シンガポール出身のシャイ(Shye)は、作詞・作曲から演奏、録音、ミックスに至るまで、すべての制作工程を一人で手がけるシンガーソングライター/プロデューサーだ。中国系シンガポール人の母とイギリス人の父のもとで育った彼女は、16歳だった2018年に独学で音楽制作を始め、20年に1stアルバム「Days to Morning Glory」を発表。思春期の日常や揺れる感情を親密なベッドルーム・ポップで描いた同作は高く評価され、22年には英NMEアワードの「Best New Act from Asia」を受賞した。近年は「シャネル(CHANEL)」をはじめとするファッション・ブランドとの関わりや、地元の若手ミュージシャンを支えるプラットフォームの立ち上げなど、音楽とカルチャーの間を行き来しながら多方面で支持を広げている。
その彼女が今年5月、約6年ぶりとなる2ndアルバム「The Doves Came Home」をリリースした。一度完成させた音源を白紙に戻し、ゼロからつくり直したという本作で鳴らされているのは、これまでのエレクトロ・ポップではなく、彼女が10代の頃から愛聴してきたシューゲイザーやドリーム・ポップに通じるギター・サウンド。通常はバンドで生み出される重厚な音の壁を、DIYなアプローチはそのままに、風通しのよい軽やかさも交えて構築するスタイルを彼女は「シャイゲイズ(Shye-gaze)」と呼ぶ。外の世界ではなく「自分自身の内側へ帰還すること」を描いた本作の背景から、自身のファッション観、そして音楽シーンに「セーフ・スペース(安全な場所)」を築こうとする思いまで、初来日公演で東京を訪れたシャイに話を聞いた。
東京での初ライブを終えて
——昨夜の東京での初ライブはどうでしたか。
シャイ:すごく良かったです。初めての来日公演だったので、ソールドアウトしたこと自体にとても驚いたし、お客さんもみんな本当に優しくて、温かく迎えてくれて。だから今夜のライブもすごく楽しみですね。
——去年は大阪・関西万博でのパフォーマンスがありましたが、東京に来ること自体は今回が初めてですか。
シャイ:いえ、何度も来たことがあります(笑)。東京、京都、大阪……あとはどこだっけ、名古屋にも行きましたね。でも全部プライベートな旅行ばかりで、仕事で東京に来たのは今回が初めてなんです。
——お気に入りの映画として「リリイ・シュシュのすべて」や「ロスト・イン・トランスレーション」を挙げていましたよね。日本を訪れてみて、そうした映画の世界に入り込んだように感じた瞬間はありましたか。
シャイ:特定の場所というよりは、映画が持っている空気感ですね。特に夜の街の雰囲気とか、映画の中のショットに自分がそのまま入り込んだように感じる瞬間がたくさんあります。あと、私が大好きな作品で、日本でも人気だと知って驚いたのが「ツイン・ピークス」なんです。シンガポールでは知っている人があまりいないので、日本で好きな人が多いと聞いてすごくびっくりしました。「ツイン・ピークス」も自分の音楽と深く結びついている大好きな作品ですね。
——そうした映画や映像作品から音楽的なインスピレーションを受けることもありますか。
シャイ:ええ、今挙げた作品からも影響を受けています。ただ、ストーリーの筋書きそのものというよりは、映画が作り出す空気感やカメラのショット、ライティングですね。「自分の音楽をこういう手触りや空気感にしたい」と考えるときに、映画のイメージを重ね合わせています。
——ちなみに、今回の滞在で新しく発見した楽しみはありますか。
シャイ:今回は日本に着いてすぐライブの準備に追われていたので、まだ全然時間が取れていなくて。小さい頃はディズニーランドやディズニーシーに行った記憶があるんですけど、最近の旅行では日本に来るたびに「ちいかわ」のグッズを大量に買っています(笑)。
——「ちいかわ」の中で、自分に一番似ていると思うキャラクターは?
シャイ:どうだろう……自分では「ハチワレ」と「うさぎ」を足して2で割った感じかなって思っています(笑)。
シューゲイズではなく
「シャイゲイズ(Shye-gaze)」
——シャイさんが初めて夢中になった音楽は何でしたか。
シャイ:まだ本当に小さかった頃はテイラー・スウィフトを聴いていました。同世代の女の子たちはみんな彼女を聴いて育ったと思います。そこから自分自身の音楽の好みを見つけていったのが13〜14歳の頃で、タイトル・ファイト(Title Fight)や(アメリカの)ナッシング(Nothing)、ベースメント(Basement)といったバンドを聴き始めました。当時は彼らがシューゲイザーのバンドだとは知らなくて、ただ純粋に音楽が好きで聴いていたんです。あとから自分でいろいろ調べていくうちに「あ、このジャンルはシューゲイザーって言うんだ」と知って。それ以来ずっとそういう音楽を作ってみたいと思っていたんですけど、実際に形にできるようになるまでには長い時間がかかりましたね。
——シャイさんはご自身の音楽を「シャイゲイズ(Shye-gaze)」と呼ばれていますが、シューゲイザーの一番の魅力はどこにあると思いますか。
シャイ:人によって感じ方は違うと思いますが、私の場合は「音楽の中に没入して、自分を失える(get lost in the music)ところ」かな。目を閉じれば、周りのすべてが消えていくような感覚になれるんです。それに、聴き手がそれぞれの解釈で楽しめるところも好きですね。ボーカルや歌詞が前面に大きく出てこないぶん、いい意味で意識を手放して、ただ音を見つめる(gaze)ことができるというか。
——シューゲイザーといえば通常はバンド編成で鳴らす音楽ですが、シャイさんはすべて一人で制作していますよね。ソロで音楽制作をやる上で、影響を受けたアーティストはいますか。
シャイ:一人でやっているのは、そもそも私が音楽制作を始めたときからのスタイルなんです。つくり始めた当初は、テーム・インパラやクレイロ(Clairo)のように、セルフ・プロデュースで音楽をつくっている人たちから多くのことを学びました。そのマインドセットを取り入れたからこそ、いろいろな楽器を覚えて自分のサウンドを確立するまでに何年もかかったんだと思います。でも、だからこそ私はいつも「自分の音楽はシューゲイザーではなく、私なりの解釈で鳴らす“シャイゲイズ”なんだ」と言っているんですよね。
——初期のシャイさんの音楽はデビュー当時のクレイロに通じる魅力があったと思いますが、彼女のどんなところをリスペクトしていますか。
シャイ:2019年に彼女がシンガポールでライブをしたときにオープニングアクトを務めさせてもらったんですけど、彼女はいつだって地に足がついていて謙虚なんです。私にとってすごく大事なのは、ミュージシャンである前に「一人の人間として誠実であること」なんですよね。いくら良い音楽を作っていても、人間性に問題があったら心から応援するのは難しくなってしまう。その点、彼女は素晴らしい人柄ですし、音楽的にも時間をかけて自分自身を再発見していますよね。初期の曲と今の曲ではスタイルがまったく違いますし、そうやって時間をかけて成長し、変化していけるんだということを彼女が身をもって教えてくれました。
——数日前に渋谷の「タワーレコード」を訪れて、新旧のシューゲイザーの名盤と一緒に写真を撮っていましたよね。現在のシューゲイザー・シーンについてはどう感じていますか。
シャイ:今のシューゲイザーは、90年代のシューゲイザーとはかなり違っていると思います。私自身は90年代のものをよく聴きますが、現行のシーンを牽引しているワー(Whirr)やナッシングのようなバンドも大好きです。もちろん、スロウダイヴやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインはいつの時代も変わらず愛され続けていますよね。ただ、90年代と現代とではサウンドの質感がはっきり異なっているので、私はその中間のバランスを見つけようとしています。誰かがすでにやったことをそのまま再現することはできないし、私には私自身の道を見つけることしかできないから。
——他のシューゲイザーにはなくて、「シャイゲイズ」にしかない特別な要素は何だと思いますか。
シャイ:うーん、何だろう……。私にとってこれは自己表現の手段であり、プロデュースからミキシングまで最初から最後まで全部一人で手掛けていることですね。そこに費やした膨大な時間や労力を聴き手にも感じ取ってもらえると思うし、「女の子がたった一人で作っている」という事実そのものが、ただのシューゲイザーではない「シャイゲイズ」ならではの特別さになっている気がします。もちろん、シューゲイザーは基本的にバンドの音楽だから、一人で挑むことに少し怖さを感じていた時期もありました。だからこそ私の曲は少しドリーム・ポップ寄りの領域にあるんだと思いますし、今まさに自分でも模索している最中なので、あまり細かくジャンルを定義したくはないんですよね。
——最新アルバム「The Doves Came Home」は、デビュー作のベッドルーム・ポップ的な作風からよりオルタナティブで重層的なサウンドになっていますよね。今作で最も大切にしたことや制作の背景について教えてください。
シャイ:このアルバムは私にとって本当に特別な作品です。実は2024年に別のアルバムをリリースする予定だったんですけど、「何かが違う」と感じてそれをすべて破棄して、ゼロから作り直したんです。自分自身をもう一度見つめ直し、再発見していくプロセスの中から生まれたのが今回のアルバムでした。しかも、自分が次に何をやりたいのかに気づく「覚醒(awakening)」のような瞬間が訪れたのは、まさに日本にいるときだったんです。家族旅行で日本を訪れていたときに、収録曲「Cecilia」のデモを聴いていてハッとする瞬間があって。だからあの時の日本旅行は一生忘れられない特別な思い出ですし、今でも当時のことをよく思い出します。一人のアーティストとしてだけでなく、一人の人間として成長していく過程のエッセンスをそのまま閉じ込めることができた作品ですね。
幼少期に受けた
「身体表現」からの影響
——ところで、音楽を本格的に始める前は、バレエや中国舞踊などの「身体表現」に情熱を注いでいたそうですね。
シャイ:3歳の頃から10年間くらい、バレエとチャイニーズ・ダンスの両方の教室に通っていました。当時は「自分はずっとダンスを続けていくんだろうな」と思っていたんですけど、学校の勉強が忙しくなってやめてしまったんです。今でもよく覚えているのは、母に送り出されて教室に行き、丸一日そこで踊って、汗だくのドロドロになって帰ってきたことですね(笑)。行きたくない日もあったけれど、それでも通い続けていましたし、良い思い出がたくさんあります。私は音楽の専門教育を受けていないし、音楽を始めたときもレッスンに通わなかったので、もしかしたらダンスの経験が何らかの形で音楽に活きているのかもしれませんが……そこは自分でも永遠にわからないですね(笑)。
——シャイさんは母親が中国系シンガポール人、父親がイギリス人だと伺いましたが、幼少期は文化的にどのような環境で育ったのでしょうか。
シャイ:私が育ったシンガポールには本当に多様な人種の人たちが暮らしていて、飛び交う言語もさまざまですし、いろんなルーツや背景を持つ友人に囲まれていました。だから小さい頃から新しいものや違う価値観に対してすごくオープンだったと思いますし、その感覚が「いろんなジャンルの音楽を自由に探求する」という今の音楽観にも繋がっているのかもしれないですね。
——子供の頃、家ではどんな音楽が流れていましたか。
シャイ:両親とも家でそこまでたくさん音楽を流すタイプではなかったんですけど、母はクランベリーズが大好きでしたね。あと他に何が好きだったっけ……?(同席していた母親に確認しながら)そう、デペッシュ・モード! 母が聴いているのを知って、私も自分で聴くようになりました。父に関しては、車の中にエレクトロニック・ミュージックのCDがぐちゃぐちゃにたくさん積んであったのを覚えています。父から直接「これを聴きなさい」と教えてもらったわけではないんですけど、いつも身近にそういう音楽が転がっている環境ではありましたね。
——ちなみに、日本の好きなアーティストはいますか。
シャイ:今年に入ってからは、東京酒吐座(Tokyo Shoegazer)を少し聴いていました。あとは松原みきさんや、杏里さんも好きです。日本の音楽を聴くときは、シティポップを聴くことが多いですね。
ファッションからの
インスピレーション
——シャイさんは昨年パリで「シャネル」のショーに参加されるなど、さまざまなファッションブランドとも関わられています。普段はどんなファッションやスタイルが好きですか。
シャイ:着心地がよくてリラックスできる服が好きですね。特に1960年代から90年代くらいのビンテージの古着が大好きです。特定のスタイルに名前をつけるわけではなく、シンプルに自分が好きなものを着ています。いろんなブランドが私に声をかけてくれたり、イベントに呼んでくださったりするのは、私の音楽がきっかけになっているので、本当にありがたいなと思っています。
——以前インタビューで、リズムや音の質感を「生地のドレープ」や「色の組み合わせ」にたとえて表現されていたのが目に留まりました。ファッションの要素から音楽のインスピレーションを受けることもありますか。
シャイ:あると思います。特に今回のアルバムをつくってからは、服を選ぶときも「それを着たときに自分がどう感じるか」を基準に考えるようになりました。曲ごとに違うスタイルを合わせたり、レイヤードを取り入れたりすることもありますが、具体的なルールがあるわけではなくて、あくまで感覚やフィーリングをベースにしていますね。そこは音楽に向かうときのアプローチとまったく同じです。
——新作の重厚でレイヤーの多いサウンドをファッションのコーディネートにたとえるなら、どんなスタイルになりそうですか。
シャイ:今回のアルバムは確かにヘヴィーな部分もありますが、同時にどこか風通しのよさ(airiness)や軽やかさも備えていると感じているんです。だから最近のライブでは、ふわっと揺れるような服やスカート、レイヤードを取り入れたスタイルを着ることが増えました。曲ごとにイメージする色もあるんですけど、アルバム全体を一つの色で表すのは難しいですね。ただ、“重さと軽さのミックス”という意味でコーディネートに例えるなら、「重厚なレザージャケットに、軽やかに揺れるスカートを合わせたスタイル」といった感じかな(笑)。
——アーティストの装いやビジュアルが、音楽の印象や受け取られた方を変えることがあると思います。その関係性についてはどの程度意識的ですか。
シャイ:実はこれまで、音楽制作には膨大な時間をかける一方で、ビジュアル面の世界観を構築することには少し苦手意識があって、自分に欠けている部分だと感じていたんです。だから今回のアルバムでは、意識的に時間を取ってビジュアルについて深く考えました。もちろん、今のヘアスタイルも今の気分を反映しているだけで、次のアルバムではまた変わるかもしれません。でも、音楽の中にいろんなシンボル(象徴)を取り入れて視覚化していく作業はすごく楽しいですね。今作のタイトルは「The Doves Came Home」なので、「鳩(dove)」をシンボルにしていて、ライブで使うタンバリンも鳩の形をしていますし、アートワークや映像にも鳩を登場させています。ここまで形にできるようになるには時間がかかりましたが、クリエイティブな表現としてすごく楽しんでいますね。
——ちなみに、これまで撮影でさまざまな衣装を着てこられたと思いますが、真っ先に思い浮かぶお気に入りのルックはどれですか。
シャイ:昨年パリのファッション・ウィークで初めて「シャネル」のショーに参加したときのルックですね。ドレスにタイツとヒールを合わせたとてもシンプルな装いだったんですけど、着ていてすごくしっくりきて、本当に気に入っています。今回のアルバムの世界観にも似合うルックだなと思いますね。今までたくさんの衣装を着てきたので全部は思い出せませんが(笑)、あれが一番のお気に入りかもしれません。
——「シャネル」というブランドについては、女性をエンパワーメントする姿勢に共感したと話されていました。「シャネル」のどのような部分にそうした魅力を感じましたか。
シャイ:初めてパリを訪れた際、創業者であるガブリエル・シャネル自身の足跡を辿る機会をいただいたんです。彼女が暮らしていたアパルトマンを訪ねて、もちろんご本人はもうこの世にいないけれど、まるで彼女の存在にじかに触れられるような感覚がありました。そこで強く感じたのは、彼女の「自立心」と、同時に「女性らしさ(フェミニニティー)を肯定する姿勢」です。若い女性として生きていく上で、強くあることはもちろん大切ですが、時には柔らかさ(ソフトさ)を持つことも同じくらい大切だと思うんです。それこそが私たちを女性たらしめているものであり、男性には決して真似できない部分ですから。
その考え方は、私の音楽活動にも通じています。私はプロデュースをすべて自分一人で行っていますが、その姿を見せることで「録音やプロデュースを自分でやってみたいけれど、まだやり方がわからない」と迷っている女の子たちの背中を押せたらいいなと思っていて。誰かに強制するわけではなく、あくまで本人次第ですけど、「彼女がやっているなら、私も最初の一歩を踏み出してみよう」と思ってもらえるきっかけになれたら嬉しいですね。シャネルは私がキャリアを始めた本当に初期の頃からずっとサポートしてくれていて、その姿勢にも深く共鳴しています。
「セーフ・スペース」への取り組み
——シャイさんはインディペンデントなアーティストとして活動する一方で、若いクリエイターを支援するプロジェクト「hearmeup」も立ち上げられています。そのきっかけや、これから音楽を始める人たちへのメッセージがあれば教えてください。
シャイ:このプロジェクトを始めたのは、私自身が音楽を作り始めた当初、音楽シーンに知り合いやコネクションがまったくなくて、誰にも助けを求められなかった経験があるからなんです。まだ誰にも知られていない新人の状態で、すべてを自分一人で手探りしていかなければならない大変さや心細さが痛いほどわかるからこそ、自分がサポートする側になりたいと思いました。音楽シーンはどうしても競争が激しいですし、才能がないからではなく、単に「適切な人脈がない」という理由だけでチャンスを掴めないケースも少なくありません。私はそういう状況を少しでも変えたいし、コミュニティーから受け取ったものを還元したいんです。もちろん私一人で何もかも変えられるわけではありませんし、音楽そのものが良いことが大前提ではあります。それでも、少なくとも新しい人たちが「ここは歓迎されている場所なんだ」と感じられる居場所を作りたくて、これからも続けていこうと取り組んでいるところです。
——以前インタビューで、自分の音楽がファンにとっての「セーフ・スペース(安全な場所)」になったら嬉しい、と話していましたよね。音楽そのものだけでなく、現在の音楽業界やミュージシャンを取り巻く環境自体も「安全な場所」にしていきたいという思いがありますか。
シャイ:ええ、それは本当に重要なことだと思います。どの世界にもあまり良くない人間はいるものですが、特に音楽業界は、私が若い女の子として飛び込んだとき、すごく怖さを感じることがありました。それは女の子に限らず男の子にとっても同じで、立場の弱い人や傷つきやすい(vulnerable)な人がつけ込まれてしまうような、安全とは言えない環境がまだ残っているんです。すぐには変わらないとしても、私たち自身の手で誰もが安心できる場所に変えていかなければならないと思います。
地元のシンガポールでも、具体的な名前は出しませんが、過去に問題のある行動をした人たちが、それでも変わらずチャンスを与えられ、もてはやされ続けている現状があります。加害行為そのものも問題ですが、そういう人たちを擁護し続ける周囲の環境こそが本当の問題なんです。だから、たとえ音楽の中だけで「セーフ・スペース」をつくったとしても、現実の環境を安全な場所に変えていかなければ本当の意味で前に進むことはできません。私にとってそれはすごく大切な課題ですね。
シンガポールの音楽シーン
——世界中のさまざまな国で活動する機会が増える中で、自分が「シンガポール出身のアーティスト」であることへの意識は変わってきましたか。
シャイ:シンガポールはとても小さな国なので、そこにいるとつい「外にもっと広い世界がある」ということを忘れがちになってしまうんです。今回のアルバムは自分にとって新しいサウンドへの挑戦だったので、リリースする前はみんながどう反応するか少し不安もありました。でも実際に発表してみたら、想像もしなかったような国や地域からたくさんの愛が届いて、こうして東京に来てライブをして、目の前にお客さんが集まってくれる。それは本当に特別なことです。「シンガポール人として何かを成し遂げている」という意識よりも、ただただ感謝の気持ちでいっぱいですね。
正直に言うと、地元では少し寂しさを感じることもあります。距離が近すぎて「いつでも見られる」と思われているせいなのか、地元の人たちは自国のアーティストを応援することにまだそこまで積極的ではない部分があって。自分の母国よりも海外の人たちから多くの愛情を受け取っているというのは少し切ないですが、それが現実ですし、自分なりに向き合って受け止めているところです。
——「シンガポールを代表する」といったプレッシャーや窮屈さを感じることはない?
シャイ:そこまでのプレッシャーはないですね。ただ、音楽をやっていると、特に女の子一人でこういうスタイルで活動していると、「自分の価値を証明し続けなければならない」と感じる瞬間はあります。でも、年々そういう気持ちは楽になってきました。周りに何を言われてもあまり気にしなくなったし、「音楽そのものに語らせればいい」と思えるようになったんです。気に入ってくれる人は好きでいてくれるし、そうじゃない人はそれまで。それでいいんだと思います。余計なストレスを抱えている時間はありませんからね(笑)。
——現在のシンガポールの音楽シーン全体についてはどう見ていますか。シーンとの繋がりを感じる部分や、逆に課題だと感じる部分はありますか。
シャイ:シーン自体は成長していますし、地元のリスナーからのサポートも年々良くはなってきていますが、やっぱりまだ「自国のアーティストを支える」という土壌は十分ではないと感じます。ただ、それについては私たちがどうこうできる問題でもありません。シーンとの繋がりという意味では、私はいつも一人で制作しているので、時々コミュニティーから少し取り残されているような孤独を感じることはありますね。もちろん周りが意図的に仲間外れにしているわけではなく、単に私の制作スタイルの問題なんですけど、「自分は輪の中に入れていないんじゃないか」「これだけ注ぎ込んだ労力が認められていないんじゃないか」と感じて少し寂しくなる時はあります。身近に「あなたの音楽は最高だよ」と言ってくれる友人がたくさんいるわけではないので、「本当にこれでいいのかな」と迷うこともあって。でも、結局のところ外の世界に目を向ければたくさんの愛を届けてくれる人たちがいるので、そこに感謝して、あまり思い詰めないようにしています。
——「外」からの視点で改めてシンガポールについて気づいたこともありますか。
シャイ:それを最初に実感したのは、インドネシアで取材を受けていたときですね。現地のインタビュアーから「シンガポールのバンドって、みんな同じようなメンバーで掛け持ちしているんですか?」「シンガポールでクリエイティブな活動を続けるのはすごく大変なんじゃないですか?」といった質問をされて、「あ、外の人たちから私たちはこんなふうに見られているんだ」と気づかされたんです。中にいると当たり前すぎて気づかないことも、外からの視点を通すとすごく新鮮に見えてきますよね。決して悪意があるわけではなく、純粋に「シンガポールってそういう場所なんだ」と興味を持ってくれているのが面白くて。それに、私の音楽を聴いた海外の人から「まさかシンガポールからこんな音楽が出てくるとは思わなかった」と言われることもすごく多いんです。それはきっと褒め言葉なんだろうなと、ポジティブに受け止めています(笑)。
——シャイさんがオススメするシンガポールのアーティストを教えてください。
シャイ:いつも挙げているのは、Sobsですね。日本でも何度かツアーをしていますし、ちょうど今はアメリカを回っているはずです。Sobsは本当に素晴らしいですよ。シンガポールのシーンの難しいところは、良いバンドはたくさんいるのに、人間的に素晴らしいと言える人がそこまで多くないことなんです。それはもしかしたら日本でも同じかもしれませんが、「音楽は応援したいけれど、作っている本人の人間性を知るとちょっと複雑……」というケースが少なくなくて。でもSobsは、私が最初に聴いた地元のバンドでもありますし、今でも第一線で活動し続けている大好きなバンドです。
——アルバムタイトルの「The Doves Came Home」には、「外の世界へ何かを探しに出て、それが最終的に戻ってくる」という意味が込められていると聞きました。ご自身にとっても、外へ探しに行った結果、最終的に自分の元へ戻ってきたものはありますか。
シャイ:まさにこのアルバム全体のメッセージがそこにあるんです。世の中や周りの人たちはよく「外の世界に出て、新しいものを探求して、何かを見つけなきゃいけない」と言いますよね。でも、今作のコンセプトは「必要なものを外の世界で見つけること」ではなく、「自分自身の内側に見出すこと」なんです。つまり「自分自身の元へと帰ってくる(coming home to yourself)」ということですね。結局のところ、人は最後に自分自身へと還らなければならないし、帰り道を他の誰かや外の世界に依存することはできません。私自身、人生のある時期に、外の世界にばかり何かを探し求めていたけれど、実は探していたものは最初からずっと自分の中にあったんだと気づいたんです。そういう「自己への帰還」をこのタイトルに込めています。
PHOTOS:YUKI KAWASHIMA






