1月19日、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」の創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)氏がローマの自宅で死去した。93歳だった。葬儀は現地時間1月23日、ローマの共和国広場にあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ・エ・デイ・マルティーリ大聖堂で執り行う。それに先立って21〜22日には一般弔問を行い、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)「ヴァレンティノ」クリエイティブ・ディレクターやマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)「フェンディ(FENDI)」チーフ・クリエイティブ・オフィサーらが駆けつけて最後の別れを告げた。ここでは、ファッション業界に多大なる貢献をした同氏を悼むデザイナーや企業トップらの声を紹介する。
【デザイナー】
アレッサンドロ・ミケーレ「ヴァレンティノ」クリエイティブ・ディレクター
とてつもない悲しみを覚えています。今日、類いまれな存在が亡くなりました。ヴァレンティノはファッション界における紛うことなき主役であるだけでなく、イタリア文化史の中心的人物であり、工芸を言語に、職人技を世界的なビジョンに変える力がありました。
彼は欲望を美しく彫刻し、軽やかに仕立てる術を知っていました。エレガンスは、生涯守り続けるべき規律だということを教えてくれました。可能性の枠を広げ、まれに見る優美さで境界線を飛び越え、美に対する厳格かつ無限の愛を捧げていました。彼とともに働いた人、彼を愛した人、たとえ遠くからでも彼を見つめることで学んだ人たちは、彼を心から惜しんでいることでしょう。
ヴァレンティノは、並外れたレガシーを残していきました。創作とは愛であり、美とは体や形、またそれらを変えたり維持したりする時の流れへのラディカルかつ粘り強い観察である、という考え方です。もしかすると、死はただの終わりではないのかもしれません。とある存在が活動期を終え、残された側の手にその責任が渡されるのかもしれません。存在が消えるのではなく、また不動の記憶として残されるのでもなく、引き続き行動し、導き、人生とは何かと問いかける力として、未来へと手渡されていくものなのかもしれません。かつて詩人が言ったように、愛とは誰かの語りを続けていくことなのであれば、私たちの任務はこの“愛の債務”を引き受け、先人たちの語りを続け、私たちの時代にそれを生かし続け、この世界における在り方の中に紡いでいくことなのでしょう。仕事をしているこの瞬間にも、彼の眼差しが私たちの中にあることを強く感じます。基準として、責任として、恩寵への約束として。
マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)「フェンディ(FENDI)」チーフ・クリエイティブ・オフィサー
「Après moi le déluge(アプレ・モア・ル・デリュージュ、われ亡き後に洪水よ来たれ)」。ヴァレンティノとの、何ものにも代え難い時間が終わりを迎えました。彼が教えてくれたことを、これからも守っていきます。終わりのない感謝とともに。
ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)「バレンシアガ(BALENCIAGA)」クリエイティブ・ディレクター
マスターであり、メンターであり、とてつもなく寛容だった存在に、さようならを。ヴァレンティノは、ファッションとは喜び──真剣かつ要求の多い喜びであることを、美とは飾りではなく避難所であり、世界に対する防具であることを教えてくれました。彼による導きは、私の仕事だけでなく、ものの見方やクリエイティビティーとの向き合い方も形作ってくれたのです。彼がいなくなることは非常に寂しいですが、彼が与えてくれたものは残ります。記憶の中に、愛の中に、そしてアイデアのエレガンスの中に。彼のご家族と、その愛によって世界の厳しさから彼を庇護し、その優しさとビジョンを守り抜いたパートナーのジャンカルロ(・ジャンメッティ(Giancarlo Giammetti))に、心からのお悔やみを申し上げます。
ドナテラ・ヴェルサーチェ(Donatella Versace)「ヴェルサーチェ(VERSACE)」チーフ・ブランド・アンバサダー
今日、私たちは真のマエストロを失いました。私がヴァレンティノを忘れることはないでしょう。私の兄、ジャンニ(・ヴェルサーチェ)の悲劇的な死が明らかになったとき、彼とジャンカルロはすぐに私の元に来て、揺るぐことのない友情で支えてくれました。彼は永遠に、私の心の特別な場所に在り続けます。
ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)
ヴァレンティノの訃報に際し、アルマーニ家とレオ・デルオルコ(Leo Dell'Orco、取締役会会長)から、ご家族とジャンカルロに心からお悔やみを申し上げます。ヴァレンティノは誰もが認める優雅さとエレガンスのマスターであり、亡きジョルジオも彼を深く敬愛していました。彼はクチュールの比類のない美しさ、精緻なクラフツマンシップ、そして純粋なライン、アイコニックな色、絶対的な美を体現する存在でした。彼がいた場所に、大きな空洞が残されています。
ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)「プラダ(PRADA)」共同クリエイティブ・ディレクター兼「ミュウミュウ(MIU MIU)」クリエイティブ・ディレクターと、パトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli)=プラダ グループ会長兼エグゼクティブ・ディレクター
卓越したクリエイティビティーとエレガンスのセンスを持っていたヴァレンティノを、深い敬意とともに哀悼します。今日、私たちはグローバルな舞台で活躍する、イタリアンファッションの真の代表者という重要な声を失いました。
ラフ・シモンズ(Raf Simons)「プラダ」共同クリエイティブ・ディレクター
ヴァレンティノは真の意味でのイノベーターであり、比類のないビジョンと洗練性を持ってオートクチュールを国際的なステージで披露しました。そのクリエイティビティーとエレガンスが、イタリアンファッションに対する世界の評価を大いに高めたことは言うまでもありません。
ラルフ・ローレン(Ralph Lauren)=ラルフ ローレン創業者兼エグゼクティブ・チェアマン兼チーフ・クリエイティブ・オフィサー
誰もが彼のファーストネームを知っていました。ヴァレンティノ。とてもロマンチックな響きであり、彼が手掛けた素晴らしいコレクションや、何十年にもわたって彼をインスパイアし続けた美への情熱を思うと、ぴったりの名前です。彼は、女性は美しくありたいのだと語り、生涯それをインスピレーション源としていました。ファッションはもちろん、それを超えた領域においてもアイコンでしたが、何より人生、家族、友人を愛する人でした。彼がいなくなり寂しく思いますが、彼が作り上げたタイムレスな美の世界を通じ、その存在は生き続けるに違いありません。
マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)「シャネル(CHANEL)」アーティスティック・ディレクター
ヴァレンティノは、ファッションに対してバロック様式の建築家のようにアプローチしました。比類のないカラリストであり、アーティストであり、詩人でした。その最も贅沢で華やかなドレスから最もシンプルなブラウスまで、彼の夢のようなクリエイションは常に女性に寄り添い、レッドカーペットから日常までを彩るものでした。
ブルネロ・クチネリ(Brunello Cucinelli)「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」創業者兼クリエイティブ・ディレクター
われらの素晴らしいヴァレンティノ。比類のないアーティストで、仕事と美と洗練を愛し、20世紀のイタリアンファッションにおける不朽のシンボルの一人で、最も深い敬意を捧げるべき存在。どうか創造神自らが、その輝く世界に彼を迎えてくれますように。
ダイアン・フォン・ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)
ヴァレンティノとは仲良くしており、最初に会ったのは(俳優の)マリサ・ベンソン(Marisa Berenson)とともにカプリにいるときでした。彼は完璧主義者で、何事も細部まで気を配る人。美を愛し、自宅を愛し、テーブルの飾り付けをすることも愛していました。素晴らしいご家族がいる上、彼とジャンカルロはいつも友人たちに囲まれていて、そうした友人たちもやがて彼の家族となったのです。ジャンカルロは、彼にとって最高のパートナーでした。
トム・フォード(Tom Ford)
深い悲しみに打ちひしがれています。ヴァレンティノは、彼の世代で最高のデザイナーの一人として何十年にもわたってファッションに影響を与えただけでなく、私の長年の真の友人でした。彼を知り、共に過ごした多くの思い出があることに感謝しています。今日はファッション界にとって、そして彼を知る多くの人々にとってとても悲しい日です。
ジャンバティスタ・ヴァリ(Gianbattista Valli)「ジャンバティスタ ヴァリ(GIAMBATTISTA VALLI)」創業デザイナー
ヴァレンティノは、私が子どもの頃やティーンエイジャーの頃から身近に感じていた存在なので、精神的な意味での親を亡くしたような気持ちです。私がこの仕事をしているのはあなたのせいです、とよく彼に言っては笑わせたものです。私はローマ育ちなので、彼のおかげで(デザイナーになろうという)夢を描くようになりました。ティーンエイジャー時代、彼と働いたことなどないのに、彼の美に対するビジョンを通じて私自身のビジョンが作られていったのです。彼は自身を囲む“ヴァレンティノ・ファミリー”を心から愛し、彼らもヴァレンティノを心から愛していました。それはとても美しいイメージであり、私たち全員にとって美しいインスピレーションとなるものです。
クリス・ヴァン・アッシュ(Kris Van Assche)
ミスター・ヴァレンティノは、お手本でありヒーローです。カット、規律、感情に基づいていれば、美は決して古びないことを証明しました。彼は古き良き時代の美を体現しつつも、エレガンスはノスタルジアではなく勇気の一形態であることを示してくれました。
ヴェラ・ウォン(Vera Wang)「ヴェラ・ウォン(VERA WANG)」チーフ・クリエイティブ・オフィサー
親愛なる友人、ヴァレンティノ。彼は真のデザイナーであり、究極のインフルエンサーでした。女性と美への愛は揺らぐことなく、その才能と寛容性もまた然り。彼自身はもちろん、そのグラマラスなセンスとスタイルを失い、とても寂しく思います。どうか安らかにお眠りください。XXV
マルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco De Vincenzo)「エトロ(ETRO)」クリエイティブ・ディレクター
私が初めてローマを訪れたのは14歳のときで、ミスター・ヴァレンティノの見習い募集に志願する手紙を彼に届けるためでした。時期尚早だったのは分かっていますが、将来への夢はそれぐらいの年齢から芽生えるものですし、私も応募しようと決めて行動したのです。以来さまざまなことがあり、私はヴァレンティノの下で働くことはありませんでした。しかしその名前が持つパワーのおかげで、私はあれから一瞬たりとも夢を見ることを止めていません。
【企業トップ】
ベルナール・アルノーLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)会長兼最高経営責任者(CEO)
ヴァレンティノは洗練され、燦然と輝くような、たっぷりとドレープをあしらった豪華なファッションのクリエイターであり、映画界との華やかな蜜月も印象に残っています。若き日にパリで腕を磨いた彼は、オートクチュールのクラフツマンシップにおける疲れを知らないチャンピオンであり、フランスの素晴らしい友人でした。
ジルド・ゼニア(Gildo Zegna)=エルメネジルド ゼニア グループ(ERMENEGILDO ZEGNA GROUP)エグゼクティブ・チェアマン
訃報に際し、深い悲しみに沈んでいます。ヴァレンティノは、エレガンスのお手本のような存在でした。彼の比類のないクリエイティビティーは、世界における“メード・イン・イタリー”のポジション強化に大きな役割を果たしました。彼のビジョン、洗練されたスタイルのセンス、クリエイティブ上の規律は、今後何世代にもわたってラグジュアリー業界をインスパイアし続けることでしょう。
ルカ・デメオ(Luca de Meo)=ケリングCEO
ヴァレンティノの訃報に、深い悲しみを感じています。比類のないクリエイターで、イタリアのオートクチュールにおける中心的な人物だった彼は、私たちがクチュールと耳にして思い浮かべる作品やイメージを作ることに貢献し、そのスタイルを体現していました。彼は伝統と大胆さを精緻に融合し、エレガンスをユニバーサルな言語へと進化させたのです。そのレガシーは、イタリア文化の最も力強い表現の一つであり続けるでしょう。ご家族やご友人の方々、そしてジャンカルロに心からお悔やみ申し上げます。ヴァレンティノの魂は、その名を冠するブランドを通じて生き続けると確信しています。
カルロ・カパサ(Carlo Capasa)=イタリア・ファッション協会(Camera Nazionale della Moda Italiana)会長
ヴァレンティノは、タイムレスな美とエレガンスの創造者でした。彼のファッションは時代、文化、世代、言語を超え、夢やビジョン、卓越したエクセレンスに対するインスピレーション源となり、そのクリエイションはスタイルとグラマラスさの象徴として、歴史上の主役やカルチャーの中心的な人物らに愛されました。首尾一貫した美的感覚を持った彼は、決してトレンドを追いかけることなく、職人技のヘリテージと現代性を融合し、イタリアンファッションのグローバルな認知度の向上に多大に貢献。また、オートクチュールをイタリアの文化的ヘリテージにまで高め、比類のないレガシーを残しました。
ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=フランス・オートクチュール&モード連盟(Federation de la Haute Couture et de la Mode)会長
ヴァレンティノはそのキャリア全体において、熟達したテクニックとクリエイティブ上の大胆な独創性を融合しました。彼のローマのアトリエでは多くの職人たちに正確かつ緻密なテクニックを伝えており、世代間の技術継承の場としても機能しています。彼が訓練した職人たちを通じ、サヴォアフェール(受け継がれる職人技や美意識)は不朽のものとなり、クチュールの未来にとって極めて重要なレガシーとなっています。
レオナルド・フェラガモ(Leonardo Ferragamo)=サルヴァトーレ フェラガモ(SALVATORE FERRAGAMO)会長
イタリアおよび世界は、ヴァレンティノに対し、エレガンスの真のマスターの一人として永遠に敬意を表するでしょう。彼は先見の明を持ち、ファッションを美と規律、そして詩というユニバーサルな言語へと進化させました。そのレガシーは何世代ものデザイナーらに影響を与え、グローバルなスタイルを定義し、イタリアのクリエイティビティーと名声を世界中に広めました。
ミケーレ・ノルサ(Michele Norsa)=ヴァレンティノ元CEO
ヴァレンティノは、スタイルとエレガンスの比類のないマエストロでした。彼の周囲では全てが常に完璧で、もはや非現実的だったほどです。その自宅や庭をはじめ、美しい女性たち、そしてエレガントなドレスの数々にいたるまで、全てが夢のように美しかったのです。
マルコ・ビッザーリ(Marco Bizzarri)=ネッシファッション(NESSIFASHION)創設者
ミスター・ヴァレンティノはイタリアンエレガンスの導き手であり、そのクリエイティビティーと豊かな人間性は多くの人々に感銘を与えました。そのレガシーは、彼が築き上げた比類のないブランドと、彼にインスパイアされた人々を通じて生き続けます。ジャンカルロ、そしてご家族の皆さまにお悔やみ申し上げます。彼がいなくなり、本当に寂しいです。
ドメニコ・デ・ソーレ(Domenico De Sole)
ヴァレンティノは紳士で、ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)と並ぶ、彼の世代における真に偉大なデザイナーの一人でした。輝けるスターだったのです。
【セレブリティー】
カーラ・ブルーニ・サルコジ(Carla Bruni Sarkozy)元仏大統領夫人
世界にたくさんの美しいものを残してくれた、偉大なるヴァレンティノの訃報に際し、深い哀悼の意を表します。彼はマスターであり、その友人となれたこと、また彼のショーに出演できたことは大変な名誉で光栄に思います。彼の優しさと、果てのないエレガンスを忘れることはありません。ジャンカルロとご家族の皆さまに、心からお悔やみ申し上げます。どうぞ安らかにお眠りください。
グウィネス・パルトロウ(Gwyneth Paltrow)
友人として、ヴァレンティノ自身を知ることができて本当に幸運だったと思います。彼は美と家族を愛し、ミューズや友人たち、自宅の庭、愛犬を愛し、ハリウッドの楽しい話が大好きでした。私も彼のことが大好きで、一緒にディナーをする際に「マスカラぐらいつけたらどうかな?」とお約束のように言われることが楽しみの一つでした。その悪戯っぽい笑顔が、本当に大好きでした。まるで一つの時代が終わったかのように感じます。私を含め、彼を愛した全ての人が彼を惜しみ、寂しく思うことでしょう。ヴァヴァ、安らかにお眠りください。
シンディ・クロフォード(Cindy Crawford)
ヴァレンティノが亡くなったと聞き、心から悲しく思います。彼は真のマスターでした。彼と長年にわたって密接に仕事ができたのはとても光栄なことであり、深く感謝しています。
クラウディア・シファー(Claudia Schiffer)
古くからの友人であるヴァレンティノが亡くなったと知り、悲しみに打ちひしがれています。彼は真のレジェンドであり、自身が作り上げたブランドや、そのタイムレスなエレガンスやグラマラスさを通じて永遠に生き続けることでしょう。ランウエイ上で、そしてそれ以外でも、彼のクリエイションをまとい、命を吹き込めたことを本当にうれしく思います。また映画「甘い生活(La Dolce Vita)」をテーマにしたキャンペーンに出演してローマで撮影したこと、そして彼と一緒にマヨルカやイビザ、サントロペで過ごしたバカンスの記憶は、私の宝物です。私が結婚式で着用した『ヴァレンティノ』のウエディングドレスは家に飾ってあるのですが、それを見るたびに彼の優しさ、寛容さ、誠実さを思い出します。彼にウエディングドレスを作ってもらったことは、私の人生における最も光栄なことの一つで、生涯忘れることはありません。彼の人生の一部となれたことを、心から誇らしく思います。ムッシュー・ヴァレンティノ、どうか安らかにお眠りください。