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大阪万博で見るべき「シグネチャーパビリオン3選」 いのちの未来を考える

大阪・関西万博のパビリオンの中でも、万博を象徴するシグネチャーパビリオンを紹介したい。8人のプロデューサーが万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」についてそれぞれの視点で深堀りし、表現している。館内の展示や体験を通して訪れた人が「いのち」について考え、その概念をアップデートする場所になることを目指している。

8つのパビリオンが位置するのは、大屋根リング内の中央にある「静けさの森」の南側。地面からミストが噴き上がる広場「いのちパーク」の周囲に集まっている。

屋根や壁がなく、森に溶け込むように存在するのが、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏によるパビリオン「Better Co-Being」。さらに、大阪大学教授の石黒浩氏による「いのちの未来」は、高さ12mの外壁に沿って流れ落ちる水の膜に包まれた真っ黒な建物が印象的だ。その隣には、音楽家で数学研究家の中島さち子氏による「いのちの遊び場 クラゲ館」があり、夜のライトアップが幻想的。メディアアーティストの落合陽一氏による「null²(ヌルヌル)」の建物は、風景をいびつに映し出す鏡面の立方体からなる独創的なデザインで、期間限定の万博だから実現できたという。

いのちパーク西側には、生物学者の福岡伸一氏によるパビリオン「いのち動的平衡館」と、アニメーション監督の河森正治氏による「いのちめぐる冒険」がある。放送作家の小山薫堂氏による「EARTH MART(アースマート)」は、日本の原風景を思わせる茅葺き屋根が特徴だ。映像作家の河瀨直美氏による「Dialogue Theater-いのちのあかし-」は、奈良県十津川村と京都府福知山市の廃校舎を活用している。サステナビリティを考える実験の場でもある万博のパビリオンの中でも象徴的な建物の一つといえる。

ここからは、筆者が見学・体験したシグネチャーパビリオンのなかでもとくに印象に残ったパビリオンと展示を紹介する。

ロボットと共生する未来を体感「いのちの未来」

まずは、さまざまなアンドロイドやロボットと出会え、未来の社会を体感できるパビリオン「いのちの未来」。人型ロボット研究の第一人者である石黒氏が開発したロボット約30体を間近で鑑賞できるほか、企業やクリエイターと考えた50年後の生活やプロダクトを追体験できる。最後のエリアでは幻想的な空間のなかで1000年後のいのちの姿を目にすることも。「ロボットは今後、人間がもっと人間らしく暮らすために欠かせないパートナーになる。そんなロボットと人間が共生する未来を感じてもらえるようなパビリオンにした」と、石黒氏は語っている。

展示空間は3つのゾーンで構成。導入部となる「いのちの歩み」ゾーンでは縄文時代の土偶から現在のアンドロイドまで、さまざまな人の形にいのちを宿してた日本の歴史と文化を展示する。メーンゾーンとなる「50年後の未来」ゾーンでは、人間がアンドロイドと共存し、高度な技術を使った製品を活用しながら暮らす様子を物語の形で体験できる。

未来の社会に旅立つ車両の座席に座っていたのは、万博を機に誕生した子供のアンドロイドロボット「アスカロイド」。そのスムーズな手と指先の動きや、笑っているような愛らしい顔の表情につい見入ってしまった。さらに、自動走行可能で各エリアを案内してくれたのが移動型アバターロボット3体。それぞれに意味のある可愛いデザインとフォルムが印象的だ。アンドロイドは他にも、マツコ・デラックスをリアルに再現した「マツコロイド」や夏目漱石のアンドロイド、ダンスをしたり、ピアノを弾くアンドロイドも登場。来館していた子供たちも、ロボットのリアルな動きに驚いている様子だった。

圧巻は、未来の人間と出会えるゾーン「1000年後のいのち“まほろば“」である。高さ17mの大きな吹き抜けに1000年後の世界をイメージした幻想的な空間が広がる。アンドロイドと生身の人間の隔たりがなくなった未来の進化した人間「モモ」は、制約から解放された自由なカラダと精神を体現しているという。モモがまとう繊細なレースの衣装はデザイナーの廣川玉枝氏がデザイン・監修した。人間のようにまぶたを動かしながら優雅に舞う美人のモモをしばし眺めていると、アンドロイドと共生する社会を何周目かの人生でのぞいてみたくなった。

デジタル空間の自分の分身と対話できる「ヌルヌル」

万博の全パビリオンの中でも、いびつに変形した外観デザインでひときわ目を引くのが、落合陽一氏がプロデューサーを務める「ヌルヌル」だ。特殊な鏡面膜材で覆われたボクセルと呼ばれる大小の立方体が集まった独創的な外観が特徴で、背後からロボットやスピーカーで膜を動かすことによって鏡の壁がゆらゆらとゆらめている。このゆらぎはパソコンなどのデバイスが「ヌルヌル」動く様子を表現しているという。湾曲した鏡面には、建物の前に立った人の姿や風景がいびつに映し出され、未知の風景として表現されている。

ヌルヌルの外観について、落合氏はこう語る。「素材を作って建築するというプロセスで作られているすごく万博っぽい建物。万博の醍醐味は、展示空間を建築とともに作ることなので、普通の美術館ではできないような精度の高い素材と設計になっている」。

パビリオンの内部も天井と床がLED、壁面が合わせ鏡の無限反射空間という不思議な空間だ。ここで来館者は、デジタル化された自分自身と出会い、対話するという未知の体験ができる。それを可能にしたのが「ミラードボディ」という独自技術のID管理システムで、自分の身体情報などをブロックチェーンで管理できる。

パビリオンに入場する前に、ミラードボディの専用アプリで自分の外見や声を再現したアバターを作成する。自分の趣味や思考、好きなものなどの情報を紐づけておくと、館内で自分のアバターと対話ができ、仮想空間で他のユーザーとも交流ができる。NFTとして作成するので自分の証明書にもなり、例えば意識がなくなって救急車で運ばれたときでも、アバターが既往歴を救急隊員に伝えてくれるという未来が来るかもしれないという。

筆者が実際に体験したときは、フロア中央の大型LEDディスプレイに自分のアバターが突如現れ、別人に変わっていく様子が映し出された。大勢の観衆にアバターの自分が見られるのはちょっと恥ずかしい気もするが、ここに来ないと味わえない体験だ。

「自分がつくるものは言葉で説明しても動画で見てもわからないものが多く、このパビリオンはその最たるもの。デジタル時代だからこそ、ここに来なければ体験できない“やばいもの“がないと来る意味がない」と落合氏。難しい知識はなくても、会場に足を運ぶだけで未来の技術の一端を体感できて楽しめる「ヌルヌル」。予約をとってでも見学する価値のあるパビリオンの一つといえる。

河瀨映画の特徴を引き継ぐ「ダイアローグシアター」

シグネチャーパビリオンの中で奈良在住の筆者が一番楽しみにしていたのが、河瀨直美監督がプロデューサーを務める「Dialogue Theater(ダイアローグシアター)-いのちのあかし-」だ。奈良を拠点に活動する世界的な映画監督である河瀨氏がどんなパビリオンを手掛けるのか、河瀨映画の特徴を引き継いだシアター形式の展示とはどんなものなのか。早く観たいという思いから、「対話」という体験の参加者募集に応募してみようかとも思った。

河瀬映画の特徴とは、ごく普通に生活している人の人生に光をあてて紹介していることと、その人の心境を照らしていることだという。その特徴を引き継ぎながら1対1の対話にフォーカスしたメイン展示「対話シアター」では、映画のワンシーンのような対話が毎回約10分間、繰り広げられる。観客として目撃することで自分だったらどう答えるか考えるきっかけにもなるという内容だ。

「河瀬プロデューサーは日頃から分断ということに問題意識を持っている。分断のすべてを解消するのはむずかしいが、対話によって少しでも解消できたらという思いでこのパビリオンを作った」と、同館の計画統括ディレクターである杉山央氏は話す。

対話の主役は、来場者からランダムに選ばれた人と、事前募集でワークショップを体験した世界のどこかにいる人。スクリーン越しに初対面したふたりは与えられたテーマに基づいて脚本のないリアルな対話を繰り広げていく。テーマとなる問いかけは、人生の発見につながったり、人間の根源になるようなもので、万博開催中、毎日異なる。

筆者が訪れたときのテーマは「世界中の人が、あなたの言葉を待っているとしたら何を伝えますか?」。ふたりの対話者は性別も年代も異なっていた。対話の口火を切ったのはスクリーンの向こうにいる女性。その話に応える形で会場にいる若い男性が、筆者には思いもつかない意外な考えを披露したのが興味深かった。

ダイヤローグシアターでは「ミナ ペルホネン」によるデザインのユニホームも見どころだ。パビリオンのロゴである吹き出しのモチーフを全体にあしらったイエローの衣装は、あたたかく楽しげな雰囲気。コートジャケットは、対話をするように打ち合わせが重なり合うデザインになっている。「対話というのは簡単なようでとってもむずかしいし、受け取り方はみんな違っていていい。その実証の場が楽しくなるようにデザインした」とデザイナーの皆川明氏はコメントしている。

2つの廃校舎の記憶を移築した古くて新しいパビリオン建築と奈良や京都から移植した植栽は「万博開催後、再びどこかに移築されて新たな命を宿すことになるはず」と河瀨氏。体験コンテンツから建築、ユニホームまでまるごと楽しめるので、ぜひ足を運んでみてほしい。

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