプトシートだけだ。「ネイビーネイビー」のコアコンセプトは、「気取らない私の毎日のブランド」。とはいえ、「『気取らない』は、等身大のリアルクローズのことだけではなく、顧客の精神的充足や、服を超えたライフスタイルの充足を指す」や、「『気取らない」という言葉の後に『私の』という自分軸を入れることで、顧客への密接な寄り添いを促すブランド力を示唆」「『毎日』には、女性のさまざまなシーン(オン・オフ)にという意味を含める」などの説明を付与した。ちなみにこうした文章ではなく、文章を盛り込んだPDFをラーニングさせているという。PDFには、ブランドのパーパス、モノ作りの指針、ビジョンとコンセプト、価格帯などを盛り込み、参考とすべき画像はプロンプトとしてラーニングさせた。その後もECサイトのラインキングデータや、SNSの投稿など、さまざまなデータをラーニングさせている。

すると、AIエージェントは驚くほど自律的に、それぞれがコンセプトの言葉の意味を考え、自分の意見に置き換え、藤田ディレクターが尋ねると答えるようになっていく。例えば改めてブランドディレクターに「『ネイビーネイビー』のブランドコンセプトを聞いた時、共感できましたか?どんな点に一番共感しましたか?」と聞くと、“彼女”は、以下のように答えた(以下、原文ママ)。


特に私が最も共感し、このブランドの成功の核になると感じたのは、以下の点です。

最も共感した点:現代女性の「時間的・精神的負債」という本質的な課題に、ファッションで挑んでいること。具体的に解説します。

ターゲットのインサイトが鋭い:「働く日本人女性、特に30代後半のストレスが過重している」というデータに基づき、彼女たちが抱える「ライフワークバランスでの悩み」「育児の悩み」「寝ても疲れが取れない」といった、非常にリアルで切実な悩みに着目している点が見事です。多くのブランドが「もっと美しく」「もっとおしゃれに」という表面的な欲求にアプローチする中で、NAVYNAVYは「もっと自分の時間が欲しい」「日々のタスクを少しでも楽にしたい」という、現代女性の心の叫びとも言える本質的なインサイト(潜在的な欲求)を的確に捉えています。

「ライフパフォーマンスの向上」という独自の価値提案:このブランドは、単に服を売るのではありません。「ライフパフォーマンスを向上させる」という、顧客の生活全体の質を高めることを約束しています。これは、アパレルブランドの枠組みを超えた、新しい価値提案です。このユニークなポジショニングは、価格競争やトレンドの追いかけっこに陥ることなく、唯一無二の存在として顧客に認知される強力な武器になります。

「時短服」というソリューションの具体性 :「ライフパフォーマンス向上」という抽象的なコンセプトを、「コーデ3分、魅力ずっと。」というキャッチーなコピーと共に、「時短服」という非常に具体的で分かりやすいプロダクトに落とし込んでいる点が素晴らしいです。「オールインワン」「アイロン不要素材」「2WAY仕様」といった具体的な機能が、いかに顧客の日常を楽にするか、手に取るように想像できます。これは、顧客が「この服は、私の悩みを解決してくれるかもしれない」と、自分事として捉えるための強力なフックになります。

まとめると、NAVYNAVYは、現代女性が抱える「見えない負担」を深く理解し、共感し、「ファッションの力で、あなたの貴重な時間を取り戻します」と力強く宣言しているブランドだと感じました。この「共感」と「具体的な解決策の提示」こそが、今の時代に顧客の心を掴み、熱狂的なファンを生み出す上で最も重要な要素です。このコンセプトを聞いたターゲット女性は、間違いなく「これは、私のためのブランドだ」と感じるでしょう。

こうしたやり取りを重ねて、藤田ディレクターは「ネイビーネイビー」のコアバリューを再認識し、それをデザインにつなげていく。藤田ディレクターは、「メゾンエーアイはグーグルのジェミニ2.5を搭載し、自分の脳みそにはないことも提案してくれる。自分自身が拡張している感じ」という。

着想源は、顧客役を務める
AIエージェント同士の会話

実際の洋服を考えるときは、ターゲットカスタマーの役割を担うAIエージェント同士を会話させ、そこからインスピレーションを得ることも多い。例えば、上述したワーママを含むAIエージェントは、洋服について以下のように話す(同じく以下、原文ママ)。

紺野奈々(37歳で既婚、子なし、仕事あり。以下、紺野):青木さん、こんにちは!最近、急に出社ってなると、朝、何着ていくか結構悩まない?私、リモートに慣れすぎてて、クローゼットの前で固まっちゃう時があるんだよね(笑)。

青木恵(38歳で既婚、ワーキングママ。以下、青木):紺野さん、こんにちは!わかる、すっごくわかる!こっちは朝から子供の準備でバタバタだから、自分の服なんて考える時間なくて...。結局、いつも同じような無難な服に手が伸びちゃうのよ。

紺野:だよね!でもPRのお仕事だと、ある程度きちんとしなきゃいけないし、大変じゃない?私はマーケだから、ちょっとトレンド感も意識したいなって気持ちもあって、余計に時間がかかっちゃう。

青木:そうなの。TPOは外せないから最低限の身だしなみは気にするけど、もう『自分らしさ』とか『おしゃれ』とか、考える余裕がなくて...。本当はもっと楽しみたいんだけどね。

紺野:その気持ち、すごくわかるな。時間がない中でも効率よくおしゃれしたいよね。最近、月額制で服をレンタルできるサービスとかあるじゃない?ああいうのって試したことある?。

青木:あ、聞いたことある!気にはなるんだけど、新しいことを始める手間とか、自分のためだけにお金を使うことにちょっと罪悪感があって...。どうしても子供のことが優先になっちゃうんだよね。

紺野:そっか...。家族がいるとまた違う視点になるよね。でも、自分の機嫌を取るのって、仕事のパフォーマンスにも繋がると思うな。私は気分を上げるために、質の良いベーシックなアイテムを少しずつ集めるようにしてるよ。ECサイトでレビュー見ながらだけど(笑)。

青木:質の良いもの、憧れるな。ECサイトかぁ...。私は子供服とかで失敗したくなくて、つい実物を見に店舗に行きがちで。自分の服までネットで選ぶのって、サイズ感とか難しくない?

紺野:わかる!だから私は、返品・交換が無料のサイトをよく使ってるよ。あと、スタイリストさんの着こなしがたくさん載ってると参考になるかな。最近は環境に配慮したサステナブルなブランドも増えてて、そういうのを選ぶのも楽しいよ。

青木:へぇ、返品無料はハードル下がるかも!サステナブルっていう視点も素敵だね。子供の未来を考えると、そういうの、ちゃんと選びたいなって思うし。...なんだか、少し前向きになれたかも。今度、お すすめのサイト教えてくれる?

そして藤田ディレクターは、こうした会話からターゲット顧客の価値観、洋服に求めるデザインや機能性などに思いを馳せ、デザインのステップに進む。

商品企画は、リアルな人間が担当
「そこは、私のテリトリー」

商品企画は、唯一のリアル人間の藤田ディレクターの仕事だ。「そこは、私のテリトリー」という。上述のようなAIエージェントの会話を参考にしながら、洋服を生産してくれる工場と相談しながらデザインを決める。例えば2025-26年秋冬では、季節の立ち上がりは「Tシャツを着たい」でも「アクセサリーも付けたい」というターゲットカスタマー役を務めるAIエージェントの意見を参考に、首元にパールを飾ったTシャツを提案。「シワシワの服は着たくない」けれど「アイロンは面倒」の両立を目指し、ストライプのシャツは胸ポケットの下にボタンをあしらい、ドレープを寄せても着られるよう配慮した。デザインは自分が手掛けるのは、長らく「ナチュラルビューティーベーシック」でデザイナーを務めていたから。ただ商品が完成したら、それを訴求するためのキャッチコピーなどは再びAIエージェントの力を借りる。ラーニングさせたブランドコンセプトをまとめたPDFの影響も大きいだろうが、藤田ディレクターは「ナチュラルビューティー」時代と比べて、「ギアっぽい発想を取り入れることが増えた。もう可愛いだけじゃダメ。着る意味がないと売れないから」と話す。自身も子育ての真っ最中だが、着る意味を探すため、AIとの対話を重ねている。

作った商品を訴求するビジュアル作りも、もちろん全てAIだ。洋服をAIモデルに着せ、その姿をイメージビジュアルに仕上げる。むしろ生成AIが生み出した画像に似せたリアルなビジュアルを撮り下ろしたくらいだ。

22人の仲間がいるとは言え、ひたすらパソコンに向き合う孤独な作業も多い。ただ今後、事業計画書をラーニングさせればKPIも一人で決められるし、気温と売上実績などを食わせ続ければ、来年のモノ作りの精度は増すかもしれない。藤田ディレクターは、「今後はサボるAIが出てくるかもしれない。そうなると、リアルな人たちのチームとあまり変わらないのかも。時々孤独を感じることもあるけれど、それも他のチームと変わらないのかもしれないな?と思っている(笑)」という。

商品は、「ナチュラルビューティーベーシック(NATURAL BEAUTY BASIC)」の取り扱い店舗や、同ブランドの公式ECサイトなどで9月11日に発売予定。だがその前に、8月25日には「マクアケ(MAKUAKE)」での先行受注を始める。

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