PROFILE: 松原賢一郎/吉田取締役開発本部長

吉田カバンの中で開発本部は、企画から自社での販売までを一手に担う。そのトップを務める松原賢一郎・取締役開発本部長は、「ポーター」や「ラゲッジレーベル」におけるモノ作りの根幹を担っている。もうすぐ入社して30年、“タンカー”のサステナ素材への切り替えや、「ラゲッジレーベル」のリブランディングをリードした松原本部長は、吉田の「変わる」と「変わらない」をどう捉えているのだろう?(この記事は「WWDJAPAN」2025年12月22日&29日合併号からの抜粋です)
WWD:吉田に入社した経緯は?
松原賢一郎・吉田取締役開発本部長(以下、松原):卒業旅行用のカバンについて問い合わせたら、すでに就職先は決まっていたのにいつの間にか、ここにお世話になることになっていた(笑)。入社して28年。商品を売ることもあったし、モノ作りや店舗作りなども担ってきた。現在は、モノ作りから販売までを一気通貫している。店舗は、一緒に働くようになって10年以上の設計士さんとの仕事を続けている。時代に応じてコロコロ変えることを良しとしていないので、「不易流行」という言葉はしっくりきている。
WWD:そもそもカバンのデザインは、どんなときに思い浮かぶのか?
松原:電車に乗っていても、歩いていても、古本を読んでいるときでも。カバンは、ファッションでありながら道具。入れるものは時代に応じて変化しているが、「このポケットにはコレ」などは決めすぎず、お客さまならではの使い勝手を考えてもらえればと思っている。「変わらなければ」という危機感を強く抱いたのは、新型コロナウイルスのパンデミックのとき。あのとき、カバンは一番使わないモノになってしまった。考え方を180度変えなければと覚悟した。目指したのは、物質的な価値から感性的な価値へのシフト。ポジティブな気持ちになれるなどの感情的な価値を、道具としてのカバンに盛り込みたいと考えた。
感性的な価値を追求すべく意識したのは、五感だった。実は10年ほど前、ストレスで味覚障害に悩んだ時期があった。食べ物の味が分からず、医者からは「味覚は、ストレスを取り除かないと戻らない」と言われた。だが他の感覚をフル活用して海外出張を満喫していたら、味覚が戻った。そこでコロナ禍のストレスと向き合い、心を落ち着かせる香りのように感覚を刺激することでストレスから解き放たれ、リラックスした毎日を過ごすことができるカバンが作れたらと考えた。女性客を開拓したいとの思いもあった。
WWD:そして匂い袋で嗅覚を、ハンドルの握り心地などで触覚に訴えかける「ポーター」の新シリーズ“センシズ”が誕生する。
松原:香り選びについては「不易流行」の哲学から、古くても廃れていない日本の香りにしたいと思った。あんまり好きじゃないのに今でも忘れられない祖母の家の桐ダンスの匂いのように、小さいころや昔体験した香りや音、感触は、フラッシュバックしてよみがえるのではないか?そう考えて辿り着いたのは、京都で300年以上香りを手がけている「香老舗 松栄堂」。「ポーター」だけの香りに決めたのでロット数は増えたが覚悟して、匂い袋を忍ばせつつ、αゲルのハンドルで圧力を分散させつつ柔らかな触り心地を提供することでストレス軽減を図るバッグに仕上げた。ネイルの女性を意識して、ベルクロやスナップボタンではなく、指をかけて引くだけで力を入れず瞬時にポケットが開く(意匠取得の)クイックプルを採用した。
「ラゲッジレーベル」をリブランディング
目指したのは、「古いものを、今の時代に生かす」こと
WWD:“センシズ”に続き、「ラゲッジレーベル」も大きく変えた。
松原:「ラゲッジレーベル」のリブランディングでは、コロナ禍で学んだ通り180度振り切って、23年に6年ぶりの新作“オールドニュー”シリーズを発売した。このシリーズでは、日本古来の染色方法である柿渋染めを採用。真っ白なバッグを染色職人が一つ一つ柿渋につけて天日干しするという、本当に“めんどくさい”作業を繰り返して深みのある美しい色に仕上げている。日本古来の優れた技術を求めることで、新たな価値を見出したかった。時代にアジャストする「ポーター」に対し、「ラゲッジレーベル」で追求するのは、「めんどくさいけれど、昔から続く『こんなことまでやっている』」。新しいものを追い続けるだけではツマラないし、古いものだけじゃ受け入れられない。古いものを、今の時代に生かすことを考えた。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。
