ファッション

ユニクロの「値上げ広告」と23年前の広告

※この記事は2022年09月06日に配信した、メールマガジン「エディターズレター(Editors' Letter)」のバックナンバーです。最新のレターを受け取るにはこちらから

 9月5日付「日経新聞」のユニクロの全面広告に見入った人も多いでしょう。緑色のフリースジャケットの写真に、「ユニクロのフリースが2990円になる理由。」とのコピー。1994年から税抜1900円で売ってきたフリース(直近は税込1990円)の値上げを伝える文章が添えられています。

 1000字ほどの文章の一部を抜粋します。

 「私たちは発売時から、中国を中心とした海外のパートナー工場様と一緒に工夫を重ね、価格を変えずに、毎年、素材やデザインを改良してきました。この間、生産や販売に関わる人件費は上昇を続け、その上、近年の急激な原料費や物流費の高騰に直面してきました。あらゆるコストが上がる中、私たちには価格を維持するために品質を犠牲にするという選択肢はありませんでした。ユニクロはお客様に長く愛される普段着を作る会社だからです」

 文章は続けて、値上げしたフリースは副資材に至るまでリサイクル素材を採用していること、着心地を高めていること、全体の約8割の商品の価格は据え置いていることなどをつづります。

 値上げする企業が、その理由をしっかり消費者に伝える。なかなかできないことです。アパレルに限らず、食品メーカーや飲食店、サービス業でも値上げについては、消費者が慣れてくれるのを静かに待つところが大半でしょう。

 今回の値上げ広告は、私にはユニクロが23年前に発表したある広告の“本歌取り”に映ります。

 ユニクロの1900円のフリースが爆発的にヒットし、全国区のアパレル企業(当時のファーストリテイリングの売上高は1000億円程度、現在は約2兆円)へと駆け上った1999年8月に全国紙に載せた広告です。文字だけで埋め尽くした全面広告のコピーは、「ユニクロはなぜジーンズを2900円で売ることができるのか。」でした。

 1900円のフリースと同じく、2900円のジーンズもこの頃は常識外の安さでした。ユニクロ製品に対して、安かろう悪かろうといった風評もまだ渦巻いていました。全面広告では、下記のように訴えます。

 「ユニクロでは、製品を自社で企画開発し、自社で生産管理し、自社で流通から販売までを行っています。私たちは、このシステムに改良を重ね、よりシンプルにして様々なコストをおさえることで、市場最低価格をめざしています。そしてその過程で品質を犠牲にすることは絶対にありません」

 当時はまだ目新しかったSPA(製造小売業)というビジネスモデルを説明しつつ、決して品質を犠牲にすることはないと力強く宣言するものでした。

 ファーストリテイングの柳井正社長は2003年に出版した「一勝九敗」(新潮社)で、この広告について「ユニクロが目指すことを仕組みや企業姿勢からアピールした」と書いています。モデルが新作の服を着たイメージ広告でも、ことさら安さを強調する販促広告でもない。当時、この広告はアパレル業界だけでなく、広告の世界でもかなり話題になりました。

 「一勝九敗」で柳井社長は、99年からユニクロのブランディングを担当したジョン・ジェイ氏に関するエピソードを紹介しています。初期のフリースのテレビCMは、音楽も商品名の連呼もない静かな内容でした。社内ではもっと積極的に「1900円」を声に出したり、画面上で文字を大きくしたりすべきという意見があったそうです。これに対し、ジョン・ジェイ氏は「テレビを見ている人たちをもっと尊敬して、彼らのインテリジェンスに期待すべきだ」と反論したといいます。

 今回の新聞広告も、いわば消費者のインテリジェンスに呼びかける内容といえます。値上げによって短期的な客離れは避けられない。でも値上げのアナウンスから逃げずに、正直に語りかけることが消費者との信頼関係を作る上で必要だと判断したのでしょう。23年前の広告と今回の広告は内容こそ異なりますが、企業姿勢は一貫しています。

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