ファッション

「コム デ ギャルソン」と“販売”に生きる 前橋のセレクトショップ、マール

前橋の市街地にひと際目を引く外装のお店がある。ガラスを覆うドットに、大きな扉には“COMME des GARCONS”の文字。こんな片田舎の商店街に“ギャルソン”のお店があるなんて、なんとも意外で興味をそそる。マール(Marl)という名前のこの店を経営するのは、奈良幸江さんという女性だ。

ファッション・カルチャーに関するフリーペーパーを制作する、早稲田大学の出版団体ENJIに所属する私が今回奈良さんに取材しようと思ったのは、田舎の穏やかな時間が流れる商店街で、アバンギャルドな“ギャルソン”を扱うという、一見ミスマッチのようにも感じられる組み合わせのお店が生まれた経緯を知りたかったから。前橋生まれの私は高校生の頃からマールに通い始め、奈良さんの接客に魅了された。以来、新品の「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」の服は必ず奈良さんから買うと決めている。

今回はそんな奈良さんに、店を開いた経緯や販売のコツ、キャリアのアドバイスといった幅広い質問。接客時と変わらない穏やかさと、強い芯を感じさせる言葉で答えてくれた。

「コム デ ギャルソン」、そして「販売」との出合い

奈良さんと「コム デ ギャルソン」の出合いは学生時代にまで遡る。学生時代にアルバイトをしていた喫茶店の横に、マキというブティックがあり、そのブティックで「コム デ ギャルソン」の服が扱われていたのだ。その黒い服が放つダークなムードは、当時まだ10代だった奈良さんの心を奪い、喫茶店の店員からブティックでの販売員に転身。現在までも続く、販売員としての人生がスタートしたという。

その後、現在も太田市にあるブティックBinというお店で働き始めた奈良さん。ブティックBinは当時「ワイズ(Y'S)」と「コムサ デ モード(COMME CA DU MODE)」、そして「コム デ ギャルソン」の3ブランドを扱うセレクトショップだったが、のちにそれぞれのブランドのみの商品を扱う専門店(当時は“オンリーショップ”と呼んでいた)として枝分かれし、奈良さんは前橋の「コム デ ギャルソン」のショップを担当した。

長年働いた店舗が閉店 独立へ

奈良さんに転機が訪れたのは1987年。働いていた“オンリーショップ”が閉店することになり、自ら独立を決意。「独立するとき母は反対しましたが、迷いはありませんでした。ダメな方向に行くとも考えませんでした。もし借金を返せなかったらキャディーさんでもやって返済しようと考えていました(笑)」。

奈良さんの強い覚悟と共に、オープンしたマールは、現在までの38年間、着実にファンを集め、現在も多くの顧客に愛される。店頭販売のみにもかかわらず、マールをオープンしてから今までの間、ここ20年ほどは売り上げが安定しているという。愛される店を続けてこられた理由を聞くと、「扱っているのが『コム デ ギャルソン』という、歳を重ねても着られるブランドだったからだと思います。あとは本当に販売が好きでした」と奈良さん。

「小さい頃から、親戚のお店の店番を自ら進んでやっていました。もしかしたら当時から接客が好きだったのかもしれません。プライベートではあまりおしゃべり好きではないので、本当に『販売』や『接客』そのものが好きなんだと思います」。この飾らない「好き」の気持ちが、多くの顧客の心を掴んでいるのだろう。

心地よさを生み出す、奈良さんの販売哲学

「たくさん買う人もそうじゃない人も同じように接客するようにしています。今の段階でTシャツだけしか買わない人も、数年後はどうなるかはわからないですし、実際にそういったお客さまがいたこともあります。差をつけないことを心掛けていますね」。

こういった奈良さんの販売の基礎が形作られたのは、ブティックBinだったという。「ブティックBinの社長は、販売を『可能性の追求だ』とよく言っていました。『もっと買ってもらえたんじゃないか、もっと違うイメージの服が似合ったんじゃないかーーそういうことを追求するのが販売だ』と」。

日々の接客から生まれるマールの強み

毎日店舗に立ち、顧客それぞれの好みを把握し、需要に合った商品を仕入れを行う。店舗に立てば、商品に対する顧客からの反応も直接感じられ、売れたときの喜びもダイレクトに自分に返ってくるーー「これこそ販売の醍醐味ですね」と奈良さん。

学生へのアドバイスと今後の展望

インタビューの最後に、ファッション業界を目指す学生に向けてのアドバイスと、奈良さん自身の今後の展望を聞いた。「ファッション業界で働くには、まず洋服が好きということが大前提です。その上で、自分に何が向いているのかはやってみないとわかりません。接客やプレス、生産、営業など、色々な職種があるけれど、最初から『これ!』と決めずに『こっちかな』『あっちかな』とニュートラルな気分で、まずはやってみるのがいいと思います」。

「販売員になりたいけど迷っている人には、まずは成功体験が必要。まず販売を実際にやってみて、そこで自分が勧めた商品をお客様に買ってもらう、みたいな体験をすることで、どんどん販売が好きになっていくはずです」。

奈良さんの今後の展望は、「前橋に『コム デ ギャルソン』を残すこと」。私が幼い頃から雑誌でしか見ることができなかった「コム デ ギャルソン」の服に初めて触れたのはマールでのこと。現在の前橋では、デザイナーズブランドの服を扱う店が極めて少ないが、マールはその数少ない店の1つで私にとって唯一の希望のような存在だ。前橋の自慢とも言えるマールは、ファッションないしは「コム デ ギャルソン」を愛す人の拠り所となり続けるだろう。

■マール
住所:群馬県前橋市千代田町2-10-15
電話番号:027-231-4727
営業時間:10:30〜18:00
定休日:水曜日

PHOTOS & TEXT:MAHO OFUCHI

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