ファッション

東京でファッションショーの「マルニ」は、曖昧な世界を「それでいい」から「それがいい」と思えるまでの葛藤を吐露

 本拠地のミラノを離れて“トラベルショー”の開催を続けている「マルニ(MARNI)」が2月1日、国立代々木競技場 第二体育館でファッションショーを開催した。会場にはイタリアを含め世界各国のセレブリティやVIPが来場。日本のセレブリティも数多かった。

 「マルニ」のコレクションをリアルで見て、五感で体感するのは、コロナ前以来3年ぶりだ。あの頃のクリエイティブ・ディレクターのフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)はナイーブで、ショー終了後のバックステージでのインタビューでは感極まって泣き出した場面も目にしたことがある。それは2020年春夏シーズン。メンズではキューバの革命家のチェ・ゲバラ(Che Guevara)を、ウィメンズでは手描きのフローラルモチーフで、「環境を守るには今、ゲバラのような革命家が必要だ」と訴えたシーズンだった。コレクションの制作過程でアマゾンの熱帯雨林を訪れ、発表直前の後日、その森林の大半が火災で消失してしまったニュースを受け、感極まってしまったのだと思う。以降、彼のコレクションは、誤解を恐れずに言えば“スピリチュアル”の度合いを深めている。精神世界を探求し、本能の赴くまま、時には着衣としての一般的な形や機能さえ犠牲にしてまで、多様性などに代表される世界の真理を訴えている。正直に言えばコマーシャルラインとの乖離は1つの課題ではあるが、それでも精神世界の探求から始まる一連のクリエイションは独特で、それが魅力の1つにつながっていることは間違いない。

 そんなフランチェスコは今シーズン、どんな真理に辿り着いたのだろうか?それは、「わからない。でも、それでいい」と割り切り、解決できないことばかりの現実を受け止めつつ「その中で自分ができることを」と必死にもがく、ある種の度胸のようだ。ショー会場には、デジタル配信を頑なに拒んだというフランチェスコの手紙があった。そこでは「洋服とは何か?」「なぜ、洋服を作るのか?」「今は、どんな洋服を作るべきなのか?」というデザイナーの命題を綴ったが、結局最後は「わからない」と素直に締めくくっている。

 コレクションは、まさにそんな葛藤から始まり、次第に「それでいいんだ」と割り切り、最後には「それがいいんだ」と大胆になるまでの過程を表現しているようだった。

 もはやジェンダーの違いはほとんど意識しない、男女が全く同じスタイルをシェアするコレクションは序盤、性差こそ自由に超越しつつも、色づかいや柄づかいにおいては厳格なルールに則っている。そんな洋服のように思えた。サフランやレモン、カナリアなどの目に鮮やかなイエローの1カラーコレクションは、チェック・オン・チェックや水玉・オン・水玉など、オプアートの力も借りるからパワフル。ただパワフルなのは、厳格なドレスコードが存在しているせいなのかもしれない。そんな危うさを孕んでいた。キーネックのニットからは必ずシャツの襟を覗かせ、オーバーサイズのジャケットや少しだけロング丈のニットからはボトムスを見せずにソックスとバックストラップのパンプスを合わせる。それは既成概念を超越しているかのように思えるが、超越しようと思う心意気に縛られてしまうと、それこそが新たな制限になってしまう。自由を願いすぎると、それが不自由な足かせになってしまうからクリエイションは難しい。

 シルエットは、なおさら葛藤しているからこそ“どっちつかず”に思えた。モヘアニットは素材の特性を生かしてボディラインをきれいになぞるが、合繊でハリのあるニットは両肩をステッチでごくごく簡単にとめているだけの貫頭衣のようなシルエットで洋服と体には隙間が生じている。一方、超巨大なダウンブルゾンやニットで、微細なシルエットなんて蹴散らしてしまうかのようなスタイルも存在する。イエローからレッド、レッドからホワイト、ホワイトからブラックと色は変わりながらも、幾度となく繰り返されるシルエットの変化は、まさに葛藤の証のようだ。

 それが「それでいい」、そして最終的には「それがいい」と思えるようになったのは、終盤に近づけば近づくほど、チェックと水玉が融合したり、ホワイトのワンピースにブラックのバッグを合わせたり、直線的なコートに大きく膨らんだ曲線のマフラーをコーディネートしたり、左右のパンプスの色が異なっていたりと、フランチェスコらしいハイパーミックスが垣間見えたからだ。自らが定めた厳格なルールを少しだけ緩めたことで、結局もっと自分らしくなったように思えた。フランチェスコらしいのは、「それがいい」の最終形態だけを見せるのではなく、葛藤からの一連の正直なストーリーを綴ったこと。それは彼らしい人間味でもあるだろうし、一方で厳格なドレスコードに価値を置く人への配慮のようでもある。

 フランチェスコは今回のショー会場を東京に決めた時、「「旅をすることでさまざまな国のカルチャーを学び、人々が何に引かれるのかを知ることができる。私は以前から“グレー(曖昧)な世界”に魅了されてきた。私は現在の皮肉に満ちた世界との折り合いをつけられず葛藤しているが、このコレクションはそうした世界とは対極にある。心からの情熱を持って誠実に作られた、正直なものだ。これまでもそうだったし、これからもずっとそうあるべきだと考えている」と話した。まさにその言葉通り、今回のコレクションは白黒をハッキリさせようとしてきたクリエイティブのトップが曖昧なグレーの世界を受け入れ、「それでいい」から「それがいい」と強く思えるようになったまでの一連の心理を綴ったようだった。そして、その心理は、真理なのだろう。

 久しぶりにバックステージで会ったフランチェスコは、すっかり大人になっていた。ヒゲを蓄え、ナイーブではなく、逞しい。頭には一輪の花飾り、そして着ているのはBGMを担当したバイオリン奏者同様の紙製のセットアップ。その洋服には、さまざまな人の手書き・手描きのメッセージがあった。「君にも一筆書いてほしい」と破顔して語りかけている。また一つ殻を破ったように見えたフランチェスコは今後、素直に、どんな真理を投げかけてくれるのだろう?

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