
名古屋鉄道(名鉄)は2月28日、名駅(名古屋駅)前のランドマークとして親しまれてきた名鉄百貨店本店を閉館した。名駅直結の立地を生かし、通勤客や家族連れ、観光客まで幅広い層の日常を支えてきた“ターミナル百貨店”が、71年の歴史に幕を下ろした。
最終営業日の館内ではこの日に限り、売り場を支えてきた販売員が思い出を語る音声を流した。また、毎日開店時と15時にだけ流すテーマソング「ときめきeveryday」を一日中繰り返し流し、閉館の日を彩った。
数千人規模が見守った閉店セレモニー
19時10分からは、本館1階正面玄関で閉店セレモニーを実施。当初は15分間を予定していたが、想定以上の周辺の混雑状況に配慮し、約1分で終了した。名鉄百貨店の石川仁志社長は、「長らくのご愛顧、本当にありがとうございました。名鉄百貨店を大切に思い、大事にしてくださったお客さま、全ての関係者、皆さまに心より感謝を申し上げます。本日これをもちまして、名鉄百貨店本店の店頭営業を終了します。また皆さんお会いしましょう。本当にありがとうございました」と一言一言を噛み締めるように述べた。
石川社長、犬塚篤史・本店長、役員含むスタッフ約30人が深々と頭を下げると、多くの来場者が見守る中、静かにシャッターが下ろされ、拍手と共に「ありがとう!」「お疲れさま!」といった声が相次いだ。
最後の姿を一目見ようとする人混みは、横断歩道を渡って対面のミッドランドスクエア前まで及んでいた。名鉄百貨店前は数千人規模の人出となり、警察が交通整理にあたった。一時は同店に面した道路の中央分離帯まで人が集まる事態となり、警察が呼びかける場面も見受けられた。
53年間、名古屋の街を彩ってきた「ナナちゃん」人形
店舗前に立つ巨大な人形「ナナちゃん」も、この場所の象徴的存在だ。1973年に設置し、季節やイベントごとに衣装を替えながら、待ち合わせスポットとして親しまれてきた。ナナちゃんは閉館後も撤去せず、今後の再開発期間中も現在の場所に立ち続ける予定だと発表している。百貨店の閉館後も、名古屋駅の“顔”として街を見守る存在であり続ける。
日常と名古屋めしを支えた売り場
同店の特徴は、駅利用者の“日常”に寄り添う品ぞろえだった。婦人・紳士服、雑貨、ギフト対応のフロアに加え、地下食品売り場では和洋菓子や総菜が充実。通勤帰りに立ち寄れる利便性は、ターミナル百貨店ならではの強みだった。
レストラン街には、味噌カツの矢場とん、味噌煮込みうどんの山本屋総本家、ひつまぶしで知られるまるや本店など、名古屋を代表する飲食店も出店。買い物と食事をワンストップで楽しめる構成は、地元客のみならず来街者にも支持されてきた。
“特別な日”だけでなく、“いつもの日”を支える百貨店――多くの市民にとってそんな百貨店だった。
地元客が語る
「百貨店といえば名鉄」
メンズ館6階では、「71年の歴史展」を開催。ヒストリームービーのほか、歴代お客さま案内係制服コレクションや、ナナちゃん等身大レプリカ(頭と手のひら)、包装紙と紙袋の変遷、71年間を振り返る写真などを展示した。メッセージボードには、数えきれないほどのメッセージが寄せられていた。
閉館を惜しむ声は、館内のあちこちで聞かれた。同展に訪れていた2人の女性に話を聞くと「幼い頃から家族と共に訪れていた。通い始めてすでに60年はたっている」という。「名鉄で出かける際や、友人との待ち合わせのほか、中学生の頃は名鉄セブンによく来ていた。成人後は仕事帰りに立ち寄ることもあった。最近は物産展の品ぞろえが好きで、よく利用していた」と振り返る。名鉄セブンは、若年層を対象に72年にオープンしたショッピングセンター。2006年にヤング館に改称後、11年に閉館した。
もう一人は「徒歩圏内に住んでおり、百貨店といえば名鉄百貨店だった。幼い頃は親の買い物の付き合いで来ていたが、帰りにお菓子を買ってもらえるのがいつも楽しみだった。振り返ると、一緒に来た両親や祖父母らの顔も思い出す」といい、生活者のさまざまなシーンに寄り添ってきた百貨店の姿が浮かび上がる。
百貨店の発展と低迷 再開発の見通し立たず
名鉄百貨店本店は1954年に開業。名鉄グループの商業施設として、戦後の名古屋駅前の発展とともに歩んできた。本館とメンズ館を合わせて売り場面積は約5万5000㎡。2023年度の売上高は352億円だった。名鉄百貨店は24年1月に一宮店を閉めており、営業するのは本店だけになっていた。近年は隣接するジェイアール名古屋タカシマヤに押されて集客に苦戦し、売上高は5倍以上の差をつけられていた(23年度時点)。
閉館は、親会社である名鉄が進める名古屋駅周辺の再開発計画の一環として発表された。当初は百貨店やホテルが入るビル5棟を26年度から解体し、40年代の全面オープンを目指す計画だった。だが、建設コストの高騰や人手不足を背景にゼネコンが入札を辞退する事態となり、名鉄は昨年12月に再開発のスケジュールは「未定」と発表した。
再開発計画の先行きが不透明となっても、名鉄百貨店本店は当初の方針に沿って営業を終了する判断が維持された。再開発後のビルには商業施設が入る予定とされていたが、百貨店業態となるかは不明で、従業員の処遇や商業施設の内容についても見直しが迫られている。
70年以上にわたり街の玄関口に立ち続けた百貨店が、その役目を終えた。売り場の灯りは消えたが、そこに刻まれた記憶は、姿を変える名古屋駅の未来へと受け継がれていく。