
ビューティ賢者が
最新の業界ニュースを斬る
ビューティ・インサイトは、「WWDJAPAN.com」のニュースを起点に識者が業界の展望を語る。
今週は、ラグジュアリーファッション業界のビューティ市場参入の話。
寺山イク子/オリエンタル代表/江戸川大学 客員教授/JCPA(日本コスメティックプロフェッショナル協会)顧問
(てらやま・いくこ)2012年から江戸川大学の「ビューティビジネス」で教鞭に。在籍した多くの世界的ラグジュアリービューティ企業の経験や実績から“ビューティ・ジェネラリスト”として活動中。趣味はソーシャルアストロロジー
【賢者が選んだ注目ニュース】
欧州のラグジュアリーシーンが変化し続ける背景には、ラグジュアリーファッション業界における“ビューティ市場”への参入がある。3大コングロマリットに入るケリングとコンパニー フィナンシエール リシュモン(以下、リシュモン)は世界のファッションシーンをけん引しているが、今年はケリングが2月に「ケリング ボーテ」を設立、リシュモンが9月にフレグランス事業の「ラボラトワール・ドゥ・オート・パルファムリー・エ・ボーテ」を新設し、最高経営責任者(CEO)にスイスの香料メーカー、フィルメニッヒ(現DSMフィルメニッヒ)の元CEOであるボエ・ブリンクグレーヴ氏を任命した。
独立系大手の一つ、 エルメスも2020年以降、ビューティ事業にとりわけ熱い思いを持って取り組んできた。「Beauty is a gesture(美しさ それはしぐさ)」と定義し、時を超えて愛される唯一無二のストーリーを紡ぎだしている。ビューティ特化型4店舗目は渋谷パルコで、より幅広いターゲットを狙う戦略と、日本のビューティ市場に対する熟知度の高さが垣間見える。
こういったファッションラグジュアリーグループが大きな動きを見せるにつれ、ロレアルやコティ、インターパルファムなど、大手ビューティ企業の勢力図が変わるとうわさされている。各社の「ビューティ部門」は主に香水(フレグランス)と化粧品(コスメ)に大別されているが、「フレグランス」「メイクアップ」「スキンケア」「ボディーケア」「ヘアケア」など、カテゴリー別に国や市場エリアによって特徴や違いがあるので、少し触れてみたい。
欧州市場での「フレグランス」は特別だ。売り上げは膨大で、百貨店や数多いパフューマリー店などでの展開により、各社のビューティ部門では売り上げの半分以上を稼ぐ。フレグランスは「ファッションの総仕上げ」アイテムで、歴史的な背景や香水文化などもあり、全体の要的ポジションは他に譲らず、常に売れ筋だ。北米市場ではフレグランスに続き、メイクアップラインの強さが加わる。
一方、日本市場や中国を含むアジア市場でのフレグランスは、小規模だ。特に日本では湿気が多い気候と生活慣習の違いが市場拡大を阻んでもいる。コロナ禍を経て「香り」の関連商品はシェアを拡大したとはいえ全体から見れば2%にも満たず、欧州市場に比べればあまりにも小さい。アジアは紛れもなく“スキンケア大国”であり、ビューティ業界では圧倒的にスキンケアカテゴリーが強いマーケットとなっているのが現状である。もちろん、既に「シャネル」「ディオール」「イヴ・サンローラン」といった“クチュールブランド”で「フレグランス」に加えコスメがバランス良くシェアを獲得し、成功しているブランドもある。後発ながらエルメスは、いわゆる「諭吉コスメ」(1万円前後の高価格帯商品)で、“らしさ”満点の感がある。
欧州企業のビューティ市場参入の“ビューティ”が指す所は、大方「フレグランス」で、日本・アジア市場にすぐに影響があるとは限らないだろう。そう簡単に市場を脅かす存在となり日本ブランドの牙城を崩せるものではないのではないか、とうっすら感じている。ただ、ファッションとの親和性と価格帯から「エントリーアイテム」として魅力的なのは間違いなく、潜在顧客の誘導には向くであろう。
さて、ラグジュアリービューティ業界最大手、2022年度ビューティ企業No.1のロレアルは、かつてラグジュアリーファッション企業と切磋琢磨すべく、ラグジュアリーワールドを拡張していくために、クチュールブランドが喉から手が出るほどに欲しかった時期があったのだが、その願いをかなえたのが「イヴ・サンローラン」だった。度重なるM&Aで迷走時期もあった「イヴ・サンローラン」だが、ロレアル傘下になり今やラグジュアリーブランドを取りまとめるリュクス事業部の中でも世界的には筆頭ブランドに成長している。続く「アルマーニ ビューティ」や「ヴァレンティノ ビューティ」、そして話題の「プラダ ビューティ」をハンドリングするのも、ロレアルだ。「プラダ ビューティ」は24年2月に日本上陸予定で、フレグランスだけではなくコスメで再上陸(実は「プラダ ビューティ」で日本デビューの過去あり)するのは、いかにもロレアルらしい戦略だと感心している。
ビューティ部門の中でもコスメラインは商品開発・処方・流通など、複雑なプロセスが数多く、国によって取り仕切る法も内容が違う。根本的にファッションビジネスとは大きく異なるビジネスだが、これらはロレアルの十八番でもある。ケリング ボーテやリシュモンによるビューティ部門の創設、エルメスのビューティ部門の展開が目立つが、コスメ部門で特にスキンケア領域に参戦するかどうか。今後、日本を含むアジア市場でさらに拡大していくならスキンケアは鍵になると思うが、今後の動向を注視していきたい。