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ファッションディレクターの山口壮大がプロデュースし、毎年1回、障がいを持つ当事者5人に対して5組のファッションブランドや企業が「その人のための1着」を作り、その過程を記録したドキュメンタリー作品「ファッションフォームズ(FASHION FORMS.)」は2025年版で3作品目になる。私は1作品目の2023年からこのプロジェクトを見続けて、「障がいと服のデザイン」が社会とどのように結びつき、その関係性がファッションを入り口にどう変わっていくのかをレポートしてきた。今年は、デザイナーと当事者の距離が格段に近づいた。いわゆる「共生社会の重要性」という普遍的なテーマがより掘り下げられた内容になったと感じた。
障害のある人と家族がカメラの前に立つということ
3回目にして改めて思うのは、ドキュメンタリー作品における「出演者が自分と向き合い、自分を語る」こと、そしてカメラに記録することの難しさだ。障がいの有無に関わらず、誰にとっても自分の内側を言葉にすることには抵抗がある。ましてや、自分の生活や感情をカメラの前で語る経験のない普通の人なら、なおのこと躊躇や葛藤が生まれるのは当然だ。
誇りたいことや成功したことなら語りたくなるだろう。けれど、障がいがある場合、「できないこと」や「自分の弱さ」をさらけ出すことにもつながってしまう。例えば、車椅子を使う私自身も、「あなたの日常を撮影したい。インタビューも行うので、できるだけ赤裸々に語ってください」と言われたら、正直に言って気後れしてしまう。もし同意したとしても「うまく話せるだろうか」「弱さを見せすぎてしまわないか」といった戸惑いは、どうしても拭えないし、その葛藤が語りの中に出てしまうはずだ。
だからこそ、「ファッションフォームズ」の中でカメラの前に立った当事者たちが、自らの人生に刻まれた痛みや悲しみ、人には打ち明けにくい経験までも、驚くほど自然に語っていた姿は特別である。その“自然さ”を映し出せたのは、1回目、2回目の積み重ねがある。山口壮太ディレクター率いるチームは、撮影に6カ月をかけ、その間は何度も現地に足を運び、当事者やその家族の日常を見つめ、時間をかけて対話を重ね、信頼関係を築いてきた。そのプロセスを丁寧に積み重ねてきたからこそ、当事者たちが安心して参加できていると感じた。その地道な努力が、「この人たちになら話せる」「このプロジェクトになら委ねられる」という信頼になり、作品内の語りの自然さとなってあらわれていたのだ。
そう感じたのは当事者の語りだけではない。「シナスイエン」の有本ゆみこデザイナーは、田口明星(あかり)さんの装具にまでデザインを施した。車椅子や装具といった明星さんの生活に不可欠な道具は、代替がきかず、機能の失敗が許されないデリケートな存在。しかし、有本さんはその領域にまで「ファッション」として踏み込んだ。当事者、家族、そしてデザイナーの三者の間で厚い信頼関係が必要だったはず。このプロジェクトでその一線を越えられたのは、「互いの立場を理解し合い、尊重する」という姿勢で丁寧にプロジェクトを進めていたからに他ならない。
そしてニットアーティスト蓮沼千紘さんが、久家わかなさんとその母・幸恵さんとともにニットを編む場面。このプロジェクト自体に信頼がなければ、「アーティスト」と「当事者」という、見えている世界が異なる双方が共に「どう接すればいいか」と戸惑うことになっただろう。しかしこれまでの2回の積み重ねが「共に理解する」というファッションフォームズの本質を理解できている状態からスタートしたことで、両者が「共に作る」という行為を共有できた。その時間は、ゆっくりと距離が縮まるプロセスそのものであり、「ファッションフォームズ」の持つ「共生・共創」を捉えた貴重な時間だと感じた。
山口輝馬さんの母・香織さんは「息子だけでなく、ほかの人にも使いやすいデザインにしたい」という強い思いを持ち、他の母親たちの意見も取り入れながら制作に参加した。これまで個別の取り組みだったデザインが、当事者同士・家族同士のつながりによって緩やかなネットワークへと広がりつつある。情報や迷いを共有し、助け合う関係性が生まれたことで、“生きやすさそのものを支えるコミュニティ”が形成され始めている。「ファッションフォームズ」は、共生社会を目指す私たちの理想のカタチを導き出しつつある。
映像の中で語られる内容は、単なるプライベートな話ではない。そこには、「マイノリティとして生きるとはどういうことか」「社会のどこに障害当事者への負担や壁があるのか」という、普段は見えづらい社会の構造的な課題も映し出されていた。お店には車椅子でも安心できる試着室がないという物理的なバリアフリーの欠如、福祉制度の課題、家族の介助の重さなど、リアルな生活の断片が浮かび上がるとき、私たちは「服」という身近な存在の奥底にある、社会の構造そのものにも直面する。
「ファッションフォームズ」が価値を置いているのは、ファッションを通じて、これまで交わることのなかった人と人を結びつけ、そして当事者と社会との関係性をもう一度見つめ直すこと。発起人たちは、当事者とデザイナーの間に安心と尊重の空間をつくり上げた。この時間と対話と配慮の積み重ねを経て、服はただの「衣服」から、「社会と結びつける装い」へと変わる。服は一方的に与えられるものではなく、共に話し、共に考え、そして時に共につくるもの。その背景にある人間関係を丁寧に育んでこそ、「装い」は日々の生きることそのものと深く結びつくのだと、改めて考えさせられた。