アトモスの創業者・本明秀文さんの独自の目線と経験から、商売のヒントを探る連載。「ナイキ(NIKE)」が3月26日の“エア マックス デイ(AIR MAX DAY)”に向けて、打ち出し中の新作“エア マックスDN(AIR MAX DN)”。“エア マックス”といえば、本明さんのスニーカー商売を大きく軌道に乗せた超重要なキーアイテムであり、長年多くのコラボレーションを世に送り出してきたアトモスを象徴するモデルでもある。そんな思いもひとしおだからこそ最近の“エア マックス”について、本明さんが愛のムチをふるう。(この記事は「WWDJAPAN」2024年3月4日号からの抜粋です)
本明秀文(以下、本明):ナイキソウルが新作の“エア マックスLV8”のキャンペーンにNewJeansを起用した。そのことについて、ナイキジャパンの元社員と話したら、コラボレーション以外で芸能人をキャンペーンに使ったことはこれまでほとんどなく、NGだったという。だけど芸能人をキャンペーンに起用し始めたということは、マス向けに売っていかないと数字が取れないから。一般的には知られていないデザイナーや知る人ぞ知るラッパーとコラボして、ハイプなスニーカーを一部の店で少量売っていくのではなく、“誰でも知っている”芸能人やアイドルを使って、量販店で大量に売っていきたいんだと思う。
――国によって起用する人物を代えるかもしれないですね。マス向けの戦略に変えるとどうなるんでしょう?
本明:トレンドを引っ張っていくファッションアイコンとか、いわゆるおしゃれな人たちが「ナイキ」を履かなくなるよね。だから今の状況だと差別化するために、おしゃれな人はラグジュアリーブランドのスニーカーを履くようになると思う。残るのはスニーカー好きのマニアだけ。でもマニアって何人いるの?って話だし、必ずしもおしゃれじゃない。トレンドの中で履かれて初めてファッションになるんだ。
――「ナイキ」が復活するためには何が必要ですか?
本明:生産量を減らすことはもちろん必要だけど、OG(過去に発売されたモデルのこと)に代わる新しいモデルを生み出さないといけない。最も注力している新作の“エア マックスDN”は、見るからにAIが作ったようなモデルに見える。アッパーの雰囲気やかかとの“エア”のデザイン、ソールのボリュームや前後で分かれた形状まで、今の売れ線をミックスしたのだと思う。
――確かに……。人間くささをあまり感じないですね。
本明:それが“無難”ってこと。デザインの良しあしを何も感じない。でも「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「リック オウエンス(RICK OWENS)」のめちゃくちゃ履きづらい靴には感じるじゃん。あれがファッションなんだと思う。今の「ナイキ」はファッションを狙いたいのかスポーツを狙いたいのか、中途半端で分からない。かつては“エア マックス”を履いてランニングしていた人がいたと思うけど、今“エア マックス”を履いて走っている人なんていない。でも「オン(ON)」や「ホカ(HOKA)」はランニングシューズとして履かれているし、ファッションとしても認知されている。
――「オン」や「ホカ」は履き心地が確かに違いますよね。本当にバウンドするような感じ。
本明:僕も初めて“エア マックス95”を履いたときの衝撃を覚えている。ウエストフィリーで、140ドル(約2万1000円)で買った“イエローグラデ”が、日本では倍の値段で売れるのに、その履き心地が気になりすぎて、思い切って自分用に下ろした。当時は本当に新しい履き心地だったけど、今はそれもフツウ。でも“95”と同じ驚きを、初めて「ホカ」を履いたときにも感じた。「ホカ」はアメリカでランニングしていたおじさんに「その靴どこで売っているの?」と尋ねて、すぐに近くのスポーツショップに買いに行ったんだ。まだ日本では誰もファッションとして履いていなかったけど、これまでのスニーカーとは違う違和感があった。その新しい履き心地を生むのがソールなんだよね。
――新作の“DN”の履き心地はどうなんでしょう。
本明:もちろん履き心地はこれまでと違うのだろうけど、先行販売で「シュプリーム(SUPREME)」とコラボして話題を作って、結局ファッションで売っちゃうからスポーツのイメージが湧かない。それが“ライフスタイル”と“スポーツ”をカテゴリー分けしたナイキの戦略のジレンマでもある。街履きもできて、そのままランニングもできる――、ライフスタイルとスポーツを同じ目線で開発するのが今の潮流だよね。その“エア”はなんのためにあるのか?それをもう一度考えてほしい。