1978年に自身の名を冠したアイウエアブランド「アランミクリ」をフランスで創設。「見るための、そして見られるためのアイウエア」というテーマの通り、大胆な色使いや前衛的なデザインで80年代に一躍注目を集め、ジャン=ポール・ゴルチエら著名デザイナーとのコラボレーションでも知られる。革新性と機能美を両立させたプロダクトは、視覚補助具の枠を超えた存在として評価された。2012年にルックスオティカグループにブランドを売却し、一時現場を離れたが、近年デザイナーとしてブランドに復帰。
革新的な色使いや機能美で1980年代からアイウエアデザインを牽引してきたアルメニア系フランス人デザイナー、アラン・ミクリタリアン(Alain Miklitarian)が、自身のブランド「アランミクリ(ALAIN MIKLI)」で再びデザイナーとしての活動を開始した。ファッショナブルなデザインで多くのセレブリティーに愛され、アイウエアのあり方を変えたレジェンドの復帰は、市場に新たな動きをもたらすだろうか。来日したアランに復帰の経緯や今の時代への思い、2012年にブランドを買収したエシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica)との関係性について話を聞いた。
WWD:今回、東京と大阪を訪れた理由は?
アラン・ミクリタリアン(以下、アラン):日本の消費者はブランドを理解してくれていると感じており、好きな場所です。来日の目的は、これらの都市ともう一度つながりを感じること。ただ訪れるだけでなく、街を歩き、細部を観察し、雰囲気を吸収したかったんです。というのも、今、来年発売予定の日本限定コレクションを開発中なんです。現地の消費者に真に響く製品を創造するためには、その土地の機微を捉えることが不可欠。今の時代の若者がコレクションを見てどう思うのかは未知数ですが、反応を見るのが楽しみですね。
WWD:街の中で印象に残ったことは?
アラン:多くの変化を感じました。今では世界中どの都市に行っても同じようなグローバルブランドに囲まれています。東京の独自性は徐々に失われ、他の大都市と同じようになってきているようにも感じました。レイアウトや表現方法は日本的なものも多いですが、内容は均一化しているように思います。
ブランドへの復帰の経緯
WWD:単刀直入ですが、デザイナーとして「アランミクリ」に戻った経緯とは?
アラン:このような形でブランドに戻ることは、全く予想もしていませんでした。会社をエシロールルックスオティカに売却後、もう関わることはないと思っていましたが、エシロールルックスオティカ社から「ブランドに戻ってほしい」と声がかかったんです。今は、また仕事をして、考えて、夢を見ることができる。大きな組織の中でアイデアを具現化できる自由があるのは、とても幸運だと思っています。現在のデザインチームは4人の若いメンバーで構成されていて、私の役割はメンターとして、経験を共有し、彼らの成長を支援すること。世代間の良い交流が生まれています。
WWD:以前と今を比較して、アイウエアを取りまく状況に変化を感じますか?
アラン:比較することができないくらい、状況は変わっています。消費者の価値観、生産方法、ノウハウまで、全てが進化しています。失ったものも多いですが、新しい発見もたくさんあります。失ったものを嘆いたり、過去を懐かしんだりするのではなく、未来を受け入れることが重要でしょう。
WWD:消費者の価値観の変化とは?
アラン:フランスでは、職人文化へのリスペクトが薄れてしまったと感じます。素材への情熱や、プロセスへのこだわりがなくなってきている気がするのです。しかし日本では、伝統的な職人技を再び評価する消費者が増えていると感じます。それは、日本文化の一部とも言えるかもしれませんが、有望なトレンドです。
WWD:あらためて、競争の激しいアイウエア市場で「アランミクリ」が際立っている点とは?
アラン:私たちはアイウエアに特化したブランド。それが全てであり、徹底的に追求しているポイントです。多くのブランドが、コスメからアパレル、アクセサリーまで、あらゆる分野に商品ラインアップを拡大しますが、それはクリエイティブな戦略というよりは、財務面やビジネス面を考慮した戦略であることの方が多いのではないでしょうか。真のデザインとは、独自の技術を極めることから生まれます。全てを網羅しようとするのではなく、得意分野に集中することが重要です。
WWD:最新のコレクションについて教えてください。
アラン:私はもともと眼鏡技師なので、コレクションの大部分を占めるのはメガネフレーム。割合としては小さいですが、ファッション性や楽しさを重視したサングラスもそろえています。メガネのフレームは精度が求められます。快適で軽量であり、個人に合ったデザインでなければなりません。技術的な制約と視覚的な楽しみをバランスよく調和させるのが好きです。
WWD:その中で個人的に気に入っているアイテムは?
アラン:5つのアセテートを接着した独自の技術“バイオピック(BIOPIK)”の新しいフレームです。この技術によって、色、輝き、透明度を精密にコントロールすることができます。技術的には難しさが伴いますが、美しい見た目をもたらしてくれます。
エシロールルックスオティカとのパートナーシップがもたらすもの
WWD:世界最大のアイウエアグループ、エシロールルックスオティカとのパートナーシップはブランドにとってどんな意味を持ちますか?
アラン:「アランミクリ」とエシロールルックスオティカは、元来全く異なる視点を持っています。私は、できることなら一人一人の顧客のために1つずつ特別なフレームをデザインしたいという思いがあります。一方で、彼らは数百万人を満足させられるプロダクトをデザインしています。しかしありがたいのは、エシロールルックスオティカは私の思いを理解し、ありのままで仕事をさせてくれること。彼らは市場に多様性が必要だと理解しており、それこそが協業が機能する理由です。
WWD:エシロールルックスオティカ傘下の他ブランドは、メタ社との協業を通してスマートグラスなども開発しています。「アランミクリ」も3Dプリンターを活用するなど、最新技術を積極的に取り入れていますが、進行中の特別なプロジェクトはありますか?
アラン:フレームにNFC(Near Field Communication)チップを内蔵したアイウエアをリリースしています。スマートフォンでタッチすることで製品名が表示され、真正性や出荷状況、購入履歴などをリアルタイムで確認できる機能です。過去には、“ミクリビジョン”というCCDカメラがついたアイウエアを発売したこともあります。25年以上も前の話なので、時代を先取りしすぎたのかもしれませんね(笑)。現在はブランドの核となる部分の再構築に注力しており、スマートグラスなどの開発はしていませんが、いずれはまた、その領域にも着手したいです。
WWD:バイオアセテート素材や環境に優しいパッケージを採用し、サステナビリティーの問題にも取り組んでいます。
アラン:太陽光発電を使用したり、材料をリサイクルしたり、できるだけクリーンな運営を目指しています。アイウエア生産が環境に与える影響を考えてもいなかった15年前と比べると大きな進歩を遂げましたが、まだ課題は山積みです。解決策を模索し、どうすればより良いブランドになれるのかを日々頭を巡らせることは、楽しみでもあります。
WWD:ブランドとして、個人として、今後のビジョンを聞かせてください。
アラン:正直、未来についてはあまり考えません。ただ仕事ができる毎日に感謝し、楽しんでいます。それが数週間続くのか、10年続くのかは分かりません。私はアイウエア以外にもいくつかの事業をやっており、他の企業とも協業しています。いくつかの軸を持って仕事をするのが自分にはあっていると思っています。