ファッション

ガブリエラ・ハーストが語る、自然と社会を見据えたサステナブルデザイナーとしての哲学

PROFILE: ガブリエラ・ハースト

ガブリエラ・ハースト
PROFILE: ウルグアイにある家族経営の牧場で育つ。2015年秋に自身の名を冠した「ガブリエラ ハースト」を設立。「長年愛用できること」と「サステナビリティ」の価値観をコアに持つ。20年春夏コレクションでは、史上初のカーボンニュートラルなランウェイショーを実施。 16/17年のインターナショナル・ウールマーク・プライズのレディースウェア部門ほか、20年にはCFDAの「アメリカン・ウィメンズウェア・ デザイナー・オブ・ザ・イヤー」など多数のアワードを受賞。20年12月、「クロエ」のクリエイティブ・ディレクターに就任し、24年春夏シーズンをもって同職を退任。現在は「ガブリエラ ハースト」に専念 PHOTO:YOW TAKAHASHI

サステナビリティは、現代のデザイナーにとって大きなテーマのひとつだ。しかし、どの視点から持続可能性を語り、どのようにデザインに落とし込むかは人それぞれであり、その難しさゆえに語ること自体を避けるデザイナーも少なくない。そんな中、ガブリエラ・ハースト(Gabriela Hearst)は自らを「サステナブルデザイナー」と呼び、ウルグアイの田舎の牧場で育ったルーツから生まれた、自然との共生という揺るぎない信念を貫いてきた。ブランド設立10周年の節目を迎えた彼女に、そのデザイン哲学を聞いた。

WWD:「サステナビリティ」という言葉は、現在さまざまに解釈されている。あなた自身はどう定義している?

ガブリエラ・ハースト(以下、ガブリエラ):サステナビリティとは、その言葉が示す通り、「持続可能であること」。つまり、命を支え、製品を支え、長く存続するためのもので、人工的なものとは対局に位置する言葉だと理解している。私の考え方の根底には、「人間は自然の一部であり、自然を支配するものではない」という信念が深く刻まれている。これは牧場で育った幼少期に培った大事な価値観で、「ガブリエラ ハースト(GABRIELA HEARST)」を立ち上げた時から今に至るまで変わらない、ブランドのコアバリューでもある。一方、取り組み方に目を向ければ、私たちがブランドを始めた頃と比べて確実に進化し多様になった。私が関心を寄せている核融合エネルギーなど、気候危機を乗り越えるための頼もしい技術も多く誕生している。世界は混沌としているように見えるかもしれないが、私の見方はポジティブだ。

WWD:最近は多くのデザイナーが、現代を不安や混沌の時代と語る。あなたは今の時代をどう捉えている?

ガブリエラ:私のビジョンはいつも希望に溢れているし、デザイナーとしてそうでなければいけないと思う。母親でもある自分にとって、世界を今より少しでも良い場所にして次世代に渡す責任を感じているからだ。もちろん現状は厳しい側面もあるが、それでも私は未来に希望を持ち続けている。

人類の歴史の原点に持続可能性の解はある

WWD:“サステナブル素材“とされるものの基準も変化している。「ガブリエラ ハースト」では現在どのような基準で素材を採用している?

ガブリエラ:私は常に人類の服飾史に立ち返り、基本的に天然繊維100%の素材を優先している。もしその中でも「最もサステナブルな素材は何か」と聞かれたら、迷わずウールと答えるだろう。ウールは最も古くから使われてきた素材の一つで、温度調整など天然の機能性にも優れ、耐久性も高い。抗菌性もあり、結果長く着られる。

WWD:市場ではレザーに代わる代替素材も多く出てきている。

ガブリエラ:私はサステナブルデザイナーであって、ビーガンデザイナーとは違う。食肉の副産物である動物の革は使うのが基本的な考え方だ。ポリエステル製の人工皮革と天然レザーがあれば、必ず天然レザーを選択する。イタリアのタンナーは、水の使用量など環境対策にも非常に優れており、適切な水処理や認証取得も進んでいるため、安心して使用している。一方、新しいサステナブル素材にも挑戦している。最近注目している革新素材は、「インヴェルサ(INVERSA)」。これは、フロリダなどで繁殖しすぎて生態系を脅かしている外来種の蛇などから作られる革で、前回のパリで発表したショーにも採用した。とても機能的で素材としての美しさにも惹かれた。

WWD:そうしたサステナビリティへの考え方は顧客にはどの程度伝わっていると感じる?

ガブリエラ:これまではとにかく製品作りに集中していて、サステナブルにまつわる部分を積極的に発信することはしていなかった。顧客もサステナブルな背景よりもデザインに惹かれて購入していると考えていたから。でもブランド設立から10年経った今、環境に配慮したものであることがお客さまの重要な購入動機の1つになっていると感じる。先日うれしかったのは、あるお客さまが店で商品を購入した時のこと。スタッフが用意したパッケージングを見てお客さまは、「ガビー(ガブリエラ)は望まないと思う」とそれを断ったそう。ブランドの哲学が浸透しているんだと思った瞬間だった。最近では「この製品はどのように作られているのか」といった質問をするお客さまも増えてきた。それに応えられるスタッフが店にいてくれていることで実現できたことね。

WWD:2025-26年秋冬コレクションに込めたメッセージは?

ガブリエラ:コレクションは毎回、歴史の中で見過ごされてきた女性の物語からインスパイアされている。私の創造活動は、それらを掘り起こす意義もある。多くの場合、アイコンとなる女性たちとの出会いはとても偶然で、スピリチュアルと言っていいくらい。私がたまたま描いた絵とある作品がリンクしたりね。

今回はリトアニア出身の考古学者マリヤ・ギンブタス(Marija Gimbutas)の研究にインスパイアされた。彼女はヨーロッパの遺跡で数多くの女性を象った土偶を発掘し、そこから母性や女性神の文化を読み解いた人物。多くの女性の偶像が発見された当時の祭祀の場では、武器も要塞も見つからなかったそう。つまり、数千年前の人々は女性を崇拝し、自然と調和して平和に暮らしていた。長い歴史の中でそうした感覚は忘れ去られ、女性は抑圧されている。今回のコレクションでは、この母性の力や自然のサイクルを敬う文化をテーマにして、特に「蛇の女神」という生命創造を象徴する存在をモチーフとして取り入れた。スネークスキンは、カシミアのジャカードニットや「インヴェルサ」、レザーを編み込んで表現した。3つのビンテージのミンクコートを650枚のパーツにカットし、ヘリンボーン柄のコートに仕立て直したピースや、ビンテージバッグと合わせたレザージャケットのルックもお気に入り。洗練されているけど、生々しい。この「洗練された生々しさ」に、自然美を敬愛する私たちの感覚がよく表現されていると思う。

「クロエ」での学びは、サステナブルとビジネスは両立すること

WWD:「クロエ(CHLOE)」での経験を経て、現在は自身のブランドに専念しているが、デザインアプローチに変化はあったか。

ガブリエラ:大きな変化はない。ただ私が100%ブランドに集中するようになった分、チームのみんなは仕事が大変になったんじゃないかしら(笑)。「クロエ」での経験は本当に素晴らしいもので、今はそこで学んだことを活かしてブランド全体の成長につなげることができている。よくサステナビリティはコストがかかると言うけど、それは違う。実際に20年以降私たちのブランドの売り上げは倍増しているし、「クロエ」も短期間で大きく成長した。サステナブルとビジネスが両立することを「クロエ」でも実感できたのは大きい。

WWD:今後のブランドの展望は?

ガブリエラ:日本ではいまショップ・イン・ショップがメインだけど、将来的には直営店を出してブランドの世界観をより強く表現していきたい。ヨーロッパでも出店を進めると同時に、オンラインも強化していく。私たちは、一時期のロゴブームのような難しい時期もたくさん乗り越えてきた。今も社会は混沌としているけれど、私たちが貫いてきたことの価値は間違っていないと確信しているし、成長の道筋は明確に見えている。サステナビリティの面では、循環型のビジネスモデルにしていくための青写真を描いているところ。「より良い選択は何か」を追求することが、私自身のクリエイティビティーの発揮どころ。ラグジュアリーファッションを求める顧客の要望に応えつつ、よりサステナブルな商品を提供していきたい。

WWD:サステナブルデザイナーとして挑戦を続ける理由は?

ガブリエラ:私が常日頃自分に問いかけているのは、「自分は他者のために何ができるか」。非営利団体との協業であれ、別の形であれ、私の仕事には必ず社会的な要素が含まれてきた。なぜ私は人の役に立つことを続けるのか、続けなければいけないのか――。行き着いた答えは、この世界に存在する苦しみや痛みを認識せずに作るものは、「本物」にはなり得ないということ。デザイナーとして、創造する喜びを享受できることは大きな特権だと思う。だからこそ、創造の中に、他者のためになる要素を組み込むことで、より本質的なデザインになり得るのだと思う。

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