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アイルランドの注目バンド・カーディナルズがデビュー・アルバム「Masquerade」で示した現在地 「音楽と政治は間違いなく密接に結びついている」

アイルランド第2の都市コークで結成された5人組バンド、カーディナルズ(Cardinals)。ユアン・マニング(Vo/Gt)とフィン・マニング(Accordion)のマニング兄弟を中心に、従兄弟のダラー・マニング(Dr)、元同級生のオスカー・グディノヴィック(Gt)、アーロン・ハーレー(Ba)の5人で活動する彼らは、活況を呈するアイルランドのインディー・シーンにおいて独自の立ち位置を築いている。フォンテインズD.C.など同郷バンドたちと深い連帯を持ちながらも、彼らが鳴らすのはより内省的で、脆さと荒々しさが同居するオルタナティブな響きだ。

特筆すべきは、アイリッシュ・トラッドの象徴であるアコーディオンの斬新な解釈。彼らはそれを牧歌的なメロディー楽器としてではなく、歪んだギターとともに空間を形作るノイズのレイヤーとして配置する。そのざらついた音響テクスチャーの中で、ユアンの脆く引きずるようなボーカルが、映画や文学からの影響を滲ませたパーソナルな物語を紡ぎ出していく。

多様な方向性を示した初期のEPを経て今年2月にリリースしたデビュー・アルバム「Masquerade」は、彼らの現在地を一つの確固たるステートメントへと昇華させた力作だ。より研ぎ澄まされたサウンド・デザインの奥に、個人の内なる脆弱さや親密さ、アイルランド特有の宗教的な罪悪感、そしてコークという土地への複雑な愛着と時代への眼差しが静かに息づいている。「サマーソニック 2026(SUMMER SONIC 2026)」(以下、「サマソニ」)で初来日を果たし、「ナンバーナイン バイ タカヒロミヤシタ(NUMBER (N)INE BY TAKAHIRO MIYASHITA)」とのコラボレーションも注目を集めた彼らに、その創造の源泉を訊いた。
※インタビューにはユアン、フィン、オスカーの3人が応じてくれた。

影響を受けたアーティストは?

——「サマーソニック」のステージはいかがでしたか。

フィン・マニング(以下、フィン):本当に……間違いなく今回のツアーのハイライトになったよ。東京でのショーはベストだったね。大阪も最高だったんだけど、野外ステージだったからとにかく暑くて(笑)。東京のライブは、俺たちが今までプレイしてきた中でも最大規模のクラウドだったんじゃないかな。ファンのみんなもすごく温かく迎え入れてくれて、レスポンスも最高だった。後から客席側から撮った映像を見たんだけど、音響も信じられないくらい良くて。とにかく、全体を通してファンタスティックな経験になったよ。

——今回はオフの時間も充実していたようですね。

ユアン・マニング(以下、ユアン):最高に楽しくて、記憶に焼き付くような時間になってるよ(笑)。珍しいものもいろいろと食べられたしね。京都ではホテルの温泉に入ったんだけど、心からリラックスできる素晴らしい体験だった。あと、京都の寺院には心を鎮めてくれるピースフルな空気があって。

フィン:それにしても飯が美味すぎるよね(笑)。ビールも日本酒も最高。アイルランドでも「アサヒ」や「キリン」は飲めるけど、こっちのビールは泡がクリーミーで別格だね。

オスカー・グディノヴィック(以下、オスカー):ラーメンもヤバいし、寿司もめちゃくちゃ美味い。アイルランドの寿司ってマジでひどいから(笑)。今夜は「おまかせ」の店に行くから超楽しみなんだ。メニューがなくて、大将がどんどん握って出してくれるスタイルなんでしょ? 最高だよね。

——結成当初はさまざまな編成を試行錯誤していたそうですが、今のカーディナルズを形成する上で基盤となったアーティストを挙げるなら誰になりますか。

ユアン:一緒に音を鳴らし始めた頃に俺たち全員が大好きだったのはジーザス&メリーチェインやヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ポーグスだね。あとはスミスとか。歴史的にも伝統的にも絶対的な影響力を持っている、いわゆるレジェンド的なバンドたち。それが俺たちのルーツになっていて、そこから少しずつ自分たちの影響源や普段聴く音楽の幅を広げていった感じだね。

——その中でも、特にバンドの核になった存在を一つ挙げるとしたら?

ユアン:やっぱりジーザス&メリーチェインかな。うん、間違いなくデカい。でも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドも捨てがたいな。というのも、ヴェルヴェッツを聴くってことは、ある意味ルー・リードのソロ・キャリアも含めたすべてを内包しているように感じるから。彼のディスコグラフィーはあまりにも膨大で、アルバムごとにサウンドも全然違う。あれだけ多様な音楽を提示されたら、影響を受けずにはいられないよ。

フィン:初期のライブでは、俺たちももっとパンク寄りのアプローチだったんだ。ファズを踏んだスカジーでダーティーな重いギターを鳴らして、BPMも速かった。ライブの空気感ももっとDIYでパンクな感じだったしね。でもバンドが成長してサウンドが成熟していくにつれて、少しテンポを落とした曲も生まれてきた。ジザメリみたいなノイジーなギターの質感は残しつつも、ハードヒットな速いビートやショートチューンにこだわるんじゃなくてね。バンドの成長とともに“感情の解像度を上げること”へフォーカスするようになったんだ。

——そうした変化に伴い、聴いている音楽やインスピレーションを受ける対象も広がりましたか。

ユアン:今はもうバラバラだね(笑)。結成当初はみんなで共有して熱中するバンドがいくつかあったけど、今はそれぞれが自分の世界を持っている感じ。俺は今でもエリオット・スミスに強く影響を受けていて、おそらく彼が俺の中でのオールタイム・ベストなソングライターの一人だと思う。

オスカー:今でもメンバー全員の「大きな共通言語」として残っているのは、間違いなくエリオット・スミスだね。あとはアイスエイジも全員好き。

フィン:エリアス(・ベンダー・ロネンフェルト、アイスエイジのフロントマン)のソロ・プロジェクトも最高だしね。(笑いながら)ちなみにユアンは最近、イーグルスにどっぷりハマってるよね。

ユアン:いや、ハマってないから!(笑)

——(笑)。エリオット・スミスのどんなところにそこまで惹きつけられるのでしょうか。

ユアン:全部だよ。どのアルバムを聴くかで見えてくる景色が全然違うんだ。セルフ・タイトルのアルバムみたいに極限まで削ぎ落とされた作品だと、メロディーの圧倒的な美しさやその柔らかさ、親密さに引き込まれる。でも「Figure 8」みたいな作品になると、今度はアレンジがものすごく複雑で、ソングライティングの全く別のアングルから掘り下げられる要素が無数にある。だからこそ、何度も彼のもとに戻ってきてしまうんだと思う。彼の音楽は底なしで、どのレコードに針を落とすかによって見せてくれるものが本当に多いからね。

オスカー:プロダクション自体もヤバいよね。アルバムごとにサウンドがどう進化していったかを追うだけでも圧倒されるし、俺たち全員にとってすごく学びになる。

フィン:例えば「Figure 8」の楽器編成は、「Either/Or」なんかと比べるとずっとスケールがデカい。「Either/Or」もプロダクションは素晴らしいけど、もっとアコギ主体だから。でも「Figure 8」にはエレキギターやドラムキットがガンガン入っている。それと「From a Basement on the Hill」に入っている「King's Crossing」って曲のプロダクションは、俺が今まで聴いてきたあらゆる音楽の中でもトップクラスに興味深いよ。エリオッ・スミスが辿ったどのアプローチも本当に見事で、俺たちはいまだに彼の音楽を狂ったように聴いている。彼の音楽には一生飽きる気がしないね。

——ちなみに、フィンとユアンの音楽的なルーツは、実はヒップホップだと聞きました。特にユアンは、Nasやビギー(ザ・ノトーリアス・B.I.G.)のレコードから歌詞の構築法を学んだとか。

ユアン:間違いないね。俺たちが本当にクラシックだと思っているのはNasの「Illmatic」なんだ。とにかくリリックがすさまじい。俺たちの生い立ちや見てきた世界とは全くかけ離れているのに、彼が構築する世界観は他の誰にも真似できないものがある。特に90年代のヒップホップ・シーンにおいて、彼が育った公営住宅やそこにいた連中の姿を、言葉だけでめちゃくちゃ鮮明に、映像が浮かぶように描き出している。だから自分が曲を書く時にも、いまだに彼のリリックの情景描写を思い浮かべることがあるよ。それに出会ったのは俺たちが13、14歳くらいの頃だけどね。

もう少し最近だと、90年代のサザン・ラップ……例えばスリー・6・マフィアの「Mystic Stylez」みたいなアルバムは、めちゃくちゃゴシックなんだ。それまで聴いたことのないような音楽で、すごく生々しくて強烈な世界をつくり出している。俺たちがアルバムをつくる上で目指しているのもまさにそれなんだよ。リスナーがその中に入り込んで歩き回り、空間そのものを完全に体験できるような「世界」をつくり出すことだからね。

フィン:そういうハードコアなヒップホップとか、グレイヴディガーズみたいなグループのゴシックなフィーリング、あとは俺たちが11〜12歳の頃に聴いていた初期のエミネムなんかも、ある意味で俺たちの感性の土台になっていると思う。そうしたホラーコアなヒップホップからの影響が、ゴス・カルチャー全般への興味に繋がって、最終的にバウハウスやキュアーみたいなバンドに行き着いたのかもしれない。だから俺のプレイリストは、ハードなヒップホップからロック、ポストパンク、さらにはエレクトロニック・ミュージックまで飛び火するんだ。最近だとセイレム(SALEM)ってグループがすごく好きなんだけど、彼らの音にもそういうダークでゴシックなフィーリングがあるよね。

アコーディオンとカーディナルズのサウンド

——一方で、フィンさんのアコーディオンは、カーディナルズのサウンドを特徴付けている重要な要素だと思います。伝統的なアイリッシュ・トラッドのアンサンブルにおける役割から離れ、アコーディオンを使って現代的なロックのテクスチャーを構築していく過程について教えてください。

フィン:本当にタフな挑戦だったよ。というのも、俺がアコーディオンで最初に徹底的に叩き込まれたのはアイリッシュ・トラッドだったから。だからこそ、安易な「ケルト風ロック」に聞こえないようにめちゃくちゃ警戒していたんだ。アイルランドのロックにはケルト音楽の要素を取り入れたものがあって、一部の才能あるアーティストはそれをうまく成立させているけど、俺たちには絶対に合わないと思っていた。自分たちがそのサウンドを好きになれないんじゃないかという恐怖があったから、とにかくその“ケルトっぽさ”から全力で距離を置きたかったんだ。

だからアコーディオンを弾く時は、イタリアやフランス、それに最近よく聴いているシベリアン・バヤン(シベリアのアコーディオン音楽)など、もっとヨーロッパ大陸のスタイルを意識している。この楽器自体がとてもテクスチャーに富んでいるから、メロディーを弾くというより“リアルな音響的テクスチャーを探す”ような感覚でアプローチしているんだ。鍵盤を弾かなくても面白いノイズが出せるし、呼吸音みたいな音も出せる。アコーディオンって、本質的には「巨大な一対の肺」みたいなものだからね。

——スタジオでの具体的なレコーディング作業においては、どのようなアプローチで“リアルな音響的テクスチャー”をつくり出しているのでしょうか。

フィン:この前スタジオに入った時も、いかにもアコーディオンらしい音じゃなく、誰も聴いたことがないような奇妙な音を出そうと実験していた。楽器を物理的にいろんな方法で操作して、ほとんど“非アコーディオン的な音”を引き出そうとしたんだけど、実際それは可能なんだよ。ただ、この楽器には特有のテンション(緊張感)があるし、“パリの街角でアコーディオンを弾いている老人”みたいな、本質的なロマンも備わっている。だから、そういった古い文化の世界観をリスペクトしつつ、エレキ・ギターやエフェクトと一緒に現代のロック・ミュージックの文脈に引きずり込もうとしているんだ。俺とオスカーが一緒にプレイする時、あえて同じリフをユニゾンすることがある。エフェクトで歪ませたギターとアコーディオンが全く同じ音を同時に鳴らすと、まるで「新しい一つの未知の楽器」みたいな、かなり異次元なノイズが生まれるんだよ。

オスカー:バンドが鳴らしている音を、すべて異常なまでに増幅してくれるんだよね。

フィン:まさにそう。「St. Agnes」や「Roseland」みたいな曲を聴いてもらえれば分かると思う。だから、アコーディオンを取り入れるのは本当にスリリングで面白い作業なんだけど、同時にものすごく慎重に、まるで爆発物を扱うみたいにコントロールしているよ。

——デビュー・アルバム「Masquerade」を聴くと、メロディーの豊かさやジャンルを横断する折衷性に加え、今伺ったようなテクスチャーの緻密な設計や、空間的なアレンジメントへの意識が高まっているのを感じます。

ユアン:うん。EP(「Cardinals」、2024年)に入っている曲の多くは、僕らがまだ今より少し若かった頃に書かれたものなんだ。だから今回のアルバムには、明確な「成熟(maturity)」があると感じている。単に曲作りのテクニックが向上したというだけじゃなくて、カーディナルズとしてどう曲を書くべきか、僕らのアイデンティティーの中でどう構造を組み立てていくかという深い理解が備わってきたんだ。

分かりやすい例で言うと、アレンジの中でアコーディオンのスペースをどう残すかを学んだこと。無作法にただ音を詰め込むのではなく、バンドのアンサンブルとアコーディオンをシームレスに融合させるために、ある種の「引き算」ができるようになったんだよ。それに、そうしたアレンジ面以上に重要だったのが、アルバム全体のテーマやリリックにおいて「誠実さ(honesty)」と「脆さ(vulnerability)」を最前面に打ち出す必要があるという個人的な強い信念だった。結局のところ、アートを創り出す上でそれこそが最も重要なことの一つだと思うから。

「ナンバーナイン バイ タカヒロミヤシタ」とコラボ

——初来日となる今回の「サマソニ」出演に合わせて「ナンバーナイン バイ タカヒロミヤシタ」とコラボレーションしたTシャツがリリースされました。これはどういう経緯で実現したのでしょうか。

フィン:彼(デザイナーの宮下貴裕)が僕らのマネージャーに直接コンタクトを取ってくれたんだ。現在のアイルランドのロック・シーンにすごく興味を持ったらしくてね。昨日の夜も彼と一緒にお酒を飲んでいて、ちょうどその話をしていたんだけど、彼はフォンテインズD.C.やニーキャップ、そして僕たちをよく聴いていて、その中の誰かとコラボしたいと考えていたらしい。それで、僕らの音楽を一番気に入ってくれてオファーをくれたんだ。「好きなフォトグラファーを選んでほしい」といくつか提案をもらってね。

当時、僕らはロンドンにいて、ダン(・キャリー、プロデューサー)のスタジオで制作をしていた。そこでオランダ出身のフォトグラファー、ジュールズ(Jules)に声をかけたら、わざわざロンドンまで飛んできてくれたんだ。ある日の夕方、ロンドンの古いアイルランド系コミュニティーがあるキルバーンの周辺や、地下鉄の構内なんかを数時間かけて巡って、信じられないくらい素晴らしい写真をたくさん撮ってくれた。それをブランドに送ったら、彼らが特に気に入ったカットを選んでTシャツのデザインに落とし込んでくれたんだ。

——ブランドからの具体的なディレクションはあったんですか。

ユアン:彼が最初にリファレンスとして送ってくれたのが、ジョイ・ディヴィジョンや、僕らが大好きな写真家アントン・コービンの作品だったんだ。「誰にお願いしようか」と考えていた時、真っ先にジュールズの名前が浮かんだのはそのためさ。彼もアントン・コービンの大ファンだからね。彼らが求めているトーンに完璧にハマると思ったんだ。そうして完成したTシャツを引っさげて、今回こうして日本で彼らと直接会うことができた。昨夜、僕は少し早めに帰ったんだけど、他のメンバーは彼とかなりクレイジーな夜を過ごしたみたいだね。ものすごく奇妙なバーに連れて行かれたらしいじゃないか(笑)。

オスカー:いや、その前にちゃんと最高なディナーをご馳走してくれたよ(笑)。

フィン:ディナーは本当に素晴らしかった。でもその後のバーが、アイルランドじゃ絶対にお目にかかれないような不思議な空間でね。そこでカラオケを歌いまくったんだ。ポーグスの曲なんかを大熱唱したよ。しかも、映画「ロスト・イン・トランスレーション」でスカーレット・ヨハンソンが被っていたみたいなピンクのウィッグと帽子を身につけてね(笑)。東京の人たちに彼について聞いてみても、みんな「ミステリアスな人物だ」って口を揃えるから、そんな彼とあんな時間を過ごせて本当に光栄だったよ。

音楽とファッション

——ロック・バンドにとっての「ルック」は重要な意味を持ちます。みなさん自身は、音楽とファッションの結びつきについてどのような美学やこだわりを持っていますか?

ユアン:ファッションも音楽も、最終的には「個人の自己表現」という一点に帰結すると思う。僕らは生まれ持った容姿を自分では選べないけれど、ファッションは自分自身を外側の世界に向けてパブリックに表現するための手段だよね。朝起きて最初にする決断が「今日どの服を、なぜ着るか」だとしたら、それはその人のキャラクターを雄弁に物語るものだと思う。

オスカー:音楽史に名を残す偉大なパーソナリティーたちも、メイクアップやヘアスタイル、何を身に纏うかといった「イメージ」を通じて、自分たちの強烈なトレードマークを築き上げてきたわけだしね。

ユアン:音楽史にアイコニックなライブや名盤があるように、歴史的な「アイコニックなルック」というのも確実に存在するんだ。ファッションと呼んでいいかは微妙だけど、例えばナイン・インチ・ネイルズがウッドストックに出演した時、メンバー全員が頭から足先まで泥まみれの状態でステージに現れたでしょ? 全身ドロドロのブラウンで、一見不快にも思えるんだけど、それがとてつもなくストライキングで鮮烈だった。オスカーが言うように、音楽が何を語るかを知る前に、視覚が完全に脳裏に焼き付くんだ。

オスカー:デヴィッド・ボウイもそうだよね。ド派手なアイメイクに奇抜なヘアスタイル、当時としては完全に異端だったアンドロジナス(性別を超越した)な装いをして、そのイメージそのものをポップカルチャーとして定着させたんだから。

フィン:バンドのスタイリングって本当に奥深くて面白い。みんないつだってバンドマンの着こなしに夢中になるんだ。例えばジョイ・ディヴィジョンは、控えめでカジュアルなフォーマルウェアを上品に着こなしていたけど、それが結果的に最高にクールなルックになっていて、彼らの音楽性を見事に代弁していた。ポーグスが結成された時も、メンバーで「どういう格好でステージに立つべきか」を話し合ったらしいんだ。そこでシェイン・マガウアンが「50年代のアメリカのギャングスター、アル・カポネみたいなスーツを着よう」と言い出してね。一時期、メンバー全員が大きなトリルビーハットにスーツ姿でキメていたんだけど、あれは本当に最高にクールだった。俺もあんな格好でやりたいって提案してるんだけど、こいつらが絶対に嫌がるんだよ(笑)。

——ちなみに、ユアンはステージでナポレオンジャケットをよく着ていますよね。とてもアイコニックなアイテムですが、あのスタイルにはどんなルーツや思い入れがあるのでしょうか。


ユアン:まずは何と言ってもマイ・ケミカル・ロマンスだね。マイケミが本当に大好きなんだ。あともう一つ、「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」というブランドがあって、彼らからも服を提供してもらったりしているんだ。

あのジャケットはてっきりザ・リバティーンズのスタイルを参考にしたのかと思っていました。

ユアン:ああ、もちろんリバティーンズも通っているよ。「くるみ割り人形」の兵隊みたいなトラディショナルなミリタリー感もあるしね。最近だと、2hollisみたいな若いアーティストもああいう服を着こなしているしね。本当に上質で、シルエットも印象的な素晴らしいジャケットなんだ。でも、あれを羽織った時に僕の頭の中にあったのは、間違いなくマイ・ケミカル・ロマンスのビジュアルだったね。彼らが築いたあのルックスは本当に最高だからさ。

アイルランドのインディー・シーン

——ここ数年、アイルランドのインディー・シーンは世界的な注目を集めています。フォンテインズD.C.のグリアン・チャッテンが早くからカーディナルズを高く評価していたことも知られていますが、当事者として、現在の地元シーンの熱狂や連帯感をどのように捉えていますか。

ユアン:アイルランドからは数年周期で巨大なアーティストやバンドが世界へ飛び出して、グローバルなスポットライトが一気にアイルランドの音楽シーンに当たるっていうサイクルが起きるんだ。もちろん、そうした巨大なブレイクがなくても、アイルランドのローカルには常に独自の素晴らしい音楽カルチャーが存在し続けているんだけどね。でも確かに、フォンティンズD.C.がここまでワールドワイドに巨大化したことで、今アイルランドに猛烈な熱視線が注がれているのは紛れもない事実だよ。彼らは本当にナイスガイで、僕たちのこともすごくサポートしてくれている。グリアンとも一緒に過ごす機会があったんだけど、彼は恐ろしいほどの才能の持ち主でありながら、驚くほど気さくでフレンドリーな素晴らしい人間なんだ。

フィン:大きな成功を収めた先輩バンドたちが、自分たちの足元である地元のインディー・シーンにずっと目を配り続けて、新しいバンドの音源を聴いてサポートの手を差し伸べてくれる。これって現在のアイルランドの音楽シーンの本当に素晴らしいところだと思うし、後輩の僕らにとって最高のお手本になっているよ。

——例えばフォンティンズD.C.の「Big」という曲には「雨のダブリンは俺そのもの」という象徴的なラインがありますが、カーディナルズの音楽とコークという街の空気や気質、アイデンティティーはどのように結びついているのでしょうか。

ユアン:僕らは18歳くらいの時にコークの中心街に移り住んだんだけど、それって人間の形成期としてすごく重要なタイミングだよね。本格的に曲を書き始めたのもまさにその時期だった。最初から「コークの街をインスピレーションの源にしよう」と決めていたわけじゃないんだ。ただ、起きている間はずっとあの街の空気に飲み込まれていたから、ごく自然に影響を受けていったんだと思う。

それに、自分たちの街や出自について誇りを持って発信してきたコークの偉大なアーティストたちからも、すごくインスパイアされているよ。サルタンズ・オブ・ピングやザ・フランク&ウォルターズ、同世代で今めちゃくちゃカッコいいペブルダッシュみたいなバンドたち。それから、キリアン・マーフィーが出演していた映画「Disco Pigs」や、ケヴィン・バリー(Kevin Barry)の小説みたいに、コークの街を描いた文学や映像作品からの影響も大きい。

フィン:他のアーティストの視点や、メディア、文学を通して自分たちの街のカルチャーを深く知ることで、コークへの誇りがより強くなった。だからこそ、そのエッセンスを自分たちの表現にもっと取り入れたい、コークについてもっと語りたいと思うようになったんだよね。

アイリッシュネスとの向き合い方

——アルバムに収録された「The Burning of Cork」は、1920年のアイルランド独立戦争下におけるイギリス軍の「コーク焼き討ち」という歴史的悲劇を描いています。だた、この曲の背景にある暴力の構造は、今も世界のどこかで繰り返されている出来事と痛ましいほどに重なります。あの曲が書かれた背景、そして音楽と政治・歴史を結びつける意義をどう捉えているのか、教えていただけますか。

ユアン:あの曲にはいろんな側面があるけれど、その核心の一つは間違いなく、アイルランド——特にコークにおける植民地支配の歴史と、それがもたらした悲劇を見つめることにある。そして今の世界に目を向ければ、ガザのような場所で植民地支配がいまだに続いていて、その上ジェノサイドまで起きている。歴史が繰り返されているのを目の当たりにすると、僕らの中にある種の「怒り」が込み上げてくるんだ。意識的に「政治的な曲を書こう」と決断しなくても、そういう激しい感情に襲われれば、自然とそれについて書かざるを得なくなるんだよ。

フィン:過去の歴史と、現在進行形の紛争との間にある残酷なパラレルには、本当に激しい怒りを感じる。歴史的に興味深いのは、1921年に英愛条約が結ばれてアイルランドが自由国になった後、アイルランドに駐留していたイギリス兵の多くが、今度はパレスチナに送られたという事実なんだ。つまり、1920年にコークの街を焼き討ちしたのと同じ部隊の一部が、そのままガザやパレスチナに派遣されて、現地で破壊行為を続けていた可能性がある。これってまさに……植民地主義(Colonizing)そのものだよね。俺はあの曲をそういう歴史のパラレルについての歌だと解釈しているし、本当に腹立たしい事実だよ。

オスカー:音楽と政治は間違いなく密接に結びついているし、作品はどうしたってその時代の政治的状況の産物になる。誰から聞いたか忘れたけど、ある国や場所で政治的な混乱や経済危機が起きると、そこから生まれる音楽の絶対量や熱量が跳ね上がるらしいんだ。人々はそこに救いを見出し、現実に対する「リアクション」としてアートを生み出す。モノを作ることに慰めを見出し、今起きていることへのフラストレーションを表現する手段にしているんだよね。

——それこそフォンティンズD.C.が向き合い続けてきたテーマでもありますが、カーディナルズとして、現代における「アイリッシュネス(アイルランドのアイデンティティー)」をどのように再定義し、表現しているのでしょうか。

ユアン:アイリッシュネスね……。個人的な話をすると、もっと若かった頃は「アイルランド人としての自分」との向き合い方に悩んでいた時期があったんだ。アイルランドの国民的スポーツであるハーリングやラウンダーズをやっていたんだけど、全然上手くならなくて辞めてしまって(笑)。アイリッシュ・トラッドも演奏していたけど、それもエキスパートにはなれなくて辞めた。だから一時期、「自分とアイルランドの文化や伝統との繋がりって一体何なんだろう?」って頭の中で疑問に思っていた時期があったんだ。

でも、そこからいろいろと考えて一つの結論に達した。今では、アイルランド人として――あるいは一人の人間として――自分の文化を表現する上で、「こうでなければならない」という厳密な枠組みなんて存在しないと思っている。だから今は、「これは俺のアートだ。なぜならアイルランドのXやYやZの要素が入っているから」みたいなチェックリストを埋めるような、意識的なアプローチは一切しなくなった。ただ純粋に「これが俺のアートだ」と思うだけ。俺はアイルランド人だから、そのエッセンスは意識しなくてもすでにそこにあるし、自然に表現されているんだよ。無理にアイデンティティにしがみつかなくても、今まで以上にナチュラルに“アイルランドらしさ”が滲み出るようになったと感じているね。

——「St. Agnes」や「Roseland」、あるいは「Over At Last」といった楽曲には、宗教的なモチーフや言葉が色濃く表れています。アイルランドの歴史と分かち難く結びつくカトリック文化や「信仰」という重いテーマに対し、どのようなスタンスで向き合っているのでしょうか。

ユアン:カトリシズムはアイルランド文化の一部だね。今は昔ほどじゃないけど、国家と教会が長年にわたって強固に結びついていたから、アイルランド人のアイデンティティーやカルチャーの根幹を成していた。そしてその癒着が、アイルランドの植民地化の歴史と結びついて、独自の悲劇をもたらしてきたんだ。

マーフィー報告書(※カトリック教会における児童虐待を告発した政府報告書)が、その癒着が引き起こした恐ろしい悲劇と問題を白日の下に晒したけれど、僕らは良くも悪くも、教会の「呪縛(clutches)」の中にいた最後の世代だと思う。今は国家と教会の分離が進んでいる最中だからね。それでも、僕らの頭の片隅には常にその歴史の記憶がある。僕らの成長過程の一部だったからこそ、音楽の至る所にその影が落ちているんだと思う。

フィン:僕らが生まれた頃のアイルランドは、まだ非常にカトリック色の強い国だった。イギリスがアイルランドの文化を根絶やしにしようとして、それが多くの面で成功してしまった結果、アイルランド人はアイデンティティーを守るためにカトリシズムにすがりついたんだ。そうやって「カトリシズム=アイリッシュネス(アイルランド人らしさ)」という強烈な結びつきが生まれた。今は少しずつ分離してきているけどね。

でも、さっき彼が言ったように、僕らはカトリックとして育てられ、親も祖父母もそうだった。学校もカトリック系で、子供の頃はアイルランド語で祈りを捧げなければならなかった。4歳かそれ以下の頃からそういう環境に身を置いていると、当然影響を受ける。赤ん坊の時に洗礼を受けて、好むと好まざるとにかかわらず、脳の奥底に刷り込まれているんだよ。だからこそ、カトリック的な宗教的イメージや象徴主義を一つの「レンズ」として使ってテーマを掘り下げるのは、僕らにとってすごく有効なんだ。愛や人間関係といった普遍的なテーマを、幼い頃から馴染みのあるその宗教的なレンズを通して見つめ直す。それは曲を書く上で、非常に興味深く強力なツールになっているよ。

——ちなみに、アイルランドの伝統的な舞曲、ジグのリズムを取り入れた「Anhedonia」は、ニック・ケイヴにインスパイアされた曲だと聞きました。

ユアン:うん、あの曲は間違いなく「マーダー・バラッド(※実際に起きた殺人事件や残酷な死をテーマにしたフォーク・ソングの系譜)」から強くインスパイアされているね。すごく暴力的でダークだから。リリックの面でも音楽的な面でも、あのアルバム特有の暗さや毒気に影響を受けている。もちろん他の作家や作品からの影響も混ざっているけど、僕ら全員、ニック・ケイヴが本当に大好きなんだ。

今、僕らは可能な限り自分たちでサウンドをコントロールできるように、エンジニアリングやプロデュースの手法を必死に学んでいるところなんだ。いろいろなエレクトロニックなサウンドや新しいレコーディング手法を実験している。曲を書き続ける上で、自分たちの「コンフォートゾーン」の外側に居続けることがすごく重要だからね。

——先ほどフィンさんも話していたように、今後はエレクトロニックな方向へサウンドのアプローチが拡大していく可能性もある?

フィン:うん、間違いなくあり得るね。今のところどんなアプローチも除外するつもりはないし、エレクトロニックな要素は今すごく興味を持っている分野の一つなんだ。全編エレクトロのレコードになるわけじゃないけど、今後の作品にそういったエレメントが組み込まれていく可能性は高いと思うよ。

PHOTOS:TATSUYA MARUYAMA

デビュー・アルバム「Masquerade」

◾️カーディナルズ デビュー・アルバム「Masquerade」

配信リンク:https://cardinals.lnk.to/Masquerade
レーベル:So Young Records

Tracklisting
1. She Makes Me Real
2. St. Agnes
3. Masquerade
4. I Like You
5. Over At Last
6. Anhedonia
7. Barbed Wire
8. Big Empty Heart
9. The Burning Of Cork
10. As I Breathe

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