サステナビリティ

「ダブレット」のデザイン論 “空気からできる糸”を服にする発想とは

ファッション産業の持続可能な転換には、環境負荷を抑えた革新素材の普及が欠かせない。普及を後押しするには、素材の価値をすくいあげ、ファッションへと昇華するデザイナーの才が必要だ。「ダブレット(DOUBLET)」は、まさにそうした役割を体現してきた。1月にパリで発表した2026-27年秋冬コレクションでは、素材メーカーのプレジールが開発した二酸化炭素由来のメタノールを原料とした新繊維「ゼフィル」を採用。「空気」をテーマにストーリーを発展させ、素材開発者の情熱を“可視化“した。環境負荷低減という“正しさ“の提示だけでは、共感や欲しい気持ちに結びつきにくい中で、井野将之デザイナーは革新素材の価値をデザインの力でどのようにファッションに変えているのか。(この対談は2026年1月28日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット2026」から抜粋したものです)

最新コレクションは「空気」がテーマ
二酸化炭素から作る糸を採用

WWD:2026-27年秋冬コレクションのテーマは、「空気」ですね。

井野:きっかけは、空気から糸を作ることに挑戦している素材開発者との出会いでした。長い時間をかけて研究し完成に至った背景も含めて、見えない「時間」や「空気」の存在をできるだけ見える形で表現しようと制作しました。

WWD:ショーは呼吸音のような音から始まり、会場もスモークで覆われていました。

井野:空気と言えば、「煙かな」と思いまして。スモークを焚きすぎて見えないぐらいになってしまいましたね(笑)

WWD:序盤はダークなカラーパレットで、煙を擬人化したようなルックが印象的でした。

井野:糸の原料の一部は、二酸化炭素(CO2)です。CO2は、気候変動につながる温室効果ガスでもあり、良くない印象を抱かれがち。そんなネガティブなスタートから、明るい未来に変わっていくストーリーを描きました。

WWD:首元にバルーンドッグのようなモチーフが付いたニットや、「I LOVE MARGE」の文字がプリントされたTシャツも登場しました。

井野:「I LOVE MARGE」は、僕の好きな「ハリー・ポッター」の映画の中に登場するマージおばさんのことで、マージおばさんが風船みたいに膨らんで飛んでいく場面があるんです。そこから「マージ大好き」Tシャツができました。

WWD:タイドアップのスタイルも多かったですね。

井野:できるだけエレガントに見えるようにしました。ネクタイが曲がっているルックは、アメコミでよくある表現で、風が吹いていないのに強風を浴びているような錯覚を起こす仕掛けでした。

WWD:今季の注目素材「ゼフィル」を用いたルックについて伺います。そもそもどうやって見つけたのでしょうか。

井野:前シーズンに採用した、漁網のリサイクルナイロンを生産しているモリトアパレルの船崎(康洋)さんに紹介してもらいました。船崎さんと一緒に漁網ツアーに出かけた時の車内で「ガスから糸が作れるって知ってます?」と言われて、興味を持って紹介してもらいました。

WWD:その素材との出合いが今季のコレクションの出発点になったわけですね。実際に使用してみていかがでしたか?

井野:何より最初に糸に触れたとき、「これが本当に空気からできているんだ」と感じてすごくうれしかったんです。その驚きとうれしさがモチベーションになって、じゃあこれで何を作れるだろうかとすごく考えました。少しずつ素材が出来上がるたびに、みなで「空気からできている生地だ」と喜び合っていました。

WWD:開発者はなぜ空気から糸を作ろうとしたのでしょうか。

井野:もともとは、メタンを糸にする研究に人生をかけていた人で、ガスを固形にして糸にする研究の最中に、偶然CO2でも同じ原理で糸を作れると発見したらしいです。人生をかけて取り組んできたことが、後世につながるものになった。その人が自分を信じて努力を続けた結果で、とても良いストーリーだなと思いました。

WWD:開発者の方からの反応はいかがでしたか。

井野:うれしいメールをいただきました。取り組んできたことを表現にしてくれたことや、パリの舞台に持っていってくれたことに感謝してくださいました。

重きを置くのは、環境配慮よりも作り手の情熱

WWD:以前、井野さんは「料理人が新しい素材を見つけたら、とりあえず使って料理してみたくなるように、自分も新素材を見ると使ってみたくなる」と話していました。素材を発掘する際、環境配慮型であることは重要でしょうか。

井野:そこはあまり重要視していません。むしろ、作った人がどんな気持ちで、どういう経緯で作ったかといったストーリーに興味があります。そこで自分が興味を持てるかどうかが大きい。

WWD:作り手の熱量がポイントなのですね。

井野:今まで使ったことがない、見たことがないような素材から何かを生み出すには、自分も真に熱量を持って向き合う必要があります。モノだけではなく、開発者の気持ちも知ることで、「じゃあ自分は何ができるだろうか」と対峙ができるようになるんです。

WWD:「ダブレット」の面白さは、単純に素材が新しい、珍しいだけではない。まさにそれをどう料理するか、井野さんのユーモアとどう掛け算されて出てくるかにかかっていると思います。例えば今回の「空気」であれば、それをバルーンアートやマージおばさんといった、空気から連想させるいろいろなものと掛け合わせてしまう。そういったユーモアの着想は普段どうストックしているのでしょうか。

井野:特に意識していません。映画を見たり本を読んだり、面白い話をしたり、お笑いを見たりしているうちに、少しずつ溜まっていく感じです。マージおばさんに辿り着くまでには結構かかりましたけど(笑)

WWD:ホワイエでは、先ほど話にも出てきたモリトアパレルの漁網のリサイクルナイロン「ミューロン」を使ったルックも展示しています。この素材を使う際に井野さんは、実際に漁港に行ったと聞きました。

井野:実際にリサイクルの前段階に必要な漁網の分別作業を体験しました。どれくらい人の手がかかり、労力がいるのかを知る良い機会でした。漁網のリサイクル自体はよく聞きますが、「ミューロン」の場合その糸がどこの漁港で、誰が関わったのかがトレースできる。作り手の顔が見えることも、惹かれるポイントでした。

デザインは、制限がある方が面白くなる

WWD:過去に使用されたキノコの菌糸体由来の人工レザー「マイリー」は、日本の気候との関係で想定よりも固くなってしまうハプニングもあったと聞きました。デザイナーの中には、服にならない素材は興味がないとおっしゃる方もいます。井野さんは逆に、そうした未知の要素やハードルを楽しんでいるのでしょうか?

井野:ワクワクしますね。形にならないかもしれないし、200点になるかもしれない。どうなるかわからない。でも、自分は絶対200点取れると思ってしまうので、チャレンジしたくなります。

WWD:その他にも、バナナの茎を再生した素材や毛皮工場で余っていた襟をアッセンブルしたファーコートなどもありましたね。従来の価値観ではゴミになり得るものをファッションとして生かすことにも、やりがいを感じますか?

井野:ただ普通にあるものだと思いつかないことが生まれる、ある意味インスピレーションになるんです。例えばファーの襟しかないなら、「襟だけで何ができるだろう」「どんな形になるんだろう」を考えます。わからないからこそワクワクする。制限がある方がデザインって面白くできると思うんです。

「深刻なことは陽気に伝える」
楽しさを貫く理由

WWD:気候危機についてディストピア的な世界観で警報を鳴らす手法もありますが、「ダブレット」は“楽しい・面白い“を貫いています。その価値観はどこで形成されたのでしょうか。

井野:小説家の伊坂幸太郎さんが好きで、中でも彼の本の中で書かれていた「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきだ」という一節がお気に入りなんです。重いことを重く話しても気持ちは晴れない。そうではなく「こうしたら面白い未来になるんじゃない?」の方が人に伝わりやすいと思うんです。

WWD:今回のサミットのテーマは「バリュー・バイ・ファッション」。環境問題に対し、ファッションデザイナーは何ができると思いますか?

井野:僕らがやっていることは、すごくラグジュアリーなことだと思っています。例えば空気の糸を使えることは、めちゃくちゃぜいたくです。高価で希少な糸と、空気の糸、どちらを使いたいかと聞かれたら、僕は間違いなく空気の糸を選びます。自分が価値があると思ったものを世の中に伝えることがデザイナーのできることかなと思います。

WWD:最後に、会場に向けて一言お願いします。

井野:貴重な時間をありがとうございました。ホワイエの展示では、モノを見るだけで、「なぜこの人は、この素材を作ったのか」を想像してもらえると、より楽しい帰り道になると思います。

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