184日の会期中に2900万人以上が訪れ、終盤は熱狂の渦に包まれた大阪・関西万博の閉幕から1カ月半。なぜ、多くの人が万博に魅力に惹かれたのか。異国の文化と最新の産業技術に触れられ、非日常を体験できる醍醐味だけでなく、会場内での出会いや感動、サプライズが多くの来場者の心をとりこにしたのだと思う。万博ボランティアとしても参加し、会場には取材とプライベートも含めて計29回足を運んだ関西在住ライターの筆者の印象に残った万博ならではの取り組みを紹介していきたい。
220人以上の日本人がサローネサテリテに参加
イタリアウィークがスタートした9月7日~20日に行われたのが、ミラノサローネ国際家具見本市の若手デザイナー部門「サローネサテリテ」をテーマにしたイベントだ。パビリオン内には「サローネサテリテ・パーマネントコレクション1998-2025」と題した特別展示コーナーが登場。サローネサテリテで発表され、企業との協働によって製品化された47点が日本初公開された。
サローネサテリテは国際的な若手デザイナーの登竜門とうたわれ、nendoの佐藤オオキ氏をはじめ、田村奈穂氏、佐野隆英氏、川本真人氏、氷室友里氏など多くの日本人デザイナーを輩出してきたことで知られている。万博会場には、nendoがミラノの家具ブランド「デパドヴァ」のためにデザインしたコーヒーテーブルや、川本真人氏が「アリアンテディツィオーニ」のためにデザインしたフルーツスタンド、佐野隆英氏がガラス職人「マッシモ・ルナルド」のためにデザインした吹きガラスのティーポットなども展示。彼らの名を一躍有名にした代表作を見学できる貴重な機会となった。
別会場で行われたトークイベントには、サローネサテリテの創設者で、パーマネントコレクションのキュレーターでもあるマルヴァ・グリフィン・ウィルシャー氏が登壇した。サローネサテリテが創設された経緯や産業デザインにおける意義と成果などが紹介された。
サローネサテリテは、マルヴァ氏が提案したアイデアによって1998年に誕生したプロジェクトだ。「ジャーナリストとして若いデザイナーたちの作品を目にしていたが、彼らはミラノサローネに出展しているメーカーとつながる機会を求めていた。サローネサテリテは、若い才能を見つけ出し、彼らの夢を世界とつなぐために生まれた」と、マルヴァ氏は振り返る。
サテリテは、26年間で世界50カ国以上から1万5000人超が参加するプラットフォームに成長し、中でも日本からはこれまで220人以上が出展したという。2010年に創設されたサローネサテリテ賞は9人の日本人が受賞した。特別賞受賞者も含めると受賞者は42人にのぼる。「参加した多くの若者は著名な国際企業と協力したり、自身のスタジオを立ち上げたりしている。サテリテで得た経験を活かし、成功したキャリアを築いていることを誇りに思う」とマルヴァ氏は笑顔を見せた。
サテリテでの受賞を機に飛躍した日本人デザイナーたち
トークイベント後半では、サローネサテリテに出品し、受賞を果たした日本人デザイナーたちも参加した。イタリアでの挑戦を振り返りながら、若手支援の仕組みがいかにして彼らのキャリアを後押しし、日伊の文化的な架け橋として機能してきたのかが語られた。
口火を切ったのは2005年に最優秀賞を受賞したトネリコ代表の米谷ひろし氏。「日本人にとってサローネで発表することはサッカー選手がセリエAでプレーするようなもの。最初の2年はまったく手応えがなかったが、マルヴァさんの励ましもあり、3度目の挑戦で評価され、人生が大きく変った」と語り、あきらめず続けることの大切さを強調した。
プロダクトデザイナー、喜多俊之氏の長女でデザイナーの喜多華子氏は、姉妹3人で子ども向けの家具を出品。「マルヴァさんはイタリアの家具デザイン業界をインターナショナルにした伝説的な存在だと父からよく聞いていた。彼女が手がけるプロジェクトだから間違いないと出展を勧められ、いい思い出になった」と振り返った。
25年に最優秀賞を受賞したスーパーラットの長澤一樹氏は「学生時代にサローネを訪れたとき、若いデザイナーの勢いに感銘を受けてサテリテへの出展を決心。8年目に夢が叶い、世界中のデザイナーとも交流できてとてつもなく貴重な時間を経験した。無名のデザイナーにチャンスを与える見本市はほかにないので、ぜひ挑戦してほしい」と話した。
畳を素材にした3Dプリント家具で23年に最優秀賞を受賞したホノカの鈴木僚氏は、受賞後、世界中の展示会に招かれてメーカーと協業するプロジェクトを経験した。「受賞を機に大きく一歩を踏み出せた。マルヴァさんには大変感謝している。素材の魅力を可視化する活動を通じて、日本の大切なものを次世代につないでいきたい」と語り、サテリテの影響力の大きさを示した。
パーマネントコレクションは、サローネサテリテの参加デザイナーから寄贈された作品のコレクションで、現在400を超える作品が収蔵されているという。イタリア・ブリアンツァ地方にある家具のプロを養成する学校「アートウッドアカデミー」に常設展示されており、マルヴァ氏は「ミラノに行く機会があれば、ぜひ訪れてみてほしい」と話し、イベントを締め括った。
筆者はこれまでミラノサローネの情報を雑誌などで目にしてきたが、実際に見学した経験がなく、遠い存在に感じていた。しかし、サローネの功労者であるマルヴァ氏の講演や日本人デザイナーたちの体験談を通して、イタリアのデザイン産業と日本人デザイナーとの密接な関係を知ることができた。
日本国内の芸術系大学16校には、卒業生が無料でサテリテに出展できる制度もあるという。若いデザイナーたちにはそうした機会を生かしてぜひ世界にチャレンジし、成功へのキャリアを築いてほしいと思う。