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“次期ラフ・シモンズ”との呼び声の高い新進気鋭メンズ「ナマチェコ」

 ディラン・ルー(Dilan Lurr)とレザン・ルー(Lezan Lurr)のクルド人兄妹が2015年に設立した「ナマチェコ(NAMACHEKO)」が日本で注目を集めている。17-18年秋冬シーズンのデビューコレクションはパリの人気セレクトショップ、ザ・ブロークン・アーム(THE BROKEN ARM)で販売され、18年春夏シーズンにはパリ・メンズ・コレクションでランウエイショーデビューを飾った。デビューショーこそ粗さが目立ったものの、翌18-19年秋冬シーズンには見違えるように洗練されたコレクションを見せてメディアやバイヤーからも好評。「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」に所属していたヘッドパタンナーが加わったことで“次期ラフ・シモンズ”との呼び声も高い。同シーズンからドーバー ストリート マーケット ギンザ(DOVER STREET MARKET GINZA)の2階にスペースが開設された他、日本では伊勢丹新宿本店やグレイト(GR8)などの有力な15アカウントで販売されている。

 また6月に行われた19年春夏のパリメンズでもショーを継続。ミニマルなウエアにアーティーなディテールをバランスよく取り入れ、さらなる飛躍を予感した。成長を続けるクリエイションの裏側とは。また、一度聞いたら忘れられないブランド名の由来についても、来日したディランに聞いた。

WWD:ブランドを始めたきっかけは?

ディラン・ルー「ナマチェコ」デザイナー(以下、ディラン):もともとはファッションとは無縁の土木工学を大学で専攻していたんだ。アートや映画に興味があって、生まれ故郷のイラク・クルディスタンについて写真集とショートムービーを作ろうと思ったのが始まりで、最初はブランドにしようとは考えていなかった。ショートムービーに登場させる服を自分たちで作っていたら、パリのザ・ブロークン・アームが取り扱ってくれた。

WWD:最初に作ったアートプロジェクトの内容は?

ディラン:今、クルディスタンには周辺にイスラム国(IS)のテロリストがいて、その危険な地域に僕の従兄弟たちが住んでいる。そのアートを融合したドキュメンタリー風のフォトブックにしたいと思った。衣装を作ることになり、生地はフランスの有名メゾンが用いる高級生地を生産する工場から余り布を購入したんだ。クチュール用のシルク生地などを使いながらも、普段着としても着られるもの約35着を制作した。

ショー発表で卸先が1店から20店に
日本人セールス担当とのタッグが鍵

WWD:日本人がセールスを担当しているが?

ディラン:2シーズン目からセールスエージェント、セイヤナカムラ2.24の中村誠也さんと仕事をしている。誠也さんがアートプロジェクトとして作ったファーストコレクションを見てくれて、スカイプした時にファッションショーをやろうという話になったんだ。

WWD:2シーズン目にパリメンズでショーを行った。

ディラン:予算がなくて、僕は制作費を得るためにコペンハーゲンのレストランで働いていたんだ。それでも、誠也さんが協力してくれて会場を見つけてくれることに。誠也さんが「小さい会場だけど、高くない。3000ユーロ(約30万円)くらい」って言ったときには「それで安い方なの!?」と思ってしまった(笑)。ブランドがショーにかけるお金は本当にピンキリ。いいブランドは大金をポンと出せるし、小さいブランドはうまく節約している。最終的には、ショーの会場費用は関係なく同じ店のラックに並んでしまうこともある。お客さんも皆、それらのブランドをミックスコーディネートしているわけで、それはファッションの面白い部分でもあると思う。そうして作り上げたコレクションで、卸先が20店決まったんだ。そこからブランドとしての責任が生まれていった。

WWD:ナマチェコの意味は?

ディラン:ルワンダのニヤマシェケ地域に “ナマチョコ”と呼ばれるコーヒー農園があり、少し変えて“ナマチェコ”にしたんだ。音が面白いし、あえて意味がない言葉がいいと思って。ウェブで「ナマチェコ」って検索したらと何も引っかからなかった。これから「ナマチェコ」と検索すれば、僕らの仕事だけが検索結果として出てくる。それは一からスタートするのに実はとても重要なことだと思う。

WWD:どこを拠点にしているのか?

ディラン:アトリエのあるベルギー、プレスルームがあるパリ、両親が暮らしているスウェーデン、商品を生産するイタリアなど、常にヨーロッパ中を移動している。今、家と呼べる場所がないかもしれない(笑)。

WWD:家族のサポートはあったのか?

ディラン:父はジュエリーを作る仕事をしている。2シーズン目のコレクションを作る際に「資金を貸してほしい」と伝えたら、「土木工学の勉強をしたのに、なんでファッションデザイナーになるんだ?技術士になれば安定した生活が送れるぞ」って言われて(笑)。2シーズン目を終えて卸先が20店決まったことを伝えたら、「少しだけ助けてやるよ」と言ってくれて、18-19年秋冬コレクションでは父がジュエリーを作ってくれたんだ。

“どこにも所属しない、時代も関係ないようなコレクションを作りたい”

WWD:イラクに生まれてスウェーデンに移住したという背景はクリエイションに影響している?

ディラン:直接的にも潜在的にも大きく影響していると思う。1997年、僕が9歳の時にスウェーデンに移住したんだ。これまでの記憶に残っているものがデザインのヒントになることが多い。直接的な例としては、18-19年秋冬コレクションのブランケット風ベストは、クルディスタンの田舎に住む人たちがブランケットを羽織るスタイルから着想しているもの。潜在的な部分で言えば、クラフツマンシップの部分。商品の品質や耐久性へのこだわりは、両親がスウェーデンに移ってすぐの、語学の壁があって安定していない時期の記憶が影響していると思う。同時にタイムレスであることを意識していて、どこにも所属しない、時代も関係ないようなコレクションを作りたいと思っている。母は数学の教師で幼い頃よく教わっていた、19年春夏コレクションに登場したひし形のマークはそういった図形を取り入れたいと思ったんだ。

WWD:インスピレーションはどのように得ている?

ディラン:アートやニュースにも関心がある。ドキュメンタリー写真やSF映画が好きで、スーザン・メイゼラス(Susan Meiselas)やアレックス・ウェブ(Alex Webb)、ブルース・ギルデン(Bruce Gilden)らの写真やロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの作品が好きだ。テーラリングとクチュールがクリエイションのベースだ。07〜08年はブロガーブームでストリート・フォトグラファーが増えて、スコット・シューマン(Scott Schuman)のブログ「ザ・サルトリアリスト(The Sartorialist)」をよく見ていた。クルディスタンにいた幼い頃は、いつもスーツを着ている父親と一緒にいたことも影響しているかもしれない。それからサヴィル・ローとナポリ、フィレンツェ、ミラノのスーツの作り方の違いを勉強して、それぞれの職人技の良さを知るようになった。テーラリングは昔から存在するけど、今もすごくモダンに見える。それこそが僕がこのブランドでやりたいこと。タイムレスで近未来的でもあるような。20年後も着ることができて、20年後にもその時代の顔をする服を作りたい。

WWD:2018-19年秋冬のショーでオスカー・ニーマイヤー(Oscar Niemeyer)がデザインしたフランス共産党本部のカンファレンスホールを会場にした理由は?

ディラン:未来的でミニマルな建築がブランドにぴったりだと思ったことと、来場者には「ナマチェコ」のショーを見にいくことを選択してもらえるように、わざわざ来てもらう価値のある場所にしたかったから。実は、イラクにいた頃から両親がフランス共産党本部と美しい関係性を築いていて、「ナマチェコ」のショールームもフランス共産党本部の建物の地下に構えているんだ。

WWD:18-19年秋冬からクオリティーに変化があったのか?

ディラン:18年春夏の制作段階まではフルタイムでレストランで働いていて、コレクションに集中できず、後悔が残っていた。18-19年秋冬からは自分のブランドに集中できるようになったんだ。僕にはファッションを学んだ背景がないから、やりながら学んで、シーズンを重ねてよくなっているはずだ。

WWD:シャツが10万円代、コートが30万円代と高価格帯の商品が多い。値付けはどのように行っている?

ディラン:高級素材を使用していて、ロット数が少ないのが理由だ。他のブランドは1型だけでTシャツ500枚、シューズを300足と多く作っているが、「ナマチェコ」は全商品合計で800ピースしか生産していないんだ。でも、もっとお客さまに着てもらいたいから、春夏は少し価格を抑えているものもあるし、もっと手に取りやすいものを増やせるように変えていきたい。父にも「何でこんなに高いんだ!もっと買いやすくしなさい」と指摘されたんだ(笑)。

“日本には洗練された人が多いから、
ブランドの大きさに関係なくコレクションを理解してくれる“

WWD:卸先は日本が圧倒的に多い。

ディラン:それはきっと日本人がとてもいいテイストを持っているから(笑)。セールエージェントが日本人であることも関係しているかもしれないが、日本が成熟したマーケットであることが一番の理由だと思う。特に、他国だと服を買う条件としてブランドバリューはとても重要で、自分をリッチに演出できる服を選ぶ人が多い。まだ「ナマチェコ」にブランド力がないからね。一方、日本には洗練された人が多いから、ブランドの大きさに関係なく僕のコレクションをよく理解してもらえるんだと思う。なにを隠そう「ナマチェコ」を最初に購入したお客さまは日本人だったんだ。ファーストコレクションを販売していたザ・ブロークン・アームから、一番に購入したのは「東京から来た医者だった」と聞いたんだ。そのお客さんとは連絡を取り合い、東京で会うこともできたんだ。

WWD:18-19年秋冬シーズンには、ドーバー ストリート マーケット ギンザに販売スペースを構えた。

ディラン:とても光栄なことだ。装飾は、僕のバックグラウンドを見に行ける扉という設定になっている。線や模様は僕の生まれたクルディスタンの家の扉に描かれていたものに似せていて、メタルとグリーンの配色はプレスルームに使われている色。

WWD:今後の目標は?

ディラン:ウィメンズをスタートさせたいと思っている。女性のお客さまも「ナマチェコ」の服を買っていくと卸先から聞いた。ショーでは女性モデルを起用したこともあるが、メンズウエアを着て歩いてもらっただけなので、シーズンは決まっていないが来年を目標に女性向けの服を作りたいと思っている。