パンク・ムーブメントが勃興した1976年のロンドンで創業し、今年で50周年を迎えた「ラフ・トレード(Rough Trade)」。レコードショップの開店から2年後にレーベルを始動させて以来、ザ・スミスやスクリッティ・ポリッティ、パルプから近年のブラック・ミディに至るまで、時代を切り拓くオルタナティブな才能を世に送り出してきた。巨大資本に迎合せず、独自の美学とメインストリームへの批評眼を貫いてきたその軌跡は、単なる音楽史にとどまらず、英国ユースカルチャーの変遷そのものといっていい。街中で見かけるステンシル風のロゴ入りマーチもまた、音楽ジャンルの枠を超え、インディペンデントな精神性を示すステートメントとして世界中で愛されている。
そして、このレーベルを半世紀にわたり牽引してきたのが、創設者のジェフ・トラヴィス(Geoff Travis)と、1987年から共同経営者を務めるジャネット・リー(Jeannette Lee)である。生粋の音楽探求者であるジェフに対し、ジャネットは70年代にパンクとレゲエが交差した伝説的ブティック「アクメ・アトラクションズ(Acme Attractions)」(※ロンドンのキングスロードにあったブティック)で働き、ジョン・ライドンのパブリック・イメージ・リミテッドでは映像やアートワーク、コンセプト設計を手がけた経歴を持つ。音とビジュアル、異なる角度からカルチャーを見つめる2人の審美眼が、レーベルの独自の佇まいを形作ってきた。アルゴリズムやプレイリストがジャンルの境界を溶かし、「レーベル買い」のような習慣が薄れつつある現代において、彼らは何を基準に新たな才能を見出し、いかにして自らの美意識を保ち続けているのか。50周年記念イベントのため、所属バンドのキャロラインやマイ・ニュー・バンド・ビリーヴと共に来日した2人に話を訊いた。
DJをやることになった
“いいエピソード”
——昨夜は素晴らしいイベントでした。キャロラインとマイ・ニュー・バンド・ビリーヴのライブを観て、またDJブースからフロアの様子を眺めながら、どんなことを感じられましたか。
ジャネット・リー(以下、ジャネット):私たちはあの2組のバンドを心から愛していますし、彼らは「ラフ・トレード」というレーベルを最高のかたちで体現してくれています。本当に興味深くてエキサイティングなバンドです。満員のオーディエンスがみんな楽しんでいる光景を見られて、とても嬉しかったですね。
ジェフ・トラヴィス(以下、ジェフ):誇らしい気持ちになったよ。本当に誇らしかった。それに僕たち自身、DJをするなんて滅多にないことだからね。これまでにも数えるほどしかやったことがないんじゃないかな。
ジャネット:「伝説のラフ・トレード DJ」なんて言われていますけどね。実際は本当に久しぶりでした。私たちは公式にはDJではありませんから(笑)。
ジェフ:でも実は、僕たちがDJをやることになったのには“いいエピソード”があるんだ。かつて「ラフ・トレード」のディストリビューション部門が倒産して(1991年)、レーベルがストップしてしまった時期があった。その時、ジャネットと僕は「『ラフ・トレード』での活動は終わったのかもしれない、何か新しいことを始めるべきなんだろう」と思っていた。当時も僕たちは他にいろんな仕事をしていたからね。例えばザ・クランベリーズやパルプのマネジメントをやっていたし、「ワーナー」と組んで「ブランコ・イ・ネグロ(Blanco y Negro)」というレーベルを立ち上げて、ダイナソーJr.やジーザス&メリー・チェインなんかを手がけていた。だから「ラフ・トレード」以外にも生活の基盤はあったんだけど、それでも僕たちにとって「ラフ・トレード」は特別な場所だった。
そんなもう終わったのかもしれないと感じていた頃、古い友人で、かつて「ラフ・トレード」のショップで働いていたバズコックスのマネージャー、リチャード・ブーンから「ヴィクトリア&アルバート博物館で開かれるアニバーサリー・パーティーでDJをしてくれないか」と頼まれたんだ。リチャードの頼みなら、ということで引き受けたんだよ。
ジャネット:あれは「ラフ・トレード ショップ」の20周年か25周年のパーティーでしたね。
ジェフ:そう。それで当日DJをしてみたら、本当にたくさんの人が僕たちのところに来て、「ラフ・トレード」に対する深い愛情を伝えてくれたんだ。それまでは自分たちのやってきたことが人々にとってどれほどの意味を持っていたのか、本当の意味では気づいていなかった。「なんてありがたいことだろう」と思ったし、その時の体験が、もう一度「ラフ・トレード」を続けていこうという大きなきっかけになったんだ。
レーベル内での
アーティスト同士のリスペクト
——素敵なエピソードですね。昨夜出演した2組には、「ラフ・トレード」の伝統的な系譜を受け継いでいる感覚がありますか。それともまったく新しい何かだと捉えていますか。
ジェフ:両方だね。ただ、「受け継ぐ」というのがどういう意味かによるけれど、彼らはどちらも圧倒的に素晴らしい音楽を鳴らすことで、レーベルのレガシー(遺産)を前に進めてくれていると思う。彼らはレーベルメイトである他のミュージシャンたちに敬意を払っているし、“いい仲間たちと同じ場所にいる”と感じてくれているはずだ。そういう環境は、アーティストから最高の仕事を引き出す刺激になる。「仲間たちと切磋琢磨したい」「彼らからリスペクトされたい」と思うからね。
僕たちとしても、あの2組が素晴らしい関係を築いているのを見るのはゾクゾクするよ。彼らは心から互いをリスペクトし合っている。ブラック・ミディという大成功を収めたバンドにいたキャメロン(・ピクトン)が、自分の最初のソロ作をつくるにあたって、「君たちと一緒に作りたい」とキャロラインに助けを求めたなんて、すごいことじゃないか。ミュージシャン同士のそういう相互作用を見るのが大好きだし、それがコミュニティーを育て、全員に常にベストな状態を保たせるんだ。
ジャネット:それに、どちらのバンドも「『ラフ・トレード』に所属していることがどれだけ好きか、どれだけこのレーベルを愛しているか」を口にしてくれるんです。それは本当に胸を打たれますね。バンドというのは、必ずしも自分たちのレコード会社を愛しているわけではありませんから(笑)。
ジェフ:そういう言葉を聞けるのは本当に嬉しいし、僕たちにとっても大きな意味があるよ。
——ジェフさんは最近のインタビューでも、彼らが属するシーンの横の繋がりについて「かつてザ・レインコーツやロバート・ワイアット、ジェームス・ブラッド・ウルマーらがジャンルを超えて交流していた時代の豊かな関係性が戻ってきた」と語っていましたね。現代の彼らのコミュニティーにおいて、そうしたエートス(精神性)を結びつけている核は何だとお考えですか。
ジェフ:根底にあるのは「互いへのリスペクト」なんだろうね。彼らが何を成し遂げようとしているのかという姿勢や、両者に共通する冒険心、そして壁を打ち破ろうとする恐れを知らない態度に対するリスペクトだ。彼らは新しいことを試すのをまったく恐れていない。キャメロンにしたって、ブラック・ミディの後、「ソロ・アーティストになるってどういうことだろう?」と模索し始めて、いろんなミュージシャンと演奏する実験を始めた。彼は素晴らしいミュージシャンをたくさん知っているからね。一度、彼が(サウスロンドンのライブハウス)「The Windmill」でライブをやった時なんて、ステージに27人もの異なるミュージシャンを次々に上げて一緒に演奏したんだ。しかも、それがすごく自然だった。世界を見渡しても、あんなことをやる人間は他に思い浮かばないよ。キャロラインも同じで、そういう冒険心という一点において、彼らは深く共鳴しているんだ。
ジャネット:同時に、「同じレーベルに所属している」という仲間意識や、そのコミュニティーの一員であることを楽しんでいる感覚もあると思います。だからこそ、あんなに自然な形で一緒に作品を作ることができるのでしょうね。
ジェフ:そうだね。以前、キャロラインのマイク(・オマリー)とジャスパー(・ヒェウェリン)が、「ジョックストラップ(※ブラック・カントリー・ニュー・ロードのジョージア・エラリーによるプロジェクト)のライブを観に行ったら、頭が吹き飛ぶほど素晴らしくて、同じレーベルにいることをすごく誇りに思った」と話してくれたのを覚えているよ。
それに、レーベルの歴史そのものも彼らにとって重要なんだと思う。ジョナサン・リッチマンやジェームス・ブラッド・ウルマーといったアーティストたちの系譜の中に自分たちも連なっているんだという事実が、彼らの心に少しでも誇らしい気持ちをもたらしてくれていたらいいなと思うよ。
「ファッション」より「スタイル」
——「ラフ・トレード」が創業した1976年は、パンク・ムーブメントによって音楽とファッション、ライフスタイルが一つの塊として提示された瞬間でした。「ラフ・トレード」は、そうした“何を聴くか、何を着るか”が同じ選択だった時代の震源地の一つだったと思いますが、当時と比べてその結びつきが大きく変化した今の時代をどう見ていますか。
ジャネット:パンクの時代は、ファッション自体が“アンチ・ファッション”でしたよね。結果的にそれも一つのファッションになっていきましたけれど、出発点はアンチ・ファッションでした。パンク以前はみんな派手で煌びやかな服を着ていましたが、パンクが始まると服を剥ぎ取ったり、引き裂いたり、安全ピンを留めたりするようになった。だから当時は、ひとつのスタイルとして定義するのがずっと簡単だったんです。
でも、パンク自体はそう長くは続きませんでしたし、時代は移り変わっていきました。今の時代は、かつてのように「トライブ(部族)」に分かれている感覚はありませんね。昔は特定のトライブに属していれば、特定の服を着て、特定の音楽を聴いていましたが、今はインターネットの普及によってすべてがもっとフラットで混ざり合っています。
ただ、いずれにしても私自身は、ファッション(流行)そのものよりも「スタイル」の方に惹かれます。もちろんファッションも服も大好きですが、頭の先からつま先まで流行のファッションで固めた人を見るより、その人自身の「スタイル」を持った人を見る方がずっと興味深いですね。
「ラフ・トレード」のビジュアル表現
——ジャネットさんは70年代に伝説のブティック「アクメ・アトラクションズ」の店員としてパンクとレゲエが融合するカルチャーの最前線に立ち、その後参加したパブリック・イメージ・リミテッドでは映像制作やアートディレクションなどの視覚表現を牽引されてきました。そのご自身の経験は、今の「ラフ・トレード」の美学を形成する上でどう生きていますか。
ジャネット:私はとても視覚重視の人間なので、人がどんな見た目をしているかについて、いつも一家言持ってしまうんです。人がどんな服を着ているか、どう見せるべきかについてすごく意見がはっきりしていますし、時には辛辣なことを言ってしまうこともあります。だから、「アクメ・アトラクションズ」やパブリック・イメージ・リミテッドにいた頃と、今やっていることは基本的には変わっていないと思いますね。
ただ強い意見を持っているというだけで、アーティストに「そんな格好はダメ、変えなさい」と強制するようなことは絶対にしません。でも、心の中ではいつだって何かしらの意見を持っています(笑)。
ジェフ:そしてその視点は、ジャケットのアートワークやビジュアル、ミュージックビデオ、プロジェクト全体のアートディレクションにまで及んでいる。もちろん基本的にはアーティスト自身の内側から出てきたアイデアを形にしてほしいと思っているけれど、僕たちはその「編集者」なんだよ。特にその領域において、ジャネットの中には「この水準に達していなければならない」という明確な基準がある。
ジャネット:作品をできる限り最高のものにしたいだけなんです。だからアイデアを編集したり、より良くするための提案をしたりすることはありますね。
ジェフ:時には「本当にそれでいいのか? あまりいいアイデアとは思えないな」と伝えることもある。それでも彼らがどうしてもと譲らなければ、「OK、わかった」と受け入れるよ。そうすると何年か経ってから、彼らの方から「あの時はあなたたちの言う通りだったよ」と言ってきたりするんだ(笑)。
——ジェフさんから見て、ジャネットさんが経営に加わったことで、レーベルの視覚的な側面はより洗練されたと感じますか。
ジェフ:まあ、より良くなったとは言えるだろうね。ただ、それ以前が酷くて、突然良くなったというわけじゃない。忘れないでほしいのは、かつてウチにはモリッシー(ザ・スミス)自身がデザインを手掛けた作品があったということだ。あれは音楽史上でも最高峰のスリーブデザインだったからね。だから結局はアーティスト個人によるんだよ。レーベル側が特定のアートディレクションを押し付けるのではなく、アーティストが良いアイデアを持ち込み、僕たちがその実現を手助けするという形だ。ただ、ジャネットが来てから良い方向への変化があったのは間違いないよ。
ジャネット:でも、最初からすべてが完成された状態でやってくるアーティストは、そう多くはありません。ブラック・ミディやパルプ、ザ・スミスなんかはそうでしたね。自分たちで完全なビジョンを持っていて、なおかつセルフ・マーケティングにも非常に長けている。そういうアーティストと仕事をするのは本当に楽しいですよ。私たちが言うべきことは「素晴らしいわね」の一言だけですから。
ジェフ:「素晴らしいね、ありがとう」と言うだけでいいなら、A&Rとしてこれ以上最高なやり方はないよね(笑)。一方で、例えばギラ・バンドのような素晴らしいグループは、「僕らはビデオをつくるのが得意じゃないし、どうつくればいいかわからない。あなたたちを信頼しているから、いいディレクターを紹介するか、アイデアを出して助けてくれないか?」と言ってくる。それもまたひとつのアプローチだし、僕たちは喜んで力を貸すよ。
アーティストの自主性を尊重
——今ザ・スミスの例が出ましたが、同時代に存在した「ファクトリー・レコード(Factory Records)」(※1978年にマンチェスターで創立されたインディーズ・レコード・レーベル)にはピーター・サヴィルが、「4AD」(※1980年に設立されたイギリスのインディーズ・レコード・レーベル)にはヴォーン・オリヴァーといったレーベル全体のビジュアル・アイデンティティーを担う専属デザイナーがいました。一方、「ラフ・トレード」が専属デザイナーを置かなかったのは、意図的な選択だったのでしょうか。
ジェフ:そうだね。なぜなら、僕たちはそういうやり方を目指していなかったからだ。もちろん、「4AD」のやり方や、出版の世界で言えば「フィッツジェラルド・エディションズ(Fitzcarraldo Editions)」(※美しい青一色の装丁で知られるロンドンの独立系出版社)のように、デザインそのものがクオリティーの証明になっているようなスタイルには敬意を抱いているよ。でも僕たちは、「レーベルがアーティストよりも重要だ」と考えたことは一度もないんだ。それが専属デザイナーを置かなかった本当の理由だよ。アーティスト自身に、自分がやりたいことを表現してほしかった。「これがうちのフォーマットだから、このカバーにしなきゃダメだ」なんて言いたくなかった。それで喜ぶ人もいるかもしれないけれど、モリッシーに向かって「このデザインにしなきゃダメだ」なんて言えるわけがないだろう?(笑)
——そうしてアーティストの自主性を重んじる一方で、世に出す作品としてのクオリティーを担保するために、レーベルとしてどんな部分に目を配ってきたのでしょうか。
ジェフ:すべての要素が重要なんだ。一つひとつのディテールこそが違いを生む。一番小さなディテールにこそ、僕たちはこだわるんだ。すべてを最高の状態に仕上げるためには、どれだけ注意を払っても払いすぎるということはないからね。
ジャネット:時には、音楽自体は本当に素晴らしいのに、アーティストが希望するアートワークがその音楽の水準に追いついていないこともあります。そういう時はアドバイスをしますが、それでも彼らが「どうしてもこれで自分たちのレコードを表現したい」と望むなら、私たちが勝手に変えることはありません。なぜなら、それは私たちの作品ではなく、彼らの作品だからです。
あなたが挙げた当時の「4AD」のような例では、確かにすべてのカバーが素晴らしかったけれど、カバー自体の主張が強すぎたとも言えます。ジャケットを見た瞬間、「あ、『4ADだ』」とは思うけれど、「ピクシーズはアートワークのアイデアが素晴らしいな」とはならないでしょう? だから私たちはアーティストにやりたいことをやる自由を与えたいですし、その上で私たちがより良くできる部分があれば手助けする、というスタンスなんです。
ジェフ:まあ、1種類のカバーデザインを使い回す方が、コストはずっと安く済むんだけどね(笑)。
日本のアーティストについて
——ちなみに、お二人は日本の音楽シーンについては普段からリサーチされているのでしょうか。日本の音楽に対してどのような印象をお持ちですか。
ジェフ:長い歴史の中でも、僕たちがリリースした日本のアーティストの作品は実質2つしかないんだ。ずいぶん昔に出したプラスチックスのシングル(1979年)と、dip in the poolのアルバム(1986年)だね。
ジャネット:チボ・マットはどうだったかしら?
ジェフ:ああ、チボ・マットもいたね。ただ、あれは「ブランコ・イ・ネグロ」時代だったかな……いや、後になって「ラフ・トレード」でも1枚レコードを出したね。もちろん日本で何が起きているかは普段から気にかけているし、今回の来日前にも今の日本のバンドについてかなりリサーチしてきたよ。ボアダムスやGhostのようなアーティストは昔から好きだし、当然、坂本龍一も愛している。細野晴臣が新しい作品を出したことも知っているよ。
ただ、僕たちは日本のシーンの専門家というわけじゃない。もし日本のアーティストの音楽を聴いて、心を撃ち抜かれるような感覚があれば契約することはやぶさかじゃないけれど、他のカルチャーに対して「観光客」のような態度で関わるのは好きじゃないんだ。何かしらのリアルな繋がりや深い理解が必要だと感じている。例えば僕たちはデトロイト・テクノが大好きだけど、そのシーンの内部にいるわけじゃないから、手を出せば観光客のようになってしまう気がしてね。
ジャネット:でも、これだけは言っておきたいのですが、1年半か2年ほど前にロンドンのバービカン・センターでコーネリアスのライブを観たんです。事前にはどんなものか想像もつかなかったのですが、本当に驚異的なショーでした。間違いなく、私があの年に観た中で最高のプロダクションでしたね。私たちは普段から大掛かりなショーを行うバンドとたくさん仕事をしていますが、その中でもコーネリアスのライブは本当に特別なものでした。
ジェフ:日本の音楽のレベルがとてつもなく高いことも、素晴らしい歴史があることもよく分かっている。だからこそ、僕たちの方がよく知っていると自惚れるようなことはしたくないんだ。
新しい才能を見極める基準は?
——今「心を撃ち抜かれるような感覚があれば」という言葉がありましたが、新しい才能を見つけて契約する際、一番重視している直感や基準は何ですか。音だけでなく、世界観やアティチュードといった音楽以外の部分も重要なのでしょうか。
ジャネット:ええ、すべての要素を含めて判断します。実際、これまでにほとんど「アティチュード(姿勢・佇まい)」に惹かれて契約した人たちもいますよ。例えばたとえばディーン・ブラントや、ジェフリー・ルイスがそうですね。ジェフリーは4人組のバンドといったスタイルではなく、言ってみれば「詩人」です。とにかく人間として非常に興味深くてオリジナルな存在で、そこに強く共感しました。それにディーン・ブラントに関しては、ウチからは実質2枚しかレコードを出していませんが、いまだに新しく契約する若いアーティストたちがみんな「ディーン・ブラントと仕事をしていましたよね!」と言ってくるんです。彼はまるで謎めいた伝説(エニグマ)のような存在ですね。だから決め手は本当にさまざまです。アティチュード、人間としての面白さ、そしてどれだけオリジナリティがあるか、ですね。
ジェフ:僕たちは「非順応主義者」が好きなんだよ。
ジャネット:まさにそれですね。あと、私は彼らがどんな服を着ているかも気にします(笑)。
ジェフ:僕は彼らがどんな音を鳴らすかを気にするよ(笑)。
50年のカタログから振り返る
過小評価された名作
——お二人の役割分担がよく分かります(笑)。現在、50周年を記念してレーベルを代表する50枚を再発する企画が進んでいますが、逆に、その膨大なカタログの中で「もっと評価されるべき、最も過小評価されている」と感じる作品やアーティストを教えてもらえますか。
ジェフ:ちょうど昨夜、DJでベイビーシャンブルズの「Albion」をかけた時2人で話していたんだけど、ピート・ドハーティが書いたあの美しいバラードは、本当に過小評価されていると思うね。
ジャネット:あと最近のインタビューで、ある人から「ザ・サンデイズはすごく過小評価されていると思う」と言われたんです。彼らはその後の音楽に多大な影響を与えているので、私たちがそれに完全に同意するかどうかは分かりませんが、確かに実際の評価以上に、もっと大きな影響力を持つべきバンドだったのかもしれません。
ジェフ:それから、アーサー・ラッセルのような存在もいる。僕たちが彼の「World of Echo」(1986年)を出した当時は、世間はほとんど関心を示さなかった。それが20年、30年経った今では、これ以上ないほど崇拝されている。今の状況を見るのは素晴らしいことだけど、できれば彼が生きていたうちにこの評価が起きてほしかったと思うよ。なんだかニック・ドレイクみたいだよね。
ジャネット:アーサー・ラッセルの歩みは、まるで生前は評価されなかった偉大な画家の物語のようです。
ジェフ:生前は1枚も絵が売れなかった、というね。本当にその通りだよ。
——私の個人的な意見を言わせてもらうと、A.R.E. ウェポンズ(A.R.E. Weapons。1999年結成)なんかはもっと評価されてもよかったのでは、と思います。
ジェフ:おお、本当かい? それは面白いね! いやあ、実に興味深いよ。当時、世間は彼らの良さをまったく理解できなかったんだよな。
ジャネット:ええ、まったく理解されませんでしたね。たしか5枚くらいしか売れなかったんじゃないかしら(笑)。
ジェフ:ロンドンのアストリアだったかな、彼らが誰かのサポートアクトでライブをやった時、会場のオーディエンスからめちゃくちゃに嫌われていたよな(笑)。いやあ、いいところを突いてくるね。
ジャネット:すっかり忘れていましたけれど、本当にいいバンドでしたね(笑)。
PHOTOS:MICHI NAKANO







