全世界を熱狂させたアクション映画シリーズ「ジョン・ウィック」の世界線で、復讐に燃える新たなヒロインを描いた「バレリーナ:The World of John Wick」が8月22日に公開される。世界中を敵に回したジョン・ウィックが頼った古巣の組織「ルスカ・ロマ」から物語を展開させた本作は、シリーズ3作目「ジョン・ウィック:パラベラム」(2019)とクロスオーバーした時系列で描かれる。
幼いころに父親を殺されたイヴは、暗殺者とバレリーナを育成するロシアの犯罪組織「ルスカ・ロマ」にたどり着く。大人になったイヴは磨き抜かれた殺しの技術で復讐に乗り出すが、父親を殺したのは裏社会でも恐れられる暗殺教団だった。組織に背き暗殺教団と対峙しようとするイヴだが、彼女の前にあの“伝説の殺し屋”が現れて……。
主人公のイヴを演じるのは、「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」のスタイリッシュなアクションで注目を集めたアナ・デ・アルマス。シリーズの立役者であるチャド・スタエルスキが率いるスタントスタジオ「87Eleven」でのトレーニングを経て、迫真のCQC(近接戦闘)のアクションを披露する。ノーマン・リーダスやガブリエル・バーンといった新たなキャストが参加するほか、ジョン・ウィックを演じるキアヌ・リーブスをはじめ、イアン・マクシェーンやランス・レディック、アンジェリカ・ヒューストンなどシリーズではおなじみのキャストも再集結。メガホンを取るのはスタイリッシュなアクションに定評のあるレン・ワイズマン監督。これまで「アンダーワールド」や「ダイ・ハード4.0」といったアクション大作を手掛けてきたワイズマン(Len Wiseman)監督は、アクション映画の金字塔である「ジョン・ウィック」の世界にどう挑んだのか。アナとキアヌのアクションにおけるアプローチの違いや、あらゆる武器を使ったアクションへのこだわりなどについて話を伺った。
「キル・ビル」からの影響
——レン・ワイズマン監督は「アンダーワールド」シリーズにはじまり、「ダイ・ハード4.0」や「トータル・リコール」でアクション映画を撮られてきましたが、今回初めてスタントスタジオ「87Eleven」と仕事をした感想から教えてください。
レン・ワイズマン(以下、ワイズマン):最高でしたよ! アクションという分野において彼らは間違いなく最高峰の存在ですから。私は以前も「87Eleven」の面々とは個別に仕事をしたことがあり、長い付き合いで良く知っている人もたくさんいます。例えばチャド(・スタエルスキ)に関しては「ダイ・ハード4.0」でスタントを担当してもらったり。ただこれまで「87Eleven」というグループ全体とは正式に仕事をしたことがなく、ずっと一緒にやりたいと思っていました。そして今回ついに長年の願いがかなったんです。とても発想豊かで、敬意があり、細部までこだわり抜く彼らと仕事をできたことは、私の人生においても特に素晴らしい経験となりました。
——「ジョン・ウィック」はアクション映画史から見ても転換点となるシリーズと言えると思います。自身もアクション映画を撮られてきたワイズマン監督は、このシリーズをどういうものとして位置付けているのでしょうか?
ワイズマン:これまで時代の転換点となったアクション映画はいくつかありましたが、その一つが「ダイ・ハード」です。この作品はそれまでと異なるアクションとキャラクターへのアプローチを試みていて、私たちに新しい視点をもたらしてくれました。「ターミネーター2」もそうだし、「マトリックス」もそう。そしてあなたが言う通り、「ジョン・ウィック」も間違いなくそんな作品の一つだと思います。私が参加できるなんて大興奮でしたね。
同じターニングポイント的な作品といっても、「ジョン・ウィック」はその前の転換点となった「マトリックス」とはまったく異なります。「マトリックス」はスローモーションやインサート、バレットタイムなどさまざまな要素が盛り込まれていますが、とりわけワイヤーアクションは後の作品に多大な影響を与えました。そして「ジョン・ウィック」は、より物理的な感覚をアクションに込めることに成功したんです。特にリアルさを重視した近接戦闘の表現。そこが私の気に入っている部分ですし、私のスタイルにもとてもマッチしていました。だからこそ撮影していてとても楽しかったですね。
——ただ今作は主人公が変わったことによりアクションへのアプローチも大きく変わったように思います。例えばテレビのリモコンや手榴弾に皿にスケート靴など、ジョン・ウィック以上にあらゆるものを武器にするイヴの戦法はとても楽しかったのですが、武器のアイデアはどのように出していったのですか?
ワイズマン:アクションシーンを盛り上げる斬新かつ創造的で奇抜なアイデアを考えるのはこの仕事の醍醐味であり、私もとりわけ好きな作業なんです。ただそれは簡単に思いつくようなものではなく、たくさんの時間と労力を要する作業なので、今回もじっくり考えましたし、アイデアを得るためいろんな所を見て回りました。
例えばスポーツショップを歩き回って「これは何に使えるだろうか?」といろんなものを見ながら考える。後半の舞台がアルプスの雪に覆われた町だと分かっていたので、イヴがそこで発見し得る要素やテーマを取り入れたいと考えたんです。そしてスキー用品など、いろんなものを店で見て回る中で、目に入ったのがスケート靴でした。私はすぐにスケート靴を買って帰り、家で血のりを塗ってみました。そして手にはめてみたり、紐の使い方を試してみたり。「これってバカらしく見えるかな?」と心配しつつも、そのアイデアがすごく気に入ったんです。アイデアを提案するときはすごく滑稽で、バカバカしく、くだらないことのように聞こえてしまうのはよくあること。でもそれを過酷かつ実践的な方法で実行すると、素晴らしくクールなものになるかもしれない。そうしてスケート靴のアクションシークエンスは生まれていったんです。制作中は毎日そんなことばかり考えていました。
——武器といえば「キル・ビル」を彷彿とさせるアナの日本刀アクションもありましたね。長回しでの大立ち回りが見事でした。
ワイズマン:ありがとうございます! そこはまさに「キル・ビル」のように見せたいと計画したシーンでした。実はこの映画の序盤にユマ・サーマンを起用するというアイデアを真剣に検討していたんです。ユマが日本刀でイヴにとって大切な人を斬る、というシーンができないかなんてことを想像していました。「ジョン・ウィック:チャプター2」にローレンス・フィッシュバーンが出てきて「マトリックス」にオマージュを捧げたようなことがしたかったんです。あくまで個人的な願いのようなアイデアだったので、結局流れてしまったんですが。ともかく、「キル・ビル」の影響は間違いなくありました。
「女性版ジョン・ウィック」のような
主人公を作らない
——ユマの日本刀アクションはぜひ観たかったですね! さて、アクションのスタイルの話に戻ります。本作には従来の主人公であったジョン・ウィックも登場してアクションを披露しますが、イヴとはあらゆる点で異なりますね。例えばジョンは防弾服を着ているから果敢に攻め込むことができるが、イヴはそうはいかない。そして180cm以上あるジョン(キアヌ)に対して、イヴ(アナ)は170cmもない。だからこそアクションを構成する上でもかなり勝手が違ったと思いますが、そこはどのようにアプローチしたのでしょうか?
ワイズマン:この映画の制作初期段階から、私がとても大事にしていたことが一つあります。それは「女性版ジョン・ウィック」のような主人公を作らないこと。それだけは絶対やりたくなかった。ジョン・ウィックというのはキアヌたちが丹精込めて作り上げてきたキャラクターであり、そこは尊重したかったんです。その上で今回は独自のスタイル、そして独自の目的やエネルギーを兼ね備えた主人公を作っていこう、ということがまず出発点としてありました。
ジョン・ウィックと区別すること。そのために大きかったのは、あなたの言う通り体格の違いです。イヴはジョンと比べると小柄で、彼女が戦う相手とも体格差がある。そこで取ったアプローチとしては、イヴのアクションスタイルは「サバイバル」を重視したものにするということ。彼女は大きな相手に対してどのように生き残るかを考える。だから攻撃に徹して自ら突っ込んでいくのではなく、生き残るために機転を利かせながら戦うことが彼女のスタイルなんです。それが本作でリアリティーを出すためのポイントでした。
最初に監督した「アンダーワールド」も女性が主人公のアクション映画でしたが、今思い出すと自分にいら立ってしまう部分があるんです。というのも私は女性が主人公のアクションも大好きなのですが、「アンダーワールド」を含め、多くの場合女性のアクションキャラクターはスーパーヒーローのようになってしまう。190cmもあるような敵を次々となぎ倒していくのはあまりに現実離れしていますよね。そういう作品もあって良いとは思いますが、少しコミックのようにも思えてしまう。でも本作ではイヴという存在に現実感を表現したいと考えました。イヴが10人以上もいる190cmの男や訓練された敵と戦うと、当然のように痛めつけられてしまいますが、それがリアルだと思うんです。そこはしっかり表現したいと考えました。
——分が悪い戦いのリアルさは観ていてとても感じました。イヴはジョンと比べ身体も軽いので、敵に蹴られたりして幾度も吹き飛ばされていましたね。
ワイズマン:痛めつけられているキャラクターを見ると人は応援したくなるし、その人物の成功を願うようになりますよね。きっと本作のイヴの姿を目撃したらみんなそう思ってくれることでしょう。
——その実在感こそがこの「ジョン・ウィック」シリーズのキャラクターの魅力でもありますね。
ワイズマン:私がアクション映画で苦手なのは、スクリーン上でキャラクターが素晴らしいアクションシークエンスを披露した後に、さも「自分たちはクールだ」と言わんばかりの仕草や態度を取ることなんです。そうすることでキャラクターのクールさが失われてしまったように感じてしまう。キアヌがジョン・ウィックを演じるときにはそんなことしないですよね。彼は素晴らしいアクションシークエンスを披露した後にポーズを取ることはあっても、「自分はクールだ」なんて思ってはいない。むしろすごく疲れていて、早くそこから抜け出したいと考えている。それこそが彼を魅力的にしているのだと思います。
——ガンアクションも満載でしたが、これまでの「ジョン・ウィック」シリーズでもおなじみの銃器トレーナーのタラン・バトラーさんが参加されていますね。バトラーさんとのお仕事はいかがでしたか?
ワイズマン:タランは最高です! アナが彼の下でトレーニングしていた期間中、私もトレーニングを受けることとなったんです。そこで武器の扱い方や、実際に武器がどうなっているかを理解することができて、監督としてとても役立つ経験になりました。彼は実に才能溢れる人物で、トレーニング中はとても楽しかったですよ。
アクションシーンのこだわり
——後半にいくにつれて長回しでアクションをこなすシーンが増えていく印象がありました。例えばキッチンでのバトルがそうですね。そういったアクションシーンにおけるカット割はどのようなことを意識したのでしょうか?
ワイズマン:私は映画やドラマにおける長回しのシーンが大好きなんです。ただし例外があって、監督が自身の技量を誇示するための長回しはどうも好きになれません。私にとって長回しとは、観客の体験のためにあるもの。テイクの時間が長ければ長いほど、緊張感を高め、映像に映るものが本当に起こっていることのように感じられます。なぜなら、それは実際にカメラの前で起こっているんですから。カットがないシーンを観ている間は「なんてこった…!」と息を呑み、テイクが終わった瞬間に「本当に起きているかと思った…!」と興奮する、それが観客のための長回しです。私が求めたのはそういう感覚でした。
——景観が美しいハルシュタットの町を舞台とした後半のアクションは見応え抜群でした。ただ全体を通して階段や坂があって道も非常に細い町ですよね。アクションを撮影する上では非常に難しかったのではないですか?
ワイズマン:とても大変でした。車や撮影機材を持ち込むことが困難な場所だったので、撮影のために新たなカメラシステムを作成する必要があったんです。なのでハルシュタットを撮影する日は、まるでインディペンデント映画のような規模のクルーとスタイルで撮影に挑んでいきました。照明も数個しか持ち込めなかったので、陽が沈むまでの時間にできる限り進められるように、可能な限りカメラを配置して複数のユニットを同時に動かして撮影していきました。特徴的なハルシュタットの地形にかなり悩まされましたが、だからこそ選んだロケーションでもあったので、結果にはとても満足しています。
——本作の見どころである火炎放射器アクションについても教えてください。これまでもアクション映画で火炎放射器が用いられることはありましたが、これほどド派手なものは観たことがありませんでした。とても激しい炎で撮影も危険が伴ったのではないかと思いますが、このシークエンスはロケかセット、どちらで撮影を行ったんですか?
ワイズマン:セットではなく、ブダペストにあるトンネルで撮影を行いました。「アンダーワールド」をブダペストで撮影したということもあり、22年前にそのトンネルをリサーチしたことがあったんです。当時からそこで撮影したいと考えていたのですが、なかなかその機会に恵まれませんでした。でも今回ようやくそのチャンスを手にすることができて、本当に楽しかったです。ご想像の通りそのシーンは信じられないほど危険でしたが、撮影クルー、安全チーム、スタントチームと私には最高のスタッフたちがついていました。私も映画で火炎放射器や手榴弾を使っているのを目にしたことはありますが、心から面白いと思えるようなものは観たことがありませんでした。例えば火炎放射器vs火炎放射器のバトルなんか観たことありませんよね。私たちはそんな観たことのない激しい戦いに挑戦しただけです。とても複雑なシーンですが、映像技術にはほとんど頼っておらず、あのパートの95%は現実そのままです。
——火vs水のバトルもワクワクしました。
ワイズマン:制作初期の段階から、この映画においては火と水が重要な要素となるとチームで議論していました。火とどう戦うのか会話する中で膨らんでいったのが火と火の対決なんです。そこからどうやって相手の火を消すかを考えたときに、その後の水との対決のアイデアも生まれていきました。
影響を受けた
アクション映画
——監督が思うアナ・デ・アルマスさんのアクション俳優としての強みを教えてもらえますか?
ワイズマン:彼女はトレーニング中も自分に対し本当に厳格で、それは彼女が演じるイヴにも表れています。イヴがどういうキャラクターかは、序盤のバレエのシーンを通じて見えてきますよね。バレエが訓練の一部になっている理由は、それがイヴの厳格さを確立するからです。また私はこれまでいくつものアクション映画でいろんな俳優を見てきましたが、アナの強みはどれだけ難しいアクションの振り付けをしていても、常に演技が最前線にあるということです。普通は難しいアクションに引っ張られ、演技の質が落ちることもあるのですが、アナはそれを絶対に許しませんでした。彼女は自分に厳しく、常に最高のアクションと演技を同時に披露する。本編を観れば、その意味が分かると思います。
——シリーズの立役者であるキアヌ・リーブスさんとはどのようなお話をしたのでしょうか?
ワイズマン:キアヌはオリジナルの脚本では登場しませんでしたが、私は最初から彼に出演してほしいと考えていました。それもカメオ出演のような金儲けのための手段ではなく、しっかりと物語に寄与するかたちでの出演です。それで初期の段階からキアヌとは多くの議論を重ねました。例えば彼のキャラクターをどのように物語に組み込むか、それが持つ意味や、彼とアナのキャラクターの関係性などについてですね。そうしたキアヌとの会話の中で得られた大きな収穫の一つは、物語の時系列を一緒に検討できたこと。元の脚本はより伝統的なスピンオフ作品の形式でしたが、キアヌとの会話によって、この物語を「ジョン・ウィック」シリーズの時系列に的確に当てはめることができたんです。
——ワイズマン監督は2012年に「トータル・リコール」を撮影した後はテレビ業界に集中して活躍されていましたよね。今回で10年以上ぶりのアクション映画復帰となりましたが、10年前と今でアクションの在り方は変わったと感じますか?
ワイズマン:10年前と今というより、私が手掛ける映画は毎回撮影や制作スタイルが違うと感じています。いろんな要素が絡み合っているためで、それが撮影していて面白い部分でもあります。実は私が「トータル・リコール」を撮影した後、「ダイ・ハード」シリーズの最後となる作品を手掛けていたんです。「マクレーン」というタイトルのその作品に、私は4年もの期間を捧げました。ただその作品は悲しい理由で作り上げることができなかった。脚本も素晴らしく、なんとか実現したかった企画なのですが、ブルースと共作することは難しいと分かったんです。企画が実現できなかったのは悔しかったのですが、その4年間は私が本当にやりたいことを見つける期間でもありました。周囲の人々に「どういう仕事がしたいのか」と聞かれることもありましたが、やはり私が求めていたのは数年もの期間をかけて作り上げる大きなアクション映画なんです。そういう作品に参加している期間は本当に夢のようで、人生の糧となってくれます。「バレリーナ」はまさに「制作する3、4年の間、映画の中で生きることができた」と感じさせてくれた映画でした。
——ワイズマン監督は「ダイ・ハード」の台詞を全部覚えていると聞いたのですが、やはり一番お気に入りのアクション映画は「ダイ・ハード」なんですか?
ワイズマン:昔はそうでした。初めて「ダイ・ハード」を観たとき、その新しいタイプのアクションスターにとても驚いたんです。ブルースが演じるジョンは、とにかく「ここから出て行かせてくれ」と思っていたのが印象的でした。結局彼はヒーローになりますが、当時一般的だった他のアクションのマッチョな主人公とはまったく違ったので。私が14歳の頃に「ダイ・ハード」を観たということも、強く印象に残っている理由だと思います。また先ほども言及した「ターミネーター2」には、アクション面で大きく影響されたと思います。あとは「ニキータ」や「レオン」のようなリュック・ベッソンの作品にも影響を受けました。アクション映画だとやはり現実的で実戦的なものが好きですし、過激でR指定の作品も好みます。CGを使ったようなものではなく、荒削りで、汚く、醜く、残酷なものに惹かれるんです。
PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
「バレリーナ:The World of John Wick」
◾️映画「バレリーナ:The World of John Wick」
8月22日全国公開
監督:レン・ワイズマン(「ダイ・ハード4.0」)
製作:チャド・スタエルスキ(「ジョン・ウィック」シリーズ)
出演:アナ・デ・アルマス アンジェリカ・ヒューストン ガブリエル・バーン ノーマン・リーダス イアン・マクシェーン キアヌ・リーブスほか
2025/アメリカ/英語/シネスコ/5.1ch/映倫:R15+/原題:BALLERINA/R15
配給:キノフィルムズ
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