
アーティストのシアスター・ゲイツ(Theaster Gates)とHOSOOのコラボレーションによる展覧会「シアスター・ゲイツ:Glorious Robe(グロリアス・ローブ)」が、京都・HOSOO旗艦店の2階ギャラリーで開催中だ。そこで発表された「Dashikimono(ダシキモノ)」はアフリカの伝統衣装「ダシキ」と日本の着物、その二つを掛け合わせたもので、ゲイツは「『Dashikimono』は、単なる融合ではない」と語る。さらに、異なる文化が出合うときに生まれるのは、「どちらにも属さない“第三の存在”」だという。その思想は、京都・西陣のHOSOOとの協働にも通底する。素材、手の技、そして地方と都市。文化はどのように更新され、未来へと接続されるのか。「グロリアス・ローブ」展のオープニングに駆け付けたゲイツにHOSOOと協働する理由を聞いた。
WWD:展示のハイライトのひとつ、アフリカの伝統的な衣装「ダシキ」と日本の「着物」という異なる文化的系譜から派生した「Dashikimono(ダシキモノ)」誕生の背景について教えてください。
シアスター・ゲイツ(以下、ゲイツ):古代のアフリカと日本の男性作業着はとてもよく似ています。そして場合によってはアフリカの王族の装いにも共通点を見つけることができます。今私が着ているこの「ダシキモノ」も、現代アフリカのワークウエアのように感じられます。私には「日本には日本のスタイルがあり、アフリカにはアフリカのスタイルがある」という単純な話ではないのかもしれないと感じる瞬間があります。たとえば、日本のメーカーがアメリカンデニムを作るとき、それは別々のものではなく、「日本で製造されたアメリカンデニム」という一つの存在になる。私にとって重要だったのは、単なる“融合”を目指すことではありませんでした。日本には、日本の生地に対する知性とシルエットの歴史があります。同時に、アフリカにも独自のシルエットと生地の歴史がある。その二つの思想が対話して共に夢を見るときに何が生まれるのか。そこから生まれるものは、日本でもアフリカでもない、第三の存在であり、それ自体が意味を持つ特別なものになるはずです。
この「ダシキモノ」は、私たちの世界がすでに非常に似ていることを示す一つの実例だと思います。決して遠く離れているわけではない。この一着はムームーのようにも感じられるし、アメリカでいうところのハウスドレスのようにも感じられる。とてもゆったりとしていて、日常的に身につけるものです。でも、この日本のヘンプ素材とその重みが、そこに優雅さと気高さを与えています。
つまりこれは、日常文化の最良のかたちであり、この日本のヘンプのおかげで、自分がまるでアフリカの王子になったような気分になる。それがすごくいいですよね。
カッティングは私が普段着ている伝統的な「ダシキ」の要素や、日本の作業着の要素を取り入れました。まさに異なる世界がここで一つになっています。ネックラインは私のサイズに合わせられていて、チームが私の身体やスタイルをとても丁寧に理解してくれているのが分かります。まるで毎日でも着られそうな感覚があるのに、これまで一度も着たことがない——そんな不思議な感覚があります。
「地続きにある歴史的蓄積をどう受け取り、新しい発想につなげていくのか」
WWD:2024年に森美術館で開催された「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」をきっかけにHOSOOとの協働がはじまりました。続ける理由は?
ゲイツ:細尾家、そしてHOSOOの歴史は非常に重要なものだと思います。何世紀にもわたり蓄積された着物のコレクションは、生地の生産や着物づくりに関わる“手の知性”とも言えるもので、それ自体に大きな価値があります。特に私が魅了されたのは、帯のための手描きの図案です。マサタカさん(細尾真孝社長)が受け継ぎ、向き合っているこのレガシーは非常に大きいと同時に、それをどう未来につなげていくのかを考えること自体がとても刺激的でもあります。家族から受け継いだ膨大な歴史的蓄積を、どう扱っていくのか。それは決して外から来たものではなく、曾祖父や曾祖母、祖父といった身近な存在と地続きにあるものです。それらをどう受け取り、新しいものや新しい発想へとつなげていくのか。
彼との友情ももちろん大切ですが、彼らが革新し続けたいという強い意思を持っている点にも惹かれています。私自身の実践も単一の何かにとどまるものではなく、アイデアやシステム、あるいは歴史そのものを手がかりにして、新しいものを生み出していくことにあります。HOSOOには豊かな発想力と想像力があり、その歴史にも強く惹かれています。そして共に新しいアイデアを生み出している感覚があります。
WWD:細尾さんの印象は?
ゲイツ:マサタカさんはとても控えめな方ですし、日本の文化も控えめなところがあります。私たちの関係はまだ展開中です。一緒に何かに取り組み、それがうまくいくと「じゃあ次はこれをやろう」、さらに「次はこれを」と続いていく。そうやって、ファッションやマテリアルサイエンス、音楽や建築といった分野について一緒に考えています。興味の方向性もとても似ています。
それと、最も驚いたのはマサタカさんが疲れ知らずということです。本当によく働くし、周囲の人たちにも高いレベルを求めますし、チーム全体がとてもよく働きます。私にとってはとても嬉しいことで、自分が提案したアイデアをマサタカさんが気に入ってくれれば、彼とチームがそれを実現してくれる。だから私は、アイデアをできるだけ良いものにしようと心がけています。彼に質の低いアイデアをたくさん形にさせたくはないですから。
WWD:細尾さんとの共通項があれば教えてください。
ゲイツ:私たちは“古いもの”を愛しています。もしかすると、古いものが未来であり、古い方法こそが未来につなげる最良の方法だと知っているのかもしれません。少なくとも、その一部であると。私は手で何かをつくる人間ですが、この「手でつくること」はこれからの未来においてとても重要になっていくと思っています。
そして私たちは、アメリカと日本という異なる文化のあいだに関係性を築いています。この友情はこれからの未来においてとても重要なものになるはずです。
この展示は、ある種の“許し”のようなものでもあります(笑)。というのも、私たちはどちらも仕事中毒で、ただ遊びに出かけたり、クラブに行ったりする時間がありません。常に仕事をしています。だからこそ、この展示を通して、仕事をしながら関係性を深めています。
WWD:HOSOOの取り組みをどう評価していますか?
ゲイツ:細尾家は、何百年にもわたり革新を続けてきた家系のように感じます。まるで止まることがない。シルクであれば、その製造方法や染色、着物の仕立てについて考え続けてきたし、そうやって常に軸を移しながら進化してきました。つまり、革新そのものがこの家に根付いているのだと思います。その意味で、マサタカさん自身もすでに革新を続けている存在です。これらの素材をどう使うのか、どこまで可能性を広げられるのか。そして、優れた建築家やデザイナー、照明や映像のクリエイターたちをどう巻き込み、このプラットフォームを通じて新しい価値を生み出していくのか——そうした問いに向き合っています。私にとって、着物や帯のアーカイブ、そして、それらの図案を目にしたとき、それは“古い世界”ではなく、まったく新しい世界でした。
まるでデザインの歴史を学ぶ体験であり、同時に“手の技”をいかに製造プロセスへと翻訳していくのかを考える場でもあり、とても刺激的でした。今回の展示は「私たちはどちらも、過去と未来の両方を愛している」ということを示すものだと思います。
最近、マサタカさんとの会話の多くは、彼がカントリーサイド(京丹後)で何に取り組んでいるかで、桑の木を植えたり、ヘンプ栽培を考えたりしていることについてです。都市の外側にあるそうした地域はしばしば経済的に厳しい状況にあります。非常に良いと思うのは、私たちが取り組んでいることや彼が都市で行っている活動が、従来の農業のあり方を基盤にしながら、新しい経済を生み出そうとしている点です。
それはつまり、農業を生かし続けるということでもあります。結局のところ、誰かがつくらなければならないし、誰かが担い続けなければならない。だから最近は、HOSOOの取り組みについてよく考えています。彼らのプロジェクトの一つは、地方に投資してそこで働く人々——労働者や農業従事者——に目を向けることによって、農業文化やマテリアルカルチャーを持続させていこうとするものです。それが地方の話だとすれば、一方で都市では、ベルリンのことや音楽テクノロジーについてよく話をしています。マサタカさんは音楽制作やDJの経験もあるので、自身の創造性や世界中に広がるネットワークを活かして、京都に興味深い人々を呼び込み、協働することを考えています。
つまり、地方の農業と、都市のカルチャー——いわばカントリーサイドの農業者と都市のヒップスター。その両方に関わる取り組みがどちらも重要な社会的プロジェクトとして進められている、ということだと思います。
「民藝のポジティブな側面は『過去を恐れない』点」
WWD:あなたは日本の民藝に影響を受けていますね。
ゲイツ:長年にわたり私は民藝について考えてきました。民藝にはさまざまな意味がありますが、そのポジティブな側面の一つは「過去を恐れない」という点、そして、機能や用途のためにつくられたものを称えるという点にあります。たとえば、シャベルやハンマー、刀、服、枕カバー、人形、壺といったものは何らかの目的や役割のために生まれたものです。一方、現代アートの世界では「役に立つものはつくるべきではない」と教えられることもあります。美しさは有用性がないところにしか存在しない、有用性と美は別の世界にある、という考え方です。
しかし民藝は、「用の美」を教えてくれます。振り返れば、私のこれまでのキャリアの前半は、有用性から逃れようとし、それが美へ向かうことだと考えていました。でも今は、美しさを求めながらも有用性に焦点を当てるようになっています。これからは、美と機能性が共存するものをつくること——そのためにより多くの時間を費やしていくことになると思います。
WWD:民藝運動は約100年前の京都から始まりました。京都にも拠点を持つと伺いましたが、その目的と今後の展望は?
ゲイツ:トップシークレットです(笑)。京都を拠点とする建築家の竹内誠一郎氏と取り組んでいます。私は静かに過ごすことができ、京都の暮らしとつながることができる場所を必要としていました。だからこの空間はある種プライベートな場になっています。そして、(裏千家の茶道資料館副館長)伊住禮次朗さんやマサタカさん、竹内さんと関わる中で、この場所を音楽と茶のためのハブのような空間として捉えるようになりました。インテリアデザインは、立礼(りゅうれい)の茶室をベースにしています。ここでお茶の知識を深めたいし、実際に稽古ができる場にもしたいし、そして友人たちを招くこともできる場所にしたい。ただ、友人たちはすでに素晴らしい空間を持っているので、もはや自分の場所は必要ないのかもしれないとも思っています。とはいえ、この場所では陶芸をしたり、人を招いたりすることになるでしょう。
自分のレコードコレクションもここに置くつもりです。それから、日本ではいろいろな喫茶店に行きますが、どこもブラックミュージックが流れています。でも、そこにはブラックミュージックをかけているブラックの人はほとんどいないし、そもそもブラックの人自体も少ない。だから、自分の音楽——たとえばレアなソウルやゴスペルなどを持ち込んで、ブラック・モンクスのような友人たちも招きながら、文化を共有し、音楽を生み出していく場にできたらいいなと思っています。