184日の会期中に2900万人以上が訪れ、終盤は熱狂の渦に包まれた大阪・関西万博の閉幕から1カ月半。なぜ、多くの人が万博に魅力に惹かれたのか。異国の文化と最新の産業技術に触れられ、非日常を体験できる醍醐味だけでなく、会場内での出会いや感動、サプライズが多くの来場者の心をとりこにしたのだと思う。万博ボランティアとしても参加し、会場には取材とプライベートも含めて計29回足を運んだ関西在住ライターの筆者の印象に残った万博ならではの取り組みを紹介していきたい。
フィンランドの大手と伊藤忠が共同開発
大阪・関西万博は、持続可能な未来社会の実現に向けた国内外の取り組みが結集した一大イベントだった。近未来型の太陽電池や建築のリユースや会場内を走るEVバスなど運営面でもサステナブルな取り組みがさまざまな場面で見られた。
サステナブル先進国といえば、思い浮かぶのが北欧諸国だ。SUSTAINABLE DEVELOPMENT REPORT 2025によると、SDGs指数ランキングでは1位フィンランド、2位スウェーデン、3位デンマークと続く。ちなみに日本は19位。北欧諸国では再生可能エネルギーの利用や省エネ技術の導入が進んでおり、森林保護や国民の環境意識の高さでも世界をリードする。
その北欧諸国5カ国が共同で出展したパビリオンが「北欧館」だ。建物は日本でもおなじみのムーミンの世界を思わせる温かみのある高さ17mの木造建築。館内では北欧諸国のつながりをイメージしたサークルの展示空間が広がり、食用に使えない米でつくられた紙のスクリーンには、北欧の暮らしや風景が映像で流された。
SDGs指数ランキング1位のフィンランドは、国土の約75%が森林地帯で、森林資源を活かした持続可能な林業や再生可能エネルギーへの投資に積極的だ。そのフィンランドを拠点とする世界最大級のパルプメーカー「メッツァグループ」(Metsä Group)が9月、北欧館でビジネスイベントを開催した。メーンテーマに掲げられたのが、革新的な特徴を持つパルプ由来の新素材「クウラ(Kuura)」。メッツァグループと伊藤忠商事・繊維カンパニーが共同開発してきた繊維で、パネルディスカッションではそのポテンシャルやはは今後の展開について議論された。
登壇者はメッツァ スプリング ビジネス開発ディレクターのアンナ・カイサ・フトゥネン氏、伊藤忠のファッションアパレル第一部長の山下眞護氏、ファッションブランド「ザ・リラクス」デザイナーの倉橋直実氏、伊藤忠ファッションシステムifs未来研究所所長代行の山下徹也氏、メディアジーンの遠藤祐子氏だった。
クウラについて、アンナ氏は「単なる新素材ではない。綿花や石油由来素材に依存してきた繊維産業の構造を根本から変える可能性がある。環境負荷を下げながら同時に快適で美しい衣服を作れるのかという問いに応えるものとして開発してきた」と強調する。
クウラプロジェクトは、今から10年以上前にフィンランド国立研究所との研究プログラムとしてスタートした。2014年にはパルプ取引で長年つきあいのあった伊藤忠が開発パートナーに加わった。クウラの原料は北欧の森林の木材をベースにした紙パルプで、一貫生産体制の確立により、トレーサブルで安定的かつ低コストで生産できるのが特徴。工場における再生可能エネルギーの使用などにより、環境負荷の低減につながる革新的なサステナブル素材として世界から注目を集めている。地球温暖化への影響はセルロース系繊維ビスコースの3分の1以下、綿と比べると4分の1という。
約5年前に初めて、わた状態のクウラを見た倉橋氏は、その印象を「綿花のようだが綿と違って水分量が多く、シルクのような光沢があった」と振り返る。
一方、伊藤忠は開発パートナーに名乗りをあげた理由として、会社全体でESG戦略に力を入れていたこと、繊維部門で環境対応素材の充実を目指していたことをあげる。山下(眞)氏は「ESG戦略三銃士のひとつとしてクウラを位置付けている。クウラは天然由来であり、環境負荷の低いセルロース繊維。サステナブル繊維としてのポテンシャルに魅力を感じた」と話す。
課題解決を進め、26年から本格生産へ
ただ、新規素材を開発する際には、品質の確立と商業化という二つの課題に直面するのは避けられないという。18年にパイロットプラントを建設し、量産化に向けてデモ稼働を開始。コロナ禍の影響などで開発に時間を要したが、26年中にフィンランド国内に本生産工場を建設する認可を取得し、ようやく商業化に向けて動き出す。
日本におけるサステナブル繊維市場が抱える課題もある。「認知度は高いものの実際にアクションを起こしている人は他の先進国と比較して少ない。背景には、表示のわかりにくさや情報不足、国際認証制度の壁がある」と山下徹也氏は指摘する。解決策としてファッションブランドを通じてクウラの価値をストーリーで伝える重要性を説く。山下眞護氏も「原料であってもブランディングによってより大きな価値を生み出せる可能性がある。プロダクトそのものではなく、ストーリーでマーケットに伝えることが重要だとこのプロジェクトで学んだ」と話す。
最後にクウラに期待される将来展望についてもそれぞれの見解が語られた。アンナ氏は「クウラの製品はトレーサビリティが可能。環境規制が強化されているヨーロッパでの需要は拡大していくだろう。メッツァはグローバル市場に焦点を当てており、日本や欧米だけでなく、世界中のブランドと協力していきたい」といい、山下眞護氏は「フィンランドでは木の成長量が伐採量を上回っているといい、木材由来繊維におけるクウラの優位性はさらに高まるだろう。フィンランドと日本のように森林資源を背景に持つ国が連携して世界に伝えることが成功につながると思う」と話した。
また消費者に最も近い倉橋氏は「サステナブルだから買うのではなく、まずは商品に魅力を感じて手に取ってもらうことが大切。そこから繊維のストーリーを説明することで購買につながる。クウラのストーリーや透明性は私たちのブランドとも通じるので今後の安定供給に期待している」という。マーケットに詳しい山下(徹)氏は「木質繊維の成長率は、経済成長率やファッション市場の成長率を上回っている。なかでもクウラはさらに成長する可能性がある。倉橋さんのようなファッションブランドによって素敵なものに価値が転換されることが大切」と述べた。
森林資源豊かな国フィンランドで生まれた新繊維素材「クウラ」。筆者にとっては初めて知る素材だったが、万博会場で開発者や関係者の話を直接聞くうちに、単なるサステナブル繊維ではなく、森と人の未来をつなぐものとして心に残った。と同時にサステナブル先進国フィンランドの姿勢に、モノ作りの新たなヒントを感じることができた。