PROFILE: 梶田伸吾/コンベイ代表取締役CEO

「段ボールで届いて当たり前」「最短で届くのが正義」。そんな常識に疑問を投げかけるスタートアップがある。再利用可能な配送バッグ「comvey(コンベイ)」を開発・運用する同社は、フェアで持続可能な物流の在り方を模索中だ。創業者である梶田伸吾CEOは、幼少期に見た不平等な世界への違和感と、大手商社で培った現場視点を武器に、「消費者・事業者・運び手の三者すべてが恩恵を受ける仕組みを構築したい」と語る。日本郵便との連携、素材開発のパートナーシップ、ユーザー視点に立ったバッグ設計など、多層的に社会課題と向き合い、物流視点でのサステナビリティに挑む。
社会課題への関心が芽生えた原点はバンコク
WWD:幼少期のタイでの暮らしが社会課題に関心を持つきっかけになったとか。
梶田伸吾コンベイCEO:「フェアじゃないことを、より良くしたい」という気持ちの根底はそこに立ち返ると思います。5歳の頃、父の海外赴任でタイに住み、自分は恵まれた生活をしているのに、同じ街には明らかにそうでない人たちがいる。その存在を、幼いながらも「これはなんだろう?」と感じていました。
WWD:幼い時の記憶はふとした時に蘇り、後の人生に意外と影響を与えますよね。
梶田:はい。その後、大学時代に肺の病気で手術を受けてサッカーができなくなり、「自分はこれから何をしよう?」と考えたときにタイでの原体験が思い出され、その“原因”を知りたい、理解したいという思いが芽生えました。大学時代は、海外の子供たちの教育を支援する学生団体に参加し、規模は小さいながらに社会にポジティブな影響を与えることができる実感を得ました。
ただ楽しかった反面、「本当にこれでいいのだろうか?」という疑問もありました。学生という立場で、支援する側に回ることの違和感。支援という行為が、一方的になってはいないか? 自分たちの満足のためになってはいないか?そういった葛藤がありました。草の根の支援も大切だけど、それだけじゃ足りない。「ボランティアではなく、もっと持続可能な方法で課題を解決したい」という気持ちが強くなりました。
WWD:後の起業、と言う選択と関係していそうですね。
梶田:そうですね。大学時代にマザーハウスの創業者、山口絵理子さんの存在を知り、ビジネスで社会課題を解決する社会起業家という在り方に惹かれました。「自分も、ビジネスという手段でフェアじゃない世界を変えていけるんじゃないか」と思ったんです。
WWD:キャリアのスタートは伊藤忠商事からでした。
梶田:商社にはいろんなスタイルがありますが、それぞれのやり方で社会課題を解決しているからこそ存在しているんだと思います。特に伊藤忠の「三方よし」の考え方には共感し、実際働く中で長いスパンでどう社会や取引先と向き合うかを考えることが大切なんだと実感しました。
WWD:伊藤忠時代の担当は?
梶田:最初は物流ビジネス部の所属でした。名前の通り、物流に関わる事業を担当する部署で、主に物を輸入・輸出したり、船をチャーターしたり、輸送に関する業務を取り扱う部門です。ただ、実際には「稼ぐ部署」というよりは、社内業務や調整役に近い立ち位置ですが、そこから派生して実際にビジネスを広げていくようなプロジェクト。たとえば、日系企業が中国に販売展開したいときに、その物流ルートを構築する、そういった市場開拓にも携わることができました。
後半の2年間は伊藤忠ロジスティクスという子会社に出向していました。そこではいわゆるフォワーディング業務、つまり、荷主さんの荷物をどうやってA地点からB地点へ運ぶか、あらゆる輸送手段を使ってアレンジする仕事をしていました。これは本当に「運ぶ」ということの最前線で、現場に一番近い立ち位置だったと思います。
WWD:物流の裏側は、消費者にはなかなか見えません。
梶田:そうですよね。現場を見て、現場にいる“運び手”の人たちがものすごくアンフェアな状況に置かれていると感じました。我々フォワーダーは、輸送の手配をする立場ですが、実際にモノを運んでいるのは彼らです。でも、その運び手が過剰なプレッシャーを受けていたり、価格競争に巻き込まれていたりする。なのに、消費者は“届いて当然”という前提でサービスを受け取っている。このギャップがすごく気になったんです。配送が1日遅れただけで怒られる。でも、その陰には何百、何千人の人たちの努力がある。そこに「フェアじゃない構造」があると感じました。
WWD:宅配の限界がメディアでも取り上げられるようになってきた時期でもありました。
梶田:特に2016年以降、EC物流の急拡大によって限界が叫ばれるようになりました。「物流はこれからの社会にとってもっと重要になる」と確信しました。
郵便局の窓口から始まった「コンベイ」の挑戦
WWD:その中で、独立という選択に至った理由は何だったのでしょうか?
梶田:実は社内でも何度か新規事業にチャレンジしていたんですが、大企業だと、たとえ100万円程度の実証実験でも通すのが大変です。一方で、社外に出れば自分の判断で打ち手を試せる。「だったら外に出て、自分の手で動かした方が早いかもしれない」と思ったのがきっかけです。大企業で何か大きなことを成し遂げることも魅力的でしたが、自分にとっては「自分の意思で物事を進められる環境」が何よりも合っていたと思います。
WWD:なるほど。ところで社名「comvey(コンベイ)」は、ちょっと珍しい響きですよね。梶田:よく言われます(笑)。英語ができる人からすると「MじゃなくてNなの?」と違和感を持たれるかもしれません。でも、“Thanks, convey this to someone”──つまり「誰かにこの気持ちを届けて」という想いから、“comvey”という名前をつけました。
WWD:郵便局の窓口に直談判をしたとか。
梶田:当時のオフィス近くにある郵便局に、サンプルを持って行き、整理券を取って、窓口の職員の方に「ちょっとご相談がありまして」と。まさに“体当たり”でした(笑)。最初はうまくいかないことも多かったですけど、親切な方と出会えて。最終的には日本橋郵便局に行き着きました。実は日本郵便の本社は、日本橋郵便局と密に連携しています。私も当時は知りませんでした。
WWD:まさかそんなところから事業が始まるなんて。窓口の方は話をちゃんと聞いてくれたのですか?
梶田:窓口の横にあるカウンターで、社名の由来から構想まで、いろいろお話しさせてもらいました。郵便物って一度消印を押されたら再利用できないのが常識ですが、「そこを変えられないか?」と相談したり。最初はちょっと驚かれたけど、共感してくださって。最終的に日本橋郵便局の管轄エリアでテストをスタートすることができました。
返却率は99.8%。寿命を迎えたら水平リサイクルへ
WWD:「コンベイ」のビジネスモデルとは?
梶田:EC事業者様に対して再利用可能な配送バッグをレンタルし、そのレンタル料が我々の収益になります。1サイクルあたりの使用料をいただくモデルですね。使用済みのバッグは、全国の郵便ポストから回収できる仕組みです。ほとんどのケースで発送から3営業日以内に返却されますし、消費者の方にもポスト返却の手軽さが好評です。
実際、返却率は99.8%にのぼり、購入者のうち20〜30%が「自発的に再利用バッグを選択」しています。これによって、導入ブランドではリピート購入率が40%以上に達し、購入単価も平均8.5%高まったというデータもあります。何より大きいのは、「使うかどうか」を消費者自身が選べるという点。自分の意思で選ぶからこそ、返却にも協力的なのです。
WWD:環境意識はあるけど、何から始めてよいかわからない人は多いから、良い選択肢ですね。使用済みバッグはどのようにリサイクルするのでしょうか。
梶田:現在、5種類のバッグを展開し、大半のアパレル商品に対応できます。すべて国産で、100回以上の使用に耐える仕様です。寿命を迎えたバッグは、ケミカルリサイクル技術を使って再び原料とする水平リサイクルの仕組みを構築しています。最大95%以上の生地回収率を誇っています。
WWD:バッグの特徴は?
梶田:岡山県の萩原工業と日本郵便と連携して開発しました。もともとブルーシートを再生する技術で、リサイクルバッグへの転用は課題が多かったけど、事業のビジョンや将来性を伝えて協力してくださった。
見た目の美しさだけでなく、機能性にも気を配っています。一番特徴的なのは、バッグの裏面に「返送用伝票ポケット」があらかじめ縫い付けられている点です。お客様が自分で封筒に伝票を入れる必要がなく、そのままポスト投函できる仕様になっています。サイズや厚みにも数ミリ単位で設計することで、郵便局の機械処理にも対応できるようになっています。EC事業者さんが梱包しやすいだけでなく、日本郵便さんのルール内で「きちんと戻ってくる」ことも重視して作っています。
WWD:環境負荷の削減効果について、具体的な数値は?
梶田:再利用バッグを10回使うことで、段ボールと比べて85%以上のCO₂排出を削減できるという結果が、LCA(ライフサイクルアセスメント)によって示されています。このバッグは最大100回まで使用可能ですから、長期的にはさらに大きなインパクトが期待できます。
WWD:「段ボール文化への挑戦」ですね。
梶田:はい。ただ便利なだけでなく、選ぶことで環境負荷も減らせて、購買体験も向上する。そうした選択肢を当たり前にしていくことが、我々の目指す未来です。
根強く残る「段ボールを使うのが当たり前」という文化
WWD:サービス開始から2年、どこに手ごたえを感じていますか。
梶田:サービスを導入しているECブランドは現在30社を超えました。最初の1年間は実証段階で、ローンチパートナーとしてアパレルブランドさんにご協力いただきました。その反響が予想以上に良く、「お客様の満足度」が非常に高かった。段ボールって、実は多くの人にとってストレスなんですよね。日本における段ボールの回収率は90%以上。だからこそその処理にストレスを感じる。それでも「段ボールを使うのが当たり前」という文化が根強く残っていて、我々としてはそこを少しずつ変えていきたい。
WWD:バッグの使用回数や運用数はどれくらいですか?
梶田:サービス開始から約2年で、現在9000枚ほど保有しています。すべてが常時稼働しているわけではなく、一部は在庫として保管中ですが、多くは運用中です。1枚あたりの使用回数は数十回程度で、100回利用を目標としています。
WWD:“環境配慮型ユーザー”を可視化できるのは面白いですね。
梶田:はい。利用者の多くが、好奇心が強くて新しいことに積極的にチャレンジする層です。
WWD: 「コンベイ」が目指す理想の姿を教えてください。
梶田:端的に言えば、「再利用バッグで返す」という行動が“当たり前”になる社会です。ECに限らず、たとえばメルカリのようなCtoC(個人間取引)にも活用されるような世界。さらには店舗での購買時にも使えるようになればいいなと考えています。
WWD:根底には「フェアであること」がありました。それは今どのくらい実現できていますか?
梶田:“シェアバック”という事業モデルの中で、消費者、EC事業者、そして私たちCOMVEY──この三者すべてにとって「フェアな関係」が築けていると感じています。将来的には運び手の方々にとってもメリットがある仕組みにしていきたいと思っています。
ボトルネックはEC業界の多様なカートシステム
WWD:サーキュラー(循環型)ファッションにおいて、物流が果たす役割をどう考えますか。
梶田:物流は単にモノを運ぶだけでなく、“人と人をつなげる力”があると思っています。たとえば、過剰梱包についても、EC事業者はお客様のためを思って丁寧に包むけれど、受け取る側がそれをストレスに感じることもある。そのギャップに、選べる選択肢があれば、双方にとってフェアな関係性が築けるんです。
WWD:宅配便の量は今後も増えますよね。
梶田:はい。現在、日本で年間約50億個の荷物が宅配されていますが、10年後には100億個になるとも言われています。一方で、運び手の人手は減っていて「宅配の限界」とも言われる状況。今のように「最短で届いて当たり前」という前提のままだと、現場は持たないでしょう。
WWD:ボトルネックはどこにある?
梶田:現在のEC業界には多様なカートシステム(Shopify、Makeshop、etc.)が存在していて、我々の仕組みを連携させるには個別対応が必要です。そのため、「導入したい」と言ってくださっても、すぐには対応できない場合もあります。また、何よりの課題は「段ボールが当たり前」という文化に挑戦している点です。常識を変えるには、やはり時間と地道な努力が必要です。