PROFILE: 堀貴秀/映画監督
一人のクリエイターが独学で制作を始め、7年もの歳月をかけて作り上げたSFストップモーション・アニメ映画「JUNK HEAD」。その執念の一作はアカデミー賞監督ギレルモ・デル・トロから絶賛され、北米最大のジャンル映画祭と称されるファンタジア国際映画祭で最優秀長編アニメーション賞を獲得するという偉業を達成。
2021年、逆輸入的に日本で公開されると瞬く間に話題を呼び、その唯一無二の世界観とユニークな物語に大勢が夢中になった。そして6月13日には、その待望の続編となる「JUNK WORLD」が公開された。全3部作として構成された「JUNK」シリーズの2作目であるが、位置付けは「JUNK HEAD」の前日譚。前作から1042年前の地下世界を舞台に、人類と人工生命体「マリガン」が協力して大冒険を繰り広げる。
メガホンを取るのはもちろん前作に続き堀貴秀監督。「JUNK WORLD」では脚本、照明、撮影、編集、声優なども手掛けているという。本作の特徴はその緻密で複雑な構成であるが、堀監督はどのように「JUNK HEAD」から話を膨らませ、物語として作り上げていったのか。「JUNK HEAD」公開時の体験からクリエイターとしてのこだわり、制作体制の変化から今後の構想まで、堀監督にたっぷり語ってもらった。
前作「JUNK HEAD」の反響
——40歳を目前に衝動に突き動かされ、映画制作経験もないまま作り始めた「JUNK HEAD」が世界中で大旋風を巻き起こす、というとんでもない体験をされたわけですが、今改めて「JUNK HEAD」の反響を振り返ってみていかがですか?
堀貴秀(以下、堀):何の経験もなしにいきなり作り始めた1本の映画がこんなことになるんだ……という驚きはもちろんありましたが、作っている最中は「これが完成すれば世の中が変わるぞ」という謎の自信があったんですよね。ただB級っぽい作品だし好きな人は限られているだろうなと思っていましたが、想像以上に広がって評価されたことは意外でした。
ただ、いざ公開となったときにはコロナ禍の真っ最中で、話題にはなったけど全然儲けにはならなくて……。最初から3部作を謳っていたものの、これで果たして続編は作れるのかという不安もありましたが、クラウドファンディングでも皆さんが応援してくれて、運良く作ることができました。以前は芸術家を目指しながらも日雇いのペンキ屋バイトや内装業で生活していたんですが、今は映画だけで食えるようになったので本当にうれしいし良かったなと思います。
——「JUNK HEAD」を機に、フィル・ティペット監督やギレルモ・デル・トロ監督、ヒグチユウコさんといった一流のクリエイターと関わる機会があったと思います。そのことは堀監督の制作スタイルや考え方に何かしらの影響を与えましたか?
堀:皆さんと交流する中で、それぞれが制作の苦しみを感じていると知って安心感を覚えました。「この苦悩を分かってくれる同志がいた!」というような感覚で(笑)。
「JUNK WORLD」での新たな取り組み
——「JUNK HEAD」公開時には既に「JUNK WORLD」の絵コンテができているというお話をされていたかと思います。前作とは制作環境や規模感、制作機器にも変化があったかと思いますが、想定していたストーリーや展開に変化はありましたか?
堀:基本的にはそのままですね。「時間もの」というセットを使い回せる設定を選んだのは、続編も予算は少ないということを前提としていたから。「JUNK HEAD」もそうですが、「JUNK WORLD」も予算感を見越して逆算して話を組み立てたので、そこはブレずに作っていきました。
——「JUNK HEAD」は脚本なしで、いきなり絵コンテから描き始めたと伺いました。「JUNK WORLD」は非常に複雑なストーリー展開が特徴的ですが、同じく脚本を書かずに進めていったのですか?
堀:確かに前作はいきなり絵コンテから始めたんですが、それは最初に作った30分の短編ありきで構成したからなんです。一方で今回は最初から長編として作ったので、脚本もちゃんとあります。だからこそ構成的な部分は前作より進化しているかなと思います。
——視点や時間軸を自由に行き交い、さまざまなツイストが加えられた全4部の複雑な構成となっていますが、この設定や構成のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
堀:「時間もの」ってSFの中でも定番のアイデアですし、セットも使い回しができるということで挑戦したいジャンルではあったんです。ただよくある単純なタイムループにしたくないなと思って、時間移動にパラドックスと並行世界という要素を組み合わせることにしました。
難解な物語ではあるんですが、流れを理解したときに「そうか!」という発見のような感覚が生まれると思うんです。ぜひ何度でも観て、その感覚を味わってほしいと思いますね。あと自主制作したパンフレットで説明を尽くしているので、ぜひそれも読んでもらえたらうれしいです(笑)。
——登場人物が日本語を話す、というのは前作との大きな違いですよね。
堀:台詞の内容量が「JUNK HEAD」の倍くらいあったので、字幕じゃ追いつかないなと思ったんです。でも声優さんを雇う予算もないので、自分を含むスタッフ3人でアフレコをやってみたらそれっぽくなりました。
——そこも自分たちで⁉︎ 日本語吹替版と同時に、前作同様のゴニョゴニョ版(日本語字幕)も公開されると聞きました。
堀:僕は日本語版のみでいいと思ったんですが、アニプレックスさんから「人気だから」とゴニョゴニョ版も作るように言われたんです。それほど面白くなるとは思えなかったのですが、完成品を観たらめちゃくちゃ面白くって(笑)。ゴニョゴニョと言ってる言葉に遊び心も盛り込まれていて思いもよらぬシーンで笑えたりするんですよ。下手したらそっちの方が面白いかもしれないので、ぜひどちらも観てほしいですね。
——ストップモーションでありながら、カメラが実写映画的なアクション性のある動きをすることも特徴的ですよね。
堀:自分の中に「実写のような画が撮りたい」ということがまず大前提としてあるんです。自分はゼロから自己流で「コマ撮りを実写のように表現するならこうかな」って試行錯誤していった結果こういう表現になりました。コマ撮りで人形を長時間動かそうと思うと歩かせるだけでも大変なんですが、それをできる限り格好良い構図からたくさんカット割りしたことも実写っぽくなった理由の一つかと思います。
——本作での新たな取り組みとして3Dプリンターを導入したことがあります。複製がいくつも作れるというメリットを語っていましたが、実際3Dプリンターを使用して制作を終えた今、表現的・制作的に変わったことを教えてください。
堀:本当に作り方がガラッと変わりました。「JUNK HEAD」のときは3Dプリンターもなく、粘土をこねて1個ずつ人形を作っていったんですが、今回は代理店が安く3Dプリンターを売ってくれたりしてかなり楽に人形を作ることができました。全部で20台くらい購入したんですが、造形における革命的なアイテムでしたね。
3Dプリンターで作った人形は細部まできれいなので、カメラがパッと寄っても画になるんです。同じ人形を作れるので、別の場所で同時に撮影もできるし、あるとないではまったく別物でした。ただ細かいところを作り込もうと思えば際限がないので、時間やストレスは逆に前より増えたかもしれません(笑)。
自動化できない
人形の色付け
——エンドロールでは撮影風景のほかに、人形の動きを決めるために監督が動きをシュミレーションする様子も映りますよね。
堀:それは「JUNK HEAD」からやっていて、基本的にコマ撮りするときはまず動画で人の動きを撮影するんです。その動画をコマ撮りソフトに入れて、同じ動きを人形で再現していくんですよね。
——今回はどれくらいのセットと人形を作成・使用したんですか?
堀:正式な数はまだ算出していないんですが、セット数は20〜30くらいで、人形は動かせるものだけで200体くらいですね。動かない小さなものなどを含めると倍以上あると思います。
——人形の制作は3Dプリンターの導入で楽になったと思うんですが、セットに関しては手作業ですよね。セットの制作風景がエンドロールに流れますが、改めてものすごく手間がかかっているなと。
堀:赤いグニュグニュに覆われた街が一番大きなセットなんですが、それをメインにしたいなと思ったのでスタジオの一部屋まるまる使って作りました。大工のような仕事ができるスタッフがほぼ1人で、4〜5カ月をかけて完成させてくれたんです。
——カット数はトータルで約2750カットと、前作よりも大幅に増えているそうですね。その分手間も増えたと思いますが、その中で特に苦労したことは何でしょうか?
堀:まず苦労したのは導入した3Dプリンターの使い方も覚えること。「JUNK HEAD」のときも映像作りの勉強から始めたんですが、初めのうちは勉強したことがなかなか結果につながらなくて。前回も今回もそういった時期は焦りがすごくて大変でしたが、その経験は3作目に活きてくると思います。
あと作業的に一番大変だったのが人形の色付けです。そこは自動化できないので、ずっと手作業でした。劇中に別の次元からたくさん出てくるキャラクターがいるんですが、実は画面上で複製しているだけで本当は1体しかいないんです。できれば人形を10体くらい作って撮りたかったんですが、色を塗る作業が大変すぎてそこは楽をさせてもらいました。
——3Dプリンター以外に制作面で大きく変わったことはありますか?
堀:今回から明確に変わったのはフル3DCGのシーンが入っているということ。実は造形物がまったくないカットも何カ所かあります。今回は6人くらいのチームだったんですが、CG経験者も特にいなかったので撮影を進めながらスタッフにCGの使い方を勉強してもらって実践していきました。なのでどアップでもリアルなCGを作れるほどの技術はなかったんですが、人形が少し歩く引きのシーンなどは自然なCGに置き換えることができたかなと。コマ撮りせずに済んだので、時間が短縮できましたし、表現の幅がかなり広がりましたね。
「あるのは妥協する苦しみばかり」
——確かにエンドロールでもグリーンバックが使われている様子が出てきますね。それにしても3、4人で作った前作に続き、今作も6人ほどの少ないチーム編成で作られたことに驚きました。
堀:少なすぎますよね(笑)。以前よりかは少し増えたとはいえ、なんとかやりくりしてギリギリ完成させた感じです。たださすがに今回までですね。身体の負担もすごいので、何とか今回稼いで次はもっと人数を増やしてできればなと。
——ただ少人数だからこそイメージが共有しやすく小回りが利くというメリットもありますよね。今回は以前より少し人数が増えたことで、監督として全体を統率する大変さは以前よりもあったのでは?
堀:その大変さはありましたが、そこはもう諦めるしかない。自分が思い描いた通りにいくことなんて絶対にないから、どこまで妥協してそれっぽく近づけるかというストレスとの戦いです。どこまでこだわるか、どこで妥協するかというせめぎ合いは自分の中ではずっとあるんですが、いずれは克服しなきゃいけないことなので。完璧にイメージ通りにしようと思うと全部自分一人でやるしかないけど、そんなことは無理ですから。だからできることは自分と似た感性のスタッフを集めて、みんなでレベルアップしながらベストを尽くすこと。それはこれからも変わらないと思います。
——本作を観ていると妥協があったとは全然感じないのですが……。
堀:基本的に本作の制作過程ですることは全て妥協なんですよ。というのも自分の頭の中には、何百億円レベルの製作費をかけて作るような「JUNK WORLD」のイメージが明確にあるんです。でもそれをいかに少ない予算の中コマ撮りで再現して、どこまでの表現であれば許容できるかと常に葛藤していて。だから映画制作中に「何かを作り出す喜び」は自分にはほとんどないんです。あるのは妥協する苦しみばかりなので(笑)。
——監督の脳内には、それこそ「スター・ウォーズ」並に壮大な“JUNK”シリーズの世界があるということですね。その壮大な世界観のイメージは初期段階から出来上がっていたのですか?
堀:3部作構成自体は頭にありましたが、「JUNK WORLD」の詳細が浮かんだのは「JUNK HEAD」が完成してからですね。完成してからもしばらく公開できなくて、このままでは3部作として作れないかもと思っていた時期がありまして。なら続編は前日譚として作って、それだけでも成り立つ物語にしようと思ったんです。
——ちなみに前作のカメラはCanonのkiss X4を使用していたかと思います。そこは変化なしですか?
堀:モデル名は忘れましたが今回はSonyのカメラを使用しました。前作は初めての映画制作ということもあり、映画の撮影としては比較的安価なカメラを使ったんです。それでも上手くできたのはコマ撮りだからこそですね。
——例えばギレルモ・デル・トロ監督は、ストップモーションについて「アニメーターと人形の絆を感じる最も美しいアニメーション。制作の過程が分かる不完全さこそ魅力」と語っていました。唯一無二の質感と動きを見せるストップモーションの魅力について、監督はどのように考えていますか?
堀:僕の場合、「どうしても映画を作りたい」と考えて手段を探した結果、コマ撮りを選んだので好きというわけではないんですよね。楽しいですけど、たまに「なんでこんな面倒くさいことを……」と思うときもありますし(笑)。ただ、置いてあるだけだとモノにしか見えない人形を、触り動かすことで命が宿る瞬間というのはやはり良いですよね。人形が感情を持ったと感じると、愛着が湧いてもうほっとけなくなっちゃいますから。実は「JUNK WORLD」で制作した人形はほぼほぼオークションで売る予定なんですよ。それも作品の売りにしようかなと思っています(笑)。
SF的な物語に惹かれる理由
——監督は前作に影響を与えた作品を質問された際に「不思議惑星キン・ザ・ザ」と答えていましたが、「JUNK WORLD」ではより色濃くその影響を感じました。それ以外にも、映画に限らずインスピレーション源となった作品はあるんですか?
堀:「不思議惑星キン・ザ・ザ」のシュールなクスッとくる笑いが好きなんですよね。その辺りはクリエイティブ面で影響を受けていると思いますし、映画だと「エイリアン」や「ヘルレイザー」などにも影響を受けたと思います。漫画であれば弐瓶勉さんの「BLAME!」とか。だけど一番大きいのは夢枕獏さんの作品をはじめとする小説だと思います。基本的にあまり文字が読めない体質なんですが、すごく読みやすいと感じる小説がたまにあって。それを読んでいるときに頭の中に浮かんでくる風景が、映画作りをする上で何よりのインスピレーション源になっていると思います。
——本作も最初から鮮明なイメージがあったと仰っていましたが、そうやって頭の中に鮮明な映像が浮かぶのは昔からなんですか?
堀:そうですね。例えば小さくなってこの机にある溝の上を飛んだり、アリ目線で自分を見上げたらどう見えるのか……といった風景をイメージすることは昔からやっています。
——監督がとりわけSF的な物語に惹かれる理由はなんなのでしょうか?
堀:映画はジャンルに限らず好きですが、SFは見たことがないものを見られる興奮があって惹かれるんですよね。ただほとんどが変わった設定やビジュアル頼りで、ヒューマンドラマなどに比べると物語的に面白いとか揺さぶられたと感じるSFはなかなかなくて。だから自分で作る映画では、登場人物に魅力がある物語的にも面白い作品にしたいと思っていますね。あと笑いを交えたSFが少ないので、あえて自分はユーモアを積極的に入れるようにしています。
——前作に続き今作もアクションシーンにこだわりを感じますが、アクション映画も好きなんですか?
堀:先ほどジャンルに限らず好き……と言いましたが、実はアクション映画は嫌いなんですよ。アクションそのものは映画の味付けとして必要だと思いますし好きなんですが、アクション映画ってひたすらアクションしているじゃないですか。それを観てると「いつ終わるんだろう……」となっちゃって(笑)。みんなアクションが好きなのは知っているので動きの参考として観ることはありますが、ジャンルとしては好きになれないんですよね。
——監督自身が面白いと感じた映画を、制作スタッフのみんなで観る会を毎週していると発信されていましたね。
堀:最初の方はやっていたんですが、やはり制作が忙しくなると同時に開催されなくなりました。映画を選ぶのにも時間がかかるしその時間で勉強した方が良いなと思いまして。でも作品のイメージや目指す面白さを共有できたし、「スカーフェイス」や「バグダッド・カフェ」など自分が昔観て影響を受けた作品をみんなで観られたのは良かったですね。
——「JUNK」シリーズ最終章の「JUNK END」の制作はどの段階なのでしょうか?
堀:あらすじはできているんですが、脚本や絵コンテはこれからですね。それを作るために九州の実家にこもってしばらく集中しようかなと思っています。ただキャラのデザインはおおよそできているので、スタジオのスタッフにはそれを基に先行して造形物を進めてもらう予定です。数年後の公開予定で進めているのでご期待ください。
——Xの投稿によれば、実写作品の構想もあるそうですね。
堀:はい。紹介文で「アニメーション監督」って書かれるのが嫌なので、実写映画はなんとしてもやりたいなと思っています。いくつかアイデアはあって、ヒグチユウコさんのキャラクターを登場させる映画や、これまでなかったゾンビ映画なんかを構想中です。あと実家が九州の山奥にあるんですが、そういう山奥で作れる映画もないかなと考えたり。
——「JUNK」シリーズのみならず、監督が作品を作る上で心掛けていることを教えてもらえますか?
堀:映画作りをする上で根源にあるのが「観たことがないものを観たい」という欲求なので、重視しているのは新しい価値観や世界観を描くことですね。さらに観た人には感動もしてほしいので、プラスで魅力的なキャラクターや展開を作っていきたいなと。あと映画は当然ビジネスなので、何回も観たくなるような映画にもしなきゃいけない。でも結局一番大事なのは、自分が観て面白い作品かどうかということですね。だから今後も自分が観て楽しめる映画を作っていきたいと思います。
PHOTOS:HIRONORI SAKUNAGA
「JUNK WORLD」
■「JUNK WORLD」
監督・脚本・撮影・照明・編集:堀貴秀
全国公開中
配給:アニプレックス
©YAMIKEN
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