
旅の質が重視される今、気分や価値観にフィットし、心から満足できるサティスファクション パフォーマンス=サティパのいいホテルが求められている。ローカルの文化にインスピレーションを得たデザインを貫く、ホテルインディゴもその1つ。2024年12月に開業したばかりの「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」での滞在で、トラベルライターの間庭典子も開眼。体験レポートをお届けする。
その地の文化をデザインで昇華。滞在を楽しむ隠れ家的ホテル
評判だけは聞いていた。ホテルインディゴのこだわりのデザイン力と遊び心。取材した同業者たちがみな、「あまりに心地よく、楽しくて観光しそびれちゃった」と嬉しそうに語るのだ。
日本国内では2020年に箱根強羅がオープン以来、軽井沢、愛知県の犬山、渋谷など次々に開業し、世界各国の169カ所で展開しているホテルインディゴ。そのコンセプトは、“ネイバーフッド”にインスピレーションを受けた個性的で居心地のいい隠れ家だ。たとえホテルから1歩も出なかったとしても、そのエッセンスを感じてもらいたいと、デザインにも妥協がない。驚くことにラウンジも客室も、家具やカーペットにいたるまで、独自にデザインしたものが多く、唯一無二のインテリアとなっている。隠れ家のようなくつろぎを、ホテルクオリティーで提供することを目指しているのだ。
確かに!そういう意味ではホテルにこもって心身ともにリチャージするのは正しい活用法といえそう。だからみな、あんなに満足そうに外に出なかったことを誇っていたのだ。
ローカルアーティストによるインスタレーション、近隣農家から仕入れた食材、コミュニティーと連動したソーシャライズ=社交を楽しむ空間など、レストランやラウンジでも工夫が多い。客室内のバスルームのデザインもぬかりなく、まるでスパのように洗練されている。クローゼットやホームバーもその地を思わせるカラーリングだったリ、モチーフをさりげなく取り入れ、デザイン好きだったらたまらないだろう。そんな話題のインディゴホテルが2024年12月、長崎のグラバーストリートに開業した。
歴史ある建造物を生かしたステンドグラスがきらめくレストラン
長崎と言えば言わずと知れた昔ながらの欧州との交流点。鎖国時代の218年間、日本で唯一西ヨーロッパに開かれ、貿易の窓口だった出島は復元され、当時の面影を見学できる「出島和蘭商館跡」となった。幕末期、開港都市となった長崎は居留地となり、「グラバー園」には多くの洋館が今でも残る風情あるエリアだ。
そんな歴史を感じるグラバーストリートの児童養護施設の建物を生かしたのが「ホテルインディゴ 長崎グラバーストリート」だ。なんといっても圧巻なのが、約10mもの天井高をもつ、かつては聖堂だった空間を活かした「レストラン カテドレクラ(Restaurant Cathedreclat)」。地元長崎の旬の食材に、長崎のDNAである和・華・蘭文化、そしてシェフの遊び心という”ひねり”を加えた一皿を提供している。
シグネチャーディナーコース「ブランシュBlanche)」はその名の通り、白がテーマ。長崎県産の魚介をふんだんに使い、フランス・ブリュターニュ地方の郷土料理であるコトリヤードは白のブイヤベース。海醤で中華のアレンジを利かせるなど、日本、中国、オランダの食文化が融合した和華蘭文化を体現したメニューとなっている。長崎和牛のパイ包焼きは中華のスパイスが香る赤ワインソースを添えたもの、〆は塩サバの焼きおにぎり あごだし茶漬けなど和食や中華、洋食にこだわらない構成となっている。器もシンプルな有田焼でコーディネイトされ、色鮮やかな料理の白いキャンバスのようだ。目で、舌で、五感で楽しめるコースなのだ。
朝は東から光が差し込み、空間全体が柔らかい光に包まれる。朝食は洋食と和食のセミブッフェ。私は和食を試したが、白のお重に長崎の郷土料理であるハトシや角煮、焼き魚などが端正に詰められ、わくわくした。昼はコース以外にも、長崎和牛南蛮カレーやバーガーなどのランチ限定メニューもあり、宿泊者以外も利用できるので、朝、昼、晩のそれぞれが、ローカルの常連客が交流する場となっている。
ソファやラグまで1からつくりあげたフォトジェニックな空間
ロビーラウンジやゲストルームにも共通するのは、長崎の歴史を感じる和華蘭文化をモチーフにしたデザインだ。和でも洋でも中華風でもない、独特の空間はなんともスタイリッシュ。私はチェックイン前に「出島和蘭商館跡」を訪れ、和蘭折衷のインテリアのカピタン(オランダ商館長)部屋を見学したので、滞在した客室も「まさに出島デザイン!」と感動した。伝統的な日本家屋なのにカラフルな壁紙、洋風の家具など、珍しい組み合わせが不思議に調和しているのだ。「出島和蘭商館跡」ではビリヤードやすごろくなどの当時の娯楽、食文化や土木技術など、当時の生活を分かりやすくまとめた展示も興味深く、今につながるさまざまなものがオランダから伝わったことに驚いた。ホテルインディゴに滞在した後に出島を見学し、グラフィカルな壁紙や配色の共通点を体感し、答え合わせをしてみるのもいいだろう。ぜひ、出島は見学してほしい。
ホテルの館内は、オランダ商人たちが親交を深めた社交場をイメージしたロビーなど、異国の風のモダンな設え。眼鏡橋をイメージした飾り台や、出島のモチーフとなった扇をイメージした絨毯もローカルを意識したインテリア。海側の部屋は長崎湾から汽笛が響き、造船所の大きなクレーンが目の前に見え、港町だということを実感する。港を望むテラスは、まるで別荘でくつろいでいるようだ。なかには専用のテラスのあるスイートルームもあるので、より邸宅に滞在しているような気持ちになれるだろう。鎖国後に開港した「グラバー園」も徒歩圏内なのでゆったりとした気分で散策してみよう。
歴史的建造物をアップサイクルしたソーシャルグッドな試み
「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」が開業されたのは国選定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている長崎県長崎市南山手町。築126年の歴史を誇る児童養護施設の旧マリア園』は、このエリアのランドマークでもあった。外壁のレンガや、聖堂の一部のステンドグラスは当時のまま。歴史的な資料でもあり、この施設で育った人々の想い出を保存している。その時の面影をいかしつつ、洗練された宿泊施設、レストランとしてアップサイクルした成功例といえるだろう。
明治日本の産業革命遺産も
1898年に建設された赤レンガ造りの建物はリブ・ヴォールト天井という様式を採用したロマネスク様式の聖堂を誇る歴史的価値のある建造物だ。その後、児童養護施設となり、老朽化のため存続の危機にあった。ホテルインディゴは『旧マリア園』の資産を現代にアップデートし、地域文化に貢献している。地域の方々には豊かな思い出と誇りが継承された。増加するインバウンド客をはじめとする観光客へは、歴史を重ねてきた南山手エリアの価値を理解し、親しむきっかけを提供している。
マリア園で育ったもと孤児たちが、再びこの地を訪れ、当時の面影が残りつつ、洗練されたホテル、そしてレストランに進化した姿に感涙するという。歴史的建造物の再活用による地域文化や観光への貢献は、今後の観光業界の大きなテーマとなるだろう。私たちは歴史の中に滞在することで、過去を振り返るきっかけを得る。ホテルインディゴの狙いは、その地域の歴史や文化、魅力を体感し、未来へとつなげることだ。
世界各国のローカル文化を体感できる169施設
現在、ホテルインディゴは日本国内に5施設、世界各国では169施設も展開している。アメリカだけでも70施設。何度も訪れた国でも(私などアメリカに5年以上住んでいたのに!)、まったく知らない文化の地域もあるだろう。なんといっても合衆国。州によっては法律も風習も違う。ローカルの違いをホテルで体感してから、街へと飛び出すのもいい。
気になるのは南米や中東など、訪れる機会のあまりない国の施設だ。メキシコの文化やガラパゴスの自然など、その国のエッセンスがデザインや食事により表現されているのなら、五感で学ぶことができるだろう。愛知県犬山など、国内の今まで歴史や文化に触れることのなかったローカルを再発見するきっかけになることもあるだろう。
まだ見ぬ国や地域のホテルインディゴを隠れ家として利用してみることで、その地のローカル体験をできるなら、冒険はもっと気軽で安全になる。春に行く機会のあるドバイには、ぜひ滞在してみたい。辞典を逆引きするかのように、各国の施設情報をチェックし、この空間が気になるから、心にフィットするからこの地を旅しようと選んでみるのも一興。世界がもっと広がりそうだ。