ファッション

「裏表も前後もないアンダーウエア」で新風 仕掛け人は大阪・泉州の異色起業家

服には表と裏、前と後ろがあるのが普通だが、そんな常識を覆すユニークなシャツが話題を集めている。仕掛けるのは大阪府泉佐野市のアパレル会社「オネスティーズ」。社長の西出喜代彦さん(43)は小さな不満解消をきっかけに、肌着から裏表をなくすというありそうでなかった発想で開発に取り組んだ。発達障害の子供を持つ母親や視覚障害者の声にも耳を傾け、今では介護・福祉分野へも広がりを見せている。

家業のワイヤーロープ工場をピクルス事業に転換

西出さんがアパレルを始めるまでには紆余曲折があった。ワイヤーロープ製造の町工場を営む家の4代目として生まれた。経営が行き詰まった家業を引き継ぎ、全く異なるピクルス製造へと事業転換を果たし、その後、ひょんなことからアパレルに進出することになる。

もともと家業を継ぐ気はなく、小説家志望だった。東京大学文学部および大学院で日本近代文学を専攻し、太宰治や吉行淳之介を研究しながら、小説を書き続けた。だが、なかなか認められない。

「27歳のとき、東京のITベンチャーに就職しました。企画や新規事業を経験したことで、『自分は新しいことを考える仕事が好きなんだ』とビジネスの面白さに気づきました。それでも小説家の夢は諦めきれませんでした。30歳のとき、父に請われて帰郷します。小説はどこでも書ける。ならば、しばらく親のスネをかじらせてもらおうと。ところが父が病気に罹ってしまいます。大口の取引先の撤退も重なって、家業が存続の危機に直面しました」

腰掛けのつもりが、いきなり矢面に立たされた西出さんは父と一緒に、思い切った事業転換を試みる。それが地元・泉州名産の水ナスだった。通常のナスに比べて、電球のように丸みを帯び、みずみずしい食感で知られる水ナス。地域特産を使った商品開発に補助金が出る大阪府の制度を活用した。水ナスはぬか漬けが一般的だが、ぬか漬けが苦手な女性向けに洋風のピクルスにすれば面白いと考えた。何もかも勝手が違う食品事業は苦労も多かったが、下請けから脱却し、自社ブランドを一から作り上げる喜びが大きかったという。

「いずみピクルス」の名称で大手百貨店のギフトカタログにも掲載されて人気を博す。現在では水ナス以外の泉州野菜にも取り組みを広げたり、ドレッシングを開発したり、順調に成長を遂げている。

5年前には『新しいアイデアでみんなの笑顔を作り、地域社会に貢献する』という経営理念を策定した。ピクルスで得た新規事業開発の経験を食品に限らず、他の分野にも広げようと考えた。そんな中、浮上したのが古くから泉州の地場産業である繊維での新規ビジネスだった。

福祉や介護関係者からの感謝の手紙

「ちょうど子育てをしていた時期で、子供の服を脱がせるときにいつも必ず裏返しになることに気づいたのが発端でした。洗濯物をたたむときに裏返すのも面倒くさいし、僕自身も裏表を逆に着て妻によく怒られていた。そもそも服に裏表がなければ、すごい便利なんじゃないかと思ったわけです。日常のちょっとした不満の解消が、商品開発のきっかけでした」

すぐに企画に乗り出した。泉佐野市が実施していたクラウドファンディング型の起業家支援プロジェクトに応募し、3000万円の資金を獲得した。アパレルに関しては門外漢だったが、泉州にはアイデアを形にしてくれる繊維産業のプロがたくさんいた。「思いに賛同してくれる会社が増え、最終的には糸から縫製まで職人技を生かせる肌着を完成させることができました」

2019年6月、裏表のない肌着ブランド「オネスティーズ」をマクアケクラウドファンディングに出品し、227%の目標を達成した。翌7月には、自社サイトを開設して一般発売を開始した。当初は裏表なしのみだったが、「前後を間違えることが多い」という顧客の声が多いことから、裏表も前後もなくした肌着「オネスティーズ・アンリミテッド」を開発。同年12月に再度、マクアケに出品して開始2日目で目標額の200%に到達した。以降もクラファンを積極的に活用し、販売実績は約1万枚にのぼる。

「裏表も前後もなくすと、目をつぶっていても着られるのでユニバーサルデザインにつながります。クラファンをやったり、ニュースで取り上げられたりしてお客さまの声がよく届くようにもなりました。実際に、発達障害の子供のお母さんからいただいた手紙には『オネスティーズの商品かあれば肌着を1人で着られない子供を叱ることもなくなる』と書かれていました。視覚障害者や認知症の親を介護される方からも感謝の言葉をいただき、想定以上に社会的意義の高い事業になると実感しました」

オネスティーズの肌着は、前後どちらを着てもおかしく見えないように画期的な構造で作られている。衿ぐりが人間の身体に沿っていて、着用すると普通のTシャツを着ているように見えるのが不思議だ。そのために試作は100回以上繰り返している。また、日本の職人技が活かされた綿100%の国産“プレミアムライン”はベビー服やウェットスーツなどで用いられる特殊ミシン「フラットシーマー」仕上げ。凹凸がなく、肌あたりが優しいうえに長く快適に着られるのが特徴だ。

ただ国産となると原価率50%でも2500円になる。そこで、同社は海外生産の普及版を開発し、1320円という低価格で普段使いができる“スタンダードライン”を発売した。

「顧客アンケートで多かったのが、価格が高いということ。当社が一番に届けないといけないのは、ハンディキャップがある人や高齢者など社会的弱者といわれる方なので、国産の半値くらいで買える商品を開発しました。こちらの購入者がいま増えています」

ユニバーサルデザインとして世界で訴求

裏表がないというユニークな特徴が最も生かされているのが、大阪の伝統的な型染め技術「注染(ちゅうせん)」でプリントした子供用Tシャツだ。注染は手ぬぐいや浴衣を染める技術で、裏表なく染まるので、オネスティーズの商品と相性がいい。今年3月、奈良の中川政七商店と協業し、スタジオジブリのキャラクター柄の注染Tシャツを発売した。中川政七商店の店舗とオンラインで販売し、2、3日で完売。現在、追加生産中で入荷待ちの状態が続いているという。

「実は、注染ってニット地に染めること自体難しいのですが、手ぬぐいの幅の生地しか染められないので、大人用Tシャツに染められないのが現状です。そこで、今後はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)で実施しているスタートアップ向け研究開発支援制度を活用して、大人用の注染Tシャツの可能性にも挑戦したいと思います」

肌着、Tシャツ以外のアイテムとしては、製作期間2年、試作回数30回を経て完成した、裏表もかかともない靴下“オネスティーズソックス720°”が好評だ。裏表とかかとをなくすために、ホールガーメントを使っているので縫い目がなく、ゴロつかない。ホールガーメントの技術もオネスティーズの概念を実現するには不可欠であり、今後はアウターにも裏表なしのアイテムを広げていく。

「アウターになると、洗濯表示をどうするかという問題もでてきます。そのために、ネームを伸びるようにして表示を隠せるように工夫したりするのですが、そうした独自開発技術はすべて特許申請しています。世界初のアイデアでモノ作りを継続していくために、特許と技術力で参入障壁を高くしています」

いずれは、裏表前後なしの自社商品をユニバーサルデザインのアイテムとして世界市場に広めていきたい考え。そのためにも、より必要としている国内のターゲット層に商品が届くよう、介護福祉施設との協業も始まっている。ブランド認知の向上や商品ラインナップの拡充、人材確保など課題は多いが、西出さんの夢はさらに広がっている。

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