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電子音楽の最前線が東京に集結 「MUTEK.jp」10年間の集大成

11月20日〜23日の4日間、渋谷のSpotify O-EASTをメイン会場に「MUTEK.JP 2025」が開催された。「MUTEK」は電子音楽、デジタルクリエイティビティ、オーディオ・ビジュアルアートに特化したフェスティバルとして1999年にカナダ・モントリオールで誕生。その後、東京、メキシコ、バルセロナ、ブエノスアイレス、ドバイ、サンフランシスコなど世界各地に広がり、アジアでの開催は東京のみとなる。

16年11月に「MUTEK.jp」が初開催され、今年で10周年を迎えた。節目の年となる今回は、国内外から豪華アーティストが集結。ジム・オルーク(Jim O’Rourke)、石橋英子、ジョー・タリア(Joe Talia)らが出演した渋谷「WWW」でのオープニングを皮切りに、21〜23日にはSpotify O-EASTでナイトプログラム「Nocturneシリーズ」が行われた。

初日のNocturne1には、電子音楽レーベルのラスター・ノートン(Raster-Noton)を主宰するカールステン・ニコライ(Carsten Nicolai)ことアルヴァ・ノト(Alva Noto)、EYEとCosmic LabのC.O.L.Oによるコラボレーション、日本のオルタナティブロックバンドGEZANが登場。深夜にはニコラ・クルーズ(Nicola Cruz)がライブセットを披露し、多様なジャンルが交差する特別な一夜となった。

アルヴァ・ノトは、極限まで削ぎ落としたミニマルなサウンドにグリッチ、ノイズ、クリック、ドローンを織り交ぜ、クライマックスには強靭なビートを加えるハイブリッドな表現で観客を魅了。波形や映像が反復パターンと連動する構成は、視覚・聴覚の両面から瞑想的世界へと導いた。「MUTEK」の常連でもあるアルヴァ・ノトは以下のコメントを残している。

「『MUTEK.JP』は電子音楽フェスティバルの中でも最も革新的な存在のひとつであり、アヴァンギャルドな表現の最前線に立ち続けています。私にとって日本でパフォーマンスを行うことは、常に特別な意味を持っており、実験的で型にはまらない電子音楽を長年に渡り支え続けてきた『MUTEK.JP』の主催者たちと時間を共有できることを心から楽しんでいます」。

EYEとマルチメディアA/Vコレクティブ「Cosmic Lab」の創設者でビジュアル・アーティストC.O.L.Oのコラボは、ウェーブテーブルシンセを駆使し、狂気をはらんだサイケデリックノイズの轟音が響き渡る。映像に合わせて音を生成する逆オーディオリアクティブという唯一無二のパフォーマンスを演出。ボアダムズ(BOREDOMS)のフロントマンとして90年代から活動し、60歳を超えた現在もなお揺るぎないスタイルを貫いているEYEの存在感が際立った。

会場の空気を一変させたのがGEZANだ。若い世代からカルト的な支持を集める彼らのサウンドは、ひとつのジャンルに収まりきらない実験性と前衛性に満ちている。「MUTEK.jp」 に合わせたエクスペリメンタルセットでは、トレードマークの真紅の衣装で薄暗いステージに立った瞬間から圧倒的な存在感を放ち、視線を奪った。轟音ギターと激しいビートが生むハードコアなサウンドから、ピュアにも奇怪にも聴こえる高音ボイスを前面に出したメランコリックでエモーショナルな楽曲へと展開し、その変化は常に予測不可能。圧倒的なパフォーマンスがフロア全体を深く引き込んでいった。

GEZANの魅力は、フロントマン・マヒトゥ・ザ・ピーポーによる魂の籠った詩にもある。社会、政治、都市、若者文化、現代の違和感や不安を鋭く射抜く言葉は、不条理な世界を生きる人々の心を掴む。今回の「MUTEK.jp」初出演についても次の叙情的なメッセージを残している。

「自動生成でつくられる画像や映像は日常に浸水している。もはや触れている感触もないままに浸り、わたしたちは思考イメージの多くを委ねている。グラフィックアートの一部はAIにどう学習させるかという課題に取り組み、オリジナリティをそこに見出してるけど、それらの差異も全ては未来と呼ぶほど遠くない先で学習され均一化されるだろう。『MUTEK.jp』の真ん中に情緒を置いてみる。決して学習されない心の形を弦の振動で描いてみる。一見、メディアアートと反発する意識を今日のミックスとして念頭にステージに立てたのは『MUTEK.jp』が積み上げた10年の連なりがあったからだろう。複雑さを捨てずに歩む」。

最終日Nocturne3のオープニングを飾ったのは、ラスター・ノートンに所属した初の女性アーティストであり、スイスを拠点に活動するKyokaと、サカナクションのベーシスト草刈愛美によるデュオのウカブオト:superpositionだ。昨年 P.O.南青山ホールで初披露されたマルチチャンネルライブパフォーマンスの再演となる今回は、厳かなアンビエントに時折りエレキベースの重厚な響きや微かなボーカルが溶け合い、水が揺れ動くモノクローム映像に2人のシルエットが重なり合う美しい世界が創り上げた。デュオを代表して、Kyokaが以下のコメントを残している。

「『MUTEK.jp 』10周年という特別な場所で、草刈愛美さんとのウカブオト – super positionを再演できたことを嬉しく思います。出会って16年以上、音を通して築いてきた信頼関係が、そのままライブの呼吸となって立ち上がりました。今回は音を軸に据えながら、長年続けている『音・水・光』の研究をもとにした映像を使用しました。実はこの映像は、今年スイスの世界遺産で展示した『Score : Resonance』を、愛美さんから『今回のライブに活かせない?』と提案してもらったことから実現したものです。彼女はいつも新しい視点をくれる存在で、その感性に背中を押される形で空間が広がりました。貴重な機会をくださった『MUTEK.jp』に心から感謝しています」

2階席の立ち見エリアも埋まるほどの人気を見せたのが、和田永、吉田悠、吉田匡によるオープン・リール・アンサンブル(Open Reel Ensemble)だ。古いオープンリール式テープレコーダーを磁気民族楽器として再構築し、テープを巻き、回し、スクラッチして生まれるアナログノイズを音楽として昇華した。「MUTEK」では映像と音の融合が重視されるが、彼らは演奏風景をビデオカメラで撮影し、そのまま映像として会場に投影する生のA/Vパフォーマンスで独自性を際立たせた。

その他、2日目のNocturne2ではDaito Manabeが今年のSónar Festivalで披露したオーディオビジュアルパフォーマンスを再演。10周年のフィナーレは、Satoshi Tomiie、Kuniyuki Takahashi、Manami Sakamotoによるインプロヴィゼーションとダンスミュージック、映像を融合させたライブセッションで幕を閉じた。

最後に「MUTEK.jp」ジェネラルディレクター・岩波秀一郎は10周年を終えて次のように語る。

「『MUTEK.JP』 を2016年にスタートしてから10年を迎え、最も強く感じているのは、デジタルクリエイティブコミュニティーが確かな形として育ってきたことです。デジタル・クリエイティビティーの創造性の開発、オーディオ・ビジュアルアートといった新しい芸術文化の普及を目指して活動してきましたが、多くの文化機関、政府機関、企業、そしてアーティストやクリエイター、参加者の皆様に支えられ、ここまで発展することができました。今年は特にアジアからの参加者が増え、国際的な交流の広がりを強く実感しています。今後の10年は、このプラットフォームを通じてコミュニティーをさらに拡大し、文化交流を深化させることで、国内外に新たな芸術文化の可能性を創出していきたいと考えています」。

「MUTEK」はカナダ発のフェスティバルだが、「MUTEK.jp」はすでに独自のフェスとして東京に根付きつつある。特に、日本のアーティストが持つ卓越したスキルやセンス、そして、情熱は圧倒的で、その存在は国内シーンを牽引すると同時に、その創造性は世界でも高く評価されることだろう。また、オーバーツーリズムが課題となる一方、国際色豊かなオーディエンスは日本の音楽シーンを知り、共有することで、多様性を高める重要な役割を果たしていると感じた。

PHOTOS:SHIGEO GOMI

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