ベルリンでは近年、アートシーンがますます盛り上がりを見せている。なかでも9月に行われるベルリン・アート・ウイーク(BERLIN ART WEEK)は、コンテンポラリーアートの祭典となっている。9月10〜14日に開催された第14回は、100以上の美術館やギャラリー、アートフェアが公式なパートナーとして参加。さまざまな展覧会のオープニングをはじめ、パフォーマンスやアーティストトーク、上映会など300以上のイベントが開かれた。それだけでなく、街中でアート・ウイークに合わせた展示やパーティーも数多くあり、連日多くの人でにぎわった。今回は、その中からファッション関連の取り組みにフォーカス。ベルリンにおけるアートとファッションの関係性を探る。
IM MEN @ANDREAS MURKUDIS
「一枚の布」という哲学が宿る服の構造と背景を伝える
ベルリンを代表するセレクトショップの一つであるアンドレアス ムルクディス(ANDREAS MURKUDIS)は毎年、アート・ウイークや5月のギャラリー・ウイークエンドに合わせて、ファッションブランドやインテリアブランドとタッグを組んだ展示を行っている。今回の目玉となったのは、イッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)のメンズブランド「アイム メン(IM MEN)」のインスタレーションだ。1月のパリでの初のショーと展覧会を通して発表した2025-26年秋冬コレクションから「一枚の布」という三宅一生の哲学に基づいたプロダクトを選び、一枚の布のような平面からボタンやファスナーストラップなどを使って立体的な服の形へと変わるさまを展示。裂き織りや絣染めといった日本の伝統技法とテクノロジーを掛け合わせた生地の製作風景も映像で見せた。
アンドレアス・ムルクディス=オーナー兼バイヤーは、毎年2回は来日する親日家として知られる。店舗で取り扱う約200ブランド中35以上は日本のブランドで、これまで「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」や「シュタイン(SSSTEIN)」「シハラ(SHIHARA)」「エイトン(ATON)」「スズサン(SUZUSAN)」ともイベントに取り組んできた。すでに「イッセイ ミヤケ」「プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ(PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE)」「オム プリッセ イッセイ ミヤケ(HOMME PLISSE ISSEY MIYAKE)」を扱っているが、「『アイム メン』は実験的なアプローチと日本の伝統的なクラフトの融合が魅力的で、25-26年秋冬から導入を決めた」という。
そして、同店で1年間に企画する展示などのイベントの数は30以上。「プロダクトを売るだけというのはちょっとつまらないので、ブランドの世界観やモノ作りの背景を伝えるプロジェクトに投資している。アート・ウイークなどに合わせてイベントを行うのは、ベルリンの街をより魅力的にするため、私たちの立場からもエネルギーをもたらしたいから。ファッションだけでなく、アートやデザイン、音楽、映像など多彩なクリエイティビティーを引き合わせることが大事だと思う」と説明する。
一方、渡独した「アイム メン」デザインチームのメンバーは、「僕らのクリエイションにファッションやアートの線引きはなく、毎シーズン、服作りを通して自分たちが感じていることや伝えたいことを世の中に向けて表現している。ただ今回はアート・ウイークというタイミングもあり、ファッションだけでなくアートやデザインなどさまざまなクリエイティブに関わる方々が来られていた。パリでの展覧会でも感じたことだが、フィジカルに誰でも見られる場所があるというのは重要だと思う。今後もこういった取り組みは続けていきたい」と述べた。
FASHION POSITIONS @POSITONS BERLIN ART FAIR
地元のファッションデザイナーたちが手掛けるアート作品
テンペルホーフ空港跡地の飛行機格納庫を会場にした「ポジションズ ベルリン アートフェア(POSITONS BERLIN ART FAIR)」は、ドイツや日本をはじめ世界17カ国から75のギャラリーが一堂に会するコンテンポラリー&モダンアートのフェア。その一環として、ベルリンを拠点とする20ブランドのファッションデザイナーたちが制作したアート作品やインスタレーションを展示する「ファッション ポジションズ(FASHION POSITIONS)」も開催されている。7回目となる今回は、オーダーメードのハットを手掛けるベテラン「フィオナ ベネット(FIONA BENNETT)」やベルリン・ファッション・ウイークの常連「ハダーランプ アトリエ ベルリン(HADERLUMP ATELIER BERLIN)」、ベルリン芸術大学で学ぶ若手の「ヤニック プレッツラフ(YANNIC PRETZLAFF)」までが参加。アバンギャルドなアプローチやサステナビリティ、社会的なメッセージ、手仕事を取り入れた表現を通してファッションとアートの融合に取り組んだ。
例えば、黒の世界を探求する「エスター パーバント(ESTHER PERBANDT)」は、5年連続で同イベントに参加し、テキスタイルを用いた壁掛けのオブジェなどを発表してきたが、今回は新たな表現に挑んだ。ブースではデザイナー本人がインスタレーションに一部となり、水害によって帯状の生地が絡まり合う“塊”になってしまった過去の作品をほどいたり梳いたりして整え続けるという、会期4日間にわたるライブパフォーマンスを実施。秩序と混沌の中で生まれる美を示した。クリエイションを通して社会や政治の現状に向き合う「ナディーン オーリン(NADINE AURIN)」は、ビンテージのコットン製テーブルクロスに家庭内暴力を受けた女性たちの言葉を手刺しゅうであしらった作品を披露。温かな家庭を想起させるアイテムに相反するメッセージを加えることで、伝統的なジェンダーの役割や不平等な権力構造への問いを観客に投げかけた。また、「マキシミリアン ゲドラ(MAXIMILIAN GEDRA)」の3万5000個の廃棄されたボタンや2万6000本の安全ピンをあしらったドレス、レザーシートなど自動車の部品をアップサイクルしてドレスに作り変えた「セルヴァ ホイヘンス(SELVA HUYGENS)」のインスタレーションも目を引いた。
今回、美術史家のディアンドラ・ドネッカー(Diandra Donecker)と共にキュレーションを手掛けたファッションエディターのダオ・トラン(Dao Tran)は、選考基準について「私はアートとファッションという両方の視点から作品を見ている。クラフツマンシップという点で2つの世界が交わるのはとても興味深い。そして作品には常に意図が込められているが、デザインをデザイン的アプローチから見るか、アート的アプローチから見るかでそこに違いが生まれる。その違いが、今回のキュレーションを特徴づけている」と説明。「ベルリンは、アート、ファッション、ダンス、音楽、パフォーマンスなどあらゆる芸術の表現と活動が交差し重なり合う文化のるつぼ。そのため、街全体でクリエイターたちの間に活発な交流がある。それにアートとファッションは常にインスピレーションを与え合ってきたので、このような“ポジション“を築くのは理にかなっていると思う」と付け加えた。
また会場内には、参加デザイナーたちのブランドのウエアやアクセサリーなどを取り扱うショップも併設。展示作品の世界観に共感した来場者が、実際に身に着けられる作品を手に入れられるようになっていた。
RIKA RAOUL @ODEEH
手の温もりを感じるカラフルなセラミック
カラフルな色柄使いで知られる南ドイツのデザイナーズブランド「オデー(ODEEH)」は、3月に移転オープンした新しいブティックで、テキスタイル&セラミックアーティストのリカ・ラウル(Rika Raoul)の展覧会を開催した。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校で学び、「バーバリー(BURBERRY)」やスイスの高級生地メーカーでデザイナーとして経験を積んだ後、ベルリンに戻って陶芸作品の制作を始めたというリカの作品は、シグネチャーのチェック柄をはじめ、カラフルでグラフィカルなデザインが特徴。実際にリボン状の粘土を編み込んで作ったプレートなど、2つの世界を融合した作品も見られた。
「柔らかな生地を彩る配色をどのようにセラミックのような硬い表面で表現できるかというところに面白みを感じている」という彼女は、テキスタイルにも陶芸作品にもハンドペイントで柄を描く。「私の作品にとって重要なのは、手の温もりを感じられること。歪みやちょっとしたミスなど“完璧“ではないことが個性や人間らしさを生んでいる」。そんな彼女にとってアートは「何かしらの感情を喚起するモノ」であり、「自分の作品は彫刻的でありながら実生活の中で使え、日常に喜びをもたらす」と語った。
PLAID-A-PORTER
過去を物語る素材から生み出す一点もの
2023年にベルリンで設立された「プレイド ア ポルテ(PLAID-A-PORTER)」は、プレンツラウアーベルク地区に構えたショップ兼アトリエのオープニングパーティーを開いた。同ブランドを手掛けるのは、ファッション誌のエディターやソーシャルメディア・ストラテジストとして10年以上経験を積んだエステル・アデリーヌ・トラソグル(Estelle Adeline Trasoglu)。仕事を通してトレンドを取り上げる中で、それに逆らうようなクラフトやストーリーテリング、情緒的な価値に引かれるようになったという。
「私はストーリーテラー。メッセージ性や物語があり、人々に語りかけるようなアイテムを生み出したい」と話す彼女が提案するのは、ゴブラン織のタペストリーやクロシェ編みのレース、パッチワークキルトなど、かつて調度品として用いられていたビンテージ素材で仕立てた一点もののウエア。「時間と愛情を込めて人の手で作られたテキスタイルは、私にとって思いやりの遺産。美しいものではあるけれど、今の時代に家庭で実際に使うかと言われると難しいとも思う。それらを現代的な服に作り変えて再び光で照らすことは、単なるアップサイクルではなく、一種の文化的な修復でもある」。
絵画のようなタペストリーから作られたノーカラージャケットとマイクロショーツのセットアップや立体感のあるクルーエルワーク刺しゅうが施されたブランケットを用いたミニドレスは、まるでウエアラブル(着用可能)なアート。今年は、上記の「ファッション ポジションズ」にも初出展した。