ビューティ

「体は完全に自分のものではない」“編集できる”時代に、伊藤亜紗が考える美と体との距離

PROFILE: 伊藤亜紗/東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授

伊藤亜紗/東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授
PROFILE: (いとう・あさ)専門は、美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次に文転。障害を通して、人間の身体のあり方を研究している。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究美学芸術学専門分野を単位取得のうえ、退学。同年、同大学にて博士号を取得(文学)。学術振興会特別研究員をへて、13年に東京工業大学リベラルアーツセンター准教授に着任。16年4月より現職。主な著書に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社、2013年)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社、15年)、『눈이 보이지 않는 사람은 세상을 어떻게 보는가 』(16年)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版、2016年)、『どもる体』(医学書院、2018年)、『記憶する体』(春秋社。19年)、『手の倫理』(講談社、20年)PHOTO : AI OKUBO

文字通り「美」を扱うビューティ業界は、常に体との対峙を前提とした産業だ。ルッキズム、美容整形、多様性の前提といった社会の変化とともに美や体に対する言及に複雑さが増す昨今、美容業界はどう美や体と向き合うべきか。美学者の伊藤亜紗にきいた。

「美しさ」は保守的で、同時に逸脱する

WWD:美学者という立場から「美しさ」をどのように捉えている?
伊藤亜紗 東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授(以下、伊藤):
美しさを感じるのは人間の感性の働きですよね。感性の働きには2つの対極的な要素があり、1つはコンサバティブな部分、もう1つは常識を逸脱していく部分があります。

コンサバティブな感性は二層に分類できます。1つは進化的・動物的なレベルで、瞬時に危険を察知する生存のための判断。もう1つは文化的に作られたレイヤーで、歴史や教育を通じて形成されてきたもので、場合によっては非常に昔ながらの価値観を温存してしまいます。そう言うとネガティブに聞こえますが、それ自体が文化でもある。それは、日本人は靴を脱いで家に上がると落ち着く、などと同じです。ただし、時代の変化によっては変えていかなければならない部分もあるというバランスですね。

後者のコンサバティブな感性は、社会的によしとされている規範に従って反応します。たとえば、人種の問題を扱った有名な書籍『ホイッスリング・ヴィヴァルディ:ステレオタイプの社会』の中に、若い黒人男性が夜のシカゴの公園を歩くとき、必ずヴィヴァルディの“四季”を口笛で吹く話が出てきます。若い黒人男性は“ありのまま”でいると怖がられてしまうため、あえてそういう振る舞いをして「自分は白人文化側の人間だ」というアピールをするのです。他にも、自分の好みではないのに大学のロゴが入ったTシャツをあえて着用するといった話も組み込まれていました。

「差別はいけない」と頭で思っていても、暗い道で前から黒人がくると無意識に身構えたり、道を変えたりする。私たちも実はそういうことをしていますよね。感性というのは人間の非常に根深い部分に紐付いていて、頭で分かっていることと違う行動をしてしまうのです。

WWD:もう1つの「常識を逸脱していく部分」とはどういうものか?
伊藤:
概念やカテゴリーを超え、理由抜きで対象の魅力を感じ取る力です。その感じとり方は個体差があり、人や集団による部分が大きいです。

たとえば、韓国の車椅子のダンサーのキム・ウォニョンさんが車椅子を使わずに地面を這うデモに参加していたときの話です。権利を求めて叫ぶ中、彼は自分の目の前を這っていた友人のふくらはぎの筋肉が美しいと思ったと書かれていました。

それはその人が「ふくらはぎが筋肉質な人が好き」とかいう話ではなく、「その瞬間」や「その人」に対しての個別性が強い出合いです。ラベリングやカテゴライズによる理解を超えた、対象固有の魅力にダイレクトに引き込まれる感性だと思います。

同時に、法律などで認められるから社会に参加できるという流れももちろん大切ですが、感性レベルで肯定されないと社会に“本当の意味で”入れないことを痛感したと話していたのも印象的でした。

WWD:ビューティ業界では、特定の「美しさ」が前提として共有されているように感じられることがある。
伊藤:
ですが、時々明らかに既存の美の基準から逸脱したスーパーモデルが出てきますよね。ファッションやビューティの業界は新しいもの好きという側面もあると思いますが、そういった基準に対して非常に寛容な産業だとも思います。

美しさを感じとる人間の感性はそもそも、相当柔軟だと思います。たとえば、ブルドッグはどちらかというとブサイク顔ですよね。でも、それがかわいいという感覚もある。“ブサかわいい”という言葉があるように、コンサバティブでありながら柔軟でもあるという感性もあります。

視覚が優位な社会では視覚的な美が中心になりますが、見えない人にとっては声質や触覚に美しさや愛らしさを見出すこともあります。

以前、特別支援学校の小学校に行ったとき、全盲の生徒が点字が書かれたプリントを触っていて「めっちゃかわいい」って言っていたんですよね。点字の独特のパターンに反応していたみたいです。私にとってはただの紙なのですが、「触り心地にもかわいさを見出す感性がある」と感じたことを覚えています。

声の心地よさ、話し方から感じる人柄、触ったときの感覚。視覚以外にも美しさがありますよね。

体は”デザインできる”時代に

WWD:体との関係性で言えば、昨今は美容整形が一般化しつつあるという意見もある。
伊藤:
今は過渡期なのかなと思っています。人間と体との付き合い方は従来、生まれたときに自分が望んだわけではない与えられた体を背負って生活する、というものでした。でも、現在は与えられたものが自分の好みではなかった場合に物理的に変えられるようになってきています。

今後はその可能性がさらに増えていくと思います。1つは、生まれる前、DNAレベルでの選択。すでに体外受精では胚の選択が行われていますし、iPS細胞などで生殖のあり方が変わる可能性もある。社会がどう受け止めるかという倫理的な問題はもちろんありますが、生物工学的な意味で体への介入可能性の選択肢は増えています。

そうなると、「体をデザインする」という方向性は止められないのではないか。病気になりにくい胚を選ぶという選択は分かりやすいですが、身長、運動能力、髪質など、どこまでが治療でどこからがエンハンスメントなのか、線引きはどんどん難しくなっていく。その結果、やっぱり美しい体が選ばれる方向に進む可能性は高いと言えますね。

もう1つは、バーチャル空間で体を編集するという方向性です。すでにメタバースでは、別のアバターで生活している人がたくさんいて、そちらがメインになっている人が多くいます。そういった人にとって、日常的に少女の姿でコミュニケーションしている人が実際は中年男性だったとしてもショックを受けない、と聞きます。そうなると、現実の体を整形する必要がなくなる。

結局はコミュニケーションの問題で、整形をすることもメタバースにおいて自分のリアルな姿と別のビジュアルを選ぶことも、他者との関係性を調整できるからその選択を選ぶのだと思います。コミュニケーションの調整として自分の体の見た目を変えるという意味では、今後さまざまな選択肢が増えていくと思います。

WWD:体の捉え方が時代とともに大きく変化してきている?
伊藤:
そうですね。ただ、そもそも昔から体は自分で選んだものではありませんよね。それは単純に造形などの外見の話だけではなく、ふるまいや動作1つとっても、育った環境や経験といったその人の歴史が積み重なっています。

そう考えると、生まれる前にデザインされるか、育つ過程でデザインされるかの違いだけで、体は常に環境との関係で作られている点は変わっていないとも言えます。

WWD:昨今はルッキズムの反動からかビューティ業界では「自分の美しさは自分で決める」という自己性の強いメッセージが増えているように思える。
伊藤:
たとえば、1960年代のアメリカでは「ブラック・イズ・ビューティフル」という運動がありました。それまで醜さや野蛮さの象徴としてしか見られていなかったアフロヘアや肌の色といった黒人の身体的特徴を自分たち自身で肯定し直す運動です。「われわれにはわれわれの美しさがある」という主張のもと、服を作ったり絵を描いたりすることで、見方を変えていくものでした。

なぜそういった行動が必要だったかというと、黒人たち自身が自分たちを醜いと内面化してしまっていたからです。トニ・モリスンの「青い目が欲しい」という小説では、家の外にも中にも安全な場所がない過酷な環境で育つ黒人の少女が「青い目さえあればすべてが解決する」と思い込み、自滅していく様子を描いています。自分を美しいと思えないことがどれほど人を不幸にするかを伝える小説でした。

「ブラック・イズ・ビューティフル」運動のゴールは、美しいと見られたいというだけでなく、自分に対する自分の目線を変えたいというものです。そのゴールが「コンフォータブル」であること。この体のままで社会にいていい、ここにいていいと感じられることが、美しさをめぐる運動の本質でした。

美しくありたいという気持ちと社会的に優位でありたいという文脈が混ざってしまいがちですが、実は「自分が大丈夫だと思いたい」という気持ちによる側面は美容文脈においても強いのかもしれないですね。

WWD:自分の体への視線は「大丈夫でありたい」という感情から作られる、と。
伊藤:
そうですね。ただ、自分と自分の体との関係性がいつの間にか自分と他者のような関係性になってしまうこともあります。

研究の一環で、摂食障害の人にお話を聞くことがありますが、そのきっかけの多くはダイエットのようです。他者の視線が気になって始めたダイエットが、いつの間にか目的を失い、数字で体を管理するプロジェクトになっていく。成果が出やすい分、コントロールできるという感覚に依存してしまう傾向にあるのですね。

どんどん自分の体をコントールできる自信がついてしまった結果、ある人は自分と自分の体との関係を「DV夫と妻の関係みたいだ」と表現していました。頭が夫で、体が妻。体の声、疲れた、空腹、心地よいといった感覚が一切聞こえなくなる。「もう一度体と出合いたいだけなのに」と言っていたのが印象的でした。

その関係を修復するために体にクリームを塗っても、体から「何をやっているの」と見透かされている感じがする。通常ならリラックスできるはずの行為でも、そう感じられなくなる。

体との関係は簡単に壊れてしまうもので、感じられることは当たり前ではありません。介入して制御してという関係を体と強く結んでしまうと、それがダイエットであれ、整形であれ、体の声が聞こえなくなってしまうことはあり得ますね。

体はままならない

WWD:もし、今自分の体との向き合いに苦しんでいる人がいるとしたらなんて言葉をかける?
伊藤:
1つ言えるのは、体は完全に自分のものではないということ。たとえば、実は顔も自分では見たことがなくて、周りの人の方がよく見ている。一緒に住んでいるパートナーの方が影響はありますよね。

だから、自分で定義しすぎなくてもいいのかもしれない。「こういう顔なんだけど、どう?」くらいの距離感で、人の受け止め力に委ねる。そのほうが楽になる場合もあるのではないかと思います。

私は吃音を持っていますが、友人が「このどもり良かったね」と吃音の様子を誉めてくれることがあります。それが嬉しいような、ちょっと痛いような。でも、いつも見てるのは相手の方ですし、人に任せる。

体は常に他者との間にあるものですから、そういう自分ではままならない側面も大いにありますね。それが結局、体の面白さかなと個人的には捉えています。

WWD:ビューティ業界は、美を扱う産業として「美しさ」の定義とどう向き合うべきか?
伊藤:
会社やブランドによって本当に違いますよね。たとえば、ある化粧品ブランドでは「一人一人」を大事にする姿勢を明確にしていて、一人のためのワークショップをやってほしいと依頼されたことがあります。視覚障害のある友人とその1人の顧客と私とで、一緒に料理をするワークショップを実施したことがありました。そういう光の当て方をしている企業もある。

一方で、よりマーケティングに即したメッセージを出しているところもある。一概には言えません。消費者としては、メッセージそのものより、実際に接する人から伝わるものも大きいと思います。美容部員など、形としての美しさではなく、自信や会社から大事にされている感じ。そういうものに惹かれることもありますよね。

WWD:今後、美の基準はどうなっていくと予測する?
伊藤:
明言はしにくいですね。テクノロジーの進化のスピードが速すぎる。AIやインターネット、生殖技術、バーチャル空間。全てが絡み合って、美の基準も固定的なものではなくなっていくと思います。

大学の同じ部局に宇宙関連の研究者が多くいることもあり、日常の中で宇宙の話が近くにあるのですが、もし人類が地球以外で暮らすようになれば、体が置かれる前提が変わります。身長も変わるかもしれないですし、肉を食べなくなって口が退化するという可能性もあります。体は環境と紐づいていますから、そうなれば、人間の定義や美しさの基準も大きく変わるのではと思います。極端な想像かもしれませんが。

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