PROFILE: 塩田健一/「月刊商店建築」編集長

商業空間には見た目の美しさや使いやすさだけでなく、店舗ごとの事情や消費者の心理、社会のムードまでもが反映されている。飲食業界で進む“横丁化”、ファッションで加速する“ポップアップ化”、そして化粧品ブランドも取り入れる“ショールーム型”の店舗戦略。業界を超えて変化する商業空間の今とこれからについて、商業空間デザイン専門誌「月刊商店建築」の塩田健一編集長に話を聞いた。
WWD:飲食業界の建築における昨今のトレンドは?
塩田健一「月刊商店建築」編集長(以下、塩田):飲食業界では、ここ7〜8年で「横丁」がブームとなり、今では一つの業態として定着しつつあります。東京で言うと「恵比寿横丁」「渋谷横丁」「歌舞伎町横丁」など。実はこれら全てのプロデュースは飲食店の経営及び運営·各施設の企画などを行う浜倉商店研究所の浜倉好宣さんが担っていて、昭和の空気感を現代的によみがえらせています。
似た存在として“大人のフードホール”もこの10年で増えてきました。「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」内の「T-MARKET」がその代表例。カウンター形式の飲食店が何軒か入っており、それぞれに専用席もありますが、共用席もあって、複数の店の料理を自由に楽しむことができるという業態です。
フードホールを“和風”のデザインに寄せると横丁の雰囲気が出てくる。表面的なデザインは異なりますが、両者の構造や仕組みは非常に似ているんです。
特に大きな共通点はその雑多さにあります。たとえば、誰かと食事をする際に自分が店を決めたとして、その店がその人の好みではなかった場合、責任を感じてしまう。でも横丁やフードホールでは、各自が好きな店で買って持ち寄って食べることができる。このプレッシャーのなさや気軽さが現代人のマインドに合っているのだと思います。
WWD:出店する飲食店のメリットは?
塩田:集客が有利です。最初からエリアとしてブランド化されているため、入居するテナントは独自に頑張るよりも集客しやすくなる。また、売り上げの面でもメリットがあります。通常、客席が10席の店は満席になった時点でそれ以上の売り上げは取りこぼしますが、共用部があることで売り上げを上乗せすることができます。
ポップアップ化する商業施設と
「ハラカド」の革新性
WWD:ファッション業界の最近の建築トレンドはどうなっているか?
塩田:ポップアップショップの増加が目立ち、この流れは今後も続くと思います。商業施設に常設で出店するには年単位の契約が必要となる。パンデミックの影響もあり、「急に人が来なくなるかもしれない」「売れなくなるかもしれない」といったリスクを意識するようになり、柔軟に撤退できる形で出店したいというニーズが強まっています。
実際、メインの販路をECにシフトしているブランドも多いです。マーケティングやブランディングのために、「自分たちのブランドにどの年代や属性の人が反応するのか」を直接体験する場所としてポップアップストアを出店する形をとっています。
WWD:商業施設にはどのような変化がある?
塩田:従来の商業施設は共用の廊下があり、その前に均等にテナントが並ぶという構造です。しかし、入居する側にとっては家賃が高くすぐに撤退できないというリスクがある。大規模な面積を借りることができる借り手は限られ、空きテナントが増えてしまいます。
東急プラザ原宿「ハラカド」はテナント間や共用部と占有面積の垣根をなくし、まさに商業施設自体が“ポップアップ化”した事例と言えます。仕切りをなくし、床も天井もほとんど剥き出しで、意図的にボーダレスに作られています。言ってみれば、“作りかけ”のようにしていつでもレイアウトが変えられるようになっているんです。
1つのハンガーラックから借りることができるようにし、若手のファッションデザイナーも原宿に出店しやすくなる。ブランドの入れ替えが頻繁に起こることで、顧客にとっても新鮮売り場を提供できる。ブランドの区切りを無くして入店のハードルを感じさせないというメリットも飲食の事例と共通する部分があります。
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